第61話 彰人、再び異世界へ行く

 俺はラミオンに乗って鬼追村の実家に帰ってきた。


 親父は出掛けているのか家に居なかった。親父の意見も聞いておきたかったが、仕方なく蔵へ向かうことにした。

 途中、元俺の部屋の前を通ると、今日も魔央さんはパソコンの前に座っていた。


「うーむ…… このポーズを覚えなくてはならんのか……」


 チラッとしか見えなかったが、モニタには何やら少女物のアニメが映っていたような気がする。あまりに集中していたので、邪魔してはいけないと思い、声を掛けずにそのまま通り過ぎた。


 今日の俺の目的は、この蔵の中だ。『さぶろう』なら『あの転移事件』についての手掛りを持っているかもしれない。


「さぶろう。居るか?」


 俺は勢いよく蔵の扉を開けた。そして―― 慌てて扉を閉めた。


 俺は何も見ていない!


 心の中でそう呟くも、


《彰人様!》


『さぶろう』から声を掛けてきた。


《『扉』の変化がお分かりですよね!》


 くそっ! やっぱりバレているのか……


「ああ、光ってるな……」


《それでは彰人様、お気をつけて!》


「さぶろう…… やっぱり行かなきゃダメか?」


《勿論でございます。現在『アーセス』の扉に文様が浮かぶのは、『管理者基準40倍以上の要請』からに設定されております。

 40倍以上となりますと、文様の見える管理者はかなり限られますし、要請先の世界にとっては切迫した状況の可能性が高いのです》


「管理者基準40倍以上!? なんでそんな設定になってるんだ?」


 かなりの高設定ということは、それだけ厄介な要請ということだろ? どうせなら、もっと楽な要請に代えてほしい……


《強力な管理者のいない一般的な世界が救世主の要請を行うのは『管理者基準8倍』以上の災いから、と言われております。そして『アーセス』の扉の設定も元々は管理者基準8倍でした。ところが、以前の『アーセス』の扉の管理者―― つまり彰人様のご先祖様方は、要請が入りますとそれこそすぐに、嬉々として救世主として赴かれて行かれたのです》


『嬉々として』か―― 思いっ切り想像が付く。


《それで、余りにもアーセスの者ばかりが救世主を務めますので、他の世界から『俺達の世界の者にも救世主をさせろ!』とクレームが入ったのです》


「そんなクレームが入ったのか!?」


《救世主を送りますと『貢献ポイント』がその世界に入りますので、世界としてはできるだけ自分の世界の者を救世主として送りたいのです。

 彰人様のご先祖様方は、貢献ポイントを荒稼ぎされましたので、そのおかげで今のアーセスの扉は『3921』の世界と繋がっております》


 何だよその数!? 確かタマは『エシューゼは106の世界と繋がっている』とか言ってたぞ。俺のご先祖様、どれだけ異世界に行ったんだよ! そりゃ、クレームも入るわ……


《そういうこともありまして、扉の設定を『管理者基準80倍』に変更したのです。

 すると、今度は要請自体がほとんどなくなってしまい、彰人様のご先祖様方が不満に感じられまして『管理者を辞める!』とまで言いだされました。

 それで他の世界とも色々協議いたしました結果、現在の『管理者基準40倍』に落ち着いたのです》


 俺の『ご先祖様』―― 完全に『戦闘狂バトルジャンキー』だな。どれだけ戦闘に飢えてたんだよ。俺は平和に暮らしたいというのに、迷惑な話だ。


「基準については分かったが、確か1度救世主として出向いた後は、次の受付まで期間を空けるんじゃなかったのか? まだ俺がエシューゼから帰ってきてから数日しか経ってないぞ?」


《それは、【救世主インターバル】のことでございますね。それなら現在は『10分』に設定されております。因みに初期設定では150日です》


 10分!? それって『ない』に等しいだろ! 誰がそんな設定にしたんだよ! 


 俺はいろいろ過去の『戦闘狂バトルジャンキー共』に文句を言いたいところだが、溜息を吐くだけに留めた。


 しかし、何でタイミングよく俺が来た時に扉が光るんだ?


「親父はどうした?」


《寛紀様でしたら、奥方様にお会いに『異世界』へ出掛けられております》


 まさか、俺の母親って『異世界の人』なのか?

 どおりで俺は1度も母さんに会ったことがなかったわけだ。てことは、もしかしてじいちゃんもか!?


「さぶろう。もしかして、じいちゃんも扉を通って異世界へ行ってるのか?」


《はい。鉄也様も現在異世界へ行かれております》


 そういうことか。俺のばあちゃんも異世界人だったのか…… まあ、3代目から異世界人の血が入ってるわけだし、今更驚くこともないか。


 兎に角、救世主として異世界に行くことは仕方ないとして、俺のここに来た本来の目的も果たしておかないとな。


「行く前に、ちょっと『さぶろう』に聞きたいことがあるんだ」


《何でございましょうか?》


「今朝、俺の学校で『異世界への転移』が有ったんだが、どこに連れ去られたか分からないか?」


《そういえば、主が『ここ数年、よく異世界へ繋がる穴が空けられた痕跡が見られる』と言っておられました。ですが、繋がり先は特定の世界ではなく、複数の世界のようなのです》


「つまり、『転移魔法』を使っているのは『1人ではない』ということか」


《ところが、その穴を開けたと思われる力の残滓からは『同一のエネルギー』が感じられたそうなのです》


 まさか!? それって、同一人物による『複数世界への転移魔法』ってことか?

 もしそんなことが可能な奴がいるとすれば…… ちょっと、ゾッとするほど強力な魔力を持った魔術師だ。

 できれば『そんな奴』との戦闘は避けたいが、あの5人を助けに行くとなると……


 やっぱり、助けに行くの止めとこうかな。俺にメリット無さ過ぎだし。


《もし転移魔法によるものでしたら、魔法陣には転移先の世界の情報が記されていたはずです。その魔法陣を正確に覚えておられましたら、転移先の世界を特定できるかもしれません》


 あの魔法陣、どんな形だったかな? 全然覚えてないな……

 あんな一瞬で、複雑な魔法陣を正確に覚えるなんて誰もできないよな。こんなことなら、あの魔法陣を写真に撮っておくんだった……


 どっちにしろ、今は目の前の『扉』の方から先に解決しよう。

 今回はラミオンがいるから移動に困ることもないし、直ぐに解決できる筈だ。ラミオンバスターだけは注意する必要があるが、後は何とかなるだろう…… 多分。


「よし。とりあえず今から異世界へ行ってくる。さぶろう―― 親父が戻ったら転移のことを伝えておいてくれ」


《分かりました。それでは彰人様、頑張ってきてください》



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 俺はラミオンと一緒に扉を通った。


 視界が真っ白に包まれた後、再び視界が戻ってくる。


 俺の目に飛び込んできたのは、家の道場と『いい勝負』の古びた建物の中。

 そして目の前には、身長3m程ありそうな大きな人が立っていた。


「よく来てくれた、異世界の救世主よ」


 目の前の巨人が、俺に向かって話し掛けてきた。


 そして、俺の前をふわふわと飛んでいるビー玉くらいの大きさの『光の玉』―― コイツがこの世界の『使い』で、巨人の言葉を同時通訳してくれたようだ。


「私はこの世界【ベトラクーテ】の『扉の管理者』をやっている【グラスコ】というものだ。見ての通り私は『獣人族』だ」


 獣人だったのか! シロクマのコスプレをした怪しい奴かと警戒したぞ。

 獣人族がいるということは、今回の世界はエシューゼと違ってファンタジーっぽい世界なのかもしれないな。


 それにしても、グラスコの声は違和感バリバリの『甲高い子供みたいな声』なんだが、見た目と違ってグラスコはまだ子供なのか?


「ところで、俺の言葉はグラスコには通じているのか?」


「大丈夫だ。私の『従者』があなたの言葉を同時通訳してくれる」


 俺とグラスコの会話は、問題なく成立するようだ。


「救世主よ。あなたの名前は?」


「俺は彰人だ。アーセスの『扉の管理者』をやっている」


「そうか。アキト、よろしく頼む」


 やっぱりグラスコの声は『7~8歳くらいの子供の声』にしか思えない。

 シロクマの年齢は俺には分からないが、やっぱり気になる。


「失礼だが、グラスコは何歳なんだ?」


「ん? 私の年齢は40歳だが、何か気になることでもあったかな?」


 40歳!? 普通にオッサンの年齢だが、もしかするとベトラクーテの1年はすごく短いのかもしれない。


 俺は目の前を浮遊している『使い』に念話で話しかけた。


《お前がこの世界の『使い』なんだよな?》


《そうだよ。【キュウちん】は、主から救世主の使いを頼まれたんだよ。彰人、よろしくね》


 なんかコイツ、随分と馴れ馴れしいな。

 それに、その声―― グラスコの同時通訳で聞こえてきたのは、お前の声だったのか!


《お前の名前は『キュウ』というのか?》


《違うよ! キュウちんの本当の名前は【キュレモス・ウルティメチン】というんだよ。でも、略して『キュウちん』と呼んでくれていいよ》


『キュウちん』ねぇ…… あんまり呼びたくないな。


《なぁ、キュウは同時通訳で相手の声の再現はできないのか?》


《キュウじゃないよ! キュウちんと呼んでよ!》


 俺は結構イラッとしてきたが、ここは我慢だ。


《キュウちん、できないのか?》


《うん! できないよ! それは、レベル2以上の能力だもの。キュウちんはまだ生まれて間もないからレベル1なんだよ。だから声の再現は無理だし、通訳可能距離は半径20m以内、同時通訳は3人までしかできないよ》


 レベル? そんなのがあるのか? つまり、『タマ』はレベル2以上だったのか!


「アキト。私がベトラクーテの現状を教えよう!」


 グラスコが俺に申し出てくれたが、俺は首を横に振ってそれを拒否する。


「否、俺の『使い』から聞いておくから大丈夫だ」


 俺に聞こえるグラスコの声は、キュウちんの声だからな。悪いが、聞いていると笑ってしまいそうになる。それならキュウちんから直接聞いた方がマシだ。


「そうか…… なら、お金だけ渡しておこう」


 グラスコは、ベトラクーテで使われている金と地図まで用意してくれていた。

 金貨10枚と銀貨50枚―― これだけあれば60日分の旅費になるらしい。


 エシューゼの時と違って今回は至れり尽くせりで、ほとんど苦労なく仕事が出来そうだ。ラミオンがいるから移動も楽だし、すぐに元の世界に帰れるだろう。


――――――――


【ベトラクーテ豆知識】

 ベトラクーテの1カ月は36日で、1年は10カ月(360日)だ。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 すぐに元の世界に帰れる? 誰だよ、そんな甘い考えだった奴は!?


 俺は扉を祀ってある小さなやしろを出て、粗末な建物の中―― グラスコの住居みたいだから悪く言いたくはないが随分汚い。そこで、キュウちんから俺の目的について説明を受けている。


 今回、俺とベトラクーテの間で結ばれた契約の『達成条件』は、この世界に現れた『勇者を名乗る連中の排除』ということだ。

 その勇者連中は、ベトラクーテとは別の世界からやって来たそうで、今回もエシューゼの時と同様ターゲットがどこにいるのか掴めていない。

 分かっているのは、勇者を名乗る連中が4人いるということくらいだ。


《あのね、今回の救世主はね『管理者基準60倍』で要請したんだよ》


「60倍!? 相手の力も分かっていないのに随分な高設定だな」


《それには理由があるんだよ》


――――――――


 10日前にベトラクーテのメル友の世界から1通のメールが届いた。


『前略、ベトラクーテさん。

 私の世界は今大変なことになっています。

 人族と魔族が戦争を始めたのです。


 それも、力の劣る人族の方から戦争を仕掛けたのです。


 今までの長い歴史において、人族と魔族の間で戦争が起こることはありませんでした。それは、お互いが『決して相手の領界テリトリーへ踏み入らない』という不文律を守ってきたからです。


 それが唐突に破られました。


 武装した少数の人族が魔族の村を襲ったのです。そして、怒った魔族が報復に人族の村を攻撃しました。


 最初は小さな衝突でしたが、【ある教団】が人族を先導し、遂に人族と魔族の全面戦争へと発展してしまったのです。


 もし人族の間で『勇者信仰』を掲げる教団ができたら要注意です。その教団の裏では【あいつら】が糸を引いている可能性があります。


 貴方の世界も気を付けてください。早急に手を打たないと、大変なことになるかもしれません。


 かしこ』


 そのメールを最後に、ベトラクーテはそのメル友と音信不通になっているという。


 そして、ここベトラクーテにも、数年前に『勇者信仰』を掲げた教団ができ、今や人族の国々で大きな影響力を持っているという。

 そして、4カ月前には『人族と獣人族の衝突』があったらしい。


――――――――


《そのメールを見た主は、急いで『手を打つ』ことにしたんだよ。

 それで、10日前には『管理者基準20倍』で救世主の要請を行ったんだよ》


「それじゃあ、どうしてもう1度要請を出したんだ?」


《それは、昨日救世主様が殺されてしまったからだよ……》


『教団』が召喚した『異世界の勇者』の1人によって、その救世主は殺されたという。どうでもいい情報だが、キュウちんに名前を付けてたのもその救世主だそうだ。


「じゃあ、キュウちんは救世主と勇者の戦いを見たんだな」


《うん、見ていたよ。最初は救世主様の方が押していたんだよ。

 でも、途中で勇者がいきなり強くなったみたいで、救世主様の攻撃が効かなくなったんだよ》


 いきなり強くなった? プロレス的演出で最初は弱い振りをしていた、とか?

 実際に戦ってみないと何とも言えないな。


《20倍設定の救世主様が負けたから、主はヤケクソになって、次は60倍の設定で要請を出したんだよ》


 60倍という数字には、特に根拠があるわけではないようだな。

 ということは、60倍でもそいつらに勝てない可能性も大いにあるわけだ。親父がいるときに要請を出してくれたら良かったのに、何で俺がそんなヤバい奴らを相手にしなくちゃいけないんだよ…… 本当にツイてない。


「キュウちんは、勇者とどこで接触したんだ?」


《それはね、獣人族の領域にある猫族の町の側だったよ。人族がその町を攻撃するという情報があったから行ってみたら、勇者の1人と遭遇したんだよ》


「その町はどうなったんだ?」


《今は誰もいないみたいだよ。人間の反応が全くないもの》


 もしかすると、その町は全滅させられたのかも……

 キュウちんには勇者の存在は掴めないから、勇者がまだ町にいる可能性もある。


「兎に角、その猫族の町に行ってみるしかないな。もしかすると勇者の手掛かりがあるかもしれないし」


《彰人、気を付けないとだめだよ。獣人族も人族に対して戦争する気になっているみたいだから、彰人は獣人族からも狙われることになるからね》


「わかっているさ」


「マスター、行き先は決まったのか?」


 それまで一言も発せず正座していたラミオンが俺に聞いてきた。

 ベトラクーテに来てからのラミオンは、不気味なくらい大人しい。まるで何か考え事をしているようだった。


 キュウちんに場所を教えてもらった俺は、ラミオンに乗って猫族の町【ニャコン】へ向かうことにした。






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