第37話 彰人、扉の管理者を見つける

 俺は巫女さんに案内されて歩いている。


「嘗て我ら『巫女の一族』は、この世界から『扉の管理』を任されておりました。

 しかし、今からおよそ1200年前―― 当時の巫女様が異世界へ嫁がれていかれて以来、我らは『扉の管理』を行うことを許されなくなりました」


「よく知ってるな」


「はい。当時の魔王のこと、異世界から来られた救世主様のこと、巫女様のこと―― そして『扉の管理者』の使命も。

 それら全て、当時から絶えることなく伝承されております」


『扉の管理者』などという、面倒なだけの何のメリットもない使命から解放されたというのに、わざわざ伝承してきたのか? 信じられない『物好き』な一族だな。


「そして、再び『扉の管理』を任せてもらえるように、今も精進しているのです」


 えっ!? まさか……


「また、『扉の管理者』を、したいのか?」


「勿論でございます。それこそ、巫女として生まれてきた者の使命でございます」


 なんと! 俺の利害と一致した。


「シーラ様! このような怪しげな男のことを迂闊に信じてはなりませぬ!」


 巫女さん、『シーラ』っていうんだ。美人に似合う素敵な名前だ。


「何を言うのですか! オババ、お前も聞いたであろう。

 アキト様はニホンから参られたのだぞ。ニホンと言えば、伝承にある救世主様の来られた国―― アキト様は、救世主様に間違いありません」


「このような、見るからに間抜けな者が救世主ですと? オババは信じられませぬ」


「アキト様、ここでございます」


 連れてこられた場所は、嘗て扉が祀られていたという神殿―― 俺の家の蔵とは比べ物にならない立派な建物だ。


「中に私の娘がおります。アキト様、どうか娘達にお力をお貸し願います」


 へ!? シーラさん『子持ち』だったの!?


 微妙にショック……


……


 神殿の中にいたのは3人の女の子―― もしかして


「3人共、シーラさんの娘?」


「はい、私の娘です。長女のメルナが11歳、次女のカリナが10歳、三女のセレナが8歳です」


 まさかの3人の子持ち…… シーラさん、見た目すごく若いけど実際は?

 流石に女性に年齢は聞けないよな。気になるけど……


「母様…… この男の方、もしかして―― 私達の新しいお父さん?」


「メ、メルナ! 何を言うのですか!? そのような無礼なことを…… アキト様に謝りなさい!」


「アキトというのか? どうじゃ母様は! 別嬪であろう。とても『28』には見えんであろう?」


「カリナ! あなたまで何を言うのです!」


 シーラさん、28歳なのか!? 全然見えない! それどころか


「十代と言っても、普通に信じるぞ」


「そうなの! 母様は若作りの天才なの!」


「アキト様! セレナも! 変なことを言うのはお止めなさい!」


 シーラさんの怒ったような? 困ったような? 表情がとても可愛い。

 娘のオマセ加減とのギャップに萌える。


「メルナ様、カリナ様、セレナ様! 冗談はそこまでですぞ。それよりも、修行の方はどうなっておるのですかな?」


「オババ…… もう少しで、神水晶しんすいしょうを光らせそう……」


「メルナ様。そう仰られてから、もう6カ月になりますぞ」


「神水晶?」


「知らないの? 神水晶を光らせることが出来れば、『扉の管理者』になれるの!」


 セレナが説明してくれた。

 推測するに、『神水晶を光らせるのに必要な力』と『扉の管理者基準の力』が同じくらいなのだろう。


「神水晶も知らんとは…… やはり、こやつが救世主というのは嘘ではござらぬか?」


 ババァは、疑いの眼差しを俺に向けてくる。

 こうなったら、何か『俺の力の一端』でも見せるしかないな! よし!


「婆さん! 俺が神水晶を、光らせよう!」


「誰が『婆さん』じゃ! 人をババァ呼ばわりするでないわ! このタワケが!」


 何をするんだ!? ババァが持っていた杖で俺を叩いた! 


 なんなんだよ? このババァ―― オババと呼ばれているくせに、『婆さん』と呼んだら怒るとか、意味分かんねえ?


「オババが怒るの当然…… オババは男」


 へ? オババが男? 俺はメルナの言葉に頭が混乱する。

 腰まで伸びたロン毛に、背も低いからババァだと思っていたが、ジジィだったのか?


《タマ。ジジィがオババ―― ってどういうことか分かるか?》


《彰人様。オババというのは、巫女の教育係の長を意味する呼称なのです。男性が務める場合も珍しくないのです》


 ややこしいわ! 男はオジジにしろよ!


「大体、巫女の一族の血筋以外の者が、神水晶を光らせることなどできはせぬわ!」


「どういうことだ?」


「この神殿に飾られた神水晶は、巫女が代々に亘り受け継いだ、巫女の力を注いできた物なのです。それ故に、巫女の力と波長の異なる力を、神水晶はほとんど受け付けないのでございます」


 俺は、シーラさんの説明に納得する。

 それでも、仮に巫女の一族以外の力の場合10分の1しか伝わらないとしても、最低でも『扉の管理者基準の45倍以上』あるはずの俺なら大丈夫だ。


「やってみるが良い! 尤も、巫女の一族の血筋以外の者の力は、千分の1しか伝わらぬから、大恥をかくがよいわ!」


 え? 千分の1!? そんなに低いの?


 やっぱり、やめとこかな…… と言おうと思ったら―― ジジィ以外の4人が、超キラキラした目で俺に期待の眼差しを向けている。


「じ、じゃあ…… ちょっとだけでも、光るといいな……」


 俺は大分弱気になりながら、神水晶に手を触れる。


 しかし――


「ほら見たことか! 何も起こらんわ! カッカッカッ」


 神水晶を覗き込んだジジィが、勝ち誇って笑う。


 うるさいジジィめ! まだ力を流してないわ! 見てろよ!


 俺は力を流し込むと同時に心の中で叫んだ。


 バ●ス!


 瞬間! 神水晶が凄まじい輝きを放つ!


「ウギャー!! 目が…… 目が……」


 神水晶を至近距離で見ていたジジィが、余りの眩しさに目を押さえながら倒れ込んだ。


 やったぞ、シー●! 悪は滅ぶべし!


 俺の中には、巫女の一族の血―― 俺のご先祖様が連れ帰ったという巫女の血が、わずかながらでも流れていたようだ。

 もし、ご先祖様が浮気性で、俺には巫女の血が流れていなかったらどうしよう…… と思ったけど、そんなことはなかったようだ。

 俺は、ご先祖様が誠実な人であることを証明したのだ!


「凄い……」「眩しいのじゃ」「びっくりなの」


 3娘達が思い思いの感想を呟く。


「流石でございます! やはり娘達のことは、アキト様にお頼りするしかありません」


……


 シーラさんが言うには、3娘達は『もう少しで神水晶を光らせる』ことが出来るだけの力を持っている。

 ところが、その『もう少し』の状態をなかなか超えることができない。

 それは3娘達だけでなく、シーラさんも、それ以前の巫女達もずっとそうらしい。


《タマ。3人の娘の力が、どれくらいのレベルか分からないか?》


《少しお待ちください。タマが測定してみます。

 …… ……

 分かりました! メルナが『扉の管理者基準』の92%、カリナが89%、セレナが73%です。それから、シーラが90%です》


《惜しいな! ホントにもう少しのレベルなのか》


《そのようです。タマも知りませんでしたが、もしかすると代々の巫女達も『いい線』まで行っていたのかもしれませんね》


《知らなかったのか?》


《はい。巫女の一族の者は、大抵子供の頃は主の監視対象に入ります。

 しかし、大人になって一定期間力が伸びなくなった時点で『管理者の基準未満の者』は監視対象から外れますので、最終的にどこまで伸びたかは把握していません。

 タマの主も、管理者基準を超える者とは夢での接触を試みますが、基準以下の者とは接触しませんので、きっと把握されていないと思います》


 恐らく歴代の巫女達には、良い指導者がいなかったのだろう。いくら素質が有っても、正しい修行を積んでこなかったために、才能を伸ばしきれなかったようだ。

 しかし、このレベルまで育っているなら、基準値まで伸ばすのはそれほど難しくない。

 俺の修行方法を教えれば、メルナとカリナは短期間の修行で十分達成できそうだ。

 セレナはまだ成長途中だろうから、2年後くらいから始めればいいが、今から修行を体験しておくのも勉強になるだろう。


「俺に任せろ! 3人共、神水晶を光らせることが、できるようになる!」


「アキト様、本当でございますか!? これで、巫女の一族の長年の望みが、ようやく叶えられるのですね!」


 シーラさんはちょっと興奮している。

 そして俺の希望も叶うのだから、自然とやる気が出てくる。


「3人共、やる気はあるか?」


 俺は、3娘達の覚悟を確認する。


「当然!」「勿論じゃ!」「大丈夫なの!」


 いい返事だ!


「まずは、用意してほしいものがある」


「はい! 何なりと、お申しつけ下さい!」


「まずは、5寸釘を、剣山のように並べた、板がいる」


「あの…… それは、何に使われる物なのでしょうか?」


 俺の睨んだ通りだ! やはり、その道具を使ったことがなかったか。

 神明流中級の修行で、俺が最初に用意されたのが『それ』だった。


「当然、その上で過ごす」


 殆ど一日中、食事中も寝るときも、その5寸釘の剣山の上で生活するのさ。

 それによって、常に霊気を纏う必要が生まれ、自然と力の量も質も上がるのだ!


「アキト様が何を言われているのか…… 理解できませんが……」


「嫌……」「無理なのじゃ……」「大丈夫じゃないの……」


 あれっ!? 3人の反応が急に悪くなったぞ?


「キサマ! 大事な3人の巫女の卵を傷物にするつもりかあぁぁぁ!?」


 ジジィ、まだ生きていたか!?


……


 困った……


 どうやら俺の提案する修行内容は、このエシューゼでは一般的でない…… それどころか、とても耐えられるものではないらしい。


 一応、俺もその辺を弁えて、自分がしてきた修行の1/5くらいの難易度の提案をしたつもりだったのだが、それでも『無理』と言われた。

 流石に、恐怖に泣きそうな(実際泣いていた)3人に、無理やりそれをさせる程、俺は鬼ではない―― 俺はじいちゃんとは違うのだよ!


 そうなると、俺には3人の力を短期間で上げる方法がない。


 長期的に上げる方法なら無いわけではないが、それを待っていられるほど、俺には時間の余裕がない。


「3人で手を繋いで、神水晶に力を込めたら、どうなる?」


 俺は適当に思いついたことを言ってみた。

『三本の矢』―― と言うより、直列電流作戦だ。


「やったことない……」


 メルナが、まだ恐怖に震える目で俺を見ながら答えた。

 そんなに怖がらせたのか!? 俺、酷い奴だな…… 心が痛む。


「それなら、できるだろ?」


「それくらいなら……」「できるのじゃ」「わかったの」


 3人は手を繋ぎ力を込める。

 そして―― 手を繋いだまま、メルナが空いている左手で神水晶に触れた。


 ピカッ!


 それは、俺が触った時のような、神殿内を全て真っ白に輝かせた光と比べると極小さな光―― 20Wの蛍光灯くらいの輝きを放った。


「光った……」「光ったのじゃ」「光りましたの」


 3人はその光を呆然と見つめている。


《なあタマ。『扉の管理者』は1人でないと駄目なのか?》


《いえ。複数の者が同時に『扉の管理者』をすることも珍しくありません。

 ただその場合は、全員が『扉の管理者基準以上の力』を持っているのが普通で、基準に達していない者が複数人で『扉の管理を行う』と言うのは、タマは聞いたことがありません》


《確か、『扉の管理者』に必要な力は、『扉を決まった場所に固定すること』と『扉のネットワークを瞬時にオン/オフすること』が可能な力―― だったな。

 別に3人でしてもいい気がするが?》


《彰人様。少しお待ちください。主に確認を取りに行って参ります》


 そういうと、タマは俺の目の前からフッと消えた!


 そういえば、エシューゼに来て以来、タマが俺の側からいなくなることなど1度もなかったな。


 何だか、凄い解放感だ!


 俺は、その解放感に浸りながら目を瞑った。

 ああ! 何て気持ちいいんだ!

 そう思いながら目を開ける―― 目の前にタマがいた。

 俺の解放感は、たった10秒で終わった。


《彰人様、お待たせしました!

 扉の固定に成功できましたら、3人でも『OK』と言うことでした!

 史上初の基準に達していない管理者の誕生ですよ!

 あれ? 彰人様? 何か不機嫌そうですが? 嬉しくありませんでしたか?》


《そんなことはないぞ。喜んでいる―― が、どうやって3人に『扉の固定』をさせたらいいんだ?》


《それでは、彰人様に説明をお任せしてもよろしいですか?》


……


 俺は3人の娘達を、祭壇の『嘗て扉が祀られていた場所』の前に座らせた。


「準備はいいか? 手を繋いで力を込めろ! 扉をここに呼び寄せるんだ!」


 3人共、俺の言った通りに力を込めながら、祭壇の上に扉が現れるイメージを思い描いている。


「集中しろ! イメージを揃えろ!」


 お! 扉が! 祭壇の上に―― 形が浮かんでくる。


「頑張れ! もう一息だ!」


 そして、とうとう――


「できた」「扉…… なのじゃ」「やったの」


 3人は、祭壇の上に扉を固定することに成功した!


「3人共よくやりました! 母はお前達3人を誇りに思います。

 そしてアキト様! なんとお礼を申し上げればよいか!」


「否、3人の頑張りだ。ただ、今後修行を積んで、1人でも神水晶を、光らせるようになった方が良い」


「は、はい…… しかし、アキト様の提案された修行は……」


 シーラさんまで恐怖の目で俺を見ないで! 俺の心が折れそうです……


「心配ない。長期的に取り組む、簡単なものだ」


「ほ、本当に大丈夫でしょうか?」


 シーラさんは、まだ疑っている?


 本当に大丈夫です。今度は神明流の初級以前の修行法だから。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 結局、丸1日ジャルモダにいた。


 成果として、俺はジャルモダの『特別通行証』を貰った!

 これさえあれば、今後は一切の手続きなしで入国できるそうだ。


 あのジジィも手の平を返したように、俺に礼を言ってきた。

「1200年の我らの悲願が達成された!」と、泣いて喜んでいた。


 3娘達からは「また遊びにくる・の・じゃ」と、約束させられた。


 シーラさんには、俺の救世主としての目的『魔王のこと』を伝えておいた。


「そうでしたか。再び魔王がこの世界に…… アキト様、どうかお気をつけて!」


 シーラさんの応援を受けて、俺の『やる気』はアップした!



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「マスター、お帰り」


「アキト、随分遅かったな」


 ラミオンもベルシャもそれだけ言っただけで、俺を非難することはなかった。

 俺は、それが逆に怖かった。

 出発準備は俺1人でテキパキと行った。


 兎に角、これで1つ俺の目的が達成できた!

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