第21話 彰人、取り乱す

 3階のドルバック卿の部屋―― 中にいるのは5人だな。


《彰人様。気を付けてください!》


 わかっている! 流石にいきなり飛び込むような真似はしないさ!


 ところが――


「ドルバック! 追い詰めたぞ!!」


 アルバートの奴! 叫びながら、いきなり部屋の扉を開けやがった。


 バーン!!!


 勢いよく扉が開く音と、同時に聞こえたのは銃声か!?


 アルバートが後ろに吹っ飛ぶ。


 バカヤロー! 何で考えなしに突っ込む!?


 バーン!!!


 再び響く銃声―― 間一髪のところで、アルバートを引き倒して弾を避ける。


 ガシャン!(窓が砕ける音)


 がはっ!(吐血するアルバート)


「しっかりしろ!」


「ドジった…… 俺も…… とうとう年貢の…… ごぼっ!…… 納め時だな。

 アキトさん。あんたのおかげで…… がはっ!…… 俺は最期に…… 人間に…… 戻れた気が…… する…… ありがとうよ……

 最期に1つ…… ぐはっ!…… 頼みを聞いて…… 欲しい。

 アジトの俺の部屋に…… 手紙がある…… それを…… 故郷の…… お袋に…… とどげほっ!」


 アルバートは力尽きた。


 正直、複雑な心境だ。

 どの道、マカラに戻ったら『ゲルナの疾風団』のボスとして処刑されることが決まっていたが、ここまで一緒に旅をしてきたからな…… 仲間意識が出てきていたかも?


 否、やっぱりないわ。

 アルバートには悪いが、俺は少しも悲しくない―― が、祈りくらいは捧げよう。

 安らかに眠ってくれ。遺言も一応聞いてやる。


 しかし驚いた……


 あの鉄砲―― 俺が想像していたのは『火縄銃』だったのだが、弾丸は細長く回転しながら飛んできていた。明らかに『ライフルの弾丸』だろ!


 サガロとゼルガが設計したと言ってたが、あの2人兵器開発の天才だわ!


 俺がそんなことを考えていると


「まさか、生きてここまで来るとは、正直驚かされましたよ!

 ですが、アルバートはくたばりましたか!

 悲しむことはありませんよ! あなた達もすぐに後を追わせてさしあげましょう!

 ホホホホホホ」


 ドルバック卿の笑い声が廊下まで響いてくる。



   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 アキト達が鳥車を降りて走っていく姿を、私は見送りました……


 アキトの後ろ姿を見ていると、何故か不安に襲われます。

 いつも自信に溢れているアキトが、あんな不安そうな顔をするなんて思ってもみませんでした。


 大人しく待っているべきか? 後を追うべきか?


 私は悩みました―― が意を決して、アキトの後を追うことにしました!


……


 ツイています!


 ドルバック卿の屋敷の門には誰もいません。


 これなら誰にも見つからずに、屋敷に着けるかもしれないわ。


 私は急いで門を通り抜けました。


……


 本当にツイています!


 誰にも見つかることなく、屋敷の前まで辿り着きました。


 やはり、私は神に愛されているのですわ!

 でも―― この扉を開けても大丈夫かしら?


 流石に屋敷の中に入るのは躊躇います。すると――


 バーン!!!


 いきなり大きな音がしました! 続いて


 バーン!!! ガシャン!


 大きな音と同時に、3階の窓が割れて破片が飛び散ります。


「きゃっ!」


 それを避けるために、急いで扉を開けて屋敷の中に入りました。

 そして、私は油断なく剣に手を掛けながら辺りを見渡します。


 広いホールの中、大勢の兵士達が倒れています。


 アキトが倒したのかしら? 流石、私の未来の夫です!


 そうだ! 3階ですわ!


 私は倒れている兵士達の横を、慎重に通り抜け上の階を目指します。


……


 3階に着いたとき、再びあの音が響きました―― それも3回も!


 私は急いで音のした方へ走ります。


 あっ!


 あそこに倒れている『禿げ頭』は―― ゲルナの疾風団のボスだわ。


 服の胸の所が血に染まっています……


 ランテスとかいうおじさんは、呆然と部屋の外で立っています。


 そんなことより、アキトは無事なの!?


 部屋の中を覗くと、アキトの姿がありました!


 何事もなく立っている様子。


 良かった!


 そう思ったのも束の間―― 部屋の隅に隠れていた兵士が、長い筒のようなものをアキトに向けています。


 あれは『バンドン』とかいう武器!?


 アキトが危ない!!


 私の足は自然に動いていました―― 多分、人生で一番速く走ったと思います。


 バーン!!!


 その瞬間! 私の背中に物凄い衝撃が!?


 そして―― アキトは私を見て驚いた表情をしています。



   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「どうだいバンドンの威力は! 勝てそうかい?」


 ランテスは、アルバートの死を全然気にしていないようだ。

 なんて薄情な奴だ!


 俺なんて―― 事が終わったら、刑の執行のためにマカラにアルバートを連れ帰るはずだったのに、こんなことになってしまって…… 遺体をどうしたらいいか悩んでるというのに!


 遺体を持って帰るのは面倒だし、正直嫌だ!

 首だけ持って帰るのも、不気味すぎて嫌だ!

 遺髪は…… ない。

 でも、何もなしで戻ったら、マルデオは兎も角、ラークマンに怒られそうだ。


「どうしました? 隠れていないで姿を見せたらどうですか!

 それとも、『バンドーン』の威力に恐れ慄きましたか!? ホホホホホホ」


 ドルバック卿の笑い声が、俺をイラつかせる!

 こっちはお前のせいで、ラークマンをどう説得しようか悩んでいるんだぞ!


 とりあえず鉄砲の威力も分かったし、さっさと片付けることに決めた!


 死亡フラグは、俺の代わりにアルバートが踏んだ! そうに違いない。


 ランテスの質問に応えず、俺はドルバック卿の部屋の前に姿を晒す。


「お、おい! 待て!」


 ランテスは驚いて、俺を呼びとめようとしたが


「ホホホホ―― いい度胸です! 否、只の馬鹿ですね!」


 ドルバック卿は俺にそう言い放つ。そして、次の瞬間――


 バーン!!! バーン!!! バーン!!!


 3発の銃声が響く。そして、数秒の静寂――


「う、そ、だろ……」


 ランテスは驚いている。

 平然と、高速回転させた棍で全ての銃弾を弾き飛ばして防いだ俺に!


 所詮は音速程度のスピード。防ぐのは訳ないことだ!


「それで、終わりか?」


 ランテス以上に驚いて、顎が外れそうなほど口を開いたまま呆然としているドルバック卿に向かって、俺はそう言った。


 俺がドルバック卿の方へ歩みを進めた瞬間、鉄砲を撃った3人の兵士が


「ば…… 化物だあぁぁぁ!」


 そう叫んで、鉄砲を放り投げて蹲り、俺に命乞いをするようなポーズを取った。

 ドルバック卿も


「わ、私が悪かった。ゆ、許して……

 い、否、それよりも私の部下になりませんか? 悪いようにはしませんから……」


 そう言って、俺に縋り付こうとする。


 でもな―― お前、まだ悪巧みしているだろ? 分かっているから!


 俺はニコリと会心の笑みを浮かべた後、ドルバック卿をぶん殴って吹っ飛ばした。


 その瞬間――


 バーン!!!


 再び銃声が響いた。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 俺は勿論、鉄砲で狙われていることを分かっていたし、防ぐことも問題なかった。


 それなのに―― 何でここに、エレーヌがいる!?


 ゆっくりと倒れるエレーヌを見て、俺の頭が混乱する。


 違うだろ!?

 撃たれるなら左胸じゃないのか?

 懐中時計に当たって助かるのがお約束だろ?

 背中なんて…… どうしようもできないじゃないか……


 俺は反射的に、鉄砲を撃った兵士に棍を投げつけて倒し、地面に倒れる寸前のエレーヌを抱き留める。


「ア、キ、ト…… 無事…… だった?」


「なんで、来たんだ……」


「心配…… だった…… から」


 弱々しく話すエレーヌに、俺はこれ以上何も言えない。


「アキト…… 私…… あなたの妻に…… なりたいの……」


 腕の中で呟くエレーヌに、俺の口から自然と言葉が出た。


「妻にするから…… だから…… しっかりしろ」


 エレーヌは俺の返事に渾身の笑顔を作る。


「うれし、い…… アキト、なんで泣いてるの? 私も涙が…… うれし涙だ、わ」


 エレーヌから力が抜け、その重みが俺の両腕に広がった――


 嘘だろ? おい……

 黙ってないで、何か言ってくれよ……

 エレーヌ…… 目を開けてくれ!


 俺のせいだ!


 エレーヌが1人でじっと待っているわけがないのに……

 わかっていながら手を打たなかった……

 後悔してももう遅い……


《彰人様》


 エレーヌを抱いたまま呆然と立ち尽くしている俺の頭に、タマの声が聞こえてくる。


《エレーヌ、気絶しちゃいましたね……》


《あぁ、俺のせいだ…… 俺がエレーヌを…… しなせ……

…… ……

………………………………………………………………………………………ん!?

 タマ、お前―― 今『気絶』って言ったのか!?》


《はい、そうですが……》


《エレーヌ…… もしかして、生きてる?》


《勿論です》


――――――――


 俺は時々タマに生存確認をすることがある。

 それは、相手が【気絶状態】のとき、『気』だけでは生死の判断がつかないからだ。


 気絶とは、文字通り気を絶った状態―― 限りなく気が死の状態に近いため、生死を判断するには脈を取るのが確実だ。


 タマは、エシューゼの生物に限っては、魂の状態から生死を判断できるので、間違えることがないのだ。


――――――――


 俺は慌ててエレーヌの脈を取る。


 ドクン ドクン


 あっ! 生きてる!


 そして疑問が涌く。


 冷静になって見ると、エレーヌは背中を撃たれたにもかかわらず、服に出血の跡がないのだ。


 俺はエレーヌの服を捲り上げる―― 勿論、いやらしい感情は一切ない。


 その下に見えたのは


「俺の道着?」


 そう! 俺がエシューゼに来るときに着ていた道着だ。


 そうだったのか!


――――――――


 この道着は、鬼追村の研究所から贈られた物で、その繊維には、超技術スーパーテクノロジーが使われており、至近距離から撃たれた、俺の世界のライフルの弾ですら貫通しないし、衝撃も大きく吸収してくれる。


 尤もこの性能は俺には全く必要のないものであるが、それ以外にも超軽量、保温性能、速乾性、着心地の良さ、脱臭効果など様々な恩恵があり、同様の道着をじいちゃんも親父も愛用している。


――――――――


 この道着のおかげでエレーヌは助かったのか!


 弾は貫通しなかったが、それでも受けた衝撃を完全には殺せないので、エレーヌは弾が当たった衝撃と精神的ショックのために気絶したのだ。


 良かった!


 俺は心底そう思った―― 思ったのだが、同時に俺はとんでもないことを口にしたことを思い出す……


《タマ…… 俺、さっきエレーヌになんて言った?》


《確か、『妻にするから、だから、しっかりしろ』ですね》


 あぁ、やっぱりか…… こうなったら仕方ない! 俺も男だ!


 エレーヌが目を覚ましたら――『夢を見ていた』ことにして誤魔化そう!


 よし! それで解決だ!


《彰人様! 何か誤魔化そうと考えていませんか?》


《タマ、何を言ってるんだ! そんなこと―― 当然だろ!》


《えっ!? それは少し可哀そうではないですか?》


《あの状況であんなこと言われたら、条件反射的に『ああ答えてしまう』だろ。

 それに、きっとエレーヌも気が動転して『あんなこと』を口走っただけだ》


《そんなことはありませんよ。エレーヌは彰人様のことが好きなのですよ》


 エレーヌが俺のことを『好き』だと!?


《いやいや、俺はエレーヌとフラグを立てた覚えがないし》


《『フラグ』とは何かわかりませんが、エレーヌは彰人様に『キス』をしたではありませんか。それが証拠です》


《えっ!? あれは俺に死亡フラグを立てるための『呪いのキス』だろ!?》


《ですから『フラグ』とは何ですか!? 兎に角、約束を守ってあげましょうよ。男らしくありませんよ》


《知らん! 大体俺はこの世界の人間じゃあない。

 仮に本当にエレーヌが俺のことを好きだとしても、俺は魔王を倒せば自分の世界に戻るんだぞ。そうなれば2度とエレーヌと会うことはできない。

 それなのに『妻にする』と約束する方が、よっぽど酷いだろ》


《そんなことを心配なさっていたのですか? だったら、心配ございませんよ》


 えっ? 心配ない? いやいや。俺は急に心配になって来たぞ……


《彰人様がエシューゼを救った暁には、【救世主特権】が与えられます!》


 救世主特権? 何だ、そりゃ?


――――――――


 救世主特権とは――


 世界を救った救世主には、感謝の証としてその世界から特別な権利を貰えるらしい。


 それは、その世界に自由に出入りできる権利。


 1日1度という制限はつくが、自分の世界の扉の裏側を通り、自分が救ったことのある世界に来ることができるようになるらしい。

 自分の救った世界のことを思い浮かべながら、扉の裏側に手を触れると、扉にその世界を表す文様が浮かび、文様が浮かんでいる間に扉の裏側から通ることで、思い浮かべた世界へとやって来れるのだという。

 帰るときは、普通に扉を通れば元の世界へ帰ることができるらしい。


――――――――


《ですから、2度と会えないということにはならないのです》


 ちっ! いらん情報与えやがって……


 これで約束を反故にすれば、俺が悪いみたいじゃないか!


《俺の国では15歳じゃ結婚できない! だから、さっきの約束はやっぱり『なし』ということで!》


《えーっ! それでいいのですか? 彰人様もエレーヌのことを嫌いじゃないでしょ? 妻にするくらい良いじゃないですか》


 嫌いじゃない!? 美人だし、ナイスバディだし、性格はアレだが特別悪いわけでもない…… だけど、妻にしたいほどではないな。


《特別『好き』でもない》


《そんなことはないでしょ!? さっきは取り乱して泣いていたではありませんか!》


 うっ! 痛いところを付きやがる…… でも、不自然だ。


《タマ! なんでそんなにエレーヌと俺を結婚させたがる?》


《えっ!? そ、それは…… 彰人様をエシューゼに引き止めれば、今後災難が起きても大丈夫かな―― とか、子供ができたら『扉の管理者』になってもらおうかな―― とか考えていたわけでは、決してありません!》


 それでか!


 しかし困ったな。エレーヌが目を覚ました時に『全てを忘れている』―― 俺はそれを期待するしかないのか?



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 私が目を覚ました時、鳥車の中にいました。


 確か私は、ドルバック卿の屋敷に行ったはず……


「やあ! おはようエレーヌ! 昨日はぐっすり眠っていたね。

 起こすのも悪いからそのままにしておいたよ!」


 アキトが私に声を掛けてきました。


 でも―― すごく不自然です!


 いつものたどたどしさがなく、流暢に話しています。


 お母様に聞いたことがあります。男の人は後ろめたいことがあると、会話が早口で流暢になると!


「私は、ドルバック卿の屋敷に行ったはずです」


「えっ!? おかしいな…… 俺はエレーヌを見なかったけどな」


「私を『妻にする』―― アキトはそう約束したはずよ」


「何を言ってるんだい? エレーヌ? 夢でも見たんじゃないのかい?」


 夢!? そんなことは有り得ないわ!


 私の背中には、『バンドン』が当たったはずです。

 私は背中を触りました。


 えっ? あれだけの衝撃があったはずなのに、少しも痛みがないわ…… どういうことなの!?


 アキトを見ると、薄らと笑みをこぼしている?


 きっと戦人の神通力を使ったんだわ! そうに違いありません。


 こんなことで私を誤魔化そうなんて―― させませんわよ!


「盗賊のボスはどうしました? 私は胸から血を流して死んでいたのを見ましたわ」


「ああ…… アルバートは確かに死んだ。

 でも、あいつは階段を踏み外して、転げ落ちて首の骨を折ったんだ。

 エレーヌの見た夢とは違うなあ」


 あくまでとぼける気ね……


「遺体はどこ?」


「残念だが―― 遺体は昨日の内に火葬した。放っておくと疫病の元だからね」


 なんという手回しの良さ! なかなかやりますわね。


「屋敷へ行きましょう。3階の窓が割れているはずです」


「激しい戦闘だったからな―― 2階も3階も窓はほとんど割れている」


 私の見た状況を全部変化させている?


「ランテス! 彼はどうしました?」


「あいつは、急用ができたと言って、どっかへ消えたな」


 確認できないわけですか。いいでしょう! 夢でも構わないわ。


 私、絶対諦めないから!



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 俺はエレーヌを誤魔化すことに成功した…… はずだ。


 散々シミュレーションした甲斐あって、セリフはタマが《完璧ですね……》というくらい淀みなく話せた。


 エレーヌは撃たれた背中を擦っていたが、痛みはないはずだ。

 エレーヌが気絶しているうちに、神明流のマッサージをたっぷりと施しておいた。


 アルバートのことを聞いてきたが、遺体はすでに土の下。

 焼いたことにすれば調べられることもない―― 完璧だ。


 ランテスがポロっと真実を漏らすのだけが懸念事項だったから、ドルバック卿の見張りをさせるために屋敷に置いてきた。


 俺はエレーヌを見事に騙しとおした!


 はずだが―― エレーヌが不敵に笑っているのが不気味だ……

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