第39話 彰人、モフモフと遭遇する

 俺達は嵐に合った――


 運が良いのか悪いのか―― 風は東から西へ向かって吹いていて、気球はかなりの速度で西へ流されて行く。

 おかげで、ジャルモダへ寄った遅れは完全に取り戻せたのだが、この暴風雨の中で気球に乗り続けるのは、危険も大きいしかなりの体力を消耗する。

 気球はジェットコースターのように揺れる―― 尤も、俺はジェットコースターに乗った事がないから、想像で言っている。兎に角、酷い揺れと雨でびしょ濡れ状態で最悪なのだ。特にベルシャは結構辛そうに見える。


 仕方ない…… 嵐が過ぎるまで陸で避難しよう。


「ラミオン! 着陸するから、頼む!」


 俺はいつものように、風船を外してもらうようにラミオンに頼んだ。

 しかし、これが最悪の事態を招いてしまった。


 外した風船が強風にあおられ、一瞬でどこかに飛んでいってしまったのだ。

 そして、俺達の乗った気球はバランスを崩し、錐揉み状に回転しながら急速に高度を下げる―― 墜落状態!


 俺はベルシャを抱えて気球から飛び降りて脱出―― 間一髪のところで、地面との激突を免れた。

 しかし、気球は完全に壊れてしまった。

 乗っていた籠の部分は粉々になり、風船に穴が空いてガスは抜けてしまい、再び飛ぶことはもう無理だ―― うん。100%俺の判断ミスが原因だ。だがしかし! ここは敢えて強気でいく!


「どうだった。なかなか楽しいアトラクションだったよな。墜落なんて滅多に経験できないことを体験できたんだ。俺達は本当に幸せ者だ」


「そうか―― これはアトラクションだったのか。我らは貴重な体験ができてラッキーだった訳だな」


 ベルシャが同意してくれた。強気でいって正解だった。


「などと思うわけがなかろう! もう少しで死ぬところだったというのに!」


 やっぱり誤魔化せなかったか。


……


 タマに良い避難場所がないか聞いて、程よい洞窟を発見できた。俺達は洞窟で嵐が過ぎ去るのを待つことにした。


《タマ、ここからエバステまではどのくらいあるんだ?》


《大体1500kmというところです。ただ、最短ルートでエバステに行こうとすると、エバロン山脈という標高1万m級の山脈を越える必要があります。しかも今の季節はエバロン山脈は雪に覆われているため、あまりお勧めのルートではありません》


 雪の1万m級の山脈か…… うん! それは絶対に避けよう。


《となると、どういうルートが良さそうだ?》


《そうですね。ここから南東にあるサーコス帝国領の『ベリオヌ』の町まで行き、そこから船を使って向かうのが安全で確実かと思います》


 ベリオヌまでも大体1500kmくらいのようだ。気球なら1日で着ける距離だが、徒歩での移動となるとどれくらい掛かるかな?


「ラミオン、次の目的地はベリオヌの町だ。1500km程の距離だが、どのくらいで行けると思う?」


「ラミオンなら走れば20時間で行ける」


 そうか。俺と大体同じ予想だな。

 但し、ラミオンは疲れないからそのペースで何日でも走れるが、俺の場合は、そのペースで走るのは2日が限界だ。きっと魔族のベルシャも俺と同じくらいだろう。

 気球が壊れてどうなるかと心配したが、残りが1500km程度で助かった。明日にはベリオヌに着けそうだな。


 俺はベルシャにも次の目的地を伝える。因みに、ベルシャは既にニホン語も話せるようになっている。恐るべし角の力だ。


「ベルシャ。ここで嵐が過ぎるまで休んだら、その後は走ってベリオヌの町まで行くぞ。明日中には着けるはずだ」


「分かった。で、その町までは近いのか?」


「ああ、大した距離じゃない。1500km程だ」


「そうか、せんごひゃく…… 1500kmだと!?」


 ん? ベルシャ、何を驚いてるんだ?


「まさかお前は本気でその距離を走るつもりなのか?」


 そのつもりだが、何か問題があるのか?


「そんな距離を1日で走れるものなど、私は聞いたことがない……」


 え? そうなの?


「俺は走れると思う……」


「本当なのか? 信じられない…… 私の知る人族の能力では、あり得ない。

 そういえば、さっき気球が落ちたとき、お前は私を抱えて30m以上の高さから飛び降りたな……」


 ベルシャが俺を見ている。

 その眼は、感謝とか尊敬とかそういうものでは決してない。


 そうだ! 人が『得体の知れないもの』を見るときの、恐れの混じった目だ!


「魔族の私が、人族相手にこんなことを言うのは変なのだが…… お前は『化物』か何かなのか!?」


 がーん!!!


 とうとう魔族から『化物認定』されてしまった……


……


 俺達が墜落したこの辺りには、天然の温泉が数多く湧いている。


 俺達は焚火に当たり服を乾かしていたのだが、ベルシャが「服が乾くまでちょっと湯浴みをしたい」と言ってきた。


 女性一人で、無防備な状態でいるのは危険だ!


「じゃあ、俺が見張ってやる」


 俺が善意でそう申し出ると、ベルシャはニッコリと微笑みながら


「覗いたら―― 殺す!」


 目が笑ってなかったから、間違いなく本気だ。

 覗く気などほんの少ししかなかったが、俺は諦めて洞窟で待つことにした。代わりにラミオンにベルシャを見ておくように頼んでおく―― 断じて、後で『記録映像』を見せてもらうためではない。


 俺は1人洞窟の中で、食事の準備を始めることにした。

 そして、ベルシャが湯浴みに行って15分くらい経ったとき、俺は森の奥の方から強い力が4つ近付いてくるのを感じた。


 ベルシャが危ない!?


 ラミオンがいるから、危険は多分ないと思う―― のだが、念のために俺はすぐさまベルシャの方へ走っていった。



   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ようやく雨も上がり、雲間から日の光が差してきた。


『ベルシャ捜索隊』の4人は、周囲を警戒しながら山間部の森の中を早足で歩いていた。


「隊長。この先は、先程あの大きな影が降りて行った辺りではないですか?」


 最後尾を歩いているレリーバの緊張した声に、隊長のセンドが応える。


「そうだ。この先は、さっき見た魔獣のテリトリーに違いない。見つからないように慎重に進むんだ」


 魔獣のテリトリー―― その言葉に隊員達の緊張が高まる。


「ん!?」


 しかしその時、彼らの中でも最も鼻の利くバナドが何かに気付いた!


「どうした? バナド!」


「隊長! 微かに―― ですが、ベルシャ様の匂いがします!」


「本当か!? もしや、ベルシャ様がこの近くに居られるのか!?

 バナド、どの方角からだ?」


 バナドの示したのは、あの魔獣の影が降りていった方角だった。


「隊長。もしやあの影は、ラミオンのものだったのではないですか?」


 ラプドルのその推測をセンドは否定する。センドは、ラミオンの大きさが3mもないことを知っていた。あの影から推測される魔獣の大きさは、20m以上の巨大さなのだ。


「そう言えば、『ラミオンは姿を変える』という話を聞いたことがあります。もしかすると、ラミオンが巨大化したのかもしれません」


 バナドはどうしてもあの影をラミオンの物と思いたかった。もし魔獣ならば…… これから向かう恐怖と同時に、ベルシャの身に危険が及んでいるかもしれないという不安もあった。


「たとえあの影が魔獣の物であろうとも、ベルシャ様がそこにおられるというのなら、我らは向かうしかない! 行くぞ!」


 センドは覚悟を決めて、魔獣のテリトリーへと向かうのだった。


……


 センド達4人がそこで見たものは―― 湯浴み中のベルシャの姿だった!


 あまりの衝撃の光景に、声も上げられずに呆然と立ち尽くす4人……


 同じく、いきなり現れた4人の男に驚いて固まるベルシャ……


 数秒のお見合いの後、ベルシャが悲鳴を上げた!


 その悲鳴に、我に返ったセンド達―― しかしその瞬間、彼ら4人は後ろから強い衝撃を受けて意識が飛んだのだった。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 駆けつけた俺の前には、怪しげな4人の男達の姿があった。

 男達は堂々とベルシャの前に立っていた。


 こいつら…… 覗きのくせに堂々としすぎだ。


 もしや、ベルシャを拉致して『エッチな事』をする気なのか!?


 女性の敵、許すまじ!


 俺はそいつら全員、後ろから一瞬で叩きのめした!


「ベルシャ! 無事でよかった!」


 俺がベルシャに近付き、そう言うと


「『覗くな!』と言ったであろうが!」


 何故かベルシャから、思いっきりグーパンチを喰らった。


 理不尽だ! が、しっかりと見るものは見たので甘んじて受けた。


 ところでラミオンさん? あなたは、何故そこでじっとしているのですか?


「ラミオンは、『ベルシャを見ていてくれ』と頼まれた。だから、ずっとベルシャを見ていた」


 そうですね。お約束でしたね。

 俺は、今後ラミオンに何かを頼むときは、正確にしっかりと伝えようと思った。


……


 俺は気絶している『覗き魔共』を観察する。

 4人全員がモフモフしている。毛の色は黒・白・赤・茶と違うが、皆モフモフしていて温かそうだ。夏は逆に辛そうだけど。

 肌の色は少し赤みが強いが、ベルシャと比べると人間に近い。髪の毛に隠れて目立たないが、額には角が有った。


「ベルシャ、コイツら―― もしかしてお前の仲間か?」


「そうだ。こやつらは犬鬼族の者だな」


 やっぱりそうか。とすると、魔王軍はもうこの辺りまで侵攻しているということか?


「ベルシャ、魔王軍はここまで来ているのか?」


「いや、そんな筈はない。あの雪山を越えて軍を動かすなど、兄上ベルゾンがそのような無謀な作戦を取るはずがない」


 そうか。魔王軍がここまで来るには1万m級の雪山越えをしなきゃ行けなかったな。


「恐らくこやつらも斥候に出てきたのだろう」


 成る程、軍を動かせない間に斥候で情報集めか…… 魔族ってもっと脳筋の集まりかと思っていたが、結構慎重なんだな。


「それで、コイツらどうする?」



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ウググ……」


 ようやく気絶していた内の1人が目を覚ました。


 ソイツは暫くキョロキョロしていたが、ベルシャを見つけるといきなり大声をあげた。


「ベルシャ様! ご無事でおられましたか!」


 俺はソイツが何を叫んだのか全然分からなかったが、お前…… 洞窟内で大声出すな! 反響してうるさいんだよ!


「お前達はどうしてここまで来たのだ? お前達も斥候に出たのか?」


「失礼致しました、ベルシャ様。我らは魔王様とベルゾン様から『ベルシャ様の捜索』を任されておりました」


「そうだったか。お前達には迷惑を掛けたな」


「迷惑だなど、そのような勿体ないお言葉を。それよりも、ベルシャ様がご無事であることをすぐに魔王様とベルゾン様にご報告しませんと!」


 何を話しているのか分からないが、ベルシャとモフモフレッドの会話は弾んでいるようだ。どうせならベルシャ―― 俺にも分かるようにエブロ語で話してくれよ。


 そうだ! ラミオンなら2人の会話が分かるはずだ。


「ラミオン。ベルシャとアイツが何を話しているか、教えてくれないか」


「嫌」


 間髪入れずの拒否の返事…… 思えばタマって良い奴だな。俺がいつ通訳を頼んでも拒否されたことがないし、質問にもしっかりと答えてくれる。それなのに俺はタマのことを『鬱陶しい』と思ったことが何度もあるんだ。


《タマ、いつもありがとう》


《ど、どうなさったのですか、彰人様!? どこかお身体の調子が悪いのではございませんか?》


 タマ―― お前は本当に良い奴だな。俺の体調の心配までしてくれるなんて!

 俺はタマの気遣いに、感動で涙が出そうだった。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ところでセンド。お前は私の後ろに人族の男がいることに気付いておるだろ?

 何故その事について何も聞こうとしないのだ?」


 ベルシャのその疑問は当然のことであった。


「ベルシャ様。私はこの世界の人族について、思うところがございます」


「思うところ? それは何だ?」


「実は…… 我ら4人はこの世界の人族に生命を助けられました」


 センドは数日前の出来事をベルシャに語り始めた。ベルシャはその話を黙って聞いている。


 センドの話を聞き終えた後、ベルシャはようやく口を開いた。


「そうか。お前達もこの世界の人族はガピュラードの人族とは違う―― そう感じたのだな……

 やはり魔王様には、この世界の人族と争うことはお止めになるように、進言せねばなるまい!」


 ベルシャは強い決意を込めてそう言った。


 まさかベルシャ様も!

 センドはベルシャが自分達と同じ考えを持っていた事に感動した。


「しかし…… 果たして聞き入れていただけるだろうか?」


 そう呟いたベルシャの顔からは、決意と同時に苦悩していることが窺える。


 人族との和平を進言する―― それは、聞き入れられるかどうかという単純なことではない。

 気が狂ったと思われるか、最悪の場合、裏切り者として処刑されるかもしれない、正に生命懸けの進言なのだ。


「今更伺うのも何でございますが、ベルシャ様は後ろの人族の男をどうなさるおつもりなのですか?」


「私が魔王様に進言するのに、その男―― アキトの力が必ず鍵になる」


 理由は分からないが、ベルシャ様はこの人族の男を信頼なさっているようだ。ちっぽけな人族の力が役に立つとは到底思えないが……

 センドにはベルシャが何を考えているのか、全く分からなかった。


「ううっ…… ここは一体? 後ろからいきなり襲われたような……」


 2人が話している間に、気絶していた者達の意識も回復してきた。

 それに気付いたベルシャ。


「そうだ、忘れておった! 1つお前達に与えるものが有った」


「ベルシャ様。我らには褒美を頂くいわれはございません」


 我らは、自分達の任務を果たしただけであり、ベルシャ様から褒美を頂くわけにはいかない―― センドはそう思ったのだが


「安心するが良い。褒美ではない」


 そう言うと、ベルシャの美しい顔が、意地悪そうに笑った。


「お前達は私の湯浴みを覗いたな? お前達に与えるものは当然―― 罰だ!」


 サンダーフレア!!


 突然、洞窟内に激しい雷が降り注いだ!


 犬鬼族の4人は雷に撃たれ、再び意識を失ったのだった。


 もう1人の雷に撃たれた男は―― まるで何事も無かったように、食事の支度を続けていた。


 チッ……


 ベルシャは思わず舌打ちした。

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