第38話 ベルシャ捜索隊

 私が目を覚ました時―― そこは見知らぬ部屋の中だった……



   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 私の名は【センド】―― 私は部下の【バナド】【ラプドル】【レリーバ】の3人と共に、1万m級の雪の山脈越えに挑んだ。


 我ら『犬鬼族』は、寒さに強く、優れた鼻と耳を持っている。

 そして、犬鬼族の中でも特に優れた能力を持つ我ら4人は、『ベルシャ様捜索』という重大な任務を命じられたのだ。


 1万m級の雪山越えは、想像以上の厳しさだった。

 それでも我らは、こんなところで時間を費やしている場合ではないのだ!


 我らは、僅か3日で雪の山脈を越えることに成功したのだった!


 しかしその代償に、水・食料・体力―― 全てを使い切ってしまった。

 私も部下達も皆、雪の積もる地面に伏して1歩も動けない…… このまま『死』を待つしかないのか!?


 魔王様のご期待に応えることができない……


 私は『己の死』よりも、そのことが悔しかった。


……


 遠くの方で、光が見えた気がした。

 声が聞こえる―― 人族共の話し声だろうか?


 口惜しい!


 誇り高き我ら犬鬼族の精鋭が、よもや人族共の手に掛かって、最期を迎えることになろうとは……


 しかし―― どう足掻いても、今の我らには指一本動かす体力も残っていなかった。


 そして、そのまま―― 眠りに落ちたのだった……



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 どういうことだ?


 私は生きている―― のか?


 無理やりに身体を起こしてみた。

 私の隣には3人の部下達もいた。

 皆私と同様に、寝床に寝かされている。


 どたどたどた! 足音だ。


 誰かが近付いてくる。そして――


「おおっ! 気が付かれたか!?」


 それは、紛うことなく人族の男だった。


「あのような場所で倒れておったから、死んでおると思ったぞ!

 でも、皆無事で良かった!」


『無事で良かった』―― だと!? それは、どういう意味だ?


 そうか! 我らから情報を引き出すことができそうで良かった―― そういうことか!


 人族共め! 我らを侮るなよ!


 たとえどのような拷問を受けようとも、我らは情報を洩らすことなどないわ!


「ほれ! 食事を持ってきたから、食べるとええぞ!」


 何? 食事―― だと?


 そんなことをして、我らの体力を回復させてどうするつもりだ?

 こいつは馬鹿なのか?


 もしや、食事に毒でも仕込んでいるのか? 


 否、殺すつもりなら、我らをここに運ぶ必要はなかったはずだ。


 それとも、自白剤か?


 否、それならば我らが眠っているうちに使えば良かったはずだ。


 わからん! この人族は一体何を考えているのだ!?


……


 部下達も目を覚まし、我らは目の前の食事を食べながら話し合う。


「隊長。我々は今、監禁されているのでしょうか?」


 バナドが私に尋ねてくるが


「否、そのような様子はない……」


 私はそう答えるしかない。実際、監禁されているとは全く思えない。


 何人もの人族が、警戒した様子もなしに、我らの前に飲み物や食事を運んできては、笑顔を見せて話しかけてくるのだ。


「食事も普通に美味かったですし、特に怪しい物が入っていた―― ということもなかったですね」


 ラプドルも首をひねる。


 うーむ? 全くもって人族共の、我らに対する扱いが理解不能だ。


 人族に捕まった魔族は、当然拷問に掛けられ、最後には殺される。

 そして、それは勿論、逆の場合も同様だ。


「ここは、ガピュラードとは違う世界―― と聞いています。

 もしや、この世界では『魔族と人族の争い』がないのでしょうか?」


 レリーバのその問い掛けに私は答えられない。


 分からないのだ……


 人族は敵!


 生まれたときから、そのように教えられてきた我らにとって、人族のこの態度が理解できるはずがない。


 このまま訳も分からず、この状況を受け入れてはいられない!


 私は意を決して、目の前にいた人族の男―― この家の主と思われるその男に、話し掛けてみた。


「お前らは、何故我らを助けた?」


 男は、質問の意味が分からなかったのか、キョトンとした表情を浮かべながら


「当たり前だろが? 倒れている人がいたら、誰だって助けるだろうさ!」


 そう言って豪快に笑った。


 人―― 男のその答えに、私は衝撃を受けた!


 人族共は、我らを見れば『化物』と呼び、そして、我ら魔族は人族を『ゴミ』と呼ぶ…… それが、当たり前だと思っていた。


「そうか…… 人―― か……」


 この世界では『魔族と人族の争い』がないのでしょうか? 


 レリーバの問い掛けは、正しいようで少し違った。

 この世界では、そもそも『魔族と人族を区別していない』のではないのか?


 だから男は、我らを見ても『人』と言ったのだ。

 そう考えると、人族共の我らに対する態度が腑に落ちた。


 このことは、必ず魔王様に報告せねばならない!


 そう私が心に決めたとき――


村長むらおさあぁぁぁ! た、大変だあぁぁぁ!」


 血相を変えた人族の男が、この家に飛び込んできた。


「どうした! 何を慌てよる?」


「ハ、ハグレ竜が―― 襲ってきた!!」


「何だと!」


「早く! 皆、逃げるんだあぁぁぁ!」


「あんたらも早く逃げるんだ! 儂らが時間を稼ぐよって!」


……


 家の外に出た私が見たのは―― 巨大な1匹の魔獣。


 魔獣によって、家が何件も破壊され人が逃げ惑っていた。


「隊長。我らも逃げるのですか?」


 我らは、まだ魔力も体力も回復しきれていない。

 あれほどの魔獣相手では、厳しいやもしれぬ―― が、


「勇猛なる我ら犬鬼族の者が、恩も返さず、逃げるわけにはいくまい!」


「了解です、隊長! あの魔獣に目に物見せてやりましょう!」


――――――――


【エシューゼ豆知識】

『ハグレ竜』とは、テリトリーから滅多に出ることのないはずの竜種が、何かの原因で普段現れない場所に突然現れた竜の事である。

 獲物を追っていて、人里の側に現れることが稀にあるのだ。


――――――――


 逃げ遅れた人族の子供が、魔獣の牙に掛かろうとする―― 間一髪のところでラプドルが救い出した!


 が、魔獣はすぐさまラプドルと子供に襲い掛かる!


 ドン! ドン!


 私とバナドの放った火球を受けて、魔獣は動きを止めた。

 しかし、魔獣にはほとんどダメージがなかったのか、止まったのは一瞬だけだった。


 駄目か―― 本来の1/5以下の威力しかない火球では、この魔獣は倒せない。


「隊長! 我らが奴を引き付けるので、その隙に力を溜めてください!」


 バナドとレリーバは、魔獣に向かって突っ込んで行った。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「あんたらのおかげで、村は救われました! なんとお礼を申したらよいか!」


「気にするな。命を助けられたのは、我らが先―― 恩を返しただけだ」


「いやいや。倒れとるもんを村に運ぶのと、凶暴なハグレギドサウロスを退治するのが、同じなわけがありませんです!」


 確かに、あの魔獣を倒すのは苦労した。

 我らは魔力も体力もほとんど回復しておらず、我らの攻撃はなかなか魔獣にダメージを与えることができなかった。


 最後は捨て身で魔獣の正面に立ち、奴が口を開けて噛み付きに来たところを、全魔力を用いた渾身の一撃を口の中に叩き込み、かろうじて倒すことができたのだ。


 我らは再び力が底を尽き、まだ少しの間、村で厄介になることになった。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 そして、2日後の早朝――


「もう行かれますのか? もっと、ここにおれば良いのに」


「ああ。我らには使命があるのだ。世話になった……」


「また、お立ち寄りくださいな。待っておりますぞ」


 村長と握手を交わし、我らは村を後にした。


「この世界の人族とは、争わずに済むかもしれぬな……」


 私のその呟きに、部下達も静かに頷いていた。


 さあ。早くベルシャ様をお見つけし、魔王様の元に戻らねば!

 


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 あの村を離れて4日――


 我らは嵐に合った。


 暴風雨の中、森の中を進んでいた我らの視界の端―― かなり離れた場所だったが、何やら大きな影が横切ったのが見えた。

 それは、空から降下してきたように見えたが、鳥にしては大きすぎる。


 しかし、こないだの魔獣のこともある。

 この世界には、我らの想像も付かないほどの、巨大な鳥がいるのやも知れない……


「隊長。先程の大きな影―― あれは一体なんだったのでしょう?」


「分からん。が、もしや鳥の魔獣やもしれぬ」


「魔獣……」


 部下達は不安気な声を出す。

 あの影の大きさからすると、こないだの『ハグレ竜』よりも巨大な魔獣であると思われる。恐らく戦闘力も桁違いだろう。


「どうします隊長? 道を変えましょうか?」


 東へ進むには、道を変えると遠回りになる。


「否、このまま進むぞ!」


 恐らく、この先には危険な敵が潜んでいるだろう。


 だが、我らは決して恐れはしない!

 ベルシャ様を発見するまで、進むのみだ!

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