第63話 彰人、闇討ちに失敗する

 ラミオンに乗って、ニャコンからグリズールへ続く街道の上空を飛んでいると、すぐに20人程の小隊が平原で夜営の準備をしているのを発見した。


 俺達は見つからないように、2km程離れた森に身を潜め、夜になるのを待った。


 このベトラクーテの文明レベルは、俺の世界より500年は遅れている。

 碌な照明器具がないから、夜になると月明りだけが頼りの暗闇となる。この暗さなら誰にも見つからずに野営地に近付くのは簡単だ。


 2人の兵士が火を焚いて見張り番をしていたが、俺が本気で気配を消すとすぐ側にいても全く気付かれない。当然ラミオンも気付かれることはない。

 2人は話しているようだったから、俺はキュウちんの通訳可能距離の20mまで近付いて2人の様子を伺う。


「それにしても、昨日の勇者様は凄かったな!」


「ああ! あの獣人族の町を1人で潰してしまわれた!」


「逃げ惑う獣人共を容赦なく殺すあの姿―― 爽快だったよな!」


「確かにそうだけど、でも俺は初めて勇者様の戦ってるとこを見たから、正直怖かったよ……『あんな死に方だけはしたくない』って思ったな」


「ははは、全くだ。あの勇者様だけは敵にしたくないな」


 2人はそう言いながら1つのテントに視線を向けている。

 俺は2人の視線から、勇者のいるテントの見当がついた。


 会話の内容から、ニャコンの住民を殺したのは外道勇者で間違いなさそうだ。他の兵士は手を出していないようだが、アレを見て『爽快』というような連中は黙って見過ごせない。

 殺しはしないまでも、後ろから棍で頭をぶん殴って卒倒させておいた。


 俺は見張りを制圧した後、勇者が寝ているテントに近付く。

 中からは4人の気配がするが、おかしい…… 外道勇者は相当な強さのはずなのに、テントの中からは大きな力が感じられない。


 寝場所を悟らせないために、気配を消しているのか?


 その可能性は高い。『暗殺』を警戒しているに違いない。

 外道の癖に『暗殺の備え』をしっかりしているとは油断できない相手だ。


 とはいえ、俺はキャミーから外道勇者の特徴を聞いている。『金髪で金ピカ鎧』の奴を見つければいいだけだ! 寝ているときは鎧を脱いでいるかもしれないが、それでも鎧はすぐ身に着けられるように寝床の側に置かれているはずだ。


 テントの中は真っ暗だから、髪の色を確認するためにロウソクを灯す必要があるが、4人の確認くらいなら一瞬だ。連中が気付いて起きるよりも早く、外道勇者を仕留めることなど容易いはず。


 俺はテントの中に滑り込み、ロウソクを灯す。


 そして外道勇者を探す…… あれっ? 金髪3人に黒髪アフロ1人。それに金ピカ鎧は全員の枕元に置かれている。


 やられた…… 影武者まで用意してたのか! 1人だけ黒髪アフロなのが意味不明だが。


「ペラペラペラ!」


 俺が躊躇している間にアフロが目を覚まし、意味不明の声を上げた。そして、他の3人もほぼ同時に目を覚まして起き上がった。


 くそっ! 闇討ちは完全に失敗だ…… 俺はすぐさまロウソクを吹き消してテントから脱出する。


 テントから出てすぐ、俺の頭上から『何か』が落ちてくる気配が!?

 俺はそれを横っ飛びで避ける。


 ドゴーン!!


 何かが爆発したかと思われる爆発音と同時に地面が大きく揺れた。

 地面には巨大なクレーターができている。そして、その中心にあったのは直径3mくらいもある巨大な『金属球』だった。


 この金属球が、ニャコンの町で見たクレーターの正体か!


 俺がテントの方を振り返ると4人の姿―― 全員金ピカ鎧を身に着けている。

 鎧は眩しい程の光を放ち、周囲を照らしていた。


 1人がその手に握っている鎖を引くと、そいつの手元に金属球が戻っていった。どういう仕掛けか分からないが、金属球は野球のボールくらいの大きさに縮んでいた。


 あいつが『外道勇者』か! 年齢は結構若い。背格好も俺と大差ない。


『外道勇者』がニヤニヤしながら俺に近付いてくる。そして――


「ペラペラペラペラ」


 何か話し掛けてきたが、予想通りキュウちんの通訳はない。

 ベトラクーテとは違う世界の言語で話しかけてきているようだな。


《キュウちん。やっぱりあいつの言葉は分からないか?》


 俺は一応確認の為、キュウちんに聞いた。


《えっ!? 彰人は今の言葉が分からなかったの?》


《異世界の言葉のようだから、俺には分からないよ》


《えっ!? あの言葉なら彰人も分かると思ったよ?》


 あれっ? キュウちんの反応が俺の予想と違う? キュウちんと話が噛み合っていない気がする。


《だって、あいつの使った言葉、彰人の世界で『英語』と言われているものだよ》


 へっ!? 英語……『英語』だとおぉぉぉ!?


 てことは、あいつは俺と同じ世界から来たのか?


《彰人、もしかして自分の世界の言葉も分からないの?》


 キュウちんの声には、若干俺を蔑んでいる響きが含まれているような……


《き、キュウちんは、よく英語を知ってたな……》


《当然だよ。彰人の世界の言語は全部、主からセットアップされてるよ》


 キュウちんが異世界人である俺と会話できているのは、そういうことか。どうせなら俺にもその『セットアップ』してくれよ……


 兎に角、ここは誤魔化すしかない。


《で、でもな、英語は俺の世界では、ごく少数の民族だけが使う超マイナー言語なんだ。だから俺が知らないのは仕方ないのさ》


《そうなの? 彰人の世界では全人口の1/4が話せる言葉でもマイナーなんだね! それに『マイナー』は英語だよね?》


 だ、駄目だ…… どうやら俺は墓穴を掘ってしまったようだ。こうなったら、もう恥を忍ぶしかない。


《キュウちん、頼むからあいつの言葉を通訳してくれ…… 否、してください!》


《うん。分かったよ》


「こいつ、さっきから固まってるぜ。完全にビビってやがる!」


 キュウちんの声が聞こえてきたが、これは俺に近付いてきたこの『外道野郎』の言葉だな。


「おい! ビビってないで何か喋れよ。それとも、声も出せないのか? ん!」


 何かキュウちんに煽られているみたいに感じるが……


 兎に角、お前のせいで俺はいらん恥をかかされたんだ! 俺の怒り八つ当たりをたっぷりとお見舞いしてやるぜ! そして、お前のそのでかい態度を後悔させてやる!

 そう考えると俺は――


「テンション・マックス!」


 思わず言葉に出してしまったぜ!


 それを聞いて、目の前の『外道勇者』は一瞬キョトンとした後


「Tension Max? ハハハハハハハ――」


 大笑いしやがった。


「コイツ、正直な奴だぜ!『テンション・マックス』だとよ!」


『外道勇者』が後ろにいた連中に声を掛けると、そいつらも同じように笑い出した。


 こいつら、どうしたんだ? 俺の余裕の言葉に怒りを覚えるのかと思っていたが、予想に反するこの反応…… 俺には理解不能だ。


《彰人、緊張してるの?》


 キュウちんが俺に心配そうに話しかけてきた―― って、何で俺が緊張してることになるんだよ!? 俺のテンションはマックスなんだぜ!?


《テンションって、緊張とか不安という意味だよね。それが最大なんて…… 彰人も前の救世主様のように負けそうなの?》


 えっ!? テンション=緊張・不安? そういう意味だったか?


 あれっ!?『テンション』という単語はよく使われてるけど、緊張とか不安の意味で使われてたか?『気持ちが昂る』とか『気分がノリノリ』みたいに使われていた気がしたけど……


 もしかして思いっ切り誤用された『なんちゃって英語』だったのか!?


 俺が恥ずかしさで落ち込んでいると、4人が話し始めた。


「ジョニー。お前の顔が怖いから、ビビってるんじゃないのか? 可哀そうだから、俺が代わりに相手してやろう!」


「何言ってんだ、ボビー! お前の顔の方がよっぽど怖いだろ!」


「2人共、下らんジョークはそこまでにしておけ。それにしても、この世界に来てから『黄色いサル』を見るのは初めてだな。もしかすると、コイツは『猿族』かもしれんな?」


「猿族だって! マックス、お前の言う通りだな! ヒャヒャヒャヒャ」


 まさかこいつ等…… 4人共、異世界から来た『外道勇者』なのか!?


……


 正直、この展開だけは避けたかった……


 俺は、ニャコンを襲った外道勇者『1人だけ』を相手にするつもりだったのに、今俺の前には外道勇者4人が勢揃いしている。


 4人の(外道)勇者勢揃い―― って、ヒーロー物の胸熱展開みたいな響きじゃないか!

 しかも、俺は闇討ちに失敗して逃げるところ―― まるで俺が悪党みたいだろ!


 奴らはどう出るつもりだ? 1人ずつ掛かってくるのか、4人一斉に掛かってくるのか?

 流石に1対4では分が悪いから、1対1にしてくれないかな?


「マスター、気付かないか?」


 さっきまで完全に興味なさ気だったラミオンが、俺に話し掛けてきた。


「ラミオン? 何のことだ?」


「奴らの鎧をよく見てみろ。鎧に魔力が供給されているのが見えるはずだ」


 俺が集中して4人の鎧を観察すると、


「確かに、鎧からアンテナみたいなのが伸びていて、そこにエネルギーが集まっているみたいだな。あれは一体なんだ?」


「あのアンテナから、奴らは力を得ている」


 何だって?


「それじゃ、あのアンテナを壊せば奴らは力を失うのか?」


「アレを壊すのはラミオンでも無理だ。だから、アンテナにエネルギーが届かないようにすればいい」


 まさか、ラミオンが俺に助言をくれるなんて!


 もしかしてこれは…… 俺の『死亡フラグ』じゃないだろな?


……


「どうした猿、テンションは下がったのか? ハハハハ」


 この野郎! 人がせっかく忘れようとしてるのに、また穿ほじくり返しやがった。

 俺はこの『金属球使い』を『外道1号』と呼ぶことに決めた。もしも他の奴らも金属球使いなら、その時はお前は『キン●マ1号』だ!


 俺に近付いてくるのは外道1号だけ。他の奴等は離れた所でニヤニヤしながら見ている。

 どうやら1対1で戦う気のようだな。とはいえ、外道1号を倒したら次は1対3になる筈だ。

 俺は、外道1号と戦いながらどうやってどさくさ紛れに残りの外道共を攻撃するかを考える。


 そして、いよいよ戦いが始まる、と思われたとき


「勇者様、お待ちください!」


 ドタドタと近付いてきたのは、他のテントにいた兵士共。ここで、ザコ戦闘員の登場か!


 そうだ。悪党にはザコ戦闘員が付き物だ。

 これで誰が見ても、俺が正義のヒーローで奴等が悪党に見える筈だ!


 俺のやる気が上がってくる。俺は思わず呟いた。


「テンション・アップ!」


 あっ! 間違えた……

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