第22話 彰人、はめられる

 午後1時過ぎ――


 第一皇子マルティスが兵を引き連れて、セザックに到着した。

 正直、こんなに早く来るとは思っていなかったが、アメルダが頑張ったのだろう。


 セザックの門の前では一悶着あったようだが、第一皇子マルティスの兵は強引に門を押し通り、ドルバック卿の屋敷の所までやって来た。


 アメルダの姿もその中にあり、屋敷の門の前にいる俺を見つけて駆け寄ってくる。

 アメルダの他にも男が1人近付いてくる。


「お前がアメルダの言っていた『アキト』であるか?」


 立派な西洋風鎧に身を包んだ、40歳前後のちょっと偉そうな口髭を生やした大柄なオヤジが話しかけてきた。これが、アメルダの父親のマルティスだな。


「そうです。貴方は?」


 分かっているが、一応確認しておく。


「吾輩は【ベルガンド】だ。アメルダの剣の師匠である!」


 違うのかい! 紛らわしい奴だ。


 しかも、俺を値踏みするように、ジットリと全身を舐めまわすように見てくる。

 正直、気持ち悪い……


「師匠。そんなにアキトを見つめないでください。アキトが嫌そうな顔をしているではないですか……」


「フム。そうはいってもアメルダよ。吾輩はお前の師匠として、またマルティス様の友としても、じっくりとこの男を吟味する責任があるのだ」


 俺を吟味? 一体何のために?


「それはそうですが、今はそれよりもドルバックのことが大事ではありませんか?」


「ドルバックだと!? フン! あのような小物に吾輩は興味ない! ここに来たのはアキトを見るためだ。

 だが、これはダメだな。とてもマルティス様のお眼鏡にはかなうまい」


 何か勝手に評価して、失礼なことを言っているな。


「アメルダ。この失礼なオッサン、殴っていいか?」


「アキト、これでも私の師匠なのです…… 穏便に頼みます」


「吾輩を殴る? 面白い! 構わん、かかってくるが良い!

 だが―― こちらからも反撃させてもらうぞ!」


 あぁ、ウザい! 暑苦しい!


「さあ! どっからでもかかって来るがいいぞ!」


 じゃあ、遠慮なく行かせてもらう!


 俺は一瞬で間合いを詰め、鎧の上から掌底で突いた。


 ドン!!


 「どわあぁぁぁ」


 ベルガンドは5m程ぶっ飛んだ!


 派手に飛んだが、見た目ほどのダメージはないはずだ。多分……

 ベルガンドは尻餅をついたまま、キョトンとしている。そして、起き上がった。

 やっぱり大したダメージはなさそうだ。


「今、何をしたのだ!」


 そう叫んで俺の目の前まで戻ってきたベルガンドに、再び掌底突き!


 ドン!!


 「どわあぁぁぁ」


 吹っ飛ばす。そして、戻ってきたベルガンドを再び


 ドン!!


 「どわあぁぁぁ」


 とりあえず、それを4回繰り返した。


「はぁはぁはぁ―― ま、待て…… 頼むからもう止めてくれ……」


 俺も流石に飽きたから、突き飛ばさないでおく。


「さっきから何を遊んでいるのだ? ベルガンドよ」


 そう言って近づいてきたのは、キンピカした鎧を身に着けた30代後半くらいの、長身でスリムなイケメンの中年男性。


「決して遊んでいるわけではございませんぞ。マルティス様」


 これが第一皇子マルティス―― アメルダの父親か!


「ところで、キミは?」


「父上! 彼がドルバックの企てを知らせてくれた『アキト』です。

 そして、彼は私の……」


 アメルダが頬を赤らめ、モジモジしながらマルティスに俺を紹介する。

 マルティスの目が細まって、不気味な笑みを浮かべながら俺を見る。


 嫌な予感しかしない……


「ほーっ! キミが私の大事な娘を誑かした男か! なかなか良い度胸だ」


 何を言ってる? 俺はアメルダを誑かした覚えはないぞ?


「しかも、アメルダが『第二夫人』とは、どういう了見なのかね?

 返答次第ではどうなるか! 覚悟はできているのだろうね!」


 言ってることが意味不明だ。何かの『冗談』?


 否、目がマジだ。


 ドルバック卿逮捕イベントのはずが、俺の『修羅場イベント』なのか!?


 まさかこれから、【俺 VS 第一皇子マルティス】になるのか?


 下手したら一国相手に戦うことになるじゃないか…… しかも、負けたら『死』で、勝っても俺が『魔王』に認定されて『討伐対象』とかになりかねない。


「お待ちください父上!『第二夫人』は私の希望です。

 その……『第一夫人』は私には荷が重い気がいたしますので…… 寧ろ『第三夫人』でもいいのです!」


 アメルダの助け舟(?)は、更に意味不明だ。


「『第二夫人』どころか『第三夫人』…… つまりキミは、その若さでアメルダ以外にも2人の女性がいる―― そういうことかね?」


 マルティスの目は、俺に対する怒りの炎で燃えている。


 ダメだ…… まさか俺の『死亡フラグ』は、まだ解消されていなかったのか?


「あ、あの…… マルティス様。我々はこれからどうすればよろしいのでしょうか?」


 兵士が1人、マルティスの指示を仰ぎに来た。


 助かった! これで俺は解放されるはず……


「決まっている! 今すぐこの男を拘束するのだ!」


「なんでやねん!」


 思わず関西弁でつっ込んでもうたやろ!


「えっ!? この少年が『ドルバック卿』なのでしょうか? 情報と違うようですが」


「父上! アキトを酷い目に合わせるというのでしたら―― たとえ父上と言えども、私は許しません!

 それにアキトは、あの『ランテス』よりも強いですから、父上の方が痛い目を見ることになるかもしれませんよ!」


「ランテスだとおぉぉ! もしや、ランテスがここにいるのではあるまいな!?」


 今度はベルガンドが大声を上げる。


 何なんだ?


 そういえば、ランテスの奴―― 俺と一緒に屋敷の門の前にいたはずだが、アメルダが近付いてきたときに『逃げた』な。

 アメルダから逃げたのかと思っていたが、ベルガンドから逃げたのか?


「アメルダが…… 私に口答えをするなんて…… パパは悲しいぞ」


「ランテス! どこだあぁぁぁ! 出てこんかあぁぁぁ!」


 落ち込むマルティスと、叫びながら走り周るベルガンド……


 誰か! この訳のわからん状況をどうにかしてくれ!


……


「ドルバックは既にキミが拘束した。そういうことかね?」


 俺は頷く。


 マルティスは、ようやく俺の話に耳を傾けてくれた。

 全く、あの無駄な時間は何だったんだ?

 ベルガンドは、まだ叫び周っているが無視だ。


「ドルバックなど、所詮はその程度―― 態々300人の精鋭を連れてきたというのに無駄になってしまったな」


 いやいや。はっきり言って、この人数でも負けていたぞ。


 ドルバック卿は、思った以上にしっかり準備できていた。


 先端に火炎玉を取り付けた矢に、鉄砲も30丁は準備できていた。

 何も知らずに、マルティスの兵が屋敷に突っ込んでいれば、入口を塞がれて逃げ道を絶たれ、間違いなく全滅していたはずだ。


 アメルダに任せず、俺が先にドルバック卿の屋敷に向かったのは正解だった。

 犠牲がアルバート1人で済んで、実質被害ナシで終われたのは最高の結果だ。


「それで、キミはアメルダをどうするつもりかね? 今回の褒美に、まさかアメルダを要求しようとは…… 全く、その若さでそれほどの女誑しなど、聞いたこともないぞ」


 待て待て! 俺はアメルダを要求するつもりは微塵もない!

 人を勝手に『女誑し』扱いしないでほしい。

 褒美は、寧ろ金品の方が圧倒的に有難い。


「アメルダいらない。寧ろ、金品が良い」


「なんだと! アメルダが金品に劣る―― キサマは、そう言い放つつもりか!?」


 どっちなんだよ!


 大体、何故俺が『アメルダをもらう』ことになっているんだ?

 仮にアメルダを嫁にすれば、このめんどくさいオヤジが義父になるわけで…… それは絶対にゴメンだ!


「父上、お止めください! アキトはそんなつもりはありません!」


 うんうん。勿論、俺は『アメルダを嫁にする』つもりはない。


「アキト、あなたの言いたいことはわかっております。

 剣の腕の未熟な私では、アキトの伴侶には相応しくない、と言いたいのですね。

 私は修行の旅に出ます! そして、アキトに相応しい剣士に―― そして、妻になります!」


 否、そんなことを言うつもりも、全然ありませんよ。

 アメルダさん、1人で暴走するのは止めてください。


「おお、アメルダ。お前はなんて健気で立派な娘なのだろう!

 わかった…… もう何も言うまい。

『アキト』と言ったな! アメルダを泣かせるようなマネをしたなら、この私が帝国の威信にかけてキサマを滅ぼす―― そのことを肝に銘じておくがいい!」


 なんでこうなる! 今朝はエレーヌを誤魔化すために散々苦労したというのに、今度はアメルダかよ……


 そして、俺が振り回されている間に、ドルバック卿は第一皇子マルティスの兵士に連れて行かれ、この場に残っているのは


「ランテス! どこだあぁぁぁ! 出てこんかあぁぁぁ!」


 このベルガンドうるさいオッサンと俺達の4人だけになっていた。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 今回の騒動は、俺にとっては『骨折り損』だった。


 あれ以上、マルティスと話すと、更にややこしいことに成りそうだったので、褒美は諦めてゲルナンドへ戻ることにした。


 せめて温泉にだけは浸かろう―― そう思って、今はトルガナへ向かっている。


――――――――


 ドルバック卿が、これからどうなるのか――


 俺は別に興味ないが、裁判にかけられて罪に問われるようだ。


 ドルバック卿の治めていたセザラク地方は、暫くは第一皇子マルティスの統治下に入るらしい。

 そうなると、ドルバック卿の兵士による反乱が心配になるのだが、ドルバック卿に忠誠を誓っているのは屋敷に駐留している者達くらいで、後は所詮雇われ兵士であるので、解雇にでもならない限り、反乱が起きるようなことはないらしい。


 これは、ドルバック卿の兵士だけでなく、どの貴族の兵士でも大半は金で雇われているだけで、『親衛隊』と言える者達以外の忠誠心はそれほど高くないようだ。


――――――――


 ランテスは鳥車の御者を務めている。


「ベルガンドの叔父貴が来ていたとは、参ったよ…… 見つかったら殺されていたかもしれない……」


「そうですね。師匠は、ランテスが『バルード流』を勝手に辞めたことを相当怒っていましたからね」


 ところで、アメルダ? お前は何でいるんだ?


 今俺の左右には、エレーヌとアメルダが座っている。


「アメルダ、修行の旅は、どうした?」


「勿論行きます。でもその前に―― アキトと夫婦の契りを結んでおかないと!」


 ブフォー!!


 俺は盛大に噴出した。


「待ちなさい、アメルダ。私が先です!」


「えっ!? エレーヌさん、まだアキトと結ばれていないのですか?」


「そ、それは…… まだ……」


「信じられません! エレーヌさんのような美しい女性に対し『まだ』だなんて!

 ハッ!? まさかアキト―― あなたは……」


 な、何だ、アメルダ。その驚いた顔は? 一体俺が何だと言うつもりだ!?


「そうだったのですか…… まさか、その若さで……

 でも大丈夫です。何も心配いりません!

 私とエレーヌさんの愛情があれば、きっと取り戻せます。

 ですからアキト、自信を持ってください」


 おい、アメルダ…… 何を言ってるんだ?


「アキト、そうだったのね…… だから私を避けようとしていたのね……

 私、気付いてあげられなかった…… ごめんなさい」


 エレーヌ!? お前まで、その憐れむような目は……


「何だって! まさかキミは『不能』なのかい!?」


 ランテス、お前もか!?


「違う!!!」


 俺は思いっきり否定する!


「アキト…… 強がらなくてもいいのです。

 例えそうであっても、私はアキトを愛しますから」


「アキト、勿論私もよ。だから、心配しないで」


「そうか…… その若さでそれだけの強さを手に入れるには、そのような代償を払う必要があるんだね。俺には無理かもしれない……」


「だから、違うと言っている!」


「では、証拠を見せてください! エレーヌさんと私に!」


「ああ! 見せてやる!」


 その瞬間、エレーヌが不敵な笑みをこぼしながら呟いた。


「言質は取りましたわ」


 えっ!? まさか…… 俺は、はめられたのか!?

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