第36話 彰人、ジャルモダへ行く

 流石は、サガロとゼルガだ!


 飛行球(気球)を使えばいい―― 俺がどうやってエバステまで行こうかと悩んでいると、そう提案してくれたのだ。


「エバステという国に、アキトの呪いを解ける人がいるのね!」


「あ、あぁ…… その可能性があると、ベルシャが教えてくれた」


 マルデオとバレック以外には魔王のことを打ち明けるわけにいかないから、マルデオには『魔王退治に行く』と伝えてあるが、エレーヌ達には『俺の呪いを見てもらいに行く』と嘘を吐いておいた。


 第2形態になったラミオンに気球を押してもらって進めば、ダリモの鳥車よりも遥かに速く移動することができる!


 しかも、サガロとゼルガは気球の改良策も用意してくれていた。


 気球は着陸するのにガスを抜くから、再び浮上するにはガスを詰めなおす必要がある。

 それを解消するために、ガスを抜かずに着陸する方法を用意してくれたのだ。

 気球を5つの風船で浮かせるようにし、着陸はラミオンが風船を1つずつ外すことで行う。外した風船を再度取り付ければ、また浮上できるというわけだ。


 ラミオンの飛行能力が本調子に戻るのはまだまだ先だが、それでも時速200km位では飛べるらしい。


 実際の所、時速100kmで移動できれば十分だ。

 エバステまでは約1万5千km―― 1日2千km移動できれば8日で着ける。これで遅くとも10日後には元の世界に戻れるぞ!


《タマ。もうすぐ俺の役目は果たせる。これで、俺は元の世界に帰れるんだ!》


《彰人様…… 真に申し上げにくいのですが、すぐに帰れるかどうかまだ分かりません》


《何? もしかして、俺が魔王に『負ける』と思っているのか? ラミオンのお墨付きがあるし1対1なら絶対勝てるはずだ! 大船に乗った気でいろよ!》


《いえ、そういう意味ではございません。問題は『扉』なのです》


《扉? 俺がエシューゼに来るのに通った『扉』のことか?》


《そうです。以前にお伝えした通り、現在エシューゼには『扉の管理者』がおりませんので、扉がどこに現れるか予測不能なのです。

 ですので、彰人様が目的を達成されても、扉を見つけることができるかどうか……》


 なんだと!? でも


《タマなら、扉の場所が分かるんじゃないのか?》


《はい。勿論扉の現在地を掴むことは可能なのですが、彰人様がそこに到着するまで、扉がその場所に存在するかどうかは、タマにも分からないのです。

 それに、扉の出現可能な場所が、エシューゼには1万箇所以上ございますので、次の出現場所を予測することも無理です》


 否、諦めるな! きっと何か扉を見つける方法があるはずだ。


《タマ! 扉の場所を見つける方法は本当にないのか!?》


《1つだけ方法があります》


《それは何だ?》


《『扉の管理者』になってくれる人を見つけることです! そして『扉の管理者』に扉を固定してもらえば、いつでもその場所に扉が存在します!》


《確か、今まで誰も『扉の管理者』になってくれないんだよな》


《残念ながら、そうです》


《俺に見つけられると思うか?》


《彰人様ならば、必ず見つけられます! タマは信じております!》


 魔王退治の後に、扉の管理者探しまで俺にさせるつもりなのか!?


 寧ろ、『管理者探し』の方が『無理げー』じゃないか! そんなの『詐欺』だ……



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 気球の準備も整い、とうとう出発の時が来た!


 気球に乗るのは俺とベルシャ――「どうしても魔王様へ報告に戻らねばならない!」と必死に訴えるベルシャの熱意に折れて、連れて行くことになった。


 流石のエレーヌとアメルダも空の旅は怖いらしく、付いて来るのを諦めてくれた。


「じゃあ、ラミオン。頼む!」


「分かった」


 ラミオンは第2形態に姿を変える。


「アキト殿、くれぐれもお気を付けください」

「アキト、早く帰って来てね!」

「アキト、頑張ってきてください」

「アキト君、キミの呪いが解けることを祈っているよ」

「アキトさん、土産話を楽しみにしてます」


 見送りに来た人達に手を振りながら、俺達の乗った気球が上昇する。


「マスター、押すぞ」


 ラミオンはその言葉と同時に気球を押し、気球は勢いよく前進した!


……


 ベルシャと2人きり―― 実に気まずい。


 俺は魔王を倒すために、ベルシャは魔王に何かを伝えるために、気球に乗っている。


 ここ数日のベルシャの態度を見ていると、エシューゼの人間に悪い印象を持っていないことは間違いない。

 たぶんベルシャは、魔王に『戦いを止める』ように進言するつもりだ。

 それが聞き入れられれば『戦わずに済む』のだが、俺にとってはそれは困ることなのだ。


 俺の契約達成条件は、『魔王を倒す』か『魔王をエシューゼから追い出す』かのどちらかで、『魔王と和解する』という条件は含まれていない。


 だから、俺としては『魔王はガチの悪党で、ベルシャの頼みなど聞き入れない』というのが一番有難いのだ!


 なんか、俺の方が悪人?


《なあタマ。魔王と和解できたとしても、俺のクリア条件は満たされないのか?》


《難しいですね。何せ魔王によって、既にエシューゼの民が大勢亡くなっております。もし和解しても、人間との間に蟠りが残りますので、今後も争いの火種が残ることになります》


《でも、俺が魔王を倒しても、魔王軍が残れば争いの種が残ることになるぞ?》


《そうですね…… やっぱり彰人様には、魔王も魔王軍も全滅させていただく必要がありますね!》


 俺に皆殺しにしろ! ってか!?


 タマの奴、シレッと恐ろしいことを言う。


 問答無用で襲いかかってくる連中ならそれでもいいが、もし『ベルシャとも戦う』となると、流石に気が引ける。


 やっぱり平和的解決を望みたい……



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 マカラを発って4日目――


 気球は順調に飛び続ける。

 ベルシャは使命に燃えた目をしている。

 そして俺は未だ悩んでいる。魔王と戦うべきか、平和的に解決できるならそうすべきか……


 順調そうに見えて、実際は全然順調じゃない。


 こうなったら、魔王より先に『扉の管理者』の問題を解決してやろう!


 俺には1つだけ『扉の管理者』の当てがある。


 それは、ジャルモダの『巫女の一族』だ!


 嘗て『扉の管理者』を務めていた『巫女の一族』なら、また『扉の管理者』をしてくれるのではないだろうか?

 否、メリットないし『やりたくない』と言われるかも知れないが、その時は力尽くで頼み込もう。


 最大の問題は、管理者基準を超える力を持つ者が『現在は存在しない』ということだ。


 しかし、タマの情報から、巫女の一族の者が一般の人に比べて、遥かに強い力を持っているのは間違いない。

 俺が少し『力の出し方のコツ』を教えれば、管理者基準を超えることが可能なのではないか? 俺はそう考えている。


 魔王を真っ直ぐ目指すなら北西に進むのだが、俺は進行方向を南寄りに変更して『ジャルモダ』を目指すことにした。


 既にレミール公国を越えて、レミール公国の西にそびえるジャミル山脈も越えようとしている。この山脈を越えた向こうがジャルモダだ。


 気球の着陸は慎重にしないとな……


――――――――


 レミール公国領内で着陸したときは、大変な目に遭いかけた……


 気球の着陸場所には大勢の兵隊が待ち構えていて、俺の姿を見るなり

「怪しい奴! ひっ捕らえろ!」と問答無用で捕まえようとしてきた。


 そりゃそうだ。気球を見たことのない人からすれば、それから降りてきた俺は十分すぎるほど怪しいだろう。


 しかし、続いてベルシャが下りてくると、

「ま、待て! その女性は…… まさか…… 」とか言い出して動きを止めた。


 ん? 俺に対してと反応が違う?


 更に、ラミオンが第2形態のまま地面に降り立つと

「おおっ! 伝説の神の使い!?」とか言って、全員ひれ伏した。


 結果として、ラミオンのおかげで俺は捕えられることはなかった。


 だが―― 納得できない!


 なんで、俺だけ『怪しい奴』扱いなんだ!?


 寧ろ、俺が1番怪しくないだろうが!


――――――――


 今回は気を付けて、人のいない目立たない森の中に気球を降ろす。

 時間も日の出前で、辺りは真っ暗。

 当然、今回は兵隊に囲まれることもなかった。


《タマ。ここがジャルモダなのか?》


《はい。ジャルモダはご覧のとおり周囲を山々に囲まれた小さな国です。

 ですが、3千年以上の歴史を誇るエシューゼ最古の国であり、他国より畏怖と尊敬の念を集める、とても強い影響力を持った国なのです》


《それで、巫女の一族にはどこへ行けば会えるんだ?》


《そうですね。そんな国のトップである『巫女の一族』には、当然ですが簡単に会うことは叶いません。手続きを踏んで、1年後くらいに会えるのではないでしょうか?》


 は!? 俺は一瞬頭の中が真っ白になってしまった―― が、そりゃそうだわ。


 国のトップに簡単に会えるわけがないよな。


 訪れたらいつでも会ってくれる国のトップ―― そんなのゲームの中だけだ……


 俺はまたしても、思慮の浅はかさを晒してしまうのか!?


 わざわざ進行方向を変えてまでジャルモダに来たのに、何もせずに飛び立ったら、きっとラミオンに白い目で見られる…… 元々感情のこもらない目が、更に冷たい光を放つのだ。

 考えただけでも恐ろしい……


 それに、ベルシャからも『役立たず』と罵られ兼ねない…… それは何としてでも避けねばならない!


 絶対に巫女の一族に会わなければ!


……


 巫女の一族に会えれば良し!

 会えなくても、会った振りをしてラミオンとベルシャを騙して、俺の尊厳を守るのだ!


 ラミオンとベルシャには気球の側で待機してもらい、俺1人で町へ向かった。


「タマ。ここは何て町だ?」


《ここは【ギョド】という人口800人程の町です》


「規模としては、ほとんど『村』レベルだな」


《ジャルモダ領内の町は、都の【ジャルモド】以外は全て千人以下なので、これでも

大きい方になります》


 俺が門に近付いていくと、門の前に立つ2人の兵士に止められた。


「旅の方ですね。身分証の提示をお願いします」


 身分証? あちゃー…… そんなのがいったのか。

 巫女の一族に会うどころか、この町にも入れないわ。仕方ない、引き返そう。


 俺が引き返そうとしたとき、


「待て! お前、もしや身分証を持っていないのか!? 怪しい奴め!

 もしや入国管理所を通らずに、ジャルモダ領内に潜入したのか!?」


 あっ! 空から来たので、入国管理所は通ってません。


「密入国者か! もしや他国の間者か!?」


 これってヤバい状況!? 逃げた方が良いかな?


「拘束して、巫女様の裁きを受けさせねば!」


 お! もしかしてこのまま捕まったら、巫女の一族の元へ行けるのか?



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 俺は大人しく兵士達のお縄に掛かり、簀巻きにされて首だけ出した状態で馬車に乗せられている。

 このまま、ジャルモダの都『ジャルモド』に運ばれて、巫女の一族による裁きを受けるようだ。


 ギョドからジャルモドまでは近くて、2時間で着けるのはラッキーだった。

 道中、この簀巻き姿を人前に晒すことになったが、レミオールの通りで『不能』を連呼されることに比べたら、大した恥ずかしさではない。

 俺の精神力は強くなっているのだ!


《タマ。作戦成功だ! これで巫女の一族と対面できるぞ!》


《彰人様。そのお姿では、まともに話すこともできないのではないでしょうか?》


《確かに、首だけしか出してない状態では、話し辛いな……》


《いえ、そういうことではなく、巫女の一族と話す機会がないかもしれません》


《そうなのか? 俺にも話す機会くらいくれるだろ?》


《大抵の場合、罪人には反論の機会はございません。運良く機会がもらえても、殆ど無視されるのが普通です。とても『扉の管理者』になってもらうように頼めそうな気がしません》


 なんてことだ! じゃあ、俺は向こうについたらどうなるんだ?


《まさか…… いきなり『処刑』とか言われないよな?》


《残念ながら、その可能性は大いにあります。間者に疑われているのは致命的かもしれません》


 どうやら、間者は相当な重罪のようだ。

 そうなったら仕方ないな……


《その時は、力尽くで話し合いに持ち込むしかないな》


《それは、話し合いと言えるのでしょうか?》



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 それにしても…… 思った以上に大勢に見つめられて、流石の俺もちょっと恥ずかしい。

 まるで時代劇の『お白洲』のような場所で、俺は変わらず簀巻き状態で地面に寝ころばされているのだ。そして、俺の周りには50人くらいの人が囲んでいる。


「何があったか、言うてみよ!」


 俺の前の高い位置に座っていた、貫録のある婆さんが声を上げた。


「はっ! この者は、身分証を持たずにギョドの町を訪れました」


「何っ! つまり密入国か!? 密入国を許したなど実に300年ぶり。

 しかも、関所を通らずにギョドまで侵入したとは……」


「他国の間者ではないかと思われます!」


「他国の間者か…… それにしては、身分証を持たずに門から堂々と町を訪れるとは―― 相当な間抜けよ」


 間者ではないけど、確かに身分証を持っていなかったのは間抜けだわ。

 他国に入るときに、エレーヌが手続きしていたのを見ていたにも関わらず、完全に忘れていた。


「お主、どこの国の者じゃ? 素直に吐けば、命だけは助けてやらん事もないぞ」


 この言い回し―― 素直に言っても、『やっぱり助けないよ! バーカ!』って言うときのやつだろ。

 見るからに、意地悪そうなババァだもんな。絶対にやるぞ。


 どうしようかな? とりあえず正直に言ってみるか。


「ニホンだ」


 その瞬間、ババァのこめかみがピクッと動いたのが分かった。


「ニホン!? お主、今『ニホン』というたか!!」


 な、なんだ!? いきなりババァが怒りだしたぞ?


「オババよ、興奮するでない」


 今まで、ババァの横で静かに正座していた若い女性―― ロングの黒髪、天使の輪が綺麗に輝いている美人さん―― がゆっくりと立ち上がった。


「そなた、今『ニホン』と申しましたね。それに相違ありませぬか?」


「相違ないが…… 何か、気に障ったか?」


「今ひとつ、そなたに尋ねます。どうやってこの『世界』にやって来ましたか?」


 この美人ひと、今この『国』でなくて、この『世界』と言ったぞ!?


 まさか、この美人ひと! 俺が異世界から来たことに気付いているのか?


「扉を通って、来た……」


「おお! やはり!」


 彼女は俺の答えに満足したようだ。そして


「この方の戒めを、解いて差し上げなさい!」


 そう言った。

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