第27話 魔王の夢

 余がこの世界に来て35日目となった。


 この世界に来る切っ掛けとなった、あの日見た『夢』のことを思い出す。


 余はこの異世界に来る前は、ガピュラードで人族と戦っておった。


 人族は寿命も短く力も弱いくせに、やたらと繁殖し我が物顔で領土を広げていた。

 そして、いつの間にか魔族の領土にまで進出するようになった愚かな人族共に鉄槌を加えるために、余は立ち上がったのだ。


 思い起こせば、それは400年前―― 余の3代前の当時の魔王【天魔帝】が、人族共の討伐に立たれたときと同じ状況であった。


 400年前の戦いでは、天魔帝の軍は人族を圧倒し人族の1/3を消し去った、と伝えられている。

 余は、天魔帝のその偉業を幼き頃より聞かされており、天魔帝を敬愛している。


 しかし、余には腑に落ちない部分もあった。


 天魔帝は人族を滅ぼすことも可能だったはずなのだ!


 ところが、ある日天魔帝は忽然と姿を消された。親衛隊2千人と共に……


 天魔帝の寝室には、1枚の走り書きの記された紙が残されていたという。


 夢、神殿、扉、異世界―― 紙にはその4つの単語だけが書かれていたという。

 それが何の暗号なのか誰もわからず、謎のままに400年の時が過ぎたのだった。


 人族との戦争は天魔帝の失踪と共に終結したために、人族を滅ぼすことは適わず、人族共に『恐怖を植え付ける』だけの結果で終わってしまった。


 愚かな人族は、その当時の恐怖の記憶を忘れ、またしても魔王の怒りに触れたのだ!


 余は天魔帝と同じく人族を殺し続けた!

 今度こそ、この世から人族を根絶やしにするために!


 そして人族の1/3程が消えたと思われる頃、余は夢を見た……


~~~~


 霧に包まれた周りに何もない空間―― 余はそこに1人で立っていた。

 余は、これが『夢』であるとすぐに把握する。


 夢など見るのは何年ぶりか? 年甲斐もなく少し心が躍る。


 霧の中を彷徨い歩くと、いつの間にか開けた場所に出た。

 そして、余の前には神殿と思しき建物が立っていた。


 流石は夢―― 展開に脈絡がない。


 余はその神殿に入っていく。ほんの少し歩いただけで、真っ白な広間に出た。


 部屋の中には何もない。否、たった1つ『扉』だけが存在した。


 そして、その扉の横には魔族とも人族とも付かない男が1人跪いていた。


 その者は余に語りかけてくる。


「魔族の王よ。貴方にはこの世界は狭すぎます。この扉を通り、『異世界』へ旅立たれてはいかがでしょうか?」


 異世界!?


 夢の中とはいえ、余はその言葉に震えるほどの興奮を覚えた。


 夢、神殿、扉、異世界……


 それは、天魔帝の残された紙の全ての単語が繋がった瞬間であった!


 余は、今見ている夢を最早『ただの夢』とは思っていない。

 これは間違いなく『天啓』である!


「よかろう! 但し、それは人族を滅ぼした後だ」


「いえ、残念ながら時間がございません。

 96時間以内に、この場所までお越しいただき、この扉を越えていただかなければ、2度と異世界へは行けないのでございます」


 余は少しだけ思案したが、心の中の答えは既に決まっていた。


「この神殿はどこにあるのだ?」


「道案内を用意いたしますので、その者に付いてきてください」


……


 余が目を覚ます―― 目の前に羽の生えた小さな人がいた。


 そして、余は天魔帝と同じく


 夢、神殿、扉、異世界


 それだけ書いた紙を残し、親衛隊2千人を引き連れて神殿へと向かったのだ。


~~~~


 余はこの世界に来て、正直落胆している。


 余は天魔帝の向かった世界へ行ける!


 そう思っておったのだが…… ここはそうではなかった。

 人族が我が物顔で存在していることがその証拠である。


 天魔帝ならば、人族など根絶やしにし世界を統治しているはずだ。

 勿論、天魔帝は既に亡くなられているであろうが、その血族により世界が統治されているはずなのだ!


 余は天魔帝の血を継いでいる。

 同じく、異世界の天魔帝の血を継ぐ同胞に出会うことが、余の夢であるのだ。


 ならば仕方ない!


 この世界の人族共を滅ぼし、そして―― 新たな異世界へと向かうしかあるまい!



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 大陸の西の果て―― 1か月前までは『エバステ』と呼ばれていた国の王の居城―― その軍議室


 中央の長卓の周りには7人の人間がいた。

 否、人間ではない!

 少なくともエシューゼには、赤や青や緑といった肌の人間はいない。そして、額から角の生えた人間も……


 ここにいるのは、魔王とその側近達―― 中央の上座の位置に座る魔王と、側近達が左右に分かれ3人ずつ座っている。


「斥候の3名は、どうなっている?」


 魔王が右手側に座る赤い肌の男に尋ねる。


「も、申し訳ありません、陛下……」


「ベルゾンよ。余は別にお前を責めておるのではない。3名はまだ戻らぬのだな?」


「はい、陛下。未だその3名は戻ってきておりません」


「ふむ。どうやら西の海を越えて、大陸の反対側から攻めるという、お前の作戦を実行に移すのは容易ではなさそうだな」


「はい、陛下。あの3名ですら、これだけの日数が掛かっているということは、残念ながら船で向かうのは『相当な困難である』と予想されます」


 魔王の呟きにベルゾンが答える。


「本当にそうかしら?」


 ベルゾンの正面に座っている女が、話に割り込んできた。


「ベルシャ、何か言いたいことでもあるのか?」


「兄上。あの3名―― もしかしたら自分達だけで、好き勝手に暴れているのではないでしょうか?」


「ベルシャ、何を言うか! ゲルボとゼドだけならまだしも、あの冷静なデノムも付いておるのだぞ。流石に命令無視はせんと思うが……」


「どうだか…… 彼らも大分ストレスが溜まっていたようだから、上のいない状況を『これ幸い』と、羽を伸ばしているのではないかしら」


 確かに…… あの3名が偵察に出て既に30日近くになるのだ。

 遅すぎる気がしなくもない―― ベルゾンもそう考えだす。


「ベルシャよ。お前はどうしたいのだ?」


「はい、陛下! この私に、西の海を越えて偵察に行くことをご命令ください!」


「ベルシャ、何を言っている!? お前は空を飛べぬだろうが!」


「つきましては、陛下。【ラミオン】をお貸しいただけませんでしょうか?」


「ラミオンだと!?」「何を馬鹿な!」「如何にベルゾン様の妹君とはいえ!」


 他の側近がざわつく。


「よい、騒ぐな! ベルシャよ。ラミオンが如何なるものか分かっておろうな?」


「勿論でございます。陛下の3代前の魔王様―― 天魔帝様の残された愛鳥で、400年を超えて生きる伝説の不死鳥。それが魔鳥ラミオンでございます」


「ベルシャ! 陛下の大切なラミオンをお貸し願うなどと……

 妹といえど、その無礼―― 許さぬぞ!」


 ベルゾンが怒ってベルシャを睨みつける。


「構わん! ベルシャ、お前にラミオンを貸し与える」


「陛下、有難うございます! ラミオンの速さは翼鬼族の5倍以上―― 15日以内に報告に戻ってまいります。では、直ちに出発いたします! 御免!」


 ベルシャは勢いよく軍議室から飛び出していった。


「宜しかったのですか? 陛下……」


「良いではないか、ベルゾン。ベルシャも近頃は退屈しておるのだ。

 それとも、兄としては心配か?」


「いえ、そういう訳ではございませんが……」


「陛下! 我らは如何いたしましょうか?」


「四天王達よ。今はまだ、お前達の出番ではない。

 ベルゾン。いつになると、山の向こうへ攻めていけそうか?」


「はい、陛下。捕えた人族から得た情報では、雪の季節が過ぎるのは、凡そ60日後になるということです」


「60日か…… 長いな……」


「陛下! 恐れながら」


 声を上げたのは、一番下座にいた緑の肌の一際大きな身体の男。


「何だ、ジャロウ。申してみよ」


「船を使って、南へ攻め込むのは如何でしょうか?」


「ベルゾン、どう思う?」


「船の建造はまだ始めたばかりで、完成には時間が掛かります。現在使えるのは人族の残した小舟しかございませんし、その舟で雪の降る荒海を越えるのは危険です。

 小舟を縛り付けて一纏めにしたとして、150名が限界でしょう。

 しかも、捕虜から得た情報によりますと、南には【サーコス帝国】と言われる大国があるそうです。150名では流石に厳しいかと存じます」


「だそうだが―― ジャロウよ、どうする?」


「翼鬼族を50名程連れて行けば200名―― たかが人族の国如きに、後れを取ることはございませぬ! それから、つきましては私の出陣もお許し願います!」


「ふふふ…… それが本音かジャロウ。そろそろ暴れたい―― そういうことだな」


「流石は陛下! 全てお見通しでございますな」


「いいだろう。出陣を許可する!」


「はっ! 有り難き幸せ! 必ずご期待にお応えしてみせます」


「うむ。ジャロウよ、期待しておるぞ」

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