第35話 ベルシャ、決意する

「ベルシャ! あなたはアキトとどういう関係なの?」


「もしかして、あなたがアキトの『運命の出会い』の方なのですか?」


 エレーヌとアメルダは、昨日バレックの屋敷に戻ってこなかった俺を心配して、バレックに俺の捜索を頼んだそうだ。

 しかし、バレックは俺の心配など全くすることなく、相手にされなかった2人は、マルデオに相談するために朝からマルデオの屋敷にやって来た。

 そして2人は、マルデオから俺の無事とラミオン・ベルシャのことを聞かされたのだ。


 そのせいで、俺は2人から非難されることとなってしまった。


 確かに、俺の無事を知らせに行かなくて心配させたのは悪かった。

 でも、ベルシャの姿が見られたら町が大騒ぎになってしまう、と思っていたんだ。


 ベルシャは魔王の手下だ。

 当然俺は彼女を警戒しているのだが、マルデオにしろネルサにしろ、メイドさん達も全くベルシャのことを気にすることなく普通に接している。今朝なんて食堂で一緒に食事までしてしまった。


 エレーヌとアメルダは、ベルシャの姿を見て警戒心を抱いていたようだったから、エシューゼでも『そういう反応』をする人もいるのかと思ったのだが、どうやら2人は俺とは別の理由でベルシャを警戒していたようだ。


 2人がベルシャに話し掛けても、ベルシャはレミル語が話せない―― 俺が一々通訳しなくてはいけなくて面倒だな…… と思っていると


「私とコイツの関係? そんなものは『敵』に決まっている」


 えっ!? ベルシャが普通に答えた―― だと!?

 まさか、もうベルシャはレミル語を覚えたのか?

 角か? 角があるから、たった1日でレミル語を理解できるようになったのか?


 それにしても、やっぱりベルシャは俺のことを『敵』と認識しているようだな。

 まだまだ彼女のことは警戒しておく必要がある。


「えっ!? あなた、アキトの『敵』なの?」


 ヤバいぞ。エレーヌは血の気が多いからベルシャに飛び掛かるぞ。


「それなら安心だわ」


 エレーヌ、『敵だから安心』ってどういうことだよ? 俺はお前の頭の中が心配になる。


「エレーヌさん。安心はできません!」


 アメルダは冷静だ。『敵』と言ってる相手には警戒しておく必要が……


「アメルダ、どうして安心できないの? アキトは『不能』なのに『第3夫人』まで作ったのかと心配したけど、彼女が『敵』ならその心配はないわ」


「いえ、そちらのラミオンさんが『第3夫人』かもしれません!」


 アメルダ…… やっぱり、お前の頭の中も心配だ。


「そうね。その可能性もあるわね」


 否、ないから! 俺はロリコンじゃないし、それに―― 俺には『第1夫人』もいないから!


「不能―― とはどういうことだ?」


 ベルシャが、そのワードに反応した。


「男として役に立たないことよ。アキトは呪いのせいで不能になっているのよ」


 何度も言うが、俺は断じて不能ではない!

 だが、エレーヌとアメルダに迫られないためには『不能の振り』をする必要があるんだ。


「ほお…… 人族は短い寿命だが子作りだけは活発だというのに、コイツはそれすらできないのか。まさに『役立たず』だな!」


 役立たず!? ベルシャ、その蔑んだ眼はなんだ?

 くそっ! エレーヌとアメルダの前だから訂正もできない。


「結局、アキトの『運命の出会い』とは誰のことなの?」


 俺にとっての『運命の出会い』が誰のことを指しているのか、俺自身もはっきりしていない。なにせ、昨日だけで不思議な出会いをしたのが4人もいる。


 ラミオンか、ベルシャか―― それともサガロとゼルガのことかもしれない。

 まだ出会っていないという可能性もないとは言い切れないし…… こんなことなら、アルベルトから『運命の出会い』についてもっと詳しく聞いておくのだった。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「本当にこの世界の人族は、私を見ても憎しみも恐れも抱かないのだな……」


 俺は、ベルシャとラミオンと共にマカラの町の中を歩いている。


 マルデオの屋敷の人達は、ベルシャを見ても驚く様子もなく普通に接していた。

 そして、町の中でもベルシャに対して敵意や奇異の目を向ける者は、全く見られない。それがベルシャには意外なようだ。


 尤も、マルデオなんてベルシャどころか鳥に変身したラミオンにすら、ちょっと驚いただけで普通に接することができるのだから、エシューゼの人間の精神構造は俺の想像を超えている。


「ガピュラードの人族は、我ら魔族が何もしなくとも、我らに憎悪の目を向け、我らの力に恐怖し、敵意を向けてくるのだ。

 元々は魔族も人族も互いを尊重し、互いの領土に踏み入ることはなかった。

 ところが約400年前、人族の軍隊がいきなり我らの領土に踏み入り攻撃してきたのだ。

 そのことに当時の魔王様がお怒りになられ、人族を叩き伏せ、人族は人口の1/3を減らしたと言われている。それ以来、魔族と人族は憎み合うようになったのだ」


「そんなにやられたのに、また魔族の領土に、人族が攻めてきたのか?」


「そうだ! 愚かな奴らは、当時の恐怖を忘れ去ったのだろう。その結果、今度は現魔王様がお怒りになられて、再び人族を叩き伏せたのだ」


 400年―― 人族は人口の1/3も減らしたというには、恐怖を忘れるのが早い気がするな。


「それにしても、人族は随分早く恐怖を忘れたな」


「人族の寿命など精々20数年―― 400年も経てば、我らに対する恐怖の伝承も薄れたのだろう」


 寿命が20数年? ガピュラードの人族の寿命はそんなに短いのか?


 扉が繋がっている世界同士は、自然環境にほとんど違いがないらしいのに、よっぽどヤバい病気なんかが蔓延しているのだろうか?


「随分早死にだな。この世界の人の寿命は大体60年だ」


「ほお、なかなか長生きだな。我ら魔族の寿命は120~170年くらいだ」


 俺のラノベ知識じゃ、魔族の寿命は300~500年くらいなのだが、思ったより短いんだな。


「マスターは勘違いしている。ガピュラードの1年は1096日だ」


 ラミオンが、ツッコミを入れてきた。


 1年が1096日!? つまり、俺の世界の3倍か!?


 そういえば、タマが『世界によって1年の長さが違う』と言ってたな。

 それに、ベルシャが俺とラミオンを『6歳と2歳くらい』と言ってた。


 こんなことに気付かないとは…… 俺―― もしかして、かなり察しが悪いのか?

 少し落ち込む。


……


「アキト君ではないか!」


 町の見回りをしていたラークマンが、俺に声を掛けてきた。


「確かアキト君は、レミール公国に向かったと聞いていたのだが」


「まあ、いろいろあって戻って来た」


「そうだったのかい。エレーヌさんに聞いたのだが、アキト君は大変なことになっているそうだね」


 エレーヌ、まさかと思うが『あの事』を他人に話しているんじゃ……


「アキト君、気にしすぎると『アレ』には良くないから、あんまり気にしないようにした方がいいぞ」


 やっぱりか! 一体エレーヌはどこまでそのことを言いふらしているんだ!?


「むっ! その女性は!?」


 ベルシャを見て、ラークマンの目の色が変わった!


 まさか、ベルシャを『魔王の手下』と気付いたのか!?

 俺にもベルシャにも緊張が走る。


「何という美しい女性だ! 情熱的な赤い肌に、個性溢れるその神秘的な角!

 まるで神の造られた彫像を見るようだ。どうかお名前を教えてください。

 おお、いかん―― 私から名乗らねば!

 私はここマカラの町で兵士長を務めるラークマンと申します。あなたは?」


「ハハハハハ!」


 ベルシャがお腹を抱えて笑いだした。


「まさか、人族が―― 私を恐れるどころか『美しい』などと言うとは!」


「我らは勘違いしていたのかもしれぬ。

 全ての人族が敵だと思っておったが、この世界の人族は違うのかもしれない。

 このことを、早く魔王様にお伝えせねばならない……」


 ベルシャは心の中でそう決心したのだった。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ベルシャはまだ戻らぬのか……」


 魔王の静かな呟きで、城内の一室が緊張に包まれる。

 ベルシャが偵察に出てから、『報告に戻る』と約束した期限を2日過ぎた。


 先に偵察に出た斥候の3人に続き、ベルシャまでが偵察に出たまま戻ってこない。

 これはもう『何かトラブルが起こっている』以外に、説明がつかない。


 しかも、ベルシャにはあのラミオンまで付いているというのに!


「陛下、申し訳ございません…… ラミオンまでお貸しいただいたにも拘らず、我が愚妹ベルシャは約束の期日を過ぎても、未だ戻って参りません。

 斯くなる上は、ベルシャに代わり私目に罰をお与えください!」


「西の海の向こうには、並々ならぬ厄災が潜んでいるのやもしれぬ……

 ブリンズ! 南に攻めたジャロウは、どうなっておる?」


 魔王はベルゾンの言葉を無視し、別の男に話し掛けた。


「はっ! 南の大国『サーコス帝国』との戦闘に苦戦している―― と報告を受けております」


「フム。やはり200では少々戦力が足りなかったか…… ジャロウには、1度引いて体制を立て直すように伝言するのだ」


「はっ! 直ちに伝令を出します!」


「陛下! どうか私目に罰を!」


「ベルゾンよ! お前に罰を与えたところで、ベルシャは戻っては来ぬ。

 余は無駄なことはせぬ主義だ。

 それよりも―― ゲンス! お前の部隊の中で雪山越えができそうな者はおるか?」


「犬鬼族の者達ならば可能かと」


「犬鬼族か。それは都合が良い。

 特に優秀な者を選抜し、雪山を越えて東へ向かわせるのだ。そして、ベルシャ達の捜索に当たらせるのだ。余計な戦闘は避け、捜索に力を入れるように伝えよ!」


「はっ! すぐに人選に当たります!」


「陛下、それは!?」


「ベルゾンよ。ベルシャはお前の妹であると同時に、余にとっても大切な部下だ。

 放っておくわけにはいくまい。よもや人族の手に落ちたとは思わぬが、何らかのトラブルが起こっておるのは間違いあるまい。そして、ベルシャ救出と同時に、そのトラブルの原因を知ることも必要なことなのだ」


「陛下…… 有難うございます」


 ベルゾンはその立場上、『妹の救助』という私的な行動を取るわけにはいかない。

 代わりに魔王自らが、ベルゾンの気持ちを汲んでくれたのだ。

 ベルゾンは魔王の心遣いに感謝し、深々と頭を下げる…… 目には薄っすらと光るものが見られた。

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