第28話 彰人、魔人に疑われる

 困った……


 レミール公国に入るには通行証がいるというのに、エレーヌが同行できないだと!?


 エレーヌの同行がバレックに反対されるなんて…… バレックの、『俺への信頼度』がここで影響するとは思わなかった。


 俺とエレーヌ・アメルダ・ランテスの4人は、バレックの屋敷の客室の中で今後についての会議中だ。


 俺は異国人のため、ゲルナンドでは通行証の発行はできないらしい。

 アメルダとランテスは自分の通行証を持っているが、ゲルナンドからレミール公国への入国となると色々と厄介―― カザナック帝国の間者と疑われる危険があるようだ。

 マルデオは相変わらず忙しくて、俺の同行は無理だというし…… 早くも詰んだ。


「お父様ったら、ひどいわ…… アキトと行くことに反対なさるなんて!」


「それよりも、アキトは何故通行証を持っていないのですか? ジャルモダからゲルナンドに来るには、いくつかの国を通る必要があったはずですが」


 ですよね。ここで変な答えを返せば、アメルダにも怪しまれそうだ。


「失くした」


 これが一番無難な答えだと思うが、信じてもらえるかな?


「流石はアキトです! 旅をするのに最も大事な通行証を失くしても平然としていられるその胆力―― 見事としか言いようがありません」


 まさか褒められるとは思わなかったよ。


「いいわ! お父様の反対なんて無視よ! 私はレミール公国へ行くわ!」


 それで恨まれるのは絶対俺だ。これ以上バレックに不信感を持たれるのは、よくない気がする。何でもいいから穏便に済ませる手を考えた方がいい。


「そうですアキト! いっその事、今すぐエレーヌさんと結婚すればいいのです。そうすればゲルナンドの民となって通行証を発行してもらえます」


 何で俺が、通行証のためだけにエレーヌと結婚しなくちゃならない!?

 勿論、却下だ!


 俺がそう答える前に


「それは最高の手だわ! じゃあ、お父様の承諾を頂いてくるわ!」


 エレーヌは部屋を飛び出していった。


……


「お父様ったら、ひどいわ…… アキトとの結婚に反対なさるなんて!」


 エレーヌは、怒りながら部屋に戻ってきた。


 最初からわかるだろ!? 俺、絶対バレックに嫌われてるし。

 そもそも俺はエレーヌと結婚する気がないから、反対されてよかったわ!


「ですが困りましたね…… このままではレミール公国へ入国できません。

 ランテス、あなたは何かいい手が思いつきませんか?」


 アメルダに声を掛けられたにもかかわらず、ランテスは全く応えない。

 それどころか、俺達の会話など何も耳に届いていないようだ。この部屋に来た時から、ずっと上の空だった。


「一体、こいつに、何があった?」


「先程の昼食会で、エレーヌさんの姉上様と話してから、この調子です」


「エレーヌの姉? ネルサか?」


 アメルダは首を横に振る。


「いいえ、ネルサさんではありません」


 そういえばエレーヌにはもう1人姉がいたんだった。マカラの『美人3姉妹』って、エレーヌが自分で言ってたな。


「あぁ、アンジェリカ……」


 ランテスが虚ろな目をしながら呟いた。


 アンジェリカ? そうか!

 エレーヌが必死に誤魔化そうとしていたもう1人の姉――『アンジェ』のことか!


 それにしても、『遊び人プレイボーイ』っぽいランテスがわずかな時間で骨抜きにされるとは、どれほどの『魔性のひと』なんだ?


 俺もアンジェに会いたくなった。


「アキトは駄目よ!」


 エレーヌが凄い目で俺を睨んでいる。


 まさか!? エレーヌ―― 俺の心を読んだのか?



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「エレーヌには困ったものだ……」


 バレックは、先程いきなり彼の書斎に入ってきて


「アキトと今すぐ結婚するので、お父様、ご承諾ください!」


と言ってきた娘のことに頭を痛めていた。


 バレックが反対すると


「お父様のバカ! どうなっても知らないから!」


 エレーヌはそう言って、涙を滲ませながら書斎から出て行ったのだった。


 エレーヌは『あの男』の何が気にいったというのだ?


 バレックにとってアキトの第一印象は最悪だった。


 あの恥知らずなだらしない服装―― あのような衣装で、人様の前に出るなどとても信じられない。

 あのぞんざいな言葉遣い―― まともな教養のある人間ではない。

 ネルサが褒めていたから、どれほどの男かと期待していたのだが……


「ふぅ……」


 バレックは溜息を吐き、エレーヌをどうやって諫めようか思案しながら、机の上の鈴を鳴らした。


 トントン―― すぐさま扉をノックする音。


「入りなさい」


 その声と同時にスッと部屋に入ってきたのは、執事のジェラール。


「お呼びですか、旦那様」


「ジェラール、お前は『あの男』をどう見た」


「『あの男』とはアキト様のことでしょうか」


 バレックは軽く頷いて、ジェラールに言葉を続けるように促した。


「はっきり申しますと、彼は『危険』の一言です」


「危険!? それはどういう意味だ?」


「彼は一見ただのさえない少年ですが、間違いなく私よりも強いと思われます」


「なっ!?」


 バレックはジェラールのその言葉に、椅子から立ち上がり目を剥いて驚いた。


 アキトは、あの『ゲルナの疾風団』を捕まえた実績から考えて、相当な強さであることは疑いない。

 以前ジェラールに『ゲルナの疾風団討伐』を頼んだことがあったが、無理だと断られたことがある。理由を聞くと、1対1なら誰にも負けないと自負しているが、大勢でしかもダリモに乗る奴らを捕まえることは難しい、と言われたのだった。


『1対1なら誰にも負けない』と豪語していたジェラールが、『自分より強い』と認めるとは……


「何故そう思うのだ、ジェラール?『剣聖』にまで上り詰めたお前より、彼の方が強いというのか?」


「はい。彼からは『気』を掴むことができませんでした」


「気を掴むことができなかった? それはどういう意味なのだ?」


「人に限らずあらゆる生き物は『気』というものを発しています。闘いにおいては、相手の『気の動き』を掴むことができるかどうかで、有利不利が決まるのです」


 バレックは今一つ理解できないでいるが、『気を掴むこと』が闘いにおいて重要であることはなんとなく分かった。


「私は、目の前にいた彼の気の動きを掴むことができませんでした。しかし彼は、私が気配を殺して窺っていたことにも気付いていたようです」


「つまり、彼の方が『気を掴む』ことに長けている―― そういうことなのか?」


 ジェラールは頷いた。


「若くとも、流石は『戦人』ということか……」


「いえ…… もしかすると、彼は『戦人』ではないのかもしれません」


「戦人ではない? それはどういう意味だ?」


「私がかつて剣の腕を磨くために流浪していた頃―― 今から20年近く前ですが、1度だけ『戦人』と手合わせしたことがあります」


――――――――


 当時18歳のジェラール―― 彼がまだ『剣王』になったばかりの頃、彼は剣を極めるため武者修行の旅に出た。彼はいろいろな国に短期間の滞在をしては、その国の流派の剣術を学んでいたのだ。


 強さを求める者の行き付く先―― それは大抵の場合、伝説に語られる『戦人との手合わせ』であった。若き日のジェラールも、例にもれずジャルモダを目指したのだった。


 それでも、戦人と手合わせできる可能性はかなり低いのだが、ジェラールは運良く手合わせする機会に恵まれた。


 戦人は強かった。


 ジェラールが手合わせした戦人は、かなりの上位の者であったため、彼は一方的に叩きのめされたのだった。

 しかし、それでもジェラールは、戦人との実力差を『絶望的』だとは思わなかった。


 当時あのときは負けたが、今なら勝てるという自信がジェラールにはあるのだ。

 そして、『剣聖』にまで到達した今のジェラールは、『扉の管理者』の基準を超える力を持っているのだった。


 しかし、アキトは違う―― 嘗て見た戦人とは比べものにならない強さを持っていると直感した。それでジェラールは、『アキトは戦人ではない』と結論付けたのだ。


――――――――


「――つまり、彼は戦人でなく…… もしかすると『魔人』の可能性があるのです」


 バレックは『魔人』という言葉を聞いた途端、全身の血の気が引くのを感じた。


「ま、魔人…… まさか!?」


「まだはっきりとはわかりません。あくまで私の勘です。

 ですが、『魔王を退治するために来た』という彼の言葉が、その可能性が高いことを示唆しています」


「彼が本当に『魔人』だとすれば…… 彼を怒らせるのは『危険』すぎる……

 どうすればいいと思う? ジェラール」


「もしかするとエレーヌお嬢様は、彼が『魔人』であることに気付いておられるのかもしれません」


「エレーヌが!?」


 バレックは、エレーヌが書斎を出て行った時の

『どうなっても知らないから!』―― エレーヌのその言葉を思い出す。

 魔人を怒らせたら…… エレーヌの涙の意味が完全に理解できたのだった。


「そ、そうだったのか…… 魔人の怒りを買わないために、エレーヌは自分を犠牲にしてあのようなことを言ったのか…… やはり、彼を怒らさないためには、エレーヌを差し出すしかないのか?」


「彼はレミール公国への通行証を欲しがっています。

 通行証を発行する代わりに、エレーヌ様を諦めてもらうように交渉してみてはいかがでしょうか」


「だが、私の一存で通行証を発行するわけにはいくまい……」


「いえ。彼は『ゲルナの疾風団』を捕まえた、言わばゲルナンドの恩人です。それを理由に『特別発行』という形を取れば、他の町の長老達の賛同を得られるはずです」


「そ、そうか! ジェラール、すぐに書簡を準備するから、他の町の長老達と掛け合ってきてほしい」


「分かりました。マルデオ様にお頼みして、ダリモの鳥車をお借りします」


「頼んだぞ、ジェラール!」

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