第62話 彰人、人違いされる

「こりゃ酷いな……」


 俺は、猫族の町『ニャコン』から少し離れた森の中で、勇者と戦って殺されたという『前救世主』の遺体を見つけた。


 前救世主は人族の男だった。身長190cm以上ありそうな立派な体格で、見た目は相当強そうだった。そして、彼も何か格闘技をしていたのだろう。俺が着ているのと同じような道着姿だった。


「可哀そうに、ボコボコに顔を殴られたんだな…… ご冥福を祈る」


 鼻は潰れ顔も醜く腫れ上がり、見るも無残な状態だ。

 俺は、名も知らぬ前救世主に黙祷を捧げた。


《彰人、前救世主様は1発も顔は殴られていなかったよ。パンチでお腹を貫かれて一撃で殺されたんだよ》


 えっ!? そうだったのか?


 でも、この顔見たら誰だってそう思う…… 否、死者を冒涜してはいけない。

 きっと彼の世界では『二枚目』で通っていたはずだ。墓を作って『異世界の二枚目救世主、ここに眠る』と書いた紙を添えておくから、安らかに眠ってくれ。

 俺は前回エシューゼでの反省から、『着替え、筆記用具、サバイバルグッズ』などをリュックに詰めて持ってきた。同じミスは2度犯さないのが俺のモットーだ。


「キュウちん。救世主が死んだ場合、派遣先の世界はどうなるんだ? 彼が扉の管理者だったら、その世界は困るんじゃないのか?」


《そうだよ。管理者が1人だけなら、その世界は管理者不在になっちゃうよ。でもそれがルールだから仕方ないんだよ》


 ルールか…… 俺が死んだ場合も、彼のように野ざらしにされるのかと思うと、やるせないな。やっぱり、管理者なんかになるんじゃなかったな……


 俺は前救世主のために墓を作った。そして紙に文字を書く。この紙は研究所製で水に濡れても破れないし、少々の熱では燃えない素材でできている。その紙に、油性ペンで『異世界の三枚目救世主、ここに眠る』と書いて墓の上に添えた…… 間違えた! 二枚目って書くつもりが無意識に三枚目って書いてしまった。困った…… 修正液は持ってきてない。


 どうせこの世界の人間は誰も読めないし、このままでいいか!


《彰人、どうせなら名前を書いてあげてよ。それじゃあ可哀そうだよ》


 キュウちん、この人の名前を知ってたのか? それならそうと、先に言ってくれよ。


《前救世主様の名前は『ブッサ・イーク』だよ》


 俺はそのまま静かに、その場を離れた。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ベトラクーテの獣人族は、基本的に同じ種族の人種が集まって町を作る。

 町の規模は500から千人くらいが多く、野生動物を恐れない彼らの町は、周りを壁などで囲うことはない。


 平原の中にある拓けた土地―― それが猫族の町『ニャコン』だった。


――――――――


 そこで俺が見たものは、まるで隕石でも落ちたかのようなクレーターの跡―― それが町のあちこちにあった。


 多くの建物が粉々に破壊されていて、町の中は死臭が漂っている―― 潰された死体がそこ彼処に転がっていた。


「これをやったのが、勇者なのか?」


《キュウちんは見てないから分からないよ。でも、人族の中にこんなことができる者はいなかったと思うよ》


 胸糞悪い…… これをやった奴のどこが『勇者』だ!?『悪魔』の間違いだ!


 俺が怒りに震えていると


「マスター、ここに大勢近付いてきている」


 ラミオンが喋った!

 ラミオンが何を考えているのか分からないが、ベトラクーテに来てから口数が減っていたから、ちょっと心配していた。


「ああ、俺も気付いている」


 数は200くらい―― かなり殺気立っているようだ。


「キュウちん、近付いてくるのは何者だ?」


《獣人族だよ。隣町の獅子族の町【ガオン】から来たみたいだよ》


 きっと、ここを襲った勇者と戦うために来たんだろう。このままじゃ、俺が『その勇者』と間違われてしまいかねない。ここを離れた方がいいな。


「マスター、ここで連中を待つぞ」


 まさか…… ラミオン、戦うつもりか? ダメだぞ。ここに向かっている連中は悪党じゃない。ラミオンを止めなくては!


「ラミオン、戦闘は避けたいから今すぐここを離れよう」


「マスター、心配するな。ラミオンは戦うつもりはない」


 ラミオンになくても向こうは『その気』の筈だ。この場から離れた方が良い!


「ラミオン! 早く逃げないと戦うことになるぞ」


「ダメだ。ラミオンには、やることがある」


 一体何をするつもりなんだよ?


 俺とラミオンが押し問答している間に、獅子族の連中はニャコンに到着してしまった。俺達は完全に周りを囲まれていた。


 立派なたてがみのライオン顔の男が1人、俺の方に近付いてくる。これはもう、覚悟を決めないといけないか。


「キサマか!? この町をこんなにしたのは! 絶対に許さんぞ!」


 多分、彼は相当怒りを込めた迫力のある声を出しているんだろう。

 でも俺に聞こえてきたのは『キュウちん』の子供っぽい可愛らしい声だ。見た目とのギャップに思わずニヤケてしまいそうになる。


「キサマ、笑っているのか!? 舐めるなよ…… 生きて帰れるとは思うな!」


 困った…… こっちは戦う気は無いけど、このままでは……


 そうだ! ラミオンがどうにかしてくれるはずだ!


 何かやることがあると言ってたし、それに賭けるしか…… って、ラミオン? 何でそんな離れた所で、興味なさ気にソッポ向いてるんですか?


「あのー、ラミオン…… やることが有ったんじゃ?」


「もうコイツらに用はないから、マスターが適当に相手してやればいい」


 なんだって? ここで俺に丸投げ?


「キサマ、俺を無視するとはいい度胸だ! 我が獅子の力、思い知らせてくれる!」


 こうなったらヤルしかないのか? いくら大したことない相手といえど、やられるのは嫌だし……


 その時だった!


「やめてえぇぇぇぇ!!」


 子供の絶叫? キュウちんの声では、大人か子供か性別すら判断できない。


「やめて、獅子のおじちゃん!」


 俺を庇うように両手を広げて、ライオン男の前に立ち塞がったのは、猫顔の子供―― 初めてキュウちんの声で違和感ない。


「この人は私を助けてくれたの」


 えっ!? 俺、助けた覚えないんだけど……


「私が森の中で金ピカの鎧を着た金髪の怖い人族に殺されそうなところに現れて、私と友達を逃がしてくれたの」


 ごめん、それ俺じゃない…… 誰かと間違ってるよ?


「アイツに殺されたんじゃ、と心配してたけど、生きてたんだね『ブッサ』さん!」


「い、否…… 俺、ブッサじゃない……」


 まさか、俺はあいつと間違えられたのか? 顔も体つきも全然違うだろ!

 大体、俺はあんな不細工じゃないぞ!


 あっ! 死者を冒涜するのはダメだ。言い換えよう。

 俺は、あんな個性的な顔じゃないぞ!


「命の恩人を間違う訳ないよ! ブッサさんは、黒い髪でその変な服を着てたもん!」


 思いっ切り間違ってるぞ! もしかして、髪の色と服装だけで判断してるのか?


 そうかもしれないな…… 俺もここにいるライオン共の顔の区別がつかないから、獣人族からすると、人族の顔の違いを見分けるのは難しいのかも知れないな。


 複雑な気分だが、この子のおかげで俺は戦いを避けられた。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 俺達は獅子族の町『ガオン』に来ている。


「人族と、獣人族は、戦争するのか?」


――――――――


 彰人は、エシューゼのときと同様に、ニホン語をキュウちんにベトラクーテの言葉に翻訳してもらい、片言で話している。

 めんどくさいから、いつか何とかしたいと彰人は考えている。


――――――――


 俺が今居るのは、ガオンの町の兵舎の中だ。

 俺は、正面に座っているガオンの兵士長【レスリー】に尋ねた。


「ああ、獣王様は人族共の暴挙にお怒りだ。それにニャコンの町のあの惨状だ…… もう人族との戦争は避けられまい」


 ニャコンにいた猫族は、町の住民の約半数の500人が犠牲になったという。許せないのは当然だ! だが問題なのは、ニャコンを攻めた人族は勇者を騙る外道と20人程の兵士だけということ―― つまり、外道勇者1人で町1つ潰したと見て間違いない。


「あれを、やった奴に、勝てるか?」


「ムッ! 我ら獅子族の力を甘く見ているのか!?」


 俺はベトラクーテは『子供しかいない世界』と思い込むことで、レスリーの声のギャップにも慣れてきた。もうニヤつくことなく会話できる。

 それは兎も角、残念ながら俺の予想では、ニャコンを潰した外道勇者には、この町にいる獅子族全員でも勝てないと思う。

 尤も、そんなことを言ったら怒られそうだから言わないけど。


「ところでブッサ! お前は何故人族を裏切り、子供達を助けたのだ?」


「ブッサ、と呼ぶな。アキト、と呼んでくれ」


「ん? お前は『二つ名持ち』なのか?」


 全然違うが、もうこの際訂正できるなら何でもいい。


「そうだ。アキトが、本名だ」


「アキト。俺にはお前が俺より強いことが分かる。だからこそ、お前が人族を裏切る理由が分からない。お前なら、人族の中で将軍にもなれるのではないか?」


 ここで嘘を吐いて怪しまれるより、本当のことを言って、レスリーの協力を得た方がいいだろう。

 俺は自分の立場を偽ることなく、異世界から救世主としてやって来たことを、正直に話すことにした。


……


「異世界から来た救世主、か…… アキト、頑張れよ…… 俺はお前を応援するぞ……」


 ベトラクーテはファンタジー世界っぽいから、ここなら俺の話を信じてもらえると思ったのに、レスリーは『可哀想な人』を見る目で俺を見ている。

 レスリーは、完全に俺のことを『いっちゃってる人』と思っているようだ。


「と言うのは、冗談だ」


 俺は強引に誤魔化すことにしたが


「大丈夫だ。人族ならアキトをバカにして笑っただろうが、獣人族は心が広い。皆、アキトを応援してくれる」


 そして、


「辛い目に合ってきたから、人族を恨んでいるんだな……」


 俺に憐みの目を向けながら呟いて、勝手に納得するレスリー。


「ブッサじゃないアキトさん! 私も応援するから、心を強くもってね!」


 猫族の女の子【キャミー】までが、俺を励ましてくれた。


「アキト、お前は嘘つきではない。只、現実と夢の区別がつかないだけだ」


 それは、俺は『妄想癖の持ち主』ということか? そんな勝手な評価はやめてもらいたいが、今は何を言っても無駄な気がするから、話を変えることにした。


「レスリー。次に、人族が攻める場所、分かるか?」


「奴等がニャコンから真っ直ぐ北へ向かったとすると、おそらく羆族の町【グリズール】だな」


「どれくらいで、着ける?」


「人族の足では、3日はかかる筈だ」


 まだ2日の猶予があるな。

 先回りして、迎え撃つ準備をするか!


……


「ブッサじゃないアキトさん! 私も連れていって!」


「ダメだ! 連れていかない!」


 キャミーがどうしても付いてくると言うが、危険だからやめた方がいい。

 ところが――


「キャミーも連れて行く方がいい」


 レスリーはキャミーが行くのを止めるどころか勧めてきた。


「レスリー? 何故だ?」


「アキト、お前らだけでグリズールへ行けば、トラブルになるに決まってるだろ!

 キャミーに身分証明してもらえ! 猫族は正確に人の本性を見抜く。キャミーがいれば人族でも信用してもらえる」


 なるほど。俺があっさり信用されたのは、キャミーの『人を見る目』のお陰だったのか。

 だが、俺はグリズールまで行くつもりはない。ラミオンのスピードなら、すぐに奴らに追いつける。そして、奴らが夜営して寝静まったところで、外道勇者を闇討ちする予定だ!


「寝込みを襲うのか? 正面から戦わないのか?」


 当たり前だろ。どんな力を持ってるのかも分からない相手と、真正面から戦うかよ! 外道相手に正々堂々戦ってやる必要は全くない! それに神明流じゃ、戦場で油断する奴が悪いと言われるだけだ。


「救世主っぽくないな」


 うっ…… レスリー、そこをつっこむのか? 俺のことを救世主と信じてない癖に。


「ブッサじゃないアキトさん!」


 キャミー、頼むから俺の名前を呼ぶのに一々『変な形容詞』を付けないでくれ。


「私、付いていくのを諦めるわ。だから絶対無理しちゃ駄目だよ」


「ああ。分かった」


「アキト、俺達は人族との戦争の準備をしなくてはいけない。だが、お前がその『勇者を騙る外道』を倒してくれたなら、もしかすると戦争を避けられる可能性も出てくるかもしれない」


 そうだ! この戦争の仕掛人は『勇者信仰』を掲げる教団だと聞いた。その信仰の対象である『勇者』が倒されたら、きっと教団の力が衰え戦争を中止する筈だ。


 そのためには、できるだけ早く外道勇者共を倒す必要がある。

 まずは1人―― キッチリと仕留めておかねば…… って、俺、絶対『救世主』とは思われないな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る