第32話 彰人、神秘を目にする

 時刻は午後6時前――


 すでに日が沈んで暗くなっているというのに、『占い通り』には思った以上に大勢の人がいた。その殆どは若い女性で、『館』の前で開館前から並んでいる。


 どうでも良いが、占い通りでは『店』と言うと雰囲気が壊れるから『館』と言うように、エレーヌに釘を刺された。『館』と呼べるような立派な建物は全くないのだが、女性はそういう細かい事に拘るようだ。


 ランテスは疲れているから、宿で留守番。アメルダはレミオールの剣術の見学に行ったので、占い通りには俺とエレーヌだけで来ている。

 俺達が『ベルの館』に着くと、話ながら歩いてくる女性達とすれ違った。


「信じられないわ。ベルの館、今日は予約が入ってるから、受付は午後7時からですって! 今日は1番乗りだと思ったのに!」


「ベルの館に誰も並んでないなんて、おかしいと思ったわ。仕方ないから、お茶でもして時間潰しましょうよ」


 ベルの館は、今日は予約が入っているのか? 折角ここまで来たが、後1時間も待たされるのは嫌だな…… 別の所で占ってもらおうか。

 そんな風に考えていると、


「あらっ!? 予約者『アキト様』って書いてあるわよ」


 何っ!? 俺は予約した覚えはないぞ…… もしかしたら、アルベルトが予約したのか? 多分そうに違いない。

 でも、勝手に入っても良いのか?


 俺が躊躇していると、エレーヌが扉を開けて入っていく。流石はエレーヌ! 躊躇なんて一切しない。


「アキト、早く!」


 エレーヌに呼ばれて、俺も『館』に入った。すぐ目の前にテーブルがあり、奥に白いフードを被り白いローブを纏った人が、椅子に座っている。


「おいっ! お前…… 何をしている!?」


 俺は白ローブに向かってそう言うと、白ローブはフードを取った。


「アルベルト。お前が、何故そこに座っている?」


「何故って言われても、ここは俺の店だからな。居て当然だ」


「お前の店?」


「そうだ! 昼は解呪師で、夜は占い師をしているのさ。まぁ、解呪師の方が全く儲からないから、仕方なく占い師をしているわけだが」


 コイツが占い師だったとは…… 俺は占いにすがろうとした自分を殴りたくなった。


「で、お前の占い、当たるのか?」


「当然だ! 何せ俺の館は、レミオールで5本の指に数えられる人気だからな」


「儲かってるのか?」


「ああ。こっちの方は、解呪師の2百倍以上稼げてるぜ」


 そんなに稼いでるなら、占い1本で仕事すればいいのにな。禿の考えは、俺には理解できない。


「そんなことより、占いを始めようか。あんた、何を占って欲しい?」


「魔王が、今何処にいるか、分かるか?」


「あの世だな」


「あの世だと?」


「決まってるだろ。大昔に魔人に退治されてるんだ。占うまでもないな」


 コイツ、俺をからかったのかと思ったが、目が真剣だ。エシューゼで魔王と言えば、伝説の魔王のことになってしまう。新しい魔王の存在は知られていないから当然か。

 エレーヌもいるし、ここで魔王という単語は使わない方が良いな。


「俺は、これから、どこへ向かえばいい?」


 俺がそう言うと、アルベルトは懐から水晶玉を取り出した。


「おい! それ、昼間に使ってた、水晶だろ!?」


 いくらなんでも客を舐めすぎだ。解呪で使っている水晶玉を、占いでも使うとは!


「おっと! 間違えた…… こっちの水晶玉だった」


 アルベルトは、もう1つ水晶玉を取り出して、最初の水晶玉を懐にしまった。


 まさか2つ水晶玉を持っていたとは…… コイツ、キチンと占い用の水晶玉も持っていたのか。


「それにしても、良く気付いたな。俺でもパッと見ただけじゃ、区別がつかないのに」


「水晶に、詳しいんだ……」


 当然俺も、水晶の違いなんて分からないが、そう言って誤魔化した。


「よし、占うぞ! あんたの向かうべき場所だったな」


 アルベルトは、俺の姿を水晶越しに見た後、今度は目を閉じて水晶玉を持ち上げた。そして、何か呪文のような言葉を呟きながら、一心不乱に祈りだした。


 正直、タコ躍りを見ているようで気持ち悪かったが、その内光りだした!

 水晶玉でなく、アルベルトの頭が光りだしたのだ! そしてアルベルトはゆっくりと目を開けて


「見えた! あんたの目的地は大陸の西の果てにある。だが―― そこに行くためには、1度東へ戻るがいい。きっと運命の出会いがあるだろう!」


 そう言うと、アルベルトの頭の光が消えた。


 何故、頭が光ったんだ? どういう仕掛けなんだ? 俺はその事が気になりすぎて、占いの内容が頭に入ってこなかった。


「済まん。もう1度、言ってくれないか」


「何だ? 聞いてなかったのか? 仕方ねぇなぁ…… じゃあ、もう1度最初からやるぞ」


 えっ!? まさか、またあのタコ躍りからやるのか!?

 それでは、また頭が気になって、聞き逃してしまいそうだ。こんなときは、タマの出番だ。


《タマ、さっきの占いの内容を教えてくれないか》


《目的地は大陸の西の果てにあるが、1度東へ戻ると、運命の出会いが待っているそうです》


 流石はタマ! これで、あのタコ躍りを見なくて済む。


「アルベルト、大丈夫だ。占いの内容、思い出した」


「おっ! そうか。あの占いをすると、結構疲れるから助かるぜ」


「ところで、頭はどうやって、光らせたんだ?」


「頭を光らせた? 何のことだ?」


 どうやらアルベルトには自覚がないようだ。そうすると、アレは仕掛けでなく自然発光なのか? 俺はもしかすると、とんでもない神秘を目にしたのかもしれない。

 全然感動的でなかったが、占い自体は信じる気になった。


……


 その後、俺はアルベルトから、聞きたくもないアルバートの思い出話を、無理やり聞かされた。


「兄貴は腕のいい占い師だったから、国の重鎮のお抱えになったんだ」


 そういえば、アルバートは『政治の世界に首を突っ込んで大失敗した』とか言ってたが、一体それは……


「だが、ある日その重鎮の相談に対して、兄貴は『無理です!』と突っぱねたばかりか、大笑いまでしてしまった―― それが原因で、その重鎮の怒りを買ってしまって兄貴はレミール公国にいられなくなったんだ」


 相談を聞いて大笑いするとはな。権力者の怒りを買って、国から追い出されて当然の行為だ。アルバートはやっぱりバカな奴だが、その相談は何だったんだ?


「ところで、それはどんな相談だった?」


「禿の進行を止める相談だ」


 は!? 今なんてった? ハゲの相談!?

 政治、関係ないのかよ!


「当時の兄貴は、20代前半だったからな…… まだフサフサだった兄貴は、一族の呪いも軽く見ていたから、その相談を他人事だと感じていたようだ。

 まぁ、禿の進行を止めることは無理だからどうしようもなかったが、怒りを買わない方法はあったはずだ」


 あまりのくだらなさに俺は完全に呆けていたが、アルベルトの話は続いた。


「実は俺も相談されているんだ…… それも国王陛下から直々に」


 国王直々の相談だと!? コイツ、そんなとんでもないコネを持っているのか?


「それは、どんな相談だ?」


「禿の進行を止める相談だ」


 この国の権力者は、禿しかいないのか!? 他に悩みはないのかよ!


「いくら国王陛下の相談でも、禿の進行を止めるのは無理だ。

 それなら―― ということで、俺は発想を逆転したんだ!

 禿が恥ずかしいと思うから悩むんだ。だったら、禿が素敵だと世間に認めさせれば、恥ずかしくなくなるはずだ!

 まずは、中途半端な禿は滑稽だから、すっきりとスキンヘッド推しにした。

 それで、今俺が提案しようと考えているのは、『伝説の魔人はスキンヘッドだった』ということを国中に広めることだ。

 何せ、国王陛下は魔人の協力をした『初代国王の子孫』だから、新たな文献が見つかった―― とか理由を付けて、それを広めるんだ。

 そして、ゆくゆくは都の中央広場に【スキンヘッドの魔人像】を建てるのさ!」


 アルベルトは、自信満々でその悍ましい計画を語っている―― このままでは、俺のご先祖様が『禿』だったと捏造されてしまう。

 例え相手が国王であろうとも、その計画だけは絶対に阻止せねばならない!


「その計画は、中止しろ!」


「ど、どうしたんだ? 何か気に障ったのか?」


「伝説の魔人は、禿てなどいない!」


「禿じゃなくて、ス、スキンヘッドだ……」


「同じだ! それだけは断じて認めない!」


 俺は、殺気を込めてアルベルトを睨む。


「わ、わかったから…… そんなに怖い顔で睨まないでくれ……」


「絶対だぞ! 約束だからな! 守らなかったら『死』を覚悟してもらうぞ!」



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 一体東に何があるというのか?『運命の出会い』とは、どういうことなのか?


 分からないことだらけだが、アルベルトの占いを信じて、俺達は再びゲルナンドへ向けて鳥車を走らせている。


 あんなところでアルバートの弟に会うという奇跡的な偶然を体験し、あの『神秘的?』な占いを見せられたら、信じていいと思うのが人情だろう。

 これで何もなかったら、全くの時間の無駄になるのだが、俺の勘も『アルベルトの占いを信じていい』と告げている―― 尤も、俺の勘はほとんど当たったことがないが、今回だけは当たる気がしている。


 そして、ゲルナンド領に戻ってきた日に、それと遭遇した。


「アキト君…… あれ…… あの空に浮かんでいるのは…… 何だと思う?」

「な、何? あんな巨大な物が…… 一体……」

「ま、まさか…… あれもガーグルーの呪いなのですか!?」


 上空に浮かぶ『それ』を見上げ、恐怖の表情を浮かべる3人。

 俺も、信じられない物を見る目で『それ』を見た。


 俺達の上空50m程の所に浮かんでいるのは―― 間違いない!【気球】だ!


 でも、何故こんなところを気球が飛んでいる?

 そもそもこのエシューゼに気球なんてあったのか?


 タマに聞こうかと思ったとき、不意にその気球から声が聞こえてきた。


「おーい!」「アキトさーん!」


 聞き覚えのある声が2つ。そして、気球は少しずつ高度を下げて近付いてくる。


 まさか? あの2人なのか?


 着陸した気球から姿を現したのは、サガロとゼルガだった!


「アキトさん! エレーヌさん達も! まさかこんなところでお会いしようとは、夢にも思っていませんでした!」


 サガロとゼルガは興奮して、俺とエレーヌの手を握ってきたが、それはこっちのセリフだろ? 何で、気球に乗って現れた?


「それ、どうした?」


 俺は当然の疑問を2人にぶつける。


「ああ! これは、私達2人で研究していた空飛ぶ乗り物の試作機です」


「ちょっと風の計算を間違えてしまって、こんなところまで流されてしまいました。

 ハハハ」


 俺はこの2人に疑問が浮かぶ。

 こいつ等、もしかして異世界から来た人間じゃないのか?

 爆弾に鉄砲に気球―― そんなに簡単に発明できるものか?


「サガロ、ゼルガ。お前ら異世界から来たのか?」


「え!?『異世界』とは何でございますか?」


 本当に違うのか? 滅茶苦茶怪しいぞ……

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