第30話 彰人、解呪屋に行く

「で、でけぇ……」


 俺はその巨大な城門―― 20mを超すその大きさに目を奪われた。


「ここがレミール公国の都【レミオール】よ。どう! 凄いでしょ!」


 確かに凄い―― が、エレーヌが威張ることじゃないな。


 門を越えると、前方遥か遠くに王城が見える。離れていても、城であることが一目でわかるほどの巨大さだ。

 大きな道路が城に向かって真っすぐに伸びていて、町の中の活気も凄い! 経済も相当発展しているようだ。道路は石畳が奇麗に敷かれており、他の町では全く見ることのなかったダリモの鳥車も普通に走っている。


「流石は経済大国レミール公国の都だね。これが、日常の風景とはとても信じられないよ」


「本当ですね。流石は世界最大の都市と言われるだけのことはあります。これほどの賑わいは、カザナック帝国では帝都で開かれる記念式典の時くらいです」


『鬼追村』から出たことがない俺にとっても、これほどの人が行き来しているのを見るのは当然初めてで、目が回りそうだった。


――――――――


【エシューゼ豆知識】

 レミール公国は六大国で尤も古い歴史を誇る国で、その都『レミオール』は、人口10万人を誇るエシューゼ最大の町である。

 レミオールの中央には王城が建ち、大きな道路は全て王城へと続いている。


――――――――


「それで、これからどこへ向かえばいいんだい?」


 御者を務めるランテスが行き先を聞いてくる。

 俺がレミオールに来た目的は、過去に現れたという『伝説の魔王』について調べることだ。レミール公国の初代国王が、魔王についての伝承を記したらしいから、王城のあるレミオールには『魔王』の手掛かりが絶対にあるはずなのだ。そして、そういった伝承の類いは図書館にあるのが定番だ。


「エレーヌ、図書館の場所は、分かるか?」


 俺は、マルデオから借りた『レミール公国案内本ガイドブック』を見つめながら行き先を探していたエレーヌに、図書館の場所を聞いたが、


「アキト―― 分かっていると思うけど、私達がレミオールに来た1番の目的は『アキトの呪い』を解くことよ。図書館より先に『呪術通り』へ行くわよ」


 図書館は却下されて、『呪術通り』という呪術関連の店が並ぶ通りに行くことになった。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 俺達4人は鳥車を駐車場に預けて、通りを歩いている。


――――――――


【エシューゼ豆知識】

 エシューゼの大都市には、鳥車や馬車を預かってくれる駐車場が用意されている。

 特に観光客や商人の行き来が活発なレミオールでは、駐車場が通りごとにあるのだ。


――――――――


 呪術通り――『呪術関連の店が建ち並ぶ通り』なんて言うから、ドロドロした怪しげな店が並ぶ通りかと思っていたら、神社にある御札やお守りのような商品グッズを売っている店が並んでいて、観光客がそれらを買っているのが目についた。


 この店では商売関係、隣の店は健康関係、別の店では安産祈願―― というように店によって得意分野があるみたいで、どの店も賑わっている。


「エレーヌさん、どのお店に入るのですか?」


「うーん…… お店が多すぎてどこがいいか分からないわね」


 エレーヌとアメルダが探しているのは、俺の呪いを解くためのお祓いをする店だ。

『お祓い・祈祷のご用命は当店で!』という看板を出している店も結構目に付くが、正直どこもインチキ臭く感じる。

 そもそも、俺は呪われていないから、どの店でも入るだけ無駄なんだが、さっさと終わらせてしまいたいから、大人しくエレーヌの選んだ店でお祓いをしてもらうつもりでいる。


「エレーヌさん、あそこに『解呪屋』と書かれた店がありますよ」


「アメルダ、アレはパス―― 店の雰囲気が暗いし流行っていなさそうだわ」


 呪われた人なんてそんなにいないだろうから流行っていないのは仕方ないし、俺には暗い雰囲気が、寧ろ『解呪』のイメージ通りに思うのだが……


 俺達がその店の前を通り過ぎようとしたとき、言い争う声が聞こえてきた。

 店の中には中年男性と、怪しげな黒いフードで顔を隠した黒ローブを着た人が見える。


「あんたは解呪するだけ無駄だ。さっさと帰りな!」


「何だと! それが客に対する態度か!」 


「だから、あんたは呪われていないから、解呪の必要がないと言ってるんだ!」


「そんなはずはない! こないだは私の食事中のサラダに毒草が紛れていたし、庭にいるときに大きな植木鉢が2階から落ちてきたりと、私は不吉な出来事に何度も見舞われているんだ。だから、絶対に呪われているはずだ!」


「それは呪いのせいでなく、あんたの近くにいる人間のせいだ!」


「金ならいくらでも払う! だから、私を助けてくれ!」


「うるせぇ! さっさと帰りやがれ!」


 黒ローブが、中年男性を蹴り飛ばして店の外に追い払った。なかなか過激な奴だな。


「おい! 見世物じゃないんだから、覗いてんじゃねぇぞ!」


 黒ローブが、足を止めて店の中を覗いていた俺達に、因縁をつけてきた。


「アキト、行きましょ…… こんな態度の悪い店は話にならないわ。どうせ大した腕もなさそうだし」


 エレーヌが俺の腕を引っ張って歩き出そうとしたとき


「おい! そこの糞女! 今俺の腕が『大したことない』と言っただろ!」


「こんな美女を捕まえて『糞女』ですって!? あんた、腕だけじゃなくて目ん玉も腐ってるんでしょ!?」


 エレーヌと黒ローブがケンカを始めそうになる。


「俺はレミール公国一番の解呪師だ! 俺の腕をバカにすることだけは、断じて許さんぞ!」


「あんた、さっきの客の解呪を断ったでしょ。どうせ自信がなかったんじゃないの!?」


「なんだと! さっきの奴は呪われていなかったから断っただけだ!

 これ以上ふざけたことを言いやがると、その金髪をツルツルに剃り上げるぞ!」


 こういう怪しげな店なら、呪われていない客からでもお金をせしめるのが普通だと思っていたが、この黒ローブ―― なかなか良心的だな。それに、コイツの脅し文句もなかなか斬新だな。

 俺がちょっと感心していると、エレーヌが急に真っ青な顔で俺に縋りついて来た。


「アキト、助けて…… 私、ツルツルにされたら生きていけないわ……」


 まさかの効果抜群の脅し文句かよ!?


 アメルダとランテスは、俺達の後ろで成り行きを見守っていたのだが、


「おっと、今の脅し文句は聞き捨てならないね。何せ彼女は俺の義妹だからな、さっきの暴言を取り消さないなら、キサマの頭をツルツルにしてしまうぞ!」


 そう言って、ランテスが黒ローブに近付いていく。


 ランテス、お前いつの間にエレーヌの義兄になったんだよ?

 それにさっきの脅し文句って、そんなに暴言なのか?


「俺の頭をツルツルにするだと!? おもしれぇ! やってみやがれ!」


 そして、黒ローブはフードを取った。


 フードの下からはツルツルの禿頭が現れた。そして――


 !?


 俺達は、あまりの驚きで固まってしまった。


「ハゲさん!? 死にきれずに迷って出てきたのですか!?」


 後ろからアメルダの叫び声が聞こえた。


 その禿頭の下の顔は『アルバート』に生き写しだった!



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「そうかい…… あんたら、兄貴の知り合いだったのか……」


 黒ローブの名前は『アルベルト』―― アルバートの弟だった。


 それにしてもコイツ―― アルバートに瓜二つ、気持ち悪いほど良く似ている。違いと言えば、禿頭が凸凹じゃないことくらいだ。


「お前、アルバートの身内なら、これを渡しておく。アルバートの遺言―― 母親に渡してほしいと、頼まれた」


「そうか…… 兄貴は亡くなったのか……

 済まなかったな。手紙はママに渡しておく」


 まさかこんなところで、アルバートの弟に会うとはな。取り敢えず、俺にとって1番どうでもよかった用事が1つ片付いた。


「ねえ、あんたが『レミール公国一番の解呪師』というのは本当なの?」


「ああ、勿論だ! 俺は一族の呪いを解くために、【デフューロ教国】まで行って【天女様】の末裔の下で、10年も厳しい修行を積んできたんだ。俺以上の『解呪師』はレミール公国にはいないと自負している!」


『天女』という謎ワードが出たが、エレーヌがスルーしているということは、きっとエシューゼの常識なのだろう。それよりも


「一族の呪い、とは何だ?」


 俺はそっちが気になった。


「俺の一族はな、男は全員30代前半から『毛根が死滅』し、女は全員『貧乳』になるという、恐ろしい呪いに掛かっている…… 俺はその呪いを解くために修行に出たのさ」


 それは、確かに『DNAの呪い』だな。


「で、解呪できたのか?」


 アルベルトの代では手遅れだが、次の代では呪いが解けたのだろうか?


「否…… だが、方法は分かっている。父親がフサフサの巨乳の嫁を貰えば呪いが解けるだろう、と師匠に教えられた。だが、どういう訳か『その条件の女』は俺を好きにならなかった…… 結局俺の女房は、父親がツルツルの貧乳だ……」


 そいつは残念だったな。でも


「女房がいて、良かったな」


 慰めのつもりでそう言うと、


「師匠には『血縁の者とは結婚するな』と言われたんだが、結局女房は俺の従妹だ」


 ああ、ハゲ遺伝子がどんどん強化されるな。お前らの子供が男なら、20代からアウトかもしれないな。


……


「俺に呪いが掛かっているかどうか調べてくれ」


 ランテスは『ガーグルーの呪い』が解けているのかどうか、アルベルトに調べてもらうように頼んだ。

 俺はアルベルトがどうやって呪われているかどうかを調べるのか気になったので、横で見学することにする。


「じゃあ始めるぞ」


 アルベルトは、懐から直径10cm程もありそうな大きな水晶玉を取り出した。


「この水晶に両手をかざすんだ」


 ランテスは緊張しているのか、顔が少し強張っていたが、言われた通り両手を水晶にかざした。


「こりゃ駄目だな……」


 アルベルトは、そう言うと頭を掻きだした。

 俺には水晶に何も変化がないように見えたが、もしかしてランテスは『何かの呪い』に掛かっているのか?


「やっぱり、俺は呪いに掛かっているのか? どうなんだ!?」


 ランテスは心配そうにアルベルトに尋ねたが


「ああ…… 呪いに掛かっていないから、また儲けそこなっちまった……」


 アルベルトは、苦笑いしながら答えた。


「アルベルト…… 代金を取らないのか?」


 俺が尋ねると


「当然だろ? 俺は『解呪屋』だぞ。解呪の仕事をせずに代金を貰うわけがないだろ!」


「呪いの調べ代は、取らないのか?」


「調べ代? 何だそりゃ?」


 コイツは良心的というより、只のバカだな。


 どうせ、本当に呪われている人間なんてほとんどいないんだから、解呪代が入ることなんて滅多にないだろう。でも、呪われていると思い込んでいる人は、それなりにいるようだから、そういう人から調べ代を貰えば金になるはずなのだ。


 俺がアルベルトに教えてやると


「な…… そんな金儲けの方法が……

 あんた、恐ろしい程の悪人だな! 俺はそんな方法、思いつきもしなかったぜ!」


 まさかディスられると思わなかった…… あぁ、俺は悪人だよ! 悪かったな!


……


「じゃあ調べるぞ…… この水晶に両手をかざしてくれ」


 今度は俺が調べてもらうことになった。俺は言われた通りに水晶に両手をかざす。


 どうせ、ランテスの時と同じで、水晶に何も変化が起きないだろう―― そう思っていたのだが…… 見る見る内に、水晶に青い霧のようなものが掛かってきた。


「こ、これは!? ヤバい…… ヤバすぎる……」


 アルベルトは、顔面蒼白になって呟いている。


 おい! 一体何が起こってるんだ?


「何? アキトはどうなっているの?」


 横で見ていたエレーヌとアメルダも不安そうだ。

 ランテスは…… あいつだけは、自分が呪われていないことが分かったから、浮かれて鼻歌を歌ってやがる! 後で覚えていろよ!


「わ、分からねぇ…… こんな反応、初めて見る……

 ただはっきり分かるのは、あんたには得たいの知れない大きな力が掛かっている……」


「ねえ、アキトの解呪はできないの!?」


「済まん…… 俺にはこの大きな力を解くことは不可能だ……

 もしかすると、師匠でも無理かもしれねぇ……」


 何だ? 俺に掛かっている大きな力だと?


 分からないときは、とりあえずタマに聞け!


《タマ。俺に掛かっている『大きな力』に心当たりがないか?》


《彰人様、それはきっと彰人様と『我が主』との間で結ばれている契約のことだと思われます。契約は『魂の縛り』ですので、条件を満たさない限り絶対に解けません》


 ああ、そういうことか。何のことかはっきりして、スッキリした。


……


「解呪できなくて悪かったな…… その代わり、と言っちゃなんだが、夕方になったらこの通りの1本西の『占い通り』に行って、『ベルの館』を訪ねてみてくれ」


 アルベルトに『占い通り』に行くように勧められ、俺達はアルベルトの店を出た。

 エレーヌとアメルダは、明らかにがっかりしている様子で、トボトボと無言で歩いている。


「アキト君、気を落とすなよ。きっと、いつか呪いが解けるはずさ!

 ここは気分を変えるためにも、昼食を取って明るく楽しもうじゃないか!」


 ランテスは終始ご機嫌―― 呪われていないことが分かって、よっぽどうれしかったんだな。


「そうだな。昼飯食べたら、図書館へ行こう!」


 俺は当然気落ちなどしていないから、普段通りの調子で返事をしたのだが、それがアメルダとエレーヌの地雷を踏んでしまったようだ。


「アキト…… あなたはどうしてそんなに平気でいられるのですか!? ガーグルー3羽分の呪いで、アキトは『不能』になっているというのに!」


「そうよ! このままじゃ、アキトは一生『不能』なのよ!」


「そうです! アキトは『不能』のままで良いのですか!?」


「私はアキトが『不能』のままなんて、絶対に嫌よ!」


 アメルダ、エレーヌ―― こんな人通りの多いところで『不能、不能』と大声で言うなよ! 他人に聞こえるだろ!

 あっ!? 今、すれ違った男が、俺を見て笑いやがった。

 あっちでもカップルや家族連れがクスクス笑ってやがる……


 俺は居たたまれなくなって、下を向いて足早にその場を去った。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「アキト、ごめんなさい…… やっぱり辛かったのね」


「そうですね。辛くないわけがなかったですね」


 俺達は『呪術通り』を離れて、宿で昼食中だ。


 俺は、エレーヌとアメルダが大声で『不能』を連呼するのが恥ずかしかっただけなのだが、2人は呪いが解けなかったことで俺が落ち込んでいると思っているようだ。

 兎に角、2人の前では『呪いが解けず落ち込んでいる振り』をしておくことにしよう。そうでないと、2人がまた『不能』を連呼しそうで、俺としては気が気でない。


……


 食事の終わり頃に、ランテスが俺に話しかけてきた。


「アキト君は、この後に図書館に行きたいと言ってたけど、図書館で何か調べ物でもするのかい?」


「ああ。『伝説の魔王』のことを、調べるつもりだ」


「伝説の魔王? そんなものを調べるために、態々図書館に行くのかい?」


 ん? ランテスのこの反応…… 俺は、また何かやらかしてしまったのか?


「アキト。魔王のことを知りたいのなら、レミオール図書館じゃなくて【語り部】に会うに限るわ。図書館の膨大な本の中から魔王関係の本を見つけるだけでも、何日掛かるか分からないわよ」


「アキト君…… キミは時々常識が抜け落ちているみたいだね」


 ぐっ…… 俺はエシューゼの人間じゃないから、エシューゼの常識なんか知らんわ! そう叫びたいのをグッとこらえたが、よく考えたら、俺は自分の世界の常識にも疎かったわ。


 ということで、昼食の後は『語り部』に会いに行くことにした。

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