第25話 彰人、呪いのせいにされる

 うがあぁぁぁ!!


 宿中に響き渡る絶叫―― 今は、カラス1~3号との戦闘から40分程経っている。


――――――――


 戦闘終了後すぐに、大勢の兵士達が温泉にやってきた。

 大きな爆発音と揺れの原因を調べに来たのだった。


 カラス共の死体が見つかっては不味いと思った俺は、急いで木の上に死体を隠した。

 周囲は真っ暗だったので見つからなくて済んだが、朝までには別の場所―― 裏山にでも埋めてしまおう。


 問題はカラス2号の攻撃でできたクレーターだったが、それはドルバック卿に罪を擦り付けることにした。


 ドルバック卿が別荘の裏山で火炎玉の実験をしていたことは明白で、兵士達も裏山の方から大きな音がしたのを何度も聞いている。

 そのドルバック卿が実験で使っていた『何か(火炎玉)』が何故かここにあって、突然爆発した―― というように説明した。


 口のうまいランテスとアメルダの説明のおかげで、兵士達は不審に思っていたようではあったが、それ以外に説明の付かないこともあり、何とか誤魔化せた。


――――――――


 そして、宿に戻って一息ついた頃、突然ランテスが絶叫したのだった。


「ランテス、うるさいぞ、他の客の、迷惑だ」


「な、何だ…… この全身の…… 激痛、はぐわあぁぁぁ!?」


 倒れ込んで、身体を強張らせ、のたうち回るランテス。


 限界を超える筋力を使ったんだから、その後に強烈な筋肉痛が来ることなど当たり前だ。


「清々しい、気分か?」


「ど、どこが…… 死にそうな…… 最悪の…… 気分、どわあぁぁぁ!」


「それよりもアキト。さっきのアレは何だったの?」


「そうです。翼の生えた人間など、聞いたことがありません」


 どうしようか? 2人に魔王のことを話しても、変に混乱させるだけだろうし。


「ぐ…… があぁぁぁ! ぐるうぅぅぅ!」


 ランテスがまた意味の分からない呻き声を上げて、のたうち回る。


「ガーグルー?」


 アメルダが呟いた。その呟きを聞いたエレーヌが


「そういえば、あの時のガーグルーは最高に美味しかったわよね」


「エレーヌさん、もしかしてガーグルーを食べたのですか?」


「ええ! アキトが捕まえて私のために料理してくれたの!」


 いやいや、別にエレーヌのために料理したわけじゃないぞ。


「それだわ! ガーグルーの呪い―― 2人は聞いたことがありませんか?」


「ガーグルーの呪い? 何なの、それ?」


「知りませんでしたか…… これは、カザナック貴族の間では有名な話なのです。

 昔、狩りの大好きな伯爵がいました。伯爵はよく1人で狩りに出かけたのですが、ある日―― 伯爵は、狩りの帰りの森の中でガーグルーの死骸を見つけました。

 知っての通りガーグルーは警戒心が強く、捕まえることは勿論死骸を見つけることもめったにありません。

 伯爵はそれを幸運と思って、ガーグルーの死骸を拾ったのでした」


「それで、どうなったの?」


「伯爵はその後すぐに野犬の群れに襲われました。馬も荷物も置いて命辛々逃げ延びたのですが、森の中で道に迷ってしまったのです。帰りの遅い伯爵を心配した家臣達は、伯爵の捜索を行いました。

 しかし、翌日発見された伯爵は嘔吐まみれになって死んでいました。そして、死体の側には、焚火の跡とガーグルーの羽が落ちていたそうです。伯爵はガーグルーの呪いによって命を落としたのです」


 それ、空腹でガーグルーの死骸を食べて食中毒になっただけじゃあ?


「あの翼を持った者達は、青い顔に黒い翼―― ガーグルーの特徴にそっくりです。

 きっと彼らは『ガーグルーの化身』だったのです。そして、ランテスのこの苦しみ様も『呪い』のせいに違いありません」


「そういえば、あの時アキトが料理したのは3羽だったわ……

 料理を食べた私も、呪われるの?」


「噂では、ガーグルーの死骸に最初に触れた人だけが、呪いに掛かるそうです。

 料理は食べても大丈夫なはずなので、エレーヌさんは呪われていないと思います」


 凄く都合のいい呪いだな…… 態々つっ込まないけど。


「そう! 良かったわ。でも、ランテスはガーグルーの死骸に触ってないわよ?」


「アキトの『手伝い』をしたために、呪いに掛ったのでしょう」


「じゃあ、肝心のアキトは?」


「アキトは強すぎたので、呪いを跳ね返したのです!」


「否…… アキト君も…… 呪われているぞぐわあぁぁぁ!」


 ランテス、お前それだけ苦しみながら、よく2人の会話を聞いていたな。

 それで、俺がどう呪われているって?


「アキト君は…… 呪いのせいで…… 不能にされ」


 ぐわらあぁぁぁ!!


 俺はランテスを殴った。ランテスは絶叫して気絶した。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 結局、トルガナには4日滞在した。


 ランテスをあのまま放置してもよかったのだが、少しだけ罪悪感もあったから、回復するまで待ってやった。


 そして、俺は『ガーグルーの呪い』のお陰で2人に迫られることもなかった。

 喜ぶべきか、悲しむべきか…… 完全に『不能』だと思われている。


……


 今俺達は、ゲルナンド領のデニスの町にいる。


 宿屋の食堂で朝食を食べているとき、『マカラで【ゲルナの疾風団】の処刑が行われた』という噂話を聞いた。


 そりゃそうか。あいつらを捕まえて既に2週間以上も経っている。

 あのままずっと連中を牢屋の中に入れておくこともできないから、処刑を執行するのは当然のことだった。

 でも、疾風団のボス―― アルバートがいなくて、問題なかったのだろうか?

 俺はそのことが心配だった。


 隣のテーブルから、その現場を見たという人の話し声が聞こえてきた。


「俺は処刑現場を見てきたんだがな―― ゲルナの疾風団の連中、皆覚悟を決めていたのか暴れることもなくて、悪党とはいえ正直感心したぜ。

 だがな、疾風団のボスという野郎だけが、『俺はアルバートじゃない! 俺はゴーランドだ!』って、最期までみっともなく喚いてやがった。

 あんな凸凹の禿頭など他にいるわけねぇだろ! 全く情けねぇ野郎だったぜ」


 マルデオもラークマンも結構な腹黒さだな…… アルバートの身代わりに、ゴーランドを処刑したようだ。

 そういえば、ゴーランドがアルバートの特徴をゲルナンド中に広めたんだったな。

 まさか自分がその特徴通りの頭だったとは…… それに、ゴーランドはドルバックの悪事に加担していたわけで、処刑されても仕方ない奴だ。


「アキト。そのゲルナの疾風団のボスですが、あの『ハゲさん』にそっくりですね。

 もし、ボスが捕まっていなくて、『ハゲさん』がゲルナンドに来ていたら、間違えられて捕まって処刑されたかもしれませんね」


 アメルダは、アルバートがゲルナの疾風団のボスであることを知らなかったな。

 もし、アルバートが生きてデニスまで戻っていたらどうなったんだろう?


 処刑は既に終わっているし、後から追加で処刑―― とは考え辛い。

 もしかすると『無罪放免』も有り得たかもしれないな。今更どうでもいいけど。


「それはそうと、アメルダ―― 修行の旅は、どうなった?」


「修行の旅はしばらくお預けです。それよりも、アキトの呪いを解くことの方が今は大事ですから」


「ランテス。お前は、何故付いてきた?」


「決まっているだろ。俺の呪いも解けたのかどうか心配だからね」


 どうやら、アメルダとランテスは『ガーグルーの呪い』を本気で信じているようだ。


「アキトの呪いを解くには、やはりレミール公国に行く必要があると思うのです。

 レミール公国は、『呪術』の盛んな国ですから」


 レミール公国に行くには、カザナック帝国から直接行くよりも、ゲルナンドを経由する方が楽に入国できるらしい。

 アメルダもランテスも、カザナック貴族であるため手続きが一層複雑になるという。それで、身分を誤魔化してゲルナンドから入国しようと考えたそうだ。


「で、どう誤魔化すんだ?」


「エレーヌさんもアキトの呪いを解くためにレミール公国へ行きますので、エレーヌさんの関係者として付いていきます」


 通行証は代表1人が持っていれば、従者6人まで一緒に通行できるので、エレーヌがいればアメルダは自分の通行証を見せる必要がないのだ(但し、通行料金は人数分取られる)。


「そうか。大変そうだが、頑張れよ」


「アキト、他人事のように言わないの! あなたもレミール公国に行くのよ」


「エレーヌ? 何故だ?」


「決まってるでしょ! アキトの呪いを解くのにアキトがいなくてどうするのよ!」


 俺は呪われていないし、そんなくだらないことに付き合っている時間がない。

 魔王の手下がトルガナに現れたということは、もしかすると魔王軍がこの近くまで来ている可能性がある。此間まではエバステに行くことを考えていたが、ここに留まっていた方が良いのだろうか?

 うーん…… 情報が無さ過ぎて身動きが取れない。困った……


「アキト、そんな悩んだ顔して…… やっぱり呪いのことが心配なんでしょ?」


 俺の顔を覗き込んで心配そうに聞いてくるエレーヌ―― 正直、鬱陶しい。


「呪いなど、どうでもいい。他のことを、考えていた」


「アキト、呪いのこと以外にも悩み事があるなら、余計にレミール公国に行くべきよ。レミール公国は、呪術だけじゃなくて占いも盛んなのよ。アキトも占ってもらったら、きっと悩み事が解消するわ」


 占いか…… 占いで魔王軍の動向が分かったら目っけ物だけど。



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