第26話 彰人、手紙を見る
俺達はゲルナの疾風団のアジトに寄って、アルバートの手紙を回収した。
そして、次の日の昼前にマカラに帰ってきた。
「アキト殿、エレーヌさん、ご無事でなによりです」
「エレーヌ、大丈夫でしたか? アキト様も、よくご無事でお戻りくださいました」
マルデオの屋敷に着いた俺達は、マルデオとネルサに迎えられた。
話しがややこしくなると困るので、アメルダとランテスのことは、カザナック帝国で知り合って世話になった人ということにした。
それから、俺はマルデオに、ドルバックの計画を阻止できたこと、アルバートが死んだことを報告した。
「アルバート? それはどなたのことですか?」
いやいや、ゲルナの疾風団のボスのことだろ。マルデオ、忘れたのか?
「えっ!? ボスはもう処刑されましたが……」
あれっ!? ゴーランドはアルバートの身代わりに処刑されたのかと思っていたが、もしかして、本当にアルバートと間違われて処刑されたのか!?
そう思うと、ゴーランドの事が少し不憫に思えた。ほんの少しだけだが。
「そんなことよりも、アキト殿。実は、折り入ってご相談したいことがあるのです」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大鳥車に乗って連れていかれたのは
「アキト。ここが私の家よ」
エレーヌの実家―― マカラ三長老の1人『バレック』の屋敷だった。
マルデオの屋敷ほどではないが、かなり立派な屋敷だ。マルデオの屋敷の新築っぽい煌びやかさと違い、こっちは年代を重ねた威厳とか風格を感じる。
エレーヌを見ていると信じられないが、本当に名家のお嬢様なんだな。
屋敷では従者やメイドさん達が並んで迎えてくれた。
「お父様! エレーヌ、無事戻りました」
言うが早いか、エレーヌは出迎えた紳士に飛びつくように抱き着いた。
「これ、エレーヌ…… 皆の前だ、止さないか」
困り顔の紳士―― 彼がバレックだな。
「そうですよ、エレーヌ。はしたない真似はおよしなさい」
呆れ顔で注意する綺麗な淑女―― ネルサによく似ている。エレーヌ達の母親だな。
バレックが俺達の方に近付いてきた。そして、ニッコリと微笑みながら
「アキト君、エレーヌのことをこれからも頼みますよ」
そう言って握手してきた。
「エレーヌさんのこと、お任せください!」
その手を握り堂々と返事するランテス。
「お父様…… アキトはそっちじゃないわ。マルデオ様の左側にいるのがアキトよ」
エレーヌのツッコミが入り、俺の方を見るバレック―― あっ!? 目をそらした。
一瞬だけど、間違いなく『嫌そうな顔』をしたよね!
ランテスは一見チャラそうだが、貴族の出であるからか、服は上等な物を着ているし、佇まいもそれなりに品がある。
それに対して、俺が着ているのは『神明流の道着』に『サンダル』―― 今朝久しぶりに着たんだが、エシューゼでは馴染みない格好だから浮いてるかもな。
別にバレックに気に入られたいと思っていなかったが、あからさまにガッカリされてしまったようだ。それに、さっきのバレックの言葉が気になる……
エレーヌのことをこれからも頼みます? 俺に何を頼むつもりだ?
嫌な予感がするんで、ランテスに押し付けるのが正解だ。ランテスなら喜んで受け入れるはずで、めでたしめでたしだ。
「オホン…… それでは、立ち話も何だし場所を変えよう。ジェラール!」
バレックは咳払いをした後、何事もなかったかのように俺に背を向けた。
「はい、旦那様。準備は整っております」
バレックが呼ぶと、音も立てずにスッと現れた男―― 30代後半の銀髪オールバックの似合うダンディは、『仕事できます』オーラが全身から溢れている。
しかもこの人、一見執事のようだが、それだけではない。相当な武芸の達人だ。
この世界でも権力者には腕の立つSPが常に付いているんだな、と感心したのだが、マルデオにはSPが付いていないことを思い出す。マルデオも見習ってしっかり護衛を付けておけよ。
そういえばこのSP―― バレックに呼ばれる前から、ずっと隠れて俺に視線を送っていた。『危ない趣向の人』かと思っていたのだが、もしかして俺を監視していたのか?
俺、どれだけ怪しまれているんだ?
しまったな。こんなことになるなら、道着でなくマルデオにもらった服を着てくるんだった。TPOを弁えないと、トラブルの元になることに今更気付いた。
……
手入れの行き届いた庭園の中には、食事の用意されたテーブルが並んでいた。
何故か、俺だけ他のテーブルから遠く離れた場所に案内された。
バレックに嫌われたから、俺だけ隔離されたのかと思ったが、そうではなかった。
後から、バレックとマルデオも一緒のテーブルに着いた。しかし2人の表情は、これから宴会を開くような晴れやかさがない。何とも言えない重苦しい雰囲気を醸し出す2人に、俺は少し緊張する。
「アキト殿にご相談があるのです」
相談? そういえば、ここに来る前にマルデオが言ってたな。
「まずはこれを見てほしい」
バレックが俺に紙を差し出した。俺はそれを手に取り5秒ほど眺める。
《タマ…… 何で黙っている?》
《彰人様、どうかなさいましたか?》
《タマ、俺がここに書いてある文字を読めると思うか?》
《彰人様が、いつの間にかエシューゼの文字を覚えられたのかと、タマは感心しておりました》
《で、何と書いてあるんだ?》
その紙に書かれた内容は
『私は今六大国の1つ【サーコス帝国】領の【ベリオヌ】という町にいる。
この町には『エバステ』という小国から避難してきた人達が大勢いた。
何があったのだろうか? 私が避難してきた人達から聞いた話は
魔王とその軍勢に攻め込まれ、エバステの都が陥落した! というものだった。
『魔王』という言葉に私は俄かには信じられなかったが、この人達が嘘を吐いているとはとても思えなかった。そして、それが事実だとすれば大変なことになる。
伝説の魔王が復活したならば、再び世界は混乱に陥ることになるだろう。
このことは、速やかにレミール公国やカザナック帝国にも知らせなくてはならない。
トール』
俺は静かに紙をテーブルに置いた。
「この手紙は、私達の元に7日前に届いたものなのですが、ここに書かれている内容について、アキト殿はどう思われますか?」
『トール』とは確かマカラ三長老の1人だったな。トールは今サーコス帝国のべリオルにいるのか。
《タマ。サーコス帝国とはどこにあるんだ? ここから近いのか?》
《すごく遠いです。エバステの南にある国ですから》
えっ!? そんな遠い国から手紙が届くのか?
魔王がエバステに来て、まだ1か月ちょっとのはずだ。手紙が届くということは、もしかすると、1か月程でエバステまで行く交通手段があるのか?
「この手紙、どうやって、届いた?」
俺は興奮を抑えながらマルデオに尋ねる。
「驚かれるのも無理ありません。手紙は特別な手段によって届けられたのです」
―――――――
トールはマカラ三長老の1人であるが、基本マカラにはいないらしい。
1年の半分以上は海の上―― ほぼ航海をして世界中を巡っているという。
トールがマカラを発ったのは約200日前―― 今回の航海は『新しい航路の発見』が目的で、【大陸の西の果て】を目指し東の海へ出発したそうだ。
今回の航海では、『新航路発見』以外にも重要な目的があった。
それは『新しい通信手段の実験』―― 遠く離れた場所から、できるだけ早くマカラへ手紙を届けるための方法を試すことだった。
トールが実験に利用したのは【ポデックル】という鳥だった。
あのドルバック卿が使っていた『ポックル』の大型種で、ポックル以上の帰巣本能を持ち、時速150kmで6時間の連続飛行が可能で、1日に1500km程も飛ぶことができるという。
ポデックルは3万kmも離れた場所から、何日もかけて手紙を届けたのだった。
―――――――
「ポデックルで、手紙を運んだのか……」
俺は、ドルバック卿以外にも通信手段として『伝書鳩』の有効性に気付いた人がいたことに驚かされたが、結局1か月でエバステに行けないことが分かり落胆する。
「本当に魔王が現れたのでしょうか?」
「トール殿のことだからな…… 冗談という可能性も十分に考えられる」
心配そうなマルデオと、『判断しかねる』という悩まし気なバレック。
「魔王はいる!」
いきなりの発言に驚いた2人が、同時に俺を見る。
「何かご存じなのですか!? アキト殿!」
さて、どうしたものか?
俺が魔王討伐のために、異世界から来たことを2人に告げるべきだろうか?
……
「ほ、本当に魔王が現れたのですか? そして、アキト殿はその魔王と戦うために、ここに来た―― そう仰るのですか!?」
マルデオの問い掛けに、俺はゆっくりと頷く。
「ですが―― ゲルナンドは、魔王のいる国と逆方向では?」
「道を間違えた」
俺は、異世界から来たことを言うのは止めて、魔王と戦うためにジャルモダから派遣された戦人―― そういうことにした。
「しかし、キミは魔王に勝てるのかね? 伝承では、嘗てのジャルモダの巫女は、戦人の大部隊を引き連れて魔王と戦ったが負けているのだよ。キミ1人でどうにかなる相手ではあるまい」
そうなのか!? ジャルモダの巫女は魔王と戦ったことがあったのか!
魔王の伝承が残っているとなると、今回の魔王の手掛かりが見つかるかもしれない。
俺の勘では、伝承の魔王と今回エシューゼに現れた魔王には、何らかのつながりがあるはずだ。
しかし、異世界の魔王についてはタマは当てにできない。存在を感知できないから、伝承の魔王についての情報もないだろう。
「魔王の、伝承について、調べたい」
「魔王の伝承ですか。それではアキト殿は、レミール公国へ行かれるのですね」
「レミール公国に行けば、わかるのか?」
「何を当たり前のことを言ってるのかね? 伝承を残されたのが、レミール公国の初代国王であることは、小さな子供でも知っている常識ではないか」
バレックは完全に呆れ顔で俺を見ている…… 俺の信頼度はかなり低そうだ。
よし、いいぞ! これでエレーヌを押し付けられることはないだろう。
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