第53話 彰人、忠告する

 時刻は午後5時――


 郷山剛士と取り巻き3名は、駅前の繁華街にあるカラオケボックスの1室にいた。


「ちょろいもんです。斉藤からあのヤローの住所を聞き出しましたよ」


「そうか! マサル、よくやった。

 タニケン、いつものように『あの連中』に声は掛けたんだろうな?」


「勿論です。アイツらも小遣いになるから、やる気満々ですよ」


「よし! じゃあ、奴の住所をメールしておけよ」


「で、でも、あの神月―― 結構強いんじゃあ……」


「クロ! アイツが『強い』だと!? 俺を投げ飛ばしたからか? あれは俺が油断してただけだ!

 まあ確かに、アイツは不意打ちだけは得意みたいだからな。タニケン、それだけ気を付けろと忠告しておけよ!」


「大丈夫ですよ。アイツら20人もいるし、それに猟ちゃんなら問題ないですよ。

 それよりも―― 神月に妹はいないかなあ? いると楽しくなりそうだけど」


「やっぱりタニケンは『ロリ』ですか? 俺はどっちかというと『姉』がいたほうが嬉しいな」


「何だよ、マサルは年上好きかよ!」


「お前ら、そんなことはどっちでもいいだろ。それよりも、折角だしそろそろ歌うか!」


 郷山が曲を選びマイクを持った途端、取り巻き3人の顔色が青く変わる。


 郷山はマイクを持つと放さない―― これから4時間は、吐き気を催すような歌声を大音量で聞かされるのだ。


 3人にとって、地獄の『郷山リサイタル』が始まろうとしていた。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 閑静な新興住宅街にある、昨年完成したばかりのマンションの一室が、俺の現在の住居だ。


 俺の部屋の窓からは、緑に囲まれた結構広い公園が見えるのだが、今その公園には、この辺りに似つかわしくないバイクに乗った一団が集まっていた。


 昨日は見なかったが、あんな連中がよく現れるとすると、この辺りの治安はあまり良くないのかもしれないな。


 まだ午後7時を過ぎたばかりだから、安眠妨害というわけではないが、さっきからブンブンとバイクの空ぶかしの音が気になっていた。

 今後のこともあるし、キッチリと注意しておく必要があるな。


 俺が部屋から出ていこうとすると、


「マスター、ラミオンも付いていく」


「否、俺は夜風に当たりに行くだけだから、ラミオンは来なくていいぞ」


「ラミオンも、外のうるさい連中を黙らせに行く」


 えっ!? 俺、情報のブロックしたはずなのに、ラミオンに心を読まれたのか?


「マスターは単純だから、その程度の思考は顔を見ればわかる」


 そうか…… 俺って考えてることが顔に出るタイプだったのか。


『美樹さん』から、都会の人間には他人を騙して食い物にする奴がいると聞いた。

 考えていることが簡単にわかるようなタイプは、そういう連中の『格好の餌食』にされてしまうそうだ。都会で生きていくには、ポーカーフェイスを身に付けないとダメだな。


「ラミオン、付いてきてもいいが『暴力は無し』で頼むぞ。平和的に話し合いで解決するんだ」


「分かった。平和的に『力尽く』で解決する」


 そうか、分かってくれたか! 平和的に―― 力尽く? 嫌な予感しかしないな…… もしラミオンが事件を起こしたら、責任は親父に取ってもらおう。


 俺は諦めの心境でラミオンと一緒に部屋を出ることにした。


……


 何だよ、あの格好……


 俺が公園で見たのは、全員お揃いの黒いスカジャンを着てバイクに跨った、高校生ぐらいの集団だった。しかも、そのスカジャンには『髑髏』がプリントされていた。


 お揃いのスカジャンに『髑髏のプリント』って、お前ら恥ずかしくないのか!?


 それに、また『髑髏』かよ…… 俺は『髑髏の呪い』にでも掛かっているのだろうか? 髑髏を見ると、どうしてもの『恥ずかしい姿』を思い出して鬱な気分になる。


「おい、てめぇ! 何見てんだ!? ああっ!」


 俺に気付いた連中の1人が、さっそく因縁をつけてきた。

 やっぱりこういう連中とは『平和的話し合い』は難しいのだろうか?

 否、魔族とだって平和的に解決できた俺だ! 同じニホン人同士―― 話し合えば分かり合えるはず……


「おう! 俺ら【スカルギャング】にケンカ売ってんのか!? ぶっ殺すぞ!」


 凄味ながら俺の方に近付いてくるのが3人。


 ダメだ……『スカルギャング』などという、頭のイカレた中二病的名前を恥ずかしげもなく名乗れる連中と、話し合える気がしない。これは、ラミオンの言う通り『平和的に力尽くで解決する』しかないかも……


 俺がそんなことを考えていると、


「ちょっと待て!」


 連中の内で一際小柄な少年ガキが、前に出てきた。


「リ、リーダー!? コイツが俺らにメンチ切ったんですよ」


「いいから黙ってろ!」


 そのガキの一睨みで、俺に近付こうとした3人が後ろに下がった。

 コイツが連中のリーダーか。


「おい、お前―― 今、あのマンションから出てきたよな?」


「ああ……」


「それは都合がいい。お前、あのマンションの○○号室の神月って奴を呼び出してこい!」


 何だコイツ? 随分偉そうだな。それに、俺を呼び出して何をするつもりだ?

 おっと! ここはポーカーフェイスでいかないとな。


「悪いが、俺はお前らに呼び出される謂れはない」


 俺は無表情で返事する。


「おい! まさか、お前が『神月』か!?」


「そうだ」


「アハハハ―― こりゃツイてるは! どうやってお前を呼び出そうか考えていたのに、まさかそっちから出てきてくれるとはな!」


 このガキ、何がツイてるんだよ?


「お前に用がある人がいるんでな。ちょっと付き合ってもらうぜ!」


 俺に『付き合え』だと!?

 まさか『俺に用がある人』って―― 危ない趣味の奴じゃないだろうな!?

 否、もしかすると女性の可能性も……


「俺に用があるって、そいつは女なのか?」


「はあ? 男に決まってるだろ」


 都会は危険が一杯だと『美樹さん』に忠告されていたけど、どうやら俺は想像以上の危ない奴に目を付けられたようだ。


「悪いが、俺は付き合う気はない……」


 流石にこんな気色の悪い相手に、ポーカーフェイスを続けるのは無理だ。

 俺は、思いっきり嫌そうな顔で答えた。


「いいや、お前には付き合ってもらう。もし抵抗するなら、後ろにいる女の子がどうなるか―― 分かるよな?」


 雑魚っぽいのが2人、ラミオンに近付いてニヤニヤしている。


 ラミオンにまで手を出すってか?

 そんなことして、ラミオンを怒らせたら…… 下手したら死人が出るぞ。


「それだけはやめてくれ!」 


「じゃあ、大人しく付き合うんだな!」


 これ以上の話し合いは無理だな…… ラミオンが暴れるよりも、俺が力尽くで解決する方がまだマシか。


「なあ。諦めて帰る気はないか? 今なら見逃してもいいぞ」


 俺の親切心からの最後の提案は、やはり受け入れてもらえなかった。


「アハハハ―― なかなか面白いジョークだな。この状況でそれだけ強がれるとは…… どうやら俺を舐めてるみたいだな! だが――」


 リーダーは一瞬で俺の懐に入ってきた。俺との間は5m程の距離があったのに、なかなかの瞬発力だ。そして、リーダーのボディブローが俺を襲う!


 ボン!


「流石リーダー! 目にも止まらぬスピード!」


 周りの連中がリーダーのことを称えるが、残念!


「ぐっ!」


 拳を押さえながら、直ぐに俺から距離をとるリーダー。


「テメェ、腹に何か隠してるな!?」


 いつものように俺の服の下には七節棍を隠してある。その上から殴ったのだから、拳は相当痛かったはずだ。


「ふざけやがって……」


 リーダーの目は、さっきまでと違って殺気が篭っている…… 俺は、ベルシャに披露したら、きっと大ウケしてくれるダジャレを、心のノートに書き留めておく。


「次は、そうはいかねぇぞ!」


 再びリーダーが一瞬で俺の間合いに入ってきた。今度の右ストレートは俺の顔面に向かっている。


 バシッ!


「ば、バカな…… 何で俺のスピードを見切れる?」


 俺はリーダーのパンチを、左手で軽く受け止めた。


 コイツは『超能力者エスパー』のようだな。さっきのも今の踏み込みも、明らかに身体強化によるものだろう。

 ただ、『研究所』にいた連中に比べると全然大したことないが。

                    「そうはいかねぇ―― って、どう『いかない』のかな? リーダーくん」


「て、てめぇ! 許さねぇ…… 俺の本当の力を」


 うざい! そんなセリフ言うのは、少なくとも俺の攻撃範囲から回避してからにするべきだ。俺が黙って聞いてやるとでも思ってるのか?


 俺はリーダーのスカジャンの襟を持って無防備の身体を持ち上げ、豪快に背負い投げを決める。受け身も取れず、背中から地面に叩きつけられたリーダーは、口から泡を吹いて失神した。


 他の連中は完全に固まっている。多分このリーダー、コイツ等の中では圧倒的に強かったんだろうな。


「う、動くな! この子がどうなってもいいのか!?」


 ラミオンにナイフを突きつける雑魚1号―― 強がってるけど、ナイフを持つ手が震えているぞ。

 もう1人、雑魚2号が俺に近付いてくる。


「動くなよ。動いたらあの子が……」


 勿論俺は動く。そいつを一瞬で蹴り飛ばした。


「な、舐めるなよ! 俺はホントにやるぞ!」


 雑魚1号はラミオンにナイフを振り下ろした。


 あぁ、やっちまった…… その後は、俺の想像通りの結末が待っていた。


 俺は、死人が出ないことだけを祈った。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 時刻は午後9時――

 S市内の埠頭にある倉庫の中―― 入り口には【郷山食品】と書かれている。


「遅いな…… 何やってんだ!」


 郷山剛士はイラついていた。まあ、彼はいつでも大体イラついているが。


 取り巻き3人は『郷山リサイタル』のダメージから、大分回復していた。

 今回彼らはラッキーだった。カラオケボックスで2時間半が過ぎた頃に、タニケンのスマホにメールが届いたのだ。


『ミッション・コンプリート! 9時にいつもの場所で』


 骨河ほねかわ猟兵りょうへいから送られてきたメールは、いつも通りの定型文で書かれていた。このメールのおかげで、『郷山リサイタル』は予定よりも1時間以上早く終了されたのだ。


 ところが――


「スカルギャングの連中、まだ来てませんね」


「おかしいな…… メールにはちゃんと『9時』って書いてあるのに」


 タニケンはメールを再度確認する。


「まさか『午前9時』ってことはないよな?」


「流石にそれはないですよ。あいつらもその時間は学校だし……」


「仕方ないな。猟ちゃんに電話してみるわ」


 タニケンが電話を掛ける。すると――


 ピロピロピロローー!!


 倉庫の中から着信音が聞こえてきた。


「あれ? まさか猟ちゃん、中にいるのか?」


「何だよ、『かくれんぼ』でもしてるつもりか? そんなガキっぽいことしてないで、早く出て来いよ!」


 広々した倉庫の中は、大量の段ボールが棚に積まれていて、隠れるのは簡単だ。

 剛士が着信音のした方向に声を掛けたが、誰も出てくる様子がない。


「ちっ! 本気で『かくれんぼ』するつもりか? おいマサル、見て来い!」


 剛士はイラつきながらマサルに命令した。

『仕方ないな』というジェスチャーをして、マサルが棚の裏側の様子を見に行った。


「うわあぁぁぁぁ!」


「どうした!? マサル?」


 マサルの悲鳴に、3人も慌てて棚の後ろへ行く。そして――


 彼らはそれを見て絶句した……


―――――――


 骨河猟兵――


 彼は、S市で最も恐れられる武闘派集団の1つ『スカルギャング』のリーダーだ。

 自称『身長160cm』と言っているが、実際は150cm程しかない。

 しかし彼は、その小さい身体でありながら『信じられないほどの力』を誇っていた。


 自分の倍以上の体格の相手をも、軽々と圧倒するパワー!


 一体彼の小さな身体のどこにそれだけのパワーが隠されているのか?


 その秘密は彼の隠された『能力』にあった。

 彼がその『能力』を自覚したのは8歳の時だった。


 彼は幼少の頃からずっと身体の小さいことでいじめられていた。

 そして、その日も公園で4つ年上の大柄ないじめっ子にいじめられていた。

 いつもは抵抗できず泣かされるだけなのだが、その日は買ってもらったばかりの服を破られて、彼の中の何かがプツンと切れた。

 その瞬間、彼はいじめっ子を殴り飛ばしていた。8歳の中でも一際小さい彼が、4つも年上の大柄な少年を一撃で病院送りにしたのだ。


 彼の能力は【瞬間的身体強化】―― 効果時間はほんの数秒だが、その間彼の身体能力を飛躍的にUPさせる能力で、彼の体感的には、筋力や瞬発力は普段の5~7倍ほどに高まり、耐久力も大きくUPする。

 効果時間も小さい頃は精々2秒だったが、今では10秒まで伸ばしている。


 僅か『10秒』と侮るなかれ!

 10秒もあれば、一流の格闘家を相手にしてもお釣りがくるほどだ。しかも彼は、格闘技を学ぶことで基礎能力を上げることにも余念がない。


 この能力の欠点は、1度発動させると10秒間のインターバルを置かないと、次が使えないこと。それに、身体の負担も大きいため連続で使えるのは3回が限界だ。


 それでも彼は、その能力がある限り『誰にも負けることはない』と信じていた。


 神月彰人と対峙するまでは……



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 郷山達が見たものは、顔が腫れ上がってボロボロになった骨河の姿だった。


―――――――


 骨河をこの倉庫まで運んだのはラミオンだ。彰人も勿論一緒にいた。


 骨河は倉庫で気絶から目覚めたとき、目の前にいた彰人に飛び掛かっていった。

 その結果、彰人に左手1本で軽くあしらわれ、左ジャブを嫌という程顔面に叩き込まれた。

 能力を使っていたにも拘らず、全く相手にもされず一方的にボコボコにされて、骨河の心は完全に折れた。


 骨河は2度と彰人に手を出すことはないだろう。


―――――――


 骨河の背中には紙が貼ってあった。


『俺は付き合う気はない。二度と近付くな』


 そう書かれていた。


「剛士くん…… これ以上神月に係わるのは止めた方が……」


 骨河の強さを1番知っているタニケンの言葉は、しかし剛士には聞こえなかった。


「神月…… 舐めやがって! この俺にケンカ売って只で済むと思うなよ」


 ケンカを売ったのはこっちが先だろ―― そう思っても3人は誰もつっこめない。


「で、でも、スカルギャングでも無理ってなったら、どうするんです?」


「兄貴に頼むしかないな。神月、もう後悔しても遅いぜ」


 剛士はそう言うと3人を見てニタッと笑った。

 3人はその瞬間、背筋が凍るのを感じた。

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