第66話 勇者達は何処に?

「さて、あれからどうなったかな?」


 ボクは『勇者ゲーム』の続きを始めるために、3日ぶりに『その世界のテーブル』に着いた。


 その世界に召喚した『勇者達(笑)』はボクの期待通りの『あたり』だったから、これからどういう風に彼らが世界中を混乱させ、絶望に導いていくのか楽しみで仕方ない。


 それにしても、ここでの『下準備』はいつも以上に順調だった。


 勇者ゲームをするには、まずは舞台となる『世界』を探すことから始める。

 その世界には『人族』と、人族の仮想敵となる『人族以外の人間種』が存在する必要がある。


 そして舞台が決まったら、次は人族を騙すフェーズになる。

 ボクがいつも使う方法―― 人族の中の『人望の厚い人徳者』を見つけて、そいつに国が攻められ滅んでいく夢を見せる。

 同じ悪夢を何日も見せ続けると、『そういうお人好し』は必ずその夢を『未来予知』だと信じてくれる。そうなったら、次は希望を与えるような夢を見せるんだ。


 そして、頃合いを見計らって『神の啓示』を与えれば、ボクの命令通りに『勇者教』などという『糞くだらない教え』を信仰する教団を作ってくれる。


 ボクが教団の創設者に人望の厚い者を選ぶのは、その後の教団の成長を考えての事だ。

 人望の厚い者には人が付いてくる。信者を集め教団が力をつけるには創設者の人望は重要な要素なんだ。

 それでも、教団が大きくなるまでには数年掛かる―― 長いときは10年以上も掛かることもある。だからボクは、いくつかの世界で平行して勇者ゲームをしている。


 教団が力を付けて人族の世界での影響力が大きくなると、いよいよ『勇者召喚』に向けて本格的に動く。

 教団の信者共に夢で啓示を与えて、『敵対勢力』―― この世界では獣人族に対して攻撃させるように仕向けるんだ。

 敵も当然反撃してくる。それを何度か繰り返せば、後は放っておいても対立が強くなって戦争へと進んで行く。


 この世界でのその後の展開は、ボクの想定よりも早く進んでいる。

 普通『勇者召喚』は、戦乱がある程度広がって人族の被害が大きくなってから行うのだけど、今回は特別に戦争が起こる前に行うことになった。


 召喚した『勇者達(笑)』は、当然『例の世界』の人間で、今回も『あたり』のようだ。


 勇者にはいつも通りの鎧を与えた。それを装備していれば、どんな弱い人間でもボクの魔力が送られて無敵になれる。

 どういうわけか、あの世界から召喚した勇者は、『レベルアップ』というゲームのようなシステムを喜ぶ。だから、鎧には条件を満たせば段階的に供給する魔力を増やすようにプログラムしてある。


 それから攻撃手段。今回の勇者には、魔法ではなく『神武』という特殊な武器を与えた。いつも魔法ではワンパターンだからね。


 勇者達は想定以上のスピードでレベルを上げていた。前回に見たときはレベル40に達していた。その前に見たときは、まだ10台後半だったのに驚く程の成長速度だ。

 あれなら、この3日間でも大きな戦果を上げている筈だ。


 今日も鎧を通して、勇者達の記憶映像を楽しもう!


 前回は獣人族の町を1つ潰して、逃げ惑う獣人族を容赦なく殺す映像を楽しめた。

 途中、見るに絶えない『不細工な男』が出てきた場面は飛ばしたけど、それ以外は期待通りだった。


 ボクは先ず鎧のレベルを確認する。


「60だって!?」


 思わず声が出てしまったよ。

 あの勇者達はまだ召喚してから40日程しか経っていないというのに、今まで召喚した勇者の中でも、トップクラスのレベルに達していたことに驚きを隠せなかった。


 これは期待以上の映像を楽しめるかもしれない!


 ボクは興奮を抑えながら、鎧を通して勇者達の記憶を覗く…… あれっ? 何も見えないぞ。

 まさかあの『クズ共』―― また鎧を脱いでやがるな! 最初にあれだけ『鎧は脱ぐな』と注意しておいたのに!

 次からは1度着ると、死ぬまで脱げないようにしてやる!


 ボクは仕方なく、クズ共が鎧を装着するまで待つことにした。


 1時間…… 2時間…… 3時間……

 とうとう8時間も過ぎたじゃないか!


 流石にこれはおかしい。

 あいつら、どうなってるんだ?


 ボクはもう一度鎧の表示を確認する。


 !?


 まさか…… これは……


 ボクが『60』だと思ったあの表示…… よく見たら『GO』――『Game Over』じゃないか!


 冗談のつもりで入れたプログラム―― 人間の限界を超えるレベルアップをしたときだけの、絶対に有り得ない『幻の表示』―― それが『GO』だった。

 それが表示されたということは、クズ共は全員『死んだ』ということで間違いない。


 ボクは信じられなかった。暫くの間、茫然と立ち尽くしていた。


 あれほど順調に進んでいたのに……

 あの調子なら、過去最速タイムで世界を崩壊させられると思ったのに…… これで、この世界での勇者ゲームは『終了』だ。

 勇者が全員死んだら終了というのが、ボクが決めた『勇者ゲーム』のルールだから……


 それにしても、クズ共に一体何が起こったというのだろうか?


 原因を調べないといけないな。



   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「コイツはラミオンを『いやらしい目』で見ていたから、思い切りブッ飛ばした」


 外道2号が上空から降ってきた理由は分かったが、外道共が突然死した原因が分からなかった。


 何の前触れもなしにいきなり4人同時に倒れたから、もしかして『死んだフリ』じゃあないのか、と疑って確認の為に棍でツンツンしたが全く反応なかった。

 念のため脈拍チェックまでしたから、外道共の死亡は間違いない。


 やはり原因はクスリだろうな。突然死を起こすほどクスリの影響で心臓が弱っていたのかもしれない。


《彰人、コイツら死んでるのか?》


 キュウちんには異世界人である外道共の魂の状態が分からないから、俺に4人の生死を確認してきた。


《ああ、間違いなく死んでいるぞ》


《絶対の絶対に?》


 キュウちんはえらく疑り深いな。

 これが演技だったら、コイツら遺体役で映画やドラマに引っ張りだこだろう…… 遺体役にそこまで需要があるのかは知らんけど。


「ラミオン、コイツらは死んでるよな?」


 俺は念のためラミオンにも確認する。


「マスター、見て分からないか? コイツらは完全に生命活動を停止している」


 やっぱり間違いなく全員死んでいるようだ。


《キュウちん。ラミオンも『死んでる』って言ってるぞ》


《そうだね。じゃあ、主に契約達成の報告をするよ》


 キュウちんがそう言うとすぐに


 パンパカパーン!!


 俺の頭の中にファンファーレが響き渡った!


《彰人、おめでとう! 見事、契約達成だよ! 記念すべきベトラクーテ『名誉救世主第1号』だよ!》


 1号だって! どんなことでも『最初』というのはちょっと嬉しい。

 それに、今回はベトラクーテに来て僅か2日目で目的を達成できたし、いいこと尽くめだ。しかし、俺にはまだこの世界で『やること』が残っている。


 それは、外道共を召喚した『教団』を潰すことだ!


 本来なら、それは俺の役目ではないのかもしれないが、俺は外道共の魂の救済を約束した。クスリ漬けにされ、人格を崩壊させられた奴ら4人の仇を討ってやらねばならない。

 それともう1つ―― 外道共が俺の世界から召喚されたということは、俺の学校で起きた『あの転移魔法』とも何か関係があるかもしれない。それを調べるためにも教団に行く必要があるのだ。


 そういうわけで、俺は遠くからこっちを見ているモブ共から『教団』の場所を聞き出すことにした。


……


「ゆ、勇者様達は…… し、死んでしまったのか?」


 目の前まで来た俺に向かって言葉を発したのは、モブ隊長だった。


 有難いことに、俺が救世主の契約を達成したことで、キュウちんは『経験値』を獲得し、レベルが2に上がったらしい。

 それで、キュウちんの通訳能力が向上し、対象の声の再現が可能になり、同時通訳は10人まで、通訳可能距離も100mに伸びたそうだ。お陰で、話し相手と声の違和感がなくなり、会話しやすくなった。

 それから、キュウちんはビー玉くらいの大きさから、ピンポン玉くらい大きさに成長していた。レベル100とかになると、どれだけ大きくなるのか、ちょっと気になる。


 モブ隊長も後ろにいるモブ共も、俺と戦おうとするでもなく逃げようとするでもなく、完全に戦意喪失しているようだ。


「そうだ。全員、あの世行きだ」


「信じられない…… 神の召喚した最強の勇者様が4人揃って倒されるなんて……」


 最強? アイツらが? 流石にそれは過大評価しすぎだ。


「お前ら、騙されたんだ」


「我らが騙されただと!? 勇者様が我々人族を獣人族の侵略からお救い下さる、という神のお告げが有ったのだぞ!」


 神のお告げ―― これ以上胡散臭い宣伝文句はないな。


「それなら、奴らは、負けなかったはずだ! その神のお告げは、矛盾している!」


 俺のその強い否定の言葉に、モブ隊長は『ハッ』とした驚いた顔をする。


「た、確かにそうだ…… 本物の神のお告げなら、勇者は負けるわけがないはずだ…… つまり、我らは教団に騙されていたのか?」


 コイツらもある意味『犠牲者』なのかもしれないが、心の弱さがそういう詐欺宗教に騙される隙を作ってしまったのだろう。


「あの勇者共にしろ、俺達をザコ扱いして仲間を4人も殺しやがったし、よく考えれば『神の使い』といえるような優れた人間じゃなかった!」


 外道共の人格が崩壊していたことも見抜けない程、コイツらも教団に洗脳されていたわけだな……


「なんということだ…… 我らは教団に騙された挙句、獣人族の国に戦争を仕掛けてしまった…… このままでは、戦争に負けて我らの国は滅んでしまうかもしれない」


 モブ隊長は悲壮感漂う目で俺を見ている。


「なあ、あんた! あの悪魔共を倒したあんたなら、教団の悪事を止めて戦争を回避させることができないか!? もう、あんただけが頼りなんだ!」


 いきなり丸投げされても困るんだが、俺は話を合わせて教団の場所を聞き出すことにした。



   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「アキト。コイツらがニャコンを襲った連中なのか?」


「コイツらは、直接の加害者と違う。だが、共犯者だ」


 俺はモブ共を連れてガオンの町まで戻ってきた。そして、モブ共をレスリーに引き渡した。


「実行犯は、遺体になって、後ろの荷車の中だ」


「そうか。お前がニャコンの住民達の仇を討ってくれたのだな。アキト、礼を言うぞ」


 奴らは勝手に死んだのだが、それは態々言わなくてもいいだろう。


「俺は、これから、今回の元凶の、教団を潰しに行く。それで、戦争を、回避できないか?」


 しかし、レスリーは首を横に振って


「それは無理だ。もう既に獣王様より、5日後に人族の領地への総攻撃の命令が出ているのだ」


 5日後か! それならまだ時間はある。

 すぐに教団を潰して、人族の王に戦争を止めさせ、その後で獣王と戦争を止めるように話し合えば何とかなるかもしれない。


「レスリー、俺が何とかする。お前には、俺と獣王の、話し合いの場の、手配を頼む」


 俺はそれだけ言うとその場を後にする。急いで、人族の王都まで行かなくては!


……


「待って! ブッサなアキトさん!」


 ラミオンの第2形態に乗って飛び立とうとしていた俺に、キャミーが走り寄ってきた。


「私も連れていって! ブッサなアキトさんだけじゃ、口の上手い人族にきっと騙されるわ」


 キャミー達猫族には、人の本質を見抜く力があるらしい。それで、キャミーは俺を『簡単に騙される人間』だと判断したわけだな?

 俺は軽く落ち込んだが、できる限り冷静に返事をする。


「キャミー、これから向かうのは、人族の都だ。危険な所だから、連れて行けない」


 だが、キャミーは退こうとしない。


「大丈夫。ブッサなアキトさんが、護ってくれるし、それに――」


 !?


「獣人族にはこんな能力があるのよ」


 何と、キャミーが子猫の姿に変身した!


「これなら怪しまれずに人族の都に入れると思うの」


 確かにその姿ならバレることはないかもしれない。それにキャミーの人を見抜く能力は、王との会見でも役立ちそうだ。


「分かった。キャミーも、一緒に、来てくれ」


「ありがとう! ブッサなアキトさん!」


「キャミー…… 連れて行くのに、1つ条件がある。俺の名を呼ぶ時、『ブッサ』は付けないこと!」


「う、うん…… 分かった……」


 何故かキャミーは寂しそうに頷いた。

 そんなに俺を『ブッサ』と呼びたいのか? でも俺が不細工のように聞こえるから、それだけは認めてあげない。


……


 アキト達が王都に飛び立った頃、1人残っていたレスリーが呟いた。


「獣王様との会見場所の手配? そんなこと、一介の兵士にできるわけないだろ!?」


 レスリーは頭を抱えるのだった。

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