第44話 彰人、正式契約を結ぶ
今、遠くで何かがぶっ壊されているような音が聞こえたのだが……
俺はその音が少しだけ気になったが、それよりもやっぱり目の前の光景のインパクトの方が上だった。
あの『女王様』が、俺の作った料理にがっついている!
「ボサッとするな! 代わりを持て!」
あの冷たい視線と気品溢れる近寄り難かった雰囲気が、俺がテーブルに並べた料理を口にした瞬間に豹変した。
最初は俺の料理を警戒していたようだが、匂いを嗅いだとたん目の色が変わった。
氷のように冷たかった視線が、肉食獣が獲物を前にした時の喜びの混じったものに変わった―― と思った瞬間、料理を一気に口に運んだ!
その後は、この細い体のどこに入るんだ? そう思う程の勢いで、次々と料理を平らげていった。
「悪いが、それで最後だ」
俺がそう言うと、
「な、何だと…… 本当にこれで終わりなのか?」
涙目で俺を見つめる女王様に、俺は強気に出ることにした。
「お前達魔族が、この世界の人族と争わない―― そう約束するなら、また料理を提供しよう!」
流石に、これに釣られるとは思わないが……
「よし! 余はそれを約束しよう!」
だろうな。そんなに上手く行くわけな…… おい! 釣られるのかよ!
「勘違いするな。ベルシャの話で、この世界の人族とガピュラードの人族とは、我ら魔族に対する考えも態度も全く違う―― ということを知ったのだ。
勿論全てを信じたわけではないが、お前の料理を食べて信じる気になったのだ」
へ? どういう意味だ? 全然わかんない。
「もしお前が余に敵意を持っていたのなら、これほど美味い料理は出てこなかったはずだ」
否、それ女王様が美人だったから、張り切って料理を作ったんです。
もし魔王がそこで気絶している男だったら―― 俺、間違いなく手を抜いていました。ごめんなさい。
でも、勘違いでも何でもいいさ!
ベルシャも俺を見て微笑んでいるし、何もかも上手く纏まった気がする。
それに、俺は自分が元の世界に戻る手段も思いついた!
ラミオンは自由に扉を使える(同伴者1名限り)
そう! ラミオンに頼めば、俺は自分の世界へ戻れるはずだ!
俺が全てがうまくいったことに満足していると、タマの声が聞こえてきた。
《彰人様。もし、ラミオンと一緒に元の世界へ帰ることを考えていらっしゃるなら、それはできません。ラミオンの特権よりも、救世主の契約の方が優先度が高いのです》
なんだと…… それじゃあ、俺はどうやって帰ればいいんだよ……
俺がショックで呆然としていると――
ばーん! 部屋の扉が勢いよく開いた。
ん? ラミオンか? どうしたんだ?
「マスター。この紙の上に右手をのせろ」
ラミオンは相変わらず上からだな。はいはい、わかりました。
スパン!
うわー!? 何するんだよ…… 人差し指の先が切れたじゃないか!?
俺の血が紙の上に垂れた。ラミオンは、その血の付いた紙を胸の中にしまい込んだ。
「これで正式契約が完了した」
「正式契約? 何の?」
「決まっている。これでお前は、ラミオンの『マスター(仮)』から正式な『マスター』に格上げされた」
「え? 今までは本当のマスターじゃなかったのか?」
「そうだ。これが『ラミオンの取説』と『契約書の控え』だ。マスターに渡しておくからよく読んでおけ」
契約書の控えだって!?
『神月彰人
汝をラミオン(ガンマ)の正式なるマスターに任命する。
汝はマスターとして、ラミオンに奉仕するのだ。
任命期間は50年、またはラミオンが初期化されるまでとする。
期間内の契約の破棄は認めない。
以上』
この契約書の内容――
どう読んでも、『50年間ラミオンに尽くせ』―― そういうことだよね?
これって、もしかして『奴隷契約書』?
少なくとも、この契約書を作った奴は、絶対に『マスター』の意味を分かっていない……
「つかぬ事をお伺いしますが、もし契約を破棄しようとしたら、どうなります?」
「この契約書の呪いに掛かって、毎晩ラミオンの創造主様が夢枕に立ち、有難い説教を聞かされ続けることになる」
「ラミオンの創造主は美しい女性でしょうか?」
「創造主様は男性だ。美しいかどうかは、マスターの美的感覚次第だ」
男かよ! たとえ美しくても、絶対に夢枕に立たれたくない……
「その少女は何者だ?」
女王様がラミオンのことを尋ねてきた。
そうだな、紹介しとかないといけないな。
「ラミオンだ。ラミオンは俺の――」
ん? そういえば、ラミオンは俺の何だ?
俺はラミオンの『マスター』で、本来はラミオンは俺の『従者』ということになるはずだが…… ラミオンの態度は、どう考えても俺の『従者』のものではないよな。
寧ろ、ラミオンが俺の『主人』?
契約書にも『俺がラミオンに奉仕する』と書かれているし……
「ラミオンは、俺の『主人的な何か』だと思う」
自分で言っておいて、虚しさに泣けてくる……
「ラミオンだと!? まさか―― この少女がラミオンの変化した姿なのか!?」
「まあ、そういうことだ」
女王様もラミオンの変化に驚きを隠せないようだ。
ばん! 再び扉が勢いよく開いた。
飛び込んできたのは、俺達をこの部屋に案内した『おっさん』だ。
「陛下! 一大事でございます! どうか、急ぎ城をお離れください!」
「何を慌てておる、ゲンス。余は常に言っておるはずだ。
『いつ如何なる時も、決して取り乱すことなかれ』―― と」
「陛下! 後でどのような罰も受けまする故、今はゲンスの無礼をお許しください!
この城に、人族の恐るべき刺客が侵入いたしております。恐らく陛下のお命を狙っていると思われます。
我らはその侵入者の排除に全力を注いでおりますが、未だ叶わず…… 逆に多大な被害を出しております」
「侵入者だと? それで、侵入者はどれほどの数なのだ!?」
「そ、それが…… 人族の少女1名で……」
「あいつ、さっきラミオンが早くここに来られるように協力した男!」
ラミオンが『おっさん』の方に近付いていく。
その『おっさん』、ラミオンの知り合い―― なのか?
『おっさん』はラミオンを見て固まった。そして、近付いてくるラミオンに明らかに動揺して後ずさっているようだが……
「ラミオン、知り合いか?」
「この魔族、ラミオンに協力してくれた。
他の魔族は、ラミオンの邪魔をしたから片付けた」
他の魔族は片付けた!?
そういえば、この城にいたはずの気の数が随分減っている。
最初感じた数から1/3くらい減っているような……
まさか、ラミオン!? 大量殺人を犯したんじゃないだろうな?
「ラミオン。魔王軍の連中をいっぱい殺したんじゃあ……」
「心配ない。ラミオン、ザコ共を殺していない。半殺しにしたくらいだ」
よかった…… 半殺しにしただけか。
死者が出ると、折角纏まりかけている話が、ご破算になる可能性があるからな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
どういうわけか、陛下が人族の男と話されている姿が見える……
そうか! これは夢か!
陛下が、人族なんかとあのように親しげに話されるわけがないのだ!
このような愚かな夢を見るとは―― ベルゾン、一生の不覚である。
「兄上! 目が覚められましたか!?」
ベルシャの声がする?
はっ!? そういえば、私は人族の男を斬ろうとしたのだった!
ベルシャがそいつを庇おうとしたため、私はベルシャを斬る寸前で…… その後どうなったのだ? それから先がサッパリ記憶にない。
「ベルシャ。私はお前を斬ってしまったのでは……」
「兄上、まだ寝ぼけておられるのですか? 私はこの通り、怪我1つしていません。
それよりも、陛下をご覧ください! 陛下は、この世界の人族との争いをお止めになる―― そう仰られました!」
ふぅ…… どうやら私は、まだ夢の途中のようだ。
しかし、たとえ夢とはいえども、このような胸糞の悪い言葉をベルシャから聞かされるとは、実に腹立たしい!
こうなったら夢でも構わぬ! この
私は夢の中で再び剣を抜いて、
「懲りないヤツだな」
ゴミの声が聞こえた……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そいつは、目を覚ました――
と思ったら、また俺に斬りかかってきた! 懲りないヤツだ。
俺は蹴りを放つ!
そいつは、さっきと同じく錐揉み回転しながら床の上に落下し、気を失った。
「アキト。兄上の無礼な振る舞い、許してくれ」
ベルシャに謝られた。
え!? こいつ―― ベルシャの兄だったのか?
一応、殺さない程度に手加減はしているが、『ベルシャの兄』だと知ってたら、もっと手加減してやったのに……
それよりベルシャ―― ちょっとプルプルしているが、本当は怒ってる?
これは、謝っておいたほうがいいな。
「俺こそ、少しやりすぎた…… すまない」
「ベルシャ。ベルゾンが心配ではないのか?」
「陛下。これは兄上の自業自得ゆえ、仕方なきことかと存じます。
一応命もあるようですし」
「そ、そうか…… ベルシャ、随分変わったな?」
「陛下? 私はいつもと変わりませんが?」
いやいや。今までのベルシャなら、ベルゾンがあんな目に合えば、必死に守ろうとしたはずだ。そもそも、先ほどのあのようにお腹を抱えて笑う姿など、想像することもできなかった…… 魔王はそう思ったが、言葉を口に出すことは控えた。
何がベルシャを変えたのか?
言うまでもなく、この人族の男だろう。このわずかの間に、ベルシャの身に何があったのかは分からぬが、ベルシャの価値観を変える程の『何か』を、この男は持っている。
この人族―― 侮り難し!
それが、魔王の彰人に対する評価であった。
――――――――
ベルシャが笑うのは、単純に彰人のダジャレが、お笑い耐性のないベルシャの『ツボ』にはまっただけであり、ベルゾンを心配しなかったのは、ラミオンに『ブラコン』をばらされたため、必死に誤魔化して耐えているだけであった。
1度目は自分が助けられたこともあって『仕方ない』と思ったものの、2度目は『もう少し手加減しろや! バカアキト!』と思っていたのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
軍議室――
今この部屋に居るのは、女王様とベルシャとベルシャの兄貴と四天王のおっさん、それと俺とラミオンの6名。
「陛下! 本当に人族との争いを止める―― そう仰るのですか!?」
「そうだ、ベルゾン。余はベルシャの情報を信じ、この世界の人族とは争わぬことに決めたのだ」
「し、しかし! ベルシャの情報が間違っている―― その可能性は?」
「ベルゾン。お前はベルシャの情報を疑うのか?」
「兄上! 兄上が信じられない気持ちも理解できます…… しかし、私はこの目で見聞きしてきたのです。この世界の人族は、決して私を敵視しませんでした」
「陛下…… では、我らは、これからどうすればいいのですか? 我らは既にこの世界の人族の国を滅ぼしております。それを『なかったこと』にはできません」
ベルシャの兄貴の言うことは尤もだ。魔王軍がしたことを『なかったこと』には、とてもできない。
女王様は、どう落とし前をつける気だろう?
「そのことなら問題ない! そこにおる人族の男―― アキトが『秘策』を教えてくれるはずだ!」
え!? 女王様? 今何を仰りました?
俺が秘策を教える?
まさか―― 俺に『丸投げ』するのですか!?
「アキト! お前の策だけが頼りだ! 頼むぞ!」
ベルシャまで何を言ってる?
「陛下! このような頼りなさそうな人族の男に、そのような秘策があるはずがございませんぞ」
おっさん、あんたは正しい! その通りだ。俺に策などあるはずがない。
「何を言うゲンス! 余の前にたった1人で話し合いに来る―― それだけの胆力のある人族が、何も策を持っておらぬわけがあるまい!」
女王様。それが、何も持っていないのです。ごめんなさい。
《タマ! 何か、何か策はないか!》
《彰人様…… タマに振られましても…… 済みませんが、力に成れそうにありません……》
否、ごめんタマ。俺が無茶振りした……
《そうだ! とりあえず『魔王を退治した!』ということにするのはどうだ?》
《それでは、ここに魔王軍がいては、すぐ『嘘』とばれてしまいます》
《だよな…… それじゃあ、魔王軍にどっか別の場所―― エシューゼの人が絶対に来ないような場所に移動してもらう―― っていうのはどうだ!?》
《そうですね…… それなら良い場所があります! エバステから西の海に出て南西に3千kmほど行ったところに、『竜種の楽園』と言える、人間の近寄らない大陸があります。そこでなら、ひっそりと暮らすことが可能です》
『竜種の楽園』か…… 聞くからに、人が住めそうなところではなさそうだが、魔王軍の連中ならそれなりに強そうだし、何とか住める場所を作れるだろう。
そして魔王軍が移住した後で、『魔王を退治した!』と言えば、信じてもらえるかもしれないな。
《よし! その手で行こう!》
《ところで、魔王退治はどなたがしたことにするのですか?》
《勿論『俺』だけど? 何か問題があるか?》
《そうですね――》
―――――――
タマが言うには、俺が魔王を倒したと言っても、俺の力を知らない大国は信じない可能性が高く、俺の力を知るためにいろんな国から戦いを挑まれるかもしれないらしい。
つまり、凄まじい『面倒事』に巻き込まれる可能性があるのだ。
―――――――
こうなったら、ラミオンが退治したことにしよう!
とも考えたけど…… 面倒事になってラミオンを怒らせてしまえば、下手すれば国ごと消してしまいそうだ。やっぱりラミオンに押し付けるのは止めよう……
……
俺は女王様に、エバステを放棄して『竜種の楽園』と呼ばれる大陸に、魔王軍全員を移住させることを提案した。
「そうか。それで上手く事が収まるのなら、余はお前の提案を受け入れよう」
よかった。これで少なくともエシューゼの危機は去ることになる。
最後の仕上げは、女王様に手伝ってもらって、全てを終わらせよう。
「お待ちください、陛下! 我らはこの人族を信用できません!」
突然、軍議室に2人の男が入って来た。
「人族の男よ! 我らと戦い我らに勝利したなら、お前の言うことを聞いてやる!」
そして、俺に勝負を挑んできた。
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