第67話 ラミオン、宣言する

「この場に集まりし皆さん! 悦び合いましょう。我らの勇者達が、早くも大いなる戦果を上げたのです!」


 人族の王都【マドロッコ】にある勇者教団の本部――【大聖堂】前の大広場では、大勢の群衆の前で、勇者教団の最高権力者である教皇の演説が行われている最中だった。


「今朝早馬で届けられた報告によると、勇者達は獣人族の町を1つ制圧し、今は2つ目の町を目指して進んでいるそうです!」


 ウオオォォォ!!


 教皇のその報告に、大広場の群衆は歓声を上げて応えた。

 教皇はその反応に満足し、軽く頷いた後に言葉を続ける。


「さあ、勇者達の活躍に我らも続きましょう! 皆が協力し、獣人族の侵略に立ち向かうのです!」


 ウオオォォォ!!


 再び沸き上がる大歓声。大広場は興奮の坩堝と化す。

 教皇の演説は、更に熱を持ったものとなる。


「戦いを恐れてはなりません! 神の使わされた勇者達がいる限り、我らの勝利は揺るぎないのです! さあ、皆も戦いの地に向かい、勇者達と共に獣人族を滅ぼすのです!」


 ウオオォォォ!!


 地鳴りのような大歓声が上がった後、教皇の両手が上がると、群衆は教皇の言葉に耳を傾けようと静かになる。そして、教皇が言葉を続けようとしたその瞬間――


「そんなことはさせない! 獣人族を滅ぼすことは、ラミオンが許さない! 獣人族はラミオンが守る!」


 2つの影が上空から舞い降りた。

 教皇の前に降り立ったのは、子猫を抱いた若い男と幼女と思しき2人。


 たちまち混乱する大広場。

 教皇を守るために、教団の兵士達が2人の前で武器を構えたが、瞬きする程の一瞬で全員が地面に伏していた。


「勇者共は死んだ!」


 そう告げたのは若い男。そして幼女は4つの塊を教皇の足元に転がした。


「こ、これは!?」


 教皇はそれに見覚えがあった。

 それは勇者達が着ていた鎧だったのだ。


……


「勇者達が死んだ」


 教皇はショックのあまり口から泡を吹いて倒れ、そのまま教団の信者に抱えられて大聖堂の中に運ばれていった。

 大広間にいた群衆は『勇者達の死』という信じがたい出来事に言葉を失い、その場で膝を折り、暫く立ち上がれなかったという。


 そして、謎の2人組はいつの間にか大広場から姿を消していたのだった。


 大広場で起こったその事件は、瞬く間に王都中に広まることとなる。


 大広場から姿を消した『子猫を連れた2人組』が次に現れた場所は、王城の城門前だった。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 俺達は、王城の前までやって来た。

 城門の前には勿論門兵がいる。恐らく簡単には通してもらえないだろう。


 邪魔されるなら、そのときは仕方ない。俺は、力尽くで通るつもりでいたのだが、どういう訳か門兵は俺達をあっさりと城の中に通してくれた。

 しかも、俺達の目的である王との謁見まで許してもらえたのだった。


 こんな旨い話があるわけがない―― 俺は初め罠を疑ったが、キャミーが大丈夫というから警戒は程々にして案内人の後を付いていった。


 案内された先は、何と『王の個室』だった。

 しかも、部屋には王以外誰もいなかった。どうやら王は、俺達との会談内容を誰にも知られたくないようだった。


 とりあえず俺は、あの勇者共は神の使いでも何でもない『人格が壊れたヤク中』だったことを伝え、獣人族との戦争を止めるように忠告した。


 王は俺の話を黙って聞いていたが、少し考え込んだ後で、重い口を開いた。


「そなたらは、獣人族と戦うことを止めろと言うのだな。だが…… 今更我らが戦いを止めると言ったところで、既に手遅れではないのか?」


 王の疑問は尤もな事だ。

 外道共が『獣人族の町を潰した』という事実がある限り、獣人族が黙っている筈がない。既に、獣人族は報復の準備を行っており、戦いを止めることはもう無理だ、と王は思っているのだ。


「確かに、獣人族の説得は、難しい。だが、何とかしてみせる!」


 俺は力強く宣言したが、王には効果がなかったようで、不安そうな顔をしている。

 すると


「心配するな。ラミオンが止めてやる」


 まさかのラミオンの宣言!?


「そうか。ならば任せよう。しかし、やはりあの勇者を騙った連中は、神の使いではなかったわけだな…… 儂も教皇も騙されておったのか」


 子猫―― 猫族キャミーの人を見抜く能力は、あの教皇は、俺と同じ只の『騙され易い人』であることを見抜いた。『俺と同じ』というフレーズが少し引っ掛かるが、とりあえず教皇は悪人ではないそうだ。

 ちょっと信じ難いが、キャミーが言うには寧ろ教皇は『善人』らしい。しかし今の教皇は、神のお告げに支配され盲信的になっているようだ。


 それに比べて、王は勇者共に不信感を抱いていたらしく、俺達の言葉をあっさりと信じてくれた。


「無敵の筈の勇者共が死んだのだ。これで教皇の目が覚めると良いのだが……

 兎に角、獣人族との交渉はそなたに任せる。どうか戦争を回避できるよう頼み申す」


 そう言って王はラミオンの手を握り頭を下げる。


 ところで王様、あんたは何故俺でなくラミオンに頼むんだ?


……


 2人が王城を去った直後、金色に輝く鳥が獣人族の領地に向かって飛び去る姿を、大勢の人が目撃した。


 王もその神々しい姿を見た1人だった。


 王はその金色の鳥こそ『神の使い』だと信じたのだった。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「済まんが、獣王様との会見の場の用意はできていない…… というより、できるわけがないだろ!」


 獅子族のレスリーは、キレ気味に俺に噛みついてきたが、


「そうか。まぁいい、期待してなかったし」


「アキト!『期待してなかった』とは何だ! 俺はどうしようかと必死に考えていたんだぞ!」


 レスリーの怒りの抗議を、俺は軽く受け流す。


「そんなことより、どこへ行けば、獣王に会える?」


 レスリーは深い溜め息を吐いた後、獣王のいる王都【パンドール】の場所を教えてくれた。


「アキト、気を付けろよ。今の王都は人族との戦いに向けて殺気だっている筈だ。そこに人族のお前が行けば、確実に争いになるだろう」


「ああ、分かっている。だが、心配するな」


 今回、俺は全く心配していない。

 どういう理由か、ラミオンが『やる気』になっている。

 いつもは相手を殺さないか心配だが、今回のラミオンは『獣人族を守る』ために行動しようとしているから、無益な争いは起こらない筈だ。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 王都パンドールから続く長い列―― 全長2kmにも及ぶその隊列は、獣人族の兵士約1万人によるものだった。


 パンドールに向かう上空から、俺達は獣人族の大軍を発見した。

 5日後の総攻撃に向けて、人族との境界に向かって進軍しているようだ。


 ラミオンが急降下しだす。どうやら、列の先頭の手前に着陸するようだ。


「ラミオン、大丈夫なのか? あの前に出れば戦いになるかもしれないぞ?」


 しかし、返事を待つ間もなく、ラミオンは第3形態に戻ってしまった。いつもながらラミオンの着陸は乱暴だ。

 上空30m位で第2形態を解くから、俺はいつも上空で投げ出される格好になる。ラミオンにはもう少し安全意識を持ってもらいたい。


 スタッ!


 俺達は華麗に着地を決めた。

 大軍の先頭までの距離は約50m――


……


「どうした? 何故止まったのだ?」


 馬車が急に止まったことに、獣王は怪訝な表情を浮かべる。


「獣王様。何やら先頭の方でトラブルが発生したようなので、私が見て参ります」


 虎族の女騎士で、獣王親衛隊の隊長を任されている【サーベラ】は、原因を確認に行くことにした。


「このような王都の側で、何が起こったというのだ?」


 急がねばならない!

 サーベラの勘が、ただならぬ不安を告げていた。

 先頭までは約300m―― サーベラの脚力なら15秒で到着できる。


「何だ、アレは!?」


 サーベラの目に映ったのは、先頭を歩いていた河馬族の歩兵隊が吹っ飛んでいる様子だった。


 屈強な河馬族の戦士達が、冗談のように空中に舞い上がっていたのだ。


……


 嘘だろ?


 俺は目の前の恐ろしい光景を、夢だと思うことにする。


 だって、ラミオンは獣人族を守るために、ここまで来たんだろ? それなのに…… 何故容赦なく彼らを殴り飛ばしているんだ?


 確かに、手を出したのは向こうが先だ。

 話し合おうと近付いた俺に向かって、いきなり河馬みたいな奴が1人走り出した。

 当然俺はその突進を避けたわけだが、運の悪いことに、そいつはラミオンの方へそのまま突っ込んでいった。

 そいつがどうなったかは、語るまでもない……


 その後も、次々と突っ込んでくる河馬共を、俺は軽く往なし、ラミオンは片っ端から殴る蹴るで吹き飛ばしていった。


 頼むから、これ以上犠牲者を出さないでくれ!

 ラミオンよりも、寧ろバカの1つ覚えの様に突っ込んでくる河馬共に言いたい!


 50人程の犠牲者が出たところで、流石にこれだけやられて連中も恐怖を感じたのだろう―― 漸く突進が途切れ、辺りはしんと静まった。

 今はまだ死者は出ていないが、これ以上攻撃してきていたら、ラミオンがキレてヤバかったかもしれない。


 今なら話し合いができるかもしれないぞ。

 俺がそう思ったとき


「何をしている!? これは一体どういうことだ!?」


 固まっている兵士達の間から声がした。

 兵士達を押し退けて前に出てきたのは虎顔の騎士だった。着ている鎧から見て、多分女性だ。


「な…… こんなところに人族だと!?」


 彼女は驚きながらも、すぐに腰の剣を抜いて構えた。


「サ、サーベラ様、お気を付けください。この2人―― 否、あの小さい人族の方は『化物』です。もしかすると、噂に聞いた『ニャコンを攻め滅ぼした敵』かもしれません!」


 ああ、これは一番されたくなかった勘違いをされてしまったようだ。

 敵認定されてしまっては、獣王との話し合いが難しくなる。ここは、敵でないことをしっかりアピールする必要がある。


「俺達は、敵ではない。仲介役として、平和的に、話し合いに、来ただけだ」


「この状況のどこが『平和的』だという!? それに、人族との話し合いなど今更ありえんわ!」


 そうだよな…… 気絶して倒れている河馬の群れの前では、『平和的』という言葉に説得力がなさ過ぎた。


「おい、そこの虎!」


 今度はラミオンが虎女に話し掛ける。頼むからこれ以上話を拗らせないようにしてくれよ……


「お前たちの仲間に『パンダ』はいるか?」


 ラミオン、なんでここで『パンダ』のことを聞くんだ? パンダの存在に何か重大な意味でもあるのか?


「き、キサマ…… 何故獣王様の名前を知っているのだ!? 獣王様の名前は王族と側近の一部しか知らない機密事項だというのに!?」


「ラミオンの睨んだ通りだ。やはりここにパンダがいる」


「まさか獣王様のことを調べ上げたというのか? キサマらは絶対に生かして帰すわけにはいかん!」


 虎女の目に殺気が宿る。身体をやや前屈みに倒し、今にも飛び掛かってきそうな体勢を取った。そして、彼女の身体を中心に空気が揺れる―― 闘気が渦を巻いているのが見える。


「我が必殺の剣の前に散るがいい!」


 彼女の足元の地面が爆ぜる。超速の踏み込みから一瞬でラミオンを剣の間合いに捕らえた!


 その攻撃はなかなかの鋭さだった―― が相手が悪かったな。


「攻撃、20点。ザコ」


 ラミオンは右手の人差し指と中指の間で剣を挟んで、あっさりと斬撃を防いだ。


「そんな、バカな!? 私の剣が防がれるなど……」


「遊びは終わりだ。ラミオンをパンダの所へ案内しろ」


「くっ、舐めるなよ! 例え命に代えても、我ら獣人族の兵は、獣王様に指一本触れさせはせんぞ!」


 悲痛な覚悟でラミオンを睨む虎女。


「心配するな。パンダはラミオンの仲間だ」


 えっ? もしかして、ラミオンは獣王と知り合いなのか?

 そうだったのか! だからラミオンは獣人族のことを守ると言ったのか!


 これは獣王との会見が成功したと見て間違いなし…… と思いたいが、そんなに上手くいくのか?

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