第29話 彰人、通行証を手に入れる
どういう風の吹き回しか―― 俺は、『特別』に通行証を発行してもらえることになったらしい。
バレックに呼び出されたときは、「すぐに出ていけ!」と、屋敷から追い出されるものだとばかり思っていたから、正直自分の耳を疑った。
初めて会ったときは、明らかに『胡散臭そうな目』で俺を見ていたバレックの態度が、『別人ですか?』と疑いたくなるほどガラッと変わっていた。
「エレーヌのことは見逃していただけないでしょうか。代わりに通行証を用意致しますので、どうかそれでお許しください」
バレックは、俺への態度も言葉遣いも
このバレックの変わりように、俺の方が警戒心を抱く。
そして、バレックの態度の変化もそうだが、その言葉の意味も理解不能だった。
通行証を貰えるのはとてもありがたいのだが、『エレーヌのことは見逃してほしい』とはどういうことだ?
エレーヌの何を見逃せというんだ? 寧ろ、『結婚しろ』と付き纏われている俺の方が見逃してほしいくらいだ……
よくわからないが、バレックの態度は『俺を恐れている』ように見える。
もしかすると、エレーヌがバレックに何か吹き込んだのか?
十分あり得る…… これは誤解を解いておかないと、後々面倒なことになりそうだ。そのためには、バレックの言葉の真意を理解する必要がある。
「どういう、意味ですか?」
「エレーヌを連れて行くことは、どうかお許し願えませんか」
ああ、そうか! エレーヌを心配してレミール公国に行かせたくない、ということか。
そりゃそうだな。十数日ぶりに娘が帰ってきたのに、すぐにまた他所の国へ出て行かれたら、親としては心配だよな。
通行証が貰えればエレーヌが一緒に行く必要はないし、俺としてもエレーヌがいない方が嬉しい。
「分かった。エレーヌは、連れて行かない」
「ほ、本当でございますか! 有難うございます」
凄いホッとした顔をして俺に礼を言うバレック―― どう考えても、俺の方が礼を言う立場なんだけど……
「それでは、他に何かアキト殿の御望みのことはございませんか?」
通行証が貰えるなら、これ以上は特に望むこともないんだけど…… あっ、そうだ!
「アンジェに会いたい」
やっぱり気になるし、レミール公国に行く前に1度アンジェの顔を拝んでおきたい。『望み』と言うほど大層なものではないが、今の俺にはこの程度で十分だ。
俺は軽い気持ちでそう言ったのだが、その瞬間バレックは、まるでこの世の最後を迎えたような絶望的な表情をしていた。
「アキト殿…… エレーヌもアンジェリカも私にとっては、掛け替えのない大事な娘なのです。どうか後生です。それだけはお許しください」
俺がアンジェに会うことは、そんなにも大袈裟なことなのか?
バレックは、まるで娘を『生贄に差し出せ』と言われたような怯えようだ。
そこまで言われたら、アンジェに会うことは諦めるしかなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「特別に通行証を、貰えることに、なった」
客室に戻った俺は、皆にそう告げた。
「良かったわ! これでレミール公国へ行けるわね!」
「エレーヌ、お前は行けないぞ」
「えっ!? どうしてよ!」
決まってるだろ。お前が行けるなら、俺が通行証を貰う必要がなかっただろ。お前が一緒に行けないから、困っていたことを忘れたのか?
「バレックは、エレーヌのことを、心配している。家で大人しく、待つ方がいい」
「そうです、エレーヌさん。今回はアキトの呪いを解くだけで、すぐに帰ってこれます。アキトのお供は私がしますので、エレーヌさんはここで待っていてください」
アメルダもエレーヌを説得しようとしたが、
「ダメよ。アメルダ―― あなた、アキトの呪いが解けたら私より先に『夫婦の契り』を結ぶつもりでしょ!」
「あっ、バレていましたか。なかなか鋭いですね」
そうだった…… エレーヌだけでなく、アメルダにも俺は狙われているんだった。
こうなったら、通行証を手に入れたら1人で黙ってレミール公国へ行くことにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから3日後―― とうとう念願の『通行証』をゲットした。
俺はゲルナの疾風団から手に入れたダリモ12羽の内、6羽をマルデオに買ってもらったので金の準備も十分にできているのだ。
後は黙って出発するだけ―― そう思っていたのに
《彰人様、おひとりで大丈夫ですか? 入国所を通るには手続きが必要ですので、文字を書かないといけませんが》
ナンデストー!? そんなこと、無理に決まってる。書くどころか、タマなしでは読むことも不可能です。もしかして、俺ってエレーヌやアメルダ以上に考えなしで行動する『おバカさん』なのかも……
否、まだ諦めるのは早い。エレーヌとアメルダ以外の者を連れていけばいいんだ。ランテス―― 奴がいるじゃないか!
考えるが早いか、俺はランテスの泊まっている部屋のドアを開けていた。
あっ! しまった!
中の気配を確認せずにドアを開けてしまった……
「アキト。レミール公国には私も行くわ」
エレーヌに仁王立ちで迎えられた。
コイツ―― 俺の心を読んで先回りしたのか!? 神明流免許皆伝の俺の心を読むことなど、研究所出身の超能力者や魔術師にも不可能だというのに! もしかしたらエレーヌは『希代の魔女』なのか!?
俺が動揺していることをエレーヌに気付かれないように、必死に平静を装いながら、エレーヌに話しかけた。
「エレーヌ、お前は、こなくていいぞ。バレックに、止められているだろ」
バレックが、エレーヌのレミール公国行きを許すわけがないし、俺もバレックと『エレーヌを連れていかない』と約束している。『約束を破ったから通行証を返せ』とバレックに言われたら困るのだ。ところが――
「アキト、大丈夫よ。お父様が私の好きにして構わない、と仰って下さったのよ」
えっ!? こないだのバレックの態度からは、そんなことを言うはずは…… 否、俺に対する態度も別人と思えるほど急に変わった。
もしかして…… バレックは多重人格者なのではないのか? それなら全ての辻褄が合う。
きっと過度なストレスが原因で、別人格を生み出したに違いない。長老という重責にエレーヌの事まで加われば、そうなっても仕方ない。俺はバレックに同情する。
「そういえば、ランテスは、どうした?」
「アメルダと一緒に、出発の準備をしてもらっているわ」
エレーヌとは思えない手廻しの良さだ。コイツ本当にエレーヌなのか?
まさか…… 親娘揃って多重人格者!?
「アキト、ブツクサ言ってないで、あなたも出発の準備をさっさと済ませなさいよ。
今日の日中にはウエンクの町まで行くわよ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
これで一安心だ。
バレックは彰人に通行証を渡したことで、安堵していた。
つい今しがたエレーヌとも話終えた。
「エレーヌ。もうお前が自分を犠牲にする必要はないのだよ。彼のことは一切気にせず、自分の思いのままに過ごせば良いのだよ」
私のその言葉に、エレーヌは満面の笑みで応えてくれたのだ。
「ありがとうお父様! これからは私の思うままに行動しても構わないのね! お父様、大好き!」
そう言って踊るように書斎から出ていったのだった。そんなに喜ぶほど気に病んでいたのだな…… もうエレーヌは自分を犠牲にして、『魔人の嫁』になる必要はないのだ。
私は肩の荷が下りて、今日からはぐっすりと眠ることができそうだ。
私がホッと一息ついていると
ドンドン!
ノックの音がした。それも焦ったような大きな音で…… 誰だ? そんな乱暴なノックをするのは?
私の返事も待たずに入ってきたのは―― ジェラール? いつも冷静なジェラールが何をそんなに慌てているのだ?
「旦那様! エレーヌお嬢様が…… レミール公国へ出かけられました!」
「エレーヌがレミール公国に出かけただと? 何かの間違いではないのか?」
「それが、旦那様の了承を得たと言っておられましたが……」
はぁ!? 私がそんな許可を出すわけがないし、そもそもエレーヌはアキトに付いていく必要がなくなったことを、あんなにも喜んでいたではないか?
バレックはキツネにつままれた思いだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アキトに聞きたいことがあるのですが、その『ドウギ』という衣服は、コートに当たる物なのですか?」
ウエンクの町へ向かう鳥車の中で、いきなりアメルダが変な質問をしてきた。
俺にはその質問の意味がよく分からなかった。
「カザナック帝国では、直接肌の上に着る物は『下着』に当たるのですが、アキトはドウギのままで人前に出ていたので下着ではないと思うのです。そうなると上に着る服―― コートに当たるのかと思うのですが、コートを裸の上に着るのもちょっと変に思うのです」
なるほど、エシューゼには道着がないから、俺のこの格好をカテゴライズすると、『下着』か『コート』になるのか…… ってことは、俺は『下着姿』で人前に出ていた扱いなのか? それとも『裸にコート姿』か!?
どっちにしろ危ない人じゃないか!
否、それはカザナック帝国の話で、ゲルナンドでは大丈夫だよな。エレーヌは何も言わなかったし……
「勿論、ゲルナンドでもアキトのドウギは『変な格好』よ!」
やっぱり、
「でも、私は1度ドウギを着たけど、物凄く肌触りが良くて着心地も高級な絹の服に負けないくらいだったの。きっと戦人の間では、そのドウギが正装なのよね。
だから、他の人がアキトの服装を変な目で見ても、私はアキトのドウギ姿―― 認めるわ」
否、俺はエレーヌだけに認められるより、他の人にも変な目で見られない方がずっと嬉しい…… これからはエシューゼにいる間は、稽古の時以外は道着を着ないことにする、と強く心に決めた。
俺は黙って道着を脱いで、マルデオから貰った服に着替えた。そういえば、マルデオには強く道着を着替えるように言われたな…… ようやくその意味が理解できた。
――――――――
彰人は、エシューゼだから街中で道着姿でいることを『変な目で見られた』と思っているが、彰人の世界でも道着姿で街中を歩くと十分『変な目で見られる』ということを分かっていなかったのだった。
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