第43話 ラミオン、暴れる

「ん? そこのお前! 人族が何故こんなところにいる!? どうやって地下牢から出てきた!?」


 少女は、魔族の男の言葉を無視して廊下を歩く。


「待て! 止まらぬというなら―― 殺すまで!」


 魔族の男の目が、残忍な光を放つ。

 子供といえ人族相手に手加減など必要ない! 男は掌に力を溜める。


 そして――


氷柱撃ひょうちゅうげき!」


 1本の氷柱つららが少女の背中を襲う!


 しまった! 死体の後始末が面倒だな……


 男は自分の攻撃の結果を心配する。

 しかし、男のその心配は無用だった。少女の背中に命中した氷柱は、少女を貫くことなく粉々に砕ける。


「攻撃1点、カス」


 そう言い残して少女は廊下を曲がった。

 魔族の男は呆然としながら、廊下に消えた少女を見送った。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ドンドン! ドンドン!


 その激しいノックの音にも、魔王親衛隊四天王の1人ブリンズは、慌てることなくゆっくりと扉を開けた。


「どうした? 何を慌てておる!」


 扉の前には、引き攣った表情の部下2名が立っている。


「ブリンズ様! 侵入者です!『人族が城内に侵入している』という報告がありました!」


「何!? 人族の侵入者だと! で、どれくらいの数が侵入したのだ?」


「はっ! 目撃情報では、人族の2歳くらいの少女1名です!」


「1名!? それも2歳の少女!? お前らは儂を馬鹿にしておるのか!?

 さっさと捕えるなり、殺すなりせぬか!」


 ブリンズは怒気を込めて部下達を睨みつけた。2人は身を竦めながら


「そ、それが…… その少女が強すぎて、手も足も出ないそうなのです……」


 ブリンズのこめかみが『ピクピク』と震える。部下2人は恐怖に息を止めた。


「ほお! 我ら誇り高き『魔王親衛隊』の中に、人族の―― 2歳の小娘に手も足も出ない者がおるのか? フフフ! そやつら全員、儂の手で葬ってくれるわ!」


「ひっ!」


 部下2人は小さく悲鳴を上げる。


「で、侵入者はどこにおる!? とりあえず、先に侵入者を片付ける! その後は、その情けない連中を折檻だ!」



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ドーン!!


 魔族の兵士5人掛かりの渾身のエネルギー弾が、少女に命中する。


「ど、どうなってるんだ!? 何故我らの攻撃が通じない!?」


「攻撃5点、カス」


 少女は全く意に介さず、平然と廊下を進んで行く。


「くそっ! 俺の剣を食らえ!」


 魔族の兵士1人が、剣で斬りかかる。しかし――


 パキン! ドン!


 一瞬で剣を折られたと同時に、蹴りを食らって吹っ飛ばされていた。


「何をしておるか!? お前らあぁぁぁぁ!」


 そこに現れたのは―― 四天王の1人ブリンズだ。


「ブ、ブリンズ様! 侵入者です!」


「まさか、本当にあのような小娘1人に、てこずっていようとは…… お前ら! 後で罰を与えるから覚悟しておれ!」


 ブリンズは、情けない部下達に一喝した後


「そこまでだ、人族の小娘! それ以上進むことは、このブリンズが許さぬ!」


 右手に仰々しい槍を持ちながら、少女を呼び止めた。


 ブリンズの声に、少女の足が止まった。そして―― ゆっくりと振り向いた。


「ラミオンを『小娘』と言った…… 許さない」


 少女は呟くと同時に、一瞬でブリンズの前に移動する!


「な!?」


 ブリンズは槍で突こうとしたが、少女のあまりの速さに反応が追いつかない。


 ドン! ゴン!


 左ボディーフックからの右アッパー!

 そして、空中に浮いた身体に――


 バゴン!


 トドメの左後ろ回し蹴りが炸裂!


「反応12点、ザコ」


 そう言って、少女は再び廊下をゆっくりと歩き始める。

 魔族の兵士達は、恐怖のあまり呆然と少女の後ろ姿を見送るだけだった。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ベルシャ様には困ったものだ…… 人族を城に連れてくるなど、正気の沙汰とは思えない。


 ゲンスはベルシャに部屋を追い出された後、あの人族の男をどうするべきか思案しながら、自分の部屋に戻るところだった。


 すると、兵士達が慌ただしく行き来しているのが見えた。


「何事だ! 何を慌てておるのだ!

 我ら魔王親衛隊――『いつ如何なる時も、決して取り乱すことなかれ』と、教えてあるだろうが!」


 四天王の1人であるゲンスの恫喝に、兵士達の動きが止まった。


「ゲンス様! 一大事なのです!」


「ん!? お前達が運んでおるのは『ブリンズ』ではないか! どうしたのだ!?」


「そ、それが…… ブリンズ様は先程侵入者に倒されまして…… 我らは、ブリンズ様を治療室へ搬送中であります」


「侵入者だと!? 何があったか、手短に話すのだ!」


「はっ! 侵入者は人族の少女1名! 現在侵入者は東の廊下を北に進み、上階へ続く階段方向に移動中であります」


「人族の少女1名!? お前達、まさかこのゲンスを担ごうとしておるのではないだろうな!?」


「め、滅相もございません。先程50名の兵士が侵入者迎撃に向かいましたが、残念ながら、足止めすらできておりません……

 それどころか、ブリンズ様ですら、一瞬で戦闘不能にされてしまったのです」


 ブリンズはジャロウと並び称される『剛の者』で、その耐久力もスタミナも魔族の中で1・2を争う者だ。それが一瞬で『戦闘不能』に陥った―― だと?


 普通ではとても信じられない報告だが、実際ブリンズは担架で運ばれているところであり、それを事実として受け入れるしかない。


 では、その侵入者は一体どこへ向かっているのだ?


 ゲンスはそれが気になった。

 東廊下から上階―― その先にある重要な場所と言えば――


「侵入者の狙いは、最上階にある『魔王様の寝室』だ! 何としてでも侵入者を食い止めるのだ! 私もすぐに向かう!」


……


 少女は、まるで無人の野を行くがごとく、慌てずゆっくりと前進する。


「侵入者確認! ここから先には絶対行かせるな!」


 少女の足を止めるため、廊下には100人の兵士が待ち構えていた。


 ゲンス百鬼隊――


 ガピュラードにいた時、その100人の部隊だけで人族の1個師団を相手にして、1人の犠牲者も出さずに勝利したという、ゲンス自慢の部隊だ。


「前列、魔法攻撃開始する。撃て!」


 指揮官の合図で、横2列に並んだ二十数名の兵士達が、一斉に魔法を放つ!

 そして―― 数十の火球が少女に命中した!


「くっ! やはりダメージはないのか?」


 少女にひるんだ様子は一切ない。


「第2班、突撃!」


 魔法部隊はすぐさま後ろに下がり、槍を構えた十数名の兵士達が前に出る。

 彼らは皆、魔法により身体強化を施している。


 うおおおおお! ――雄叫びを上げながら突っ込む兵士達。


 兵士達が少女から2mの範囲内に入った瞬間、少女の身体がそれまでと打って変わり急速に動く!

 あまりのスピードに、兵士達の魔法で強化された眼ですら、少女の動きを捕らえることができない。


 すれ違いざまに拳や蹴りを受けた兵士達は、ある者は壁に、ある者は天井に、ある者は床に打ち付けられた。


「突撃! 突撃! 突撃!」


 指揮官の声だけが虚しく響くも、結果は倒れた兵士の数を増やしただけであった。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ば、バカな……」


 ゲンスは廊下に倒れた兵士達の姿に驚きを隠せなかった。


 下の階ではゲンス百鬼隊が全滅しており、この階では百人以上の兵士達と一緒に、四天王最強の【グオール】までが白目をむいて完全に気絶しているのだ。


 グオール―― 彼は戦いの天才だ。力任せのブリンズやジャロウと違い、魔法と体術を駆使するその戦闘センスは『魔王様すら凌ぐ』とさえ言われるほどだ。


 ゲンスも、ブリンズやジャロウ相手になら互角に渡り合う自信があるが、グオール相手では勝てる見込みが全くない―― そう言い切れるだけの最強の男が、ここで気絶しているのだ。ゲンスはまるで悪夢を見ている気分だった。


 この上の階は魔王様の寝室だ。侵入者は、魔王様を直接狙って来たのに違いない!


 しかし、幸運にも現在魔王様は寝室にはいらっしゃらない。

 ベルシャ様を迎えるために、ベルゾン様と1階へ行かれているのだ。


 とはいえ、侵入者はすぐに魔王様の不在に気付き、ここへ戻ってくるはずだ!


 こうなったら、このゲンスが侵入者を足止めし、魔王様にはその間に城外へお逃げいただくしかない!



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 侵入者の少女『ラミオン』は、魔王の寝室の扉を開けた。


 中には誰もいない――


 しかし、ラミオンは気にせず部屋の中に入る。


 ラミオンの向かった先は、本が数冊置かれた棚の前。

 ラミオンはその内の1冊を手に取った。


【ラミオン取扱説明書】


 その薄い本の表紙には、そう書かれていた。

 ラミオンはその本を懐にしまうと、満足そうに


「これで、仮契約から本契約に移れる」


 そう呟いた。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 少女が魔王様の寝室から出てきた!


 その瞬間―― ゲンスは彼の最強魔法【超重力】を放つ。


 ズン!


 少女の身体は、50倍の重力空間に囚われた。


 人間なら一瞬でペシャンコに潰されるところだが、少女にとってこの程度の重力は足止めにすらならない。


「くそっ! これならどうだ―― 100倍!」


 ゲンスは限界まで魔力を高める。


 その結果、この超重力に建物の方が耐えられなかった。


 床にひびが走り、底が抜けた!

 少女は下の階へ落下する。


 し、しまったっ!


 ゲンスは少女の足止めどころか、先の階へ進めてしまった。


 そして、ゲンスは見た!


 穴に落ちた少女が、そのまま勢いをつけて、次々と階下の床をぶち破って落ちていく姿を……

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