第31話 彰人、魔王の伝承を聞く

 俺は今『語り部』と呼ばれている、どう見てもその辺の井戸端会議が好きそうな『おばちゃん』の前の椅子に座って、じっと『魔王の伝承』を聞いている。

 他の3人は「興味がない」と言うから、俺1人だけで聞きに来たのだ。


「それでね、その町に魔王が現れちゃったのよ! それから、その町―― どうなっちゃったと思う?」


 俺は条件反射的に、何度目かの


「どうなったんですか?」


という合いの手を入れる。


「なんと! ドカーン―― って吹っ飛ばされちゃったのよ! 信じられる!?

 本当に恐ろしいわね…… それでね」


 俺はほとんど能面のような無表情で、感情を消しながら話を聞き続けた。


 地獄だ……


 そう思いながらも、俺は席を立てなかった。何せ俺はこの『おばちゃん』の話を聞くために金貨5枚の大金をはたいたのだから!


――――――――


【エシューゼ豆知識】

 金貨5枚あればエシューゼでは、4人家族の1カ月分の生活費になるという。


――――――――


『おばちゃん』の話を要約すると、次のようになる。


――――――――


 今より遥か昔―― 世界にまだ六大国がなかった時代に、このレミオールのある辺りに、『魔王』を名乗る男が突如として現れた。

 当時、この辺りは【ギドサウロス】というミドサウロスよりも巨大な体長15m級の恐竜の生息地で、人の住める場所ではなかった。

 ところがその『魔王』は、恐ろしい力を使ってギドサウロスを殺しまくり、この地に【魔王城】を建てた。その魔王城が、現在のレミオール城だそうだ。


 当時の魔王の配下は、僅か数百人程しかいなかった。しかし、魔王はその少人数の配下だけで、いろんな国に戦争を仕掛けていった。

 普通なら、他国にとって脅威とは成り得ないはずの少数の軍勢―― ところが、魔王の天変地異を思わせるような恐るべき力と、その配下にも人間とは思えないほどの身体能力があり、当時の小さな国々は瞬く間に滅ぼされていったのだった。


 そして、魔王の噂はとうとう『ジャルモダ』にまで届くようになった。


 魔王をこのまま放っておくことはできない―― 遂にジャルモダの巫女が立ち上がった! 一騎当千と謳われた戦人の大部隊を引き連れて、魔王に戦いを挑んだのだ。


 しかし、結果はジャルモダ軍の敗戦に終わる。


 当時の巫女が生命を賭けて、どうにか魔王軍を足止めすることができたが、ジャルモダ軍は多くの犠牲者を出したのだった。

 亡くなった巫女の娘―― まだ15歳になったばかりの新たな巫女がすぐに即位したが、再び魔王軍と戦うことは絶望的な状況だった。


 ところが―― その数日後、1人の若い男がジャルモダに現れた。


 男は、数人の道案内だけを伴って魔王の元へ向かった。その時の男の案内人の1人が、後の『レミール公国初代国王』であった。彼はその手記に男と魔王の戦いについて記している。

 そして、男の手により魔王もその配下も倒されたのだった。


――――――――


 1時間もあれば十分語れる内容だったが、おばちゃんの話は3時間以上も続いた。俺は精神的にかなり疲れていたが、『魔王を倒した男』のことが気になった。


「その男のことは、分かるか?」


「あら、男の話も聞きたいの? じゃあ『別料金』を頂かなきゃね!」


 何!? 別料金だと!?

 まさか、まだ金を取られるとは思わなかった……


 そもそも、おばちゃんの語った『魔王』は、俺の想像とかなり違う。

 どうも、異世界から来た魔王のような気がしない。


 魔王の特徴が『髑髏の仮面を被り、骸骨の描かれた黒タイツを着て、その上に虹色のマントを纏っていた』という。正直、全然魔王っぽくない。

 そして、魔王の軍勢は『髑髏の兜を被って、顔には赤白のペイントが施されていた』そうで、これも俺の想像する魔王軍とは別物だ。


 伝承の内容が、長い時間と共に変わってしまったのではないだろうか?

 そんな気がしてきた。


「否、男の話は、もういい」


 俺はおばちゃんに礼を言って、そのまま部屋を出てきた。


「結局有益な情報は得られなかったか……」


 俺がそう呟くと


《彰人様。当時の魔王のことが知りたいのでしたら、タマがお教えしましょうか?》


《タマ、お前…… 魔王のことを知ってるのか!?》


《タマの生まれる前の話ですが、主から大体のことは聞いております》


《でも、タマの主は異世界の魔王の存在を掴めなかっただろ?》


《いえ、当時の魔王はエシューゼの人間ですので、存在を普通に感知できていました》


《エシューゼの人間だったのか!?》


《はい。その男は突然自分のことを『魔王』と言い出したそうなのです》


 まさか、当時の魔王が自分のことを『魔王』と言い出した只の『中二病患者』だったなんて!? 俺はそんな奴の情報を得る為に大金と時間を払って、無駄に精神力を削られたのか!?


《じゃあ、そいつと今回の魔王とは、何か関連性はないのか?》


《恐らく『全く関連性なし』と思われます》


 そうか…… 俺は、本当に無駄な行動をしてしまったんだな……


《ですが、当時の魔王には腑に落ちないおかしな点が有るのです》


 自分のことを『魔王』なんて言い出す奴は、おかしな奴に決まってるわ!

 俺は完全に当時の魔王に、興味をなくしていた。


《その魔王は、一般の人間よりは強い力を持ってはいたのですが、扉の巫女に勝てるようなレベルではなかったのです》


《でも、実際に勝ってるんだから、強かったんだろ》


《それが有り得ない事なのです。魂の輝きがそれほど強くないままで、あれほどの力を発揮できるはずがないのです》


《そいつが例外だった―― とか?》


《ところが、魔王だけでなくその配下の人間達も魂が強く輝くことなく、強力な力を発揮していたのです》


 ふーん。確かに不思議な話だが、俺はもうその魔王に興味ないから、どうでもいいや。

 あっ、そうだ! その魔王を倒した男のことだけは、一応聞いておこう。


《ところで魔王を倒した男は、何者なんだ?》


《はい。そのお方は彰人様に以前お話ししました1200年前の救世主―― 陽真様のことでございます》


 ご先祖様のことかよ!?


 つまり、俺のご先祖様がエシューゼのピンチに颯爽と現れて、魔王を倒したのか!

 完全にヒーローしてるじゃないか!


《陽真様のことは『魔人』としてエシューゼに伝承されております》


 ん? 魔人? 普通世界を救ったのなら『救世主』とか『勇者』じゃないのか?


《なぜ『魔人』なんだ?》


《それは陽真様がお帰りになるときに、一悶着あったせいです》


 一悶着…… 一体、ご先祖様は何をやらかしたんだ?『魔人』なんて呼ばれる位だ。きっと碌でもないことに違いない。


《陽真様が帰られる時に、巫女を自分の世界に連れて行こうとなさいました》


 確かご先祖様は、巫女を『嫁にする』と言ったのだったな。


《それに、ジャルモダの長老達が反対したのです。巫女には妹が3人いたのですが、皆まだ幼く巫女の修行をしていなかったのです。

 ですから、巫女が連れていかれると困ると長老達は陽真様に言ったのです》


 確かにそういう事情なら、長老達の反対は仕方ないよな。


《ところが、そのことに陽真様がキレられたのです! 陽真様が大暴れなさって、それはもう言葉では表せない程の恐ろしさだったそうです……

 それで、巫女は陽真様の世界へ連れていかれ、陽真様は『魔人』と呼ばれるようになったのです》


 あぁ、そりゃ『魔人』扱いされるわ…… ご先祖様が、巫女を無理矢理拐ったと言われても仕方ない案件だわ。

 異世界でご先祖様の蛮行を聞かされるとは、俺は夢にも思っていなかった。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「アキト、随分遅かったわね。それで、魔王のお話しは面白かった?」


 俺が宿に戻ると、エレーヌ達3人も宿に戻っていた。


「どうしたのですか? あまり元気がないようですが」


 そりゃ、無駄話に大金と時間を使って、挙げ句の果てにご先祖様の蛮行まで聞かされたんだ。落ち込んで当然だろ。

 そんなことを、エレーヌやアメルダに八つ当たりする気はないが、ランテスにしておこう―― と思ってランテスを見たら、ランテスはクタクタに疲れきっていた。


「ランテス、どうした?」


「2人の買い物に付き合わされて、荷物持ちをさせられたんだよ。ストレス解消―― とか言って、大量に買うもんだから大変だったんだ。その上、お金まで出させるんだから、2人共鬼だよ、全く……」


「そうか! それは良かったな!」


「アキト君! キミは俺の話を聞いていたのかい? 全然良くないだろ!」


 ランテスの不幸話を聞いて、俺の気分が少し良くなった。俺も気持ちを切り替えて、これからのことを考えないとな。

 兎に角、現在の魔王が何処に居るのかの情報を得る必要がある。ダメ元ではあるが、1度『占い』に頼ってみるか。

 俺はアルベルトの言葉を思い出し、夕方に『占い通り』にあるという『ベルの館』へ行くことに決めた。

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