第52話 彰人、初登校する
俺は今日初めて高校の校門をくぐった。
80万人都市であるS市。そのS市A町にある【私立・
エシューゼへ行っていた約70日間、俺は交通事故で入院していたことになっていて、入学式からは既に2ヶ月が過ぎている。
俺は、初めての登校にドキドキしっぱなしだ。
きっと休憩時間は質問攻めに合うだろう。
でも大丈夫!
何を聞かれても答えられるように、昨晩は寝る間も惜しんで、シミュレーションを完璧にこなしてきた!
というのに―― 休憩時間、誰も話しかけてこなかった……
そして昼休みも、俺は1人寂しく弁当を食べている……
普通、クラス委員とかが気を利かせて、話しかけてくれたりするんじゃないのか!?
俺の知ってる学園物のラノベでは、大抵『眼鏡をかけたお下げ髪の委員長』が、転校生に優しく話しかけてくれるはずだった。
あっ!? 俺『転校生』じゃなかった! 今頃気付いた。
もしかして、周りの皆は俺のことを『引き籠り』で不登校だった―― そんな風に思っているのではないのか?
周りの会話に聞き耳を立てていると、例の事件の話ばかり……
俺については何も言ってないな。全く無関心ポイ…… それも寂しい。
それにしても、都会とはずいぶん物騒な場所だ。
『鬼追村』では、凶悪事件なんて全くなかった。
せいぜい『熊が出た』とか『猪が出た』とか、その程度だ。
人が死ぬような事故も聞いたことがない。
俺はこんな恐ろしい場所で、何事もなく高校生活を送れるのだろうか…… 心配だ。
否、それ以上に『ぼっち』の方が心配だ!
こんなに無視されるなんて―― もしかして俺は、気付かない内に何か『やらかして』しまったのだろうか?
……
「ねぇ、見た? あのニュース……」
「3年前に失踪した、『オタク3人』の事件でしょ!?」
「そうそれ! その3人ね―― うちの学校の生徒だったんだって! 知ってた!?」
「そうなの!? ビックリ! でもそれ以上に、衝撃よね……
3人共、首が落とされて…… 死んでたそうじゃない……」
「そうそう……『まるで断頭台にでも掛けられたようです』―― なんて、ニュースキャスターが言ってたわ…… 怖すぎ」
―――――――
その日の学校では、その『ニュース』の話題で持ち切りだった。
3年前のある日、俺の通う高校の男子生徒3人が突然行方不明になったらしい。
彼らは、所謂『オタク』と呼ばれる学生で、3人が固まって行動しているのをよく見かけられたそうだ。
そして、その日の昼休みもいつものように3人は一緒に教室を出ていった。勿論、誰もそれを気にする者はいなかった。
ところが、彼らは午後の授業の始業ベルが鳴った後も、教室には戻ってこなかった。
こんなことは初めてだったが、それでもそのことを気に留める者はいなかった。
しかし次の日―― 彼ら3人の家族から『捜索願』が警察に出されたことで、事態は一変した!
『3人の足取りを探せ!』
ワイドショーの格好の餌食となったこの事件は、1か月に及び連日テレビに取り上げられたが、結局何の手掛かりも見つからないまま、世間から忘れ去られた……
それが昨日の早朝―― 河原で3人の姿が目撃されたのだ!
それも、3人並んで俯せになって死んでいるのを!
ショッキングだったのは、3人が裸でいたこともそうだが、3人は首が斬り落とされていて、死体の横に首が転がっていたという。
町全体が、この事件が原因で騒々しくなっているのは言うまでもない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「よう! お前が『不登校の引き籠りヤロー』か?」
俺に初めて話しかけてきたのは、お下げ髪の眼鏡の委員長ではなく、身長180cm、体重100kg以上ありそうな大柄の金髪ピアス―― どこから見ても『頭の悪い、野蛮を絵に描いたような男』だ。
この高校、『優秀な進学校』だと『美樹さん』から聞いていたのに、こんなのがいるようでは、その評判はあまり信用できそうにないな。
否、『人は見かけによらない』ということもある。もしかして、こんな奴が結構優秀なのかもしれない。
そう思い直そうとしたのだが――
「おい! 黙ってないで何とか言えよ! ビビッてんのか?
心配するなよ。俺達が、引き籠りのカスと『友達になってやる』って言ってんだよ」
うん! 絶対に『見た目通りの奴』だ。しかも――
俺達? 複数形かよ……
この『野蛮』と同類と思える奴らが3人、こっちを見てニヤついていた。
はぁ……
俺が深い溜息を吐くと、『野蛮1号』が少しイラつき気味に
「おい! ちょっと俺達と屋上で遊ぼうぜ!」
そう言って、いきなり俺にヘッドロックを掛けてきた。そして『野蛮1号』は、そのまま俺を引き摺って教室を出て行こうとする。
いつの間にか教室はシンと静まり、俺は注目の的になっているようだ。
可哀そうに……
皆の目は、無言でそう語っている。
中には、少しバカにしたような目で見ている者もいる。
学園カースト―― 何でも、最初にそれの『最下層』に認定されると、その後もずっと周りからそのような扱いを受けるらしい。
そうならないために、『美樹さん』からは『最初にガツン』と見せつければいい!
そうすれば、バラ色の学生生活が保障される―― そのようにアドバイスされた。
つまり、これは『ガツン』を見せつける『大チャンス』だ!
『野蛮1号』はいきなり俺が動かなくなったことで、またイラっとしたようだ。
「おい! 誰が『止まっていい』って言った! さっさと付いて来ねぇか!」
そう言って、ヘッドロックに力を込めた。
「そうだぜ。後ろがつかえてんだ。さっさと歩けよ」
後ろから『野蛮2号』が、俺の形のいい尻に蹴りを入れた。
親父にも蹴られたことないのに! じいちゃんには修行で散々蹴られたけどな。
「いってえぇぇ。なんだコイツのケツ…… 岩みてぇにかてぇ」
「ほんとかよ!? 俺も試してみるわ」
今度は『野蛮3号』か…… これ以上、黙って尻をサンドバッグ代わりにさせるつもりは毛頭ない。
『野蛮3号』の蹴りが俺の尻目掛けて飛んでくるのに合わせて、俺はヘッドロックしている『野蛮1号』を反り投げで投げる。
ドンピシャのタイミングで、3号の蹴りが1号の頭に命中!
「ぐえっ!」
カエルの潰れたような声を上げて、1号のヘッドロックが外れた。
「だ、大丈夫か……
やったのはお前だ、3号!
「だ、大丈夫だ…… 引き籠りの癖に、俺に逆らったらどうなるか、教えて……」
あぁ、鬱陶しい! 俺は野蛮1号のセリフが終る前に蹴った。
「えっ!?」
1号の巨体が2・3・4号の頭の上を跳び越えて―― 教室の真ん中辺りに墜落。
2・3・4号は、何が起こったのか理解できなかったみたいで、気絶した1号を呆然と見ている。
俺は一番近くにいた3号の肩を叩いて俺の方を向かせ、軽く掌底で鳩尾を突いた。
ドン!
3号だけでなく2号と4号も重なって吹っ飛び―― 1号の上に折り重なるように落下したのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
何故なのか?
俺が悪い―― だと? どういうわけか俺だけが職員室に呼び出され、説教を喰らっているのだ。
納得いかない……
俺は、あいつらの『ちょっかい』を、華麗に受け流しただけだ!
そして、今は目の前の教師の説教を華麗に受け流している。
「その態度はなんだ! ちゃんと聞いているのか! かみつき!」
かみつき?
俺はそれを聞いた瞬間、説教していた教師が突き出した右腕に、条件反射的に噛みついてしまった……
「うぎゃあぁぁぁぁ!」
……
俺は登校初日に、停学1週間を喰らったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺は、まだ午後の授業が残っているというのに、1人帰路につく。
校舎を出ようとする俺に、茶髪ショートの少し真面目じゃなさそうな女生徒が、声を掛けてきた。
「神月君―― あなた災難だったわね」
「どちらさまでしたっけ?」
「あなたと同じクラスだった『
「『だった』って何故過去形? 俺は別に学校を辞めていないぜ?」
「『今は』ね。でもね、あいつら―― 特に『
「郷山グループ?」
「あなた、まさか『郷山グループ』を知らない―― とか言わないわよね?」
うん。普通に知りませんが。
俺が首を捻って『知らないアピール』すると宮坂は
「あなた、一体どんな未開の地に住んでいたの? 兎に角、悪いことは言わないから、早くこの町を出ていくことね。あいつら、何をするかわからないから」
こいつ、見かけによらず『親切なお節介焼き』なようだ。
「忠告はしたからね! それと、もしどこかで私を見掛けても、声を掛けないでね。
あなたの知り合いだと思われたら迷惑だから」
「じゃあ、なんで忠告するんだ?」
「それはね、あの郷山達の情けない姿が見られてスカッとしたからよ」
そう言って宮坂は校舎の中に戻っていった。
なるほど、あいつらが御咎めなしで俺だけが『
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「た、ただいま」
「マスター。予定より早く帰ったな」
俺は『研究所』の人が手配してくれたマンションの1室に帰ってきた。
ラミオンはテレビの前に正座していて、俺の方を見ずに返事をする。
「ま、まあな。俺だけ特別に、昼からの授業は受けなくてもいいようになってるんだ」
苦しい言い訳だがラミオンにはわかるまい。
「そうか。ラミオンは、マスターが停学になって帰らされたのかと思った」
「ラミオン、何故それを知っている?」
「ラミオンとマスターはリンク状態にある。マスターの見聞きしたことは、ラミオンにもわかる」
なんだって!? それじゃあ、俺の行動は全てラミオンに『筒抜け』なのか!?
「もしかして、だけど…… ラミオンは俺の考えていることも全部わかるのか?」
「ラミオンにはマスターの見聞きしたことや浅層域の思考なら全部わかる」
「分からなくするようにはできないのか!?」
「マスターが情報のブロックをすれば、ラミオンには分からなくなる」
よ、良かったぁ。兎に角、今後は情報をブロックするようにしておこう……
で、その『情報のブロック』ってどうやってするんだ?
「ラミオン。ブロックの仕方、教えてくれないか?」
「ラミオンの取説に載っているはずだ」
「そうなのか? 取説には、ラミオンの形態変化のことしか載ってないんじゃなかったのか?」
「マスター以外は見ることのできない項目が増えているはずだ」
そうだったのか! これはしっかり目を通しておかねば。
「ところでラミオンは、俺が学校へ行ってる間、どうしてたんだ?」
「この世界の情報収集をしていた」
なるほど。つまりずっとテレビを見ていたわけですね。
『提供は、ゴーゴー郷山でお馴染みの郷山グループでした。それでは、また明日!』
テレビから、俺にとっては今一番聞きたくない名前が聞こえてきた。
『郷山グループ』か―― 『ゴーゴー郷山』って、センス無さすぎだろ!
「マスターと同レベル」
俺は急いで『情報のブロック』をしないといけない。
……
『宮坂』の忠告から、きっと『郷山剛士』は俺に何らかの『ちょっかい』を掛けてくるだろう。
そして、ああいう連中は、間違いなく俺の周囲にも迷惑を掛けるはずだ。
そうなると、俺は兎も角、問題はラミオンだ。
「ラミオン。知ってると思うが、バカ4人組が何かしてくるかもしれない。その時は、殺さないようにお願いします」
「ラミオン、知っている。バカは死ななきゃ治らない」
「否、治す必要ないから穏便に頼むよ」
それはそうとして、取説に書いてある情報のブロックの仕方―― ラミオンの前で跪いて、地面に頭を擦り付けながら『情報をブロックさせてください』と誠心誠意頼む!?
これって、ただの土下座じゃないのか!?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あのヤロー、舐めやがって!」
保健室で目を覚ました4人は怒っていた。特に郷山剛士の目は、凶悪な光を放っていた。
「絶対にただじゃおかねえ……
おいっ、マサル! あのヤローの住所、先公から聞き出してこい!
タニケン! お前は『アイツら』に連絡しとけ!」
「た、剛士君…… そんなことして、大丈夫かい?」
「クロは相変わらず心配性だな。アイツらが『あのヤロー』を拐ってくるだけで、俺らの事が表沙汰に成ることなんて無いんだからさ」
「そうそう。俺らはいつもの場所で待ってれば良いだけさ」
「俺に逆らったらどうなるか! きっちりと教えてやらねえとな」
堀川優、谷村賢祐、黒田信次の3人は中学時代から郷山の取り巻きをしている。そして郷山の悪事を手伝うことで甘い汁を吸ってきたのだった。
彼らが名門校といわれる『貞元坂高校』に入学できたのも、そのお陰だった。
「マサル。絶対に放課後までに、神月の住所、調べとけよ!」
「分かりました。斉藤なら、簡単に教えてくれますよ」
「よし。じゃあ、放課後は久しぶりに『駅前のカラオケ屋』に集まるからな!」
えっ!? カラオケ屋!?
郷山のその言葉を聞いた3人の取り巻き達は、恐怖の表情を浮かべたのだった。
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