第47話 彰人、討伐される

 女王様とラミオンは上手くやってるだろうか?


 エバンス城に残っているのは、俺とベルシャ・ベルゾン・ゲンス・ブリンズと魔王親衛隊の精鋭200名弱。


 サーコス帝国軍が攻めてきたときに、まずは俺以外の残っている者達が、帝国軍を迎え撃つために出撃する。


 といっても、本気で戦うわけでなく初めから撤退することを前提にした、見せかけだけの戦いを行うのだ。


 奇襲として、魔王軍からお遊び程度の軽い攻撃をする。


 それに対して、帝国軍が反撃に移ったらすぐさま魔王軍は逃げに転じ、エバンスの町まで撤退する。

 逃げる魔王軍を追って帝国軍がエバンスの町まで到着すると、ようやく俺の演じる『魔王(偽者)』の登場となる。


 俺はベルゾンの幻影魔法によって帝国軍の前に姿を映し出し、そして拡声魔法によって如何にも魔王らしい偉そうな演説を行う予定だ。そして演説後に、魔王の恐ろしさを演出するために、一発ド派手にデモンストレーションを行うことになっている。


 一体何をするのか?


 それは―― 俺、否、神明流にとっては基本的には『御法度な行為』である『霊気の放出技』を使う予定だ。


 俺は過去に1度だけ、じいちゃんとの組手中に『霊気の放出技』を披露したことがあった。


 あれは俺が10歳の時のこと――


 ネットで見たアニメのキャラが『指先に溜めた気を撃ち出す』その姿に憧れて、真似をしたのだ!


 基本的に放出技は、大抵何でも必殺技っぽくて格好いい!


 誰だって憧れて『使ってみたい』と思うのは当然であり、特に男ならその衝動を抑えることなど不可能だ!


 俺は、披露した後ドヤ顔でじいちゃんを見たら、じいちゃんの顔は『能面みたいな無表情』だった…… 俺にはその時の記憶が、その『じいちゃんの無表情な顔』以外にないのだ。その後のことは、どう頑張っても思い出すことが出来ない。


 しかし、俺の中で『放出技は、戦闘中には絶対に使ってはならない!』―― その思いだけは強く心に刻み込まれている。


 だから、安易に放出技を使う奴を見ると、無性に腹が立つんだ!


 でも今回は戦闘ではない。只のデモンストレーションだ。

 魔王としての演出のためだから、それなりの破壊力を見せつける必要があり、中途半端な手加減をするつもりはないのだが、久しぶりの放出技だから上手く撃てるかどうか心配だ……



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「港から帝国軍が上陸したようだ」


 ベルゾンが偵察隊からの報告を伝える。


「大型船が10隻―― 相当な大部隊だ。魔王様がラミオンに乗られて先頭を進んでおられるようだ。では予定通りに、我らの部隊は隠れて帝国軍に接近し、奇襲攻撃を仕掛けるとする」


「兄上、お気をつけて! ブリンズ、兄上の補佐をしっかり頼むぞ!」


「ベルシャ、お前も直ぐに出撃となる…… 気を付けるのだぞ!

 ゲンス、お前なら大丈夫だと信じているが、くれぐれも油断するな!」


 俺は皆が出撃する姿を、城の塔の上から見送った。


 全員が髑髏の兜を被り、顔には白と赤のペイントを施している。伝承に記されている魔王軍を再現したのだ。

 しかし、そんなことを知らないベルシャ達から俺が向けられたのは、明かに『非難の混じった視線』だった。


 昔この世界に現れた魔王軍の再現をすることで、今の魔王が伝説の魔王の再来だと印象付けることができる。そのためには、その格好をすることがどうしても必要なんだ。


 そのことを俺が説明しても、何故かベルシャ達は訝し気に俺を見て


「アキトの美的感覚は、我らには理解できない」


と、まるでそれが俺の趣味で決まったかのような言われようだった……


 昔の魔王のせいで、俺のセンスまで馬鹿にされた…… 正直心が痛かったが、俺は必死に耐えた。よくよく考えると、魔王軍のために俺が汚れ役を買ってやってるというのに、この仕打ちはなかなか理不尽なことだ。


 でも―― これに耐えた先に、俺にはバラ色の明日が待っているんだ!


 作戦が成功した暁には、女王様からご褒美を1ついただける事になっている。

 俺は、女王様に頼みごとを聞いてもらうのだ!



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「計画通り進んでいるぞ。もうすぐ帝国軍が町の入口まで到着するはずだ。

 そこからは、アキト―― お前の出番だ!

 俺が『幻影魔法イリュージョン』でお前の姿を空間に映し出し、『拡声魔法ヴォイス』でお前の声を遠くまで届くようにする。

 効果時間は2分だ。打ち合わせ通りに、しっかり頼むぞ!」


 ベルゾン達は1人の犠牲も出さずに、エバンスの町まで帝国軍を誘導してきた。

 帝国軍側にも、軽い怪我人が出た程度の被害しか与えていない。

 ここまで、作戦は問題なく進んでいる。


 ベルゾン他魔王軍の連中は、俺が演説している間に、城に俺だけを残して地下から脱出する手はずになっている。


 さぁ、ここからが作戦の山場だ!



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「あの城には魔王がおる…… いるはずです。ここで相手の出方を待て…… 待ちましょう!」


 僕達サーコス帝国軍がエバンスの町の入口に到着したとき、先頭を行く天女様がそう仰った。大半は一気に攻め込みたいようであったが、僕は天女様の考えに賛成だ。


 ここまで敵はほとんど本格的な攻撃を仕掛けてきていない。


 確かに、僕達の数に恐れを抱いて撤退した可能性もあるが、僕達を町の中に誘い込むための罠かもしれない。無暗に突っ込むのは危険だ。

 ここは精鋭数名が町に侵入して情報を集めるのがいいだろう。


「天女様! 町の中に偵察を送り、情報を集めてこさせようと思うのですが、よろしいでしょうか?」


「おま…… あなたは?」


「申し遅れました。私は、世間では『大魔道士ロイ』と呼ばれている者です。そして横にいるのが妹のメグです。以後、お見知りおきを。

 それで、偵察ですが―― この者達に頼もうかと思っております」


 そして僕は、ベリオヌの町で出会った4人を天女様の前に連れてきた。


 この4人は素晴らしい能力を持ている―― 僕は彼らを見たとき直感した!


 それで4人を僕の仲間にスカウトしたのだ。彼らもエバステに行くことを望んでいたようで、僕に同行することを快く引き受けてくれた。


「ん? その者達―― どこかで会ったことがあるような?」


「陛…… 天女様。私はセンドと申しまして、この3人の隊長をしております」


「センド! もしや……」


 僕は天女様が、センドの名を聞いたときの反応が気になった。


「センド、君達は天女様をご存じなのか?」


「え? まぁ、以前少しお見かけしたことがあったというか……」


「まあ! センドさん、天女様とお知り合いなのですか? それは素敵!

 是非、私も紹介していただきたいですわ」


 メグはセンドが気に入っているようで、兄としては少し複雑な心境だ。


 その時だった!


 突然、空に奴の巨大な姿が映し出されたのだ!



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ハハハハハ―― よく来たな、愚かなる人間共よ!

 吾は魔王―― かつてこの世界を恐怖のどん底に陥れ、再び貴様達を『破滅に導く者』である!

 今やこの世界には『魔人』はおらぬ―― 吾の邪魔をする者は、もうおらぬのだ!

 お前達には、これから吾が直々に恐怖を与えてくれる。恐ろしさに震え嘆くがよい! ハハハハハ――」


 俺は、自分で言ってて、余りの臭いセリフに頭が痛くなってくる。

 早く女王様に退治されて、自分の役目を終わらせたい……


 その前に、デモンストレーションをしないといけなかった。


 俺は超久しぶりに放出技を使う。

 今回は戦闘中ではないから、じいちゃんも許してくれるだろう。


 もしかすると、もう2度と使うことがないかもしれないし、全力に近い感じで撃ってみようと思う。


 それでもショボい威力だったら…… 格好が付かないけど、その時はその時だ。何とか誤魔化そう。


「ハハハハハ―― これからお前達に吾究極の一撃を放つ!

 受け取るが良い! ハハハハハ――」



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 何という『イカレた格好』だ!


 まさに伝承通りの魔王の姿が、空に映し出された。

 そして、今奴は言った……


「究極の一撃!?」


 一体どんな魔法を撃ち出すつもりだ?


 今まで勢い立っていた帝国軍も、魔王のその一言で完全に緊張し沈黙している。


 伝承にある魔王の恐ろしさは皆知っている。しかし、実際の魔王の技のことは誰も知らないのだ。


 魔王は右腕を天に向けて挙げた。右手の人差し指が立っている。

 そして、人差し指に光が集まる。光がどんどん輝きを増しているようだ。

 まるで、人差し指の上に巨大な光の玉が乗っているような―― そんな感じに光が膨らんでいる。


 あの空の映像は、当然実際の魔王ではないはず…… 本当の魔王はどこにいるんだ?


「塔の上に人がいる……」


 センドが呟いたのを聞いて、僕も気付いた!


 エバンス城の一際高い塔の天辺―― そこが光輝いていた。


「いくぞ! ○○○○!」


 魔王の最後の言葉が聞き取れなかった…… 空の映像が突然消えたのだ。


 同時に、塔の天辺から巨大な一筋の光の束が飛んでくる!


 僕達は全員、一斉に地面に伏せた!


 頭の上の空気が、凄まじく震えていたのが感じられた。


 だが―― それだけだった!


 僕はゆっくりと頭を上げて周りの様子を伺う。

 他の者達も頭を上げて、自分達に魔王の攻撃による被害が全くなかったことを確認し、皆ホッとしている。


 魔王の攻撃は不発だったのか!?


 否、そうではなかった…… 後ろを見た僕は気付いた。

 他の者達も気付いたようだ。その恐るべき破壊力に……


 僕達の後ろにあった山が…… えぐれている…… 巨大な穴が開いていたのだ。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 俺は自分で撃っておきながら、その惨状に呆れていた。


 どうしよう。思った以上に威力が高かった……


 ラミオンが俺の『マスター試験』の時に使った技に比べたら、全然大したことのない威力だが、それでもなかなかに自然環境を破壊してしまった。


 皆、ドン引きしているのではないだろうか?


 あっ! やっぱり帝国軍の皆さん、パニックを起こしているようだ。


 散り散りに逃げ出したぞ。


 まずい!


 これでは、女王様が雄姿を見せる前に誰もいなくなってしまう。


 女王様。早く俺を倒すための魔法を撃ってください。

 せめて、少しでも帝国軍が残っている間に…… 頼みます!


 俺―― 立派にやられて見せますので!



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 いけない!


 魔王の攻撃の恐ろしさに、兵達はパニックに陥った。

 統制が執れなくなり、皆思い思いに逃げ出している。


 恐怖は伝播する。


 ここで逃げた者達から、魔王の恐ろしさはアッという間に世界中に伝わり、広がるだろう。


 そうなれば、世界は簡単に魔王の手に落ちてしまう!


 もう魔王を止める手立てはないのか!?


 その時―― 天女様が叫ばれた!


「皆、恐れてはなりません! 私が居ることを忘れたのですか!?

 魔王の攻撃は確かに恐るべき威力でした…… しかし、私の力で倒せぬ相手ではありません。私を信じて見ているのです!」


 おお! 何という威厳と風格―― まさに『神の遣い』そのものだ。


 逃げ出そうとしていた者達も皆足を止め、膝をついて天女様に祈りを捧げるのだった。


 天女様は神獣に乗って、上空高々と舞い上がっていかれた。


 そして―― 天女様が呪文を唱えたのだった!



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 まったく…… アキトのヤツめ! あのような大魔法を披露するとは……


 これでは余の最強魔法も見劣りしてしまうかもしれぬ。


 とはいえ、この状況を収拾するには、余が何とかするしかあるまい。


 アキトのアレに負けぬくらいの派手な魔法というと――


「天空の彼方より集え、大いなる炎よ! 全てを破壊し燃やし尽くすのだ!」


 ノヴァ・ストライク!!



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 僕は天女様が呪文を唱えている間、城の塔の天辺にいる『魔王』を見ていた。


 2撃目が来るかもしれない! 僕はそれを警戒していたのだ。


 ところが―― 何故か魔王は、跪くような姿勢を取っていた……


 はっ! きっと魔力を使いすぎて疲れているんだ! そうに違いない!


 天女様は、冷静にそのことを見破っておられたのか!?


 天女様から凄まじい魔力が溢れている。

 魔力の渦が起こり、その渦は空高く上がっていく。


 そして――


 天空に巨大な火球が現れた! 直径50m? 否、それ以上かもしれない!


 その巨大な火球が、魔王のいる塔に向けて落ちていく!


 エバンスは、町のほとんどを城が占める小さな町だ。


 あの火球が落ちたら、町はどうなるのだろうか?


 恐ろしいことになりそうだ……



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 俺は急に気分が悪くなった。


 自分の攻撃の結果に罪悪感が生まれて、いたたまれなくなった―― というわけではない。これは、ある種『じいちゃんの呪い』と言っていい。


 じいちゃんのあの日の『無表情な顔』が突然脳裏に浮かんだ。

『トラウマ』ってヤツだな……


 まさか、技を撃った後にこうなるとは、思いもしなかった。

 やっぱり、もう2度と放出技は使わないようにしよう……


 まだちょっとふらつくが、そんなことは言ってられないな。

 俺は、これから女王様の最強魔法を喰らいながら、町を脱出しないといけないのだ!


 あれ!? 急に辺りが暗くなった?


 空を見上げると――


 げっ! 何かやたら大きな火の玉が、一直線に俺に向かってきている?


 これが女王様の最強魔法なんだろうな……


 俺、こんなのを喰らうのか? これを喰らって無事でいられるのか?


 それにしても、流石は女王様!


 俺のことなんて一切気にせずに本気ですね…… 寧ろ、絶対『殺す気』ですよね!


 とにかく死にたくないんで、俺は全力で霊気を身体に纏わせた!



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 巨大火の玉が、魔王のいる塔―― 否、城全体を覆い尽くすように落ちていく。


 魔王は立ち上がったみたいだ。


 くそっ! あのまま気付かず、天女様の魔法に潰されれば良かったのに……


 魔王は上空を見た―― 僕は魔王が逃げるのではないか? そう思ったのだが、魔王は逃げるそぶりを見せなかった。


 まさか! アレを受け止めるつもりなのか!?


 そんなことは有り得ない!

 そう思いながらも、不安な気持ちが湧き上がってくる……


 ついに、巨大な火球が塔にぶつかった!


 魔王の姿も完全に火球に飲み込まれ、城もその周りの町の建物も、次々と火球に押しつぶされていく。

 その余波は、離れたこの場所にまで凄まじい熱を伝えてきた。


 僕とメグ、それとセンド達4人は、必死に防御魔法を張って溢れてくる熱を防ぐ!


 やはり、僕の見込んだ通りセンド達は只者ではなかった!

 彼らがいなかったら、この凄まじい熱を防ぐだけの防御魔法を張れなかっただろう。


 一瞬の出来事のはずが、まるで何時間も経ったかのような錯覚を覚える……


 目の前の景色は、見るも無残に変わっていた。


 城も町も―― 跡形もなく吹き飛んで燃え尽きている……


 誰も声ひとつ上げなかった……

 誰も呆然と立ち尽くすだけだった……


「私達の勝利です!」


 その時、上空より声が降ってきた―― 天女様の声だ!


 その瞬間―― ようやく皆から勝鬨が上がった!


 そうだ! 我らは魔王に勝利したのだ!


 あの魔法を前に、生きている者などいるはずがない!

 誰も天女様の勝利を疑う者はなかった。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「これで魔王の脅威は去りました! 私は天に帰ります!」


 余は『天女』の役に慣れてきたので、もう詰まることなくセリフもスラスラ出るようになってきた。もうこの芝居もおしまい―― そう思うと少し寂しい気分だ。


 しかし、この場に長居は無用。

 ベルシャ達と合流するために、すぐにここを離れなくてはならないのだ。


「天女様! もう行かれるのですか?」


『ロイ』とかいう男が、余に名残惜しそうに話しかけてきた。

 余は合流場所へ急ぐのだ。話しかけてくるでないわ!


「私の役目は終わりました。これで私は去りますが、あなた方のこれからを天より見守っております」


「あ、あの…… 我らは、これからどうすればよろしいのでしょうか?」


 あっ! 忘れておったわ…… 犬鬼族の4人のことを!


「お前達は暫く人族と一緒におれ。その内迎えの者を連絡にやる。わかったな!」


 面倒なので、ガピュラードの言葉で命令する。


「はっ! 陛下、お待ちしております!」


「て、天女様! 今のは天界の言葉なのですか!? 何と仰ったのですか?」


 横で聞いていた『ロイ』とかいう男が、また口をはさんでくる。


「な、何でもございません! 兎に角、ここでお別れです。では皆さん、お元気で!」


 余はそう言って誤魔化し、ラミオンを空高く舞い上がらせた。

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