第46話 天女、降臨

「我らが『竜種の楽園』とやらに移住すれば、本当に丸く収まるのだな?」


「それだけでは、まだ足りません。陛下に協力してもらう必要があります」


「余の協力? 余は何をすれば良いのだ?」


 魔王軍を退治した―― そう言うだけで誤魔化せたらいいが、恐らくそれだけでは信じてもらえないし、証拠を求められると嘘がすぐばれる。


 だから、嘘だと疑われないように決着をつけないといけないのだ!


「陛下には、一芝居打ってもらう必要があります」


 ここエバンスの町を、女王様の魔法の攻撃で跡形もなく吹き飛ばして、魔王軍もろとも消滅させたことにするのだ。


 そして重要なのは、魔王軍を退治した人物が、誰からも信用される者であることだ!


 俺は、エシューゼに伝わる『天女と金色の神獣伝説』を利用することにする。


 女王様には天女を演じてもらい、ラミオンに神獣を演じてもらうのだ!


 伝説の天女と神獣が再臨して『魔王軍を退治した』―― そういうことにする。


 女王様とラミオンならその役にピッタリで、申し分ないはずだ。


 魔王軍は、元々遠征用に船の建造を行っていたようで、後20日程で魔王軍全員が乗れるだけの数の船が用意できるらしい。


 船の完成と同時に魔王軍の移住を開始する。


 そして、ラミオンが女王様を乗せて飛べるようになったら、サーコス帝国へ赴き『魔王討伐隊』を結成してもらいエバステに進攻する。


 最後の仕上げは、女王様の大魔法でエバンスの町の消滅―― 魔王軍討伐完了!


 これが、俺の考えた大芝居の脚本だ。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 この世界には、人族の皮を被った化物が生息しているらしい……


 数日前は、人族の少女の姿をした化物が城内で大暴れし、大勢の兵士が戦闘不能に陥った。

 そして先日は、少年の姿をした化物が四天王のジャロウ様と戦い、ジャロウ様は手も足も出ずにボロボロにされて、現在も治療室でうなされているらしい。

 噂ではあのグオール様の事故の件も、その少年の姿をした化物の手によるものだとか……


 そして、その化物がここに来た理由は、我ら魔王軍が人族を殺すと、その化物共の餌である人族が減ってしまうため、魔王様に人族との争いを止めるように頼みに来たのだ。


 俺は、そんな噂話が魔王軍の兵士達の間で広まっている―― ということをベルシャから聞かされた。


『人族の皮を被った化物』って誰? まさか、俺のことなのか!?


「酷い噂話だな」


と俺が言ったら、ベルシャは


「ほぼその認識で正しい」


 と言い切った。ベルシャも俺のことを『化物』と認識しているようだ。


 俺はショックを受けたのだが、この噂話のおかげで魔王軍内では、『人族との争いを止める』ことにも『竜種の楽園へ移住する』ことにも、一切の不満が出ていないらしい。


 船の建造の方もピッチが上がってきたそうだ。


 魔王軍ほぼ総出で作業するようになったため、20日の予定だったのが何と―― 5日で済みそうだという。

 となると後はラミオンの状況次第だ!


 そして――


「ラミオン。いつ頃、人を乗せて飛べるようになる?」


「マスター。もう人を乗せて飛べるぞ」


 へ? エネルギー充填に60日掛かる―― そう言ってたはずだが……


「マスターとの本契約が済んだから、マスターのエネルギーがラミオンに流れてくるようになった」


「俺からエネルギーを吸い取っているのか?」


「心配ない。マスターが寝ている間だけ補充されるだけだ。

 それに必要以上は取らない。今ラミオンのエネルギーは、ほぼ満タン状態だ」


 信じていいのだろうか? 今の所、俺の体調が悪くなったりはしていないから、影響はない―― と思いたい。


 ラミオンの準備も大丈夫なら、計画は前倒しで行けそうだ!



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 軍議室――


 魔王軍の『竜種の楽園』への移住計画は既に始まっている。


 500名の先行隊が、住める場所の調査に出た。

 二次隊・三次隊も、ほとんど準備は整っていて、明日にも出発する。

 そして、明後日明々後日で残りの者達も出発する。


 最終作戦に向けての計画は順調に進んでいる―― 俺はそう理解していたのだが


「アキトの作戦だが、1つ足りない要素がある」


「それは何でしょう? 陛下」


「魔王(偽者)だ!

 余がその『天女』とやらを演じて魔法を撃つ―― それは問題ない。

 だが、肝心の魔王(偽者)が出てこなければ、本当に魔王軍を倒したかどうか、疑われるのではないか?」


 た、確かに…… 敵の大将が出てこないのは不自然だな。


「では、どうすれば?」


「アキト―― 頼んだぞ!」


「我らの命運はお前に掛かっている!」


「期待しているぞ!」


 ベルシャ? ベルゾン? 女王様?


 キミ達は何を言ってるのかね?


「どういうことでしょうか?」


「決まっておろう? アキト! お前が魔王を演じるのだ!」


 あぁ、やっぱりそうですか!


 つまり、俺に向かって女王様の最強魔法が撃たれるわけですね!


「他の人ではいけないのでしょうか?」


「陛下の最強魔法に耐えられる者など、今の四天王の中にもいない。

 だが―― アキトなら大丈夫だ! 私が太鼓判を押す!」


 ベルシャさん。その根拠のない自信はどこから生まれるのですか?


 俺と俺以外の方達の会話が全く噛み合わないまま、俺が『魔王(偽者)』を演じることが決定されたのだった……


 因みに会話は全て二ホン語で行っている。魔族の連中は、二ホン語を当然のようにマスターしていた。


 恐るべし、角の能力!


 それは兎も角、俺はショックなことがあった。

 俺のダジャレが女王様に通用しないのだ。


 ベルシャは相変わらず大笑いしてくれるというのに、女王様には『つまらん』―― その一言で切り捨てられた……



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 もうヤケクソだ!


 俺は『魔王(偽者)』を演じるために、文献に残された『伝説の魔王』の姿を再現することにした。


 それにしても――


《タマ。本当に伝説の魔王は、こんな酔狂な格好をしていたのか?》


《はい。当時の魔王はやたらと髑髏や骸骨に凝っていたそうで、軍勢は髑髏の兜を被っていましたし、本人は髑髏の仮面に骸骨の描かれた黒タイツを着て、その上に虹色のマントを纏っていたそうです》


 うぐっ! 俺はこんな変態的な格好で、人前に姿を晒すのか……


 仮面を被っていて、顔を見られないのがせめてもの救いだ。そうでなければ心が耐えられない。


「アキト。この世界の魔王は、道化師か何かと勘違いされておるのか?」


 女王様…… そんな汚いものを見るような目で、俺を見つめないでください―― ぞくぞくして興奮しそうです。


「大昔にいたこの世界の魔王は、こんな格好をしていたそうです……」


「そうか…… アキト、なかなか似合っておるぞ。自信を持て……

 それに、その姿を見たら余は殺意を覚えるから、十分な威力の魔法が撃てるであろう。期待しておるが良い」


 女王様のやる気が出て良かったです。


 でも、俺は本当に耐えられるのだろうか? 女王様の魔法にも、この姿で人前に出る恥ずかしさにも……


……


 女王様は結構ノリノリで、天女に相応しい衣装を物色している。


「どうだ。この衣装は?」


「陛下! 素晴らしいです! まさに麗しき『天女』と呼ぶに相応しい出立―― このベルゾン、感動いたしました!」


「陛下! 本当に素晴らしいお姿です。陛下の美しさと凛々しさが際立つ衣装です!」


 ベルゾンとベルシャは、女王様の衣装を絶賛している。


 2人共、冗談抜きで本当にそう思っているのか? 俺には魔族の連中の感覚が理解できない。


 女王様の衣装―― 全身を包む真っ赤なラバースーツに、何故か右手には鞭を持っている。


 正直、似合い過ぎて怖いくらいだが、普段女王様が着ている漆黒のドレスの方が、まだマシな気がする……


《なぁタマ。あの格好―― 天女と思ってもらえそうかな?》


《彰人様。あの姿こそ、まさに『伝説の天女』そのものです! 文献に記された天女の衣装が見事に再現されています!》


 本当かよ!?


『伝説の天女』も魔族の女性だったらしいから、ああいう衣装が好みだったのかもな。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 余は今ラミオンに乗って『サーコス帝国』の帝都にある皇帝の城に来ている。


「あ、あれは! まさか―― 金色の神獣!? それに乗っておられるのは―― 伝説の天女様!?」


 余の姿を見た城の兵士達は、アキトが言っていた通りの反応を示している。

 余はアキトに教えられた通りのセリフを、皆の前で披露する。


「余…… わ、私は神の遣い『天女』である…… あります。

 このラミ…… 神獣を伴い、この世界を乱そうとする魔王軍を、退治するためにやってきた…… きました」


「おおぉぉぉっ!」


 兵士達はどよめきの声を上げた。


「余…… 私と共に魔王軍の討伐に行く者はおらぬ…… おりませんか?」


 天女と神獣の降臨の噂は、瞬く間にサーコス帝国内に広がった。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「当然僕は行くが、メグはどうする?」


「兄様が行くなら、私も勿論行きます!」


 僕はたとえ天女が現れなくても、エバステに向かうつもりだった。

 あの日の魔王軍の襲撃を経験したことで、魔王軍を野放しにしておくのは危険すぎる―― そのことを痛感した。


 でも、魔王軍は強い。僕とメグだけでは勝てないかもしれない……


 そんな時に、『天女と神獣が降臨し、魔王軍の討伐に向かう』という噂を聞いた。


 天女―― それは、僕とメグにとっては、切っても切れない縁がある。


 僕達の先祖が『伝説に語られる天女』なのだから!


 天女の子孫として、僕達はその新たな天女と共に行く宿命がある!


 新たな天女―― それは一体どのような人なのだろうか?


 噂では、想像を絶するほどの美女だと聞く。


 伝説通りの衣装を纏い、金色に輝く神獣に跨って飛ぶ姿は、言葉にできぬほど神々しく威厳に満ち溢れている―― そのように聞いた。


「兄様!? 鼻の下が伸びています。それに、口元から涎が垂れていますよ!」


 いけない! 天女のお姿を想像して、醜態を晒してしまった……


 メグの視線が痛い。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 我らは漸く目的地―― ベリオヌの町に到着した。


 通行証―― それを持たぬ我らは、随分と遠回りさせられた。


 ここに来るのに、ベルシャ様と別れてから12日も掛かってしまったのだ。


 しかし、どういうことだ!?

 町と呼ぶには、建物が全くない。そこかしこに瓦礫が積まれている以外は、ほぼ更地のようだ。

 しかし、ここには数千…… 否、万にも上る数の人族の兵士が集まっているのだ。


 話を聞いてみると


「天女様と共に、エバステに渡って、魔王軍討伐に向かう!」


 そのような事態になっているようだ。


「隊長! まさか、人族と戦争になるのでしょうか!?」


 我らは、この世界の人族との争いを望んでいない。


 ベルシャ様も我らと同じ考えであった。そして、ベルシャ様は魔王様に『人族との争いをお止めになられるように』進言なされているはずなのだ。


 しかし、このままでは、この世界の人族も魔王様のお怒りに触れてしまう。


 私は、一刻も早くこの軍隊の指導者である『天女』とやらと話をして、魔王軍討伐を中止してもらわねばならない!


「隊長!」


「バナド、どうした?」


「それが、向こうの方から魔王様の匂いがするのです……」


 どういうことだ? こんなところに魔王様がおられるわけがなかろうが!


「天女様だ! 神獣に乗ってやってこられたぞ!」


 その時、周りから大歓声が沸き上がった!


 そして、私は見た!


「隊長…… 私にはあの『天女』と呼ばれているお方が、魔王様に見えるのですが」


「レリーバもか!? 私にも魔王様に見える」


 ラプドルよ、私にも魔王様に見える…… というよりも、魔王様にしか見えないぞ。


 そして、あの神獣とやらも


「ラミオン?」


 私が呟いたとき、頭の上を『神獣に乗った天女』が通過していった。


 一体何が起こっているのだ!?


 全く理解できないが、これは人族の兵士達に紛れて、我らもエバステまで付いて行くしかあるまい。

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