第20話 彰人、フラグに怯える

「非常事態だ! 至急ドルバック卿にお知らせすることがある!」


 慌てた様子で門兵に話しかけるランテス。


「どうしたのだ!? あ! あなたは確か―― ランテス様ですね」


「そうだ! 今言ったように一刻を争う事態が起こった! すぐに通してくれ!」


 ランテスの慌てぶりに門兵も気が動転したのか、俺達の乗っている鳥車のことも気に留めず


「わ、分かりました。どうぞ、お通り下さい!」


 簡単に門を通してくれた。


「済まない、感謝する!」


 ランテスはそれだけ言って、鳥車は門を全速力で通り過ぎる。


……


「どうだい。うまくいっただろ!」


 ああ。『禿』の演技に比べると雲泥の差―― 俺でも騙されそうだ。

 ランテス―― こいつを迂闊に信用すると痛い目を見るかもしれないな。


 だが、今は疑われることなくセザックに入れたことを、良かったと思っておこう。


「ドルバック卿の屋敷まで、この速さなら20分と掛からずに行けるけど、真っ直ぐ向かうのかい?」


 相手が油断しているうちに攻め込むというのは作戦として悪くないが、流石に何の策もなく真正面から―― というのは相手を舐め過ぎだな。


「見つからずに、屋敷に侵入できそうな場所、ないか?」


「うーん…… 別荘と違って人も沢山いるからねぇ……『見つからずに』っていうのは、流石に難しいなぁ」


「正面から行きゃいいさ!」


『禿』が強い口調で言う。


「ゴーランド達もいないし、今の屋敷には、それほど強い奴は残ってないはずだ!

 あんたとこいつと俺なら何の問題もない」


「そうだね。確かに強い奴はいないが、あそこには『バンドン』がある……

 正面から相手すれば、死ぬだけだ」


「どれぐらい、ある?」


「俺が知る限りでは、数はそれほどなかったと思う。多分10丁あるかどうかだ。

 使える奴も5~6人しかいなかったはずだが、そいつらを相手にしてドルバック卿の元まで行くのは難しいだろうね」


「俺1人で行く」


 俺がそう言うと


「いやいや。それじゃあ、あんたが『バンドン』相手に戦うところが見られないじゃないか。仕方ないな、俺も行くよ」


「当然俺も行く! ドルバック卿には言いたいことがあるんでな!」


 ランテスも『禿』も付いてくるつもりだ。


「私も行くわ!」


「駄目だ!」「やめときな!」「無理無理」


 エレーヌの言葉に、三者三様に反対する。


「何でよ! 私だって戦えるわ!」


「いやいや、お嬢さんには危険すぎる。アメルダでも俺は反対するよ」


 ランテスがエレーヌを諭す。


「いつも私は置いてきぼりなのね。アキト…… 私、足手まといなの?」


 目に涙いっぱい溜めて俺を見つめるエレーヌに、俺は言葉が詰まる。


 ああ、そうだ!


 そう言いたいところだが、これは絶対に言ってはいけない。当たり障りのないように


「エレーヌが、心配だから……」


 そう言っておく。『足手まとい>心配』ではあるが、一応これも本心だ。


「わかったわ…… でも約束して! アキト、絶対死なないって!」


 えっ!? まさか、この『パターン』って…… 返事をしてはいけない!

 したらダメなやつだ!


 俺が黙っていることに不安を感じたのか、エレーヌの顔が俺に近付いてくる。


 これは…… 返事をしなくてもヤバいやつだ!


 エレーヌの手が俺の首に掛かった―― 俺は蛇に睨まれた蛙のように動けない。


 そして、とうとう―― エレーヌの唇が俺の唇に重なった!


 これは…… 俺に死亡フラグが立った…… かもしれない。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 もうヤケクソだ! 正面から突っ込むことに決めた。


《タマ。細かいことでも何でもいいから、俺が見落としていることや気付いたことがあれば、知らせてくれ》


 形振り構っていられない!

 死亡フラグ回避のためには、使える物はタマでも使う!


《はい! 久しぶりに彰人様に頼られたみたいで、タマはうれしいです!

 ご期待に添えるように、頑張ります!》


 よし! タマはやる気になってくれている。


 しかし、久しぶり? タマには通訳でずっと頼っているはずだけどな。


「ドルバック卿の部屋は、分かるか?」


「3階の中庭に面した中央の部屋が、ドルバック卿の部屋だ」


「ああ。この時間なら、大抵はそこか2階の書斎にいるはずですぜ」


 一応作戦としては、ランテスが緊急の知らせのために来た―― ということにして、俺と『禿』がどさくさに後ろから付いていく。


 後は完全に運任せだ!


 上手くドルバック卿に案内されれば良いが、俺達の計画がバレたときは強行突破でドルバック卿の元まで辿り着くしかない。


 いつもの俺なら『鉄砲』など恐れる必要もないが、今の俺には『死亡フラグ』が立っている(かもしれない)から、何が起こるかわからない……


……


 どういうことだ?


 ドルバック卿の屋敷の前には門番の姿がない。それどころか、門も開いている。


 屋敷には人がいる。だが―― 門のそばには誰もいないのだ。


 罠か?


 でも、俺達のことはまだドルバック卿には伝わっていないはずだ。

 トルガナからセザックへは最短ルートを通って来たし、俺達の鳥車は誰にも追い越されていない。そして、セザックへ入った後も、ドルバック卿の屋敷まで最短ルートで来た。遠回りして俺達より先にセザックに入ることは不可能なはずだ。


 もしかして、俺が察知できないほどの隠形の使い手がいるのか?


 タマに確認するも


《いいえ、間違いなく誰もいません》


 となると、別荘の例もあるし門番がさぼっている?


『禿』もランテスも俺と同じで、罠かどうか思案しているが、どっちにしろ行くしかないよな。


「行くか……」


 そう言って、俺達は門を足早に通り過ぎる。


……


 屋敷の扉の前――


 結局ここに来るまで誰1人とも出会わなかった。


 しかし、この扉を開けた先には、20人を超える人数が待ち構えている。


 やっぱり罠か…… さて、どうする? 空気読まず引き返そうか?


『禿』もランテスも、目配せして俺に『お先にどうぞ!』と促す。


 わかったよ! 開けりゃあいいんだろ! 開けてやるよ!


 俺は、半ばヤケクソで扉を勢いよく蹴り開けた。


「よく来てくれました! 勇敢な『愚か者共』よ!」


 その瞬間、目の前には偉そうな態度の男―― 年齢は30代前半、身長160cmくらいの細身で不健康そうな、口髭を生やした、如何にも『貴族です』という出立の男が、俺達を出迎えた。


「ドルバック卿!!」


『禿』が男を睨み付けながら叫ぶ。


「久しぶりですね、アルバート。

 あなたがここにいるということは、ゴーランドはしくじったわけですね…… 戻ったら罰を与えないといけませんね」


 ふーん。こいつが『ドルバック卿』か。


「ランテス。あなたが付いていながら、みすみす人質を逃がしたそうですね?

 少々がっかりさせられましたよ。

 しかも、この連中と一緒に行動しているとは―― どういうことか説明してもらいましょうか」


「俺達が来ることを、知っていたのか?」


「ん!? あなたが報告にあったランテスを倒した小僧ですか? 本当に子供ではないですか。こんな子供に負けるとは……『剣王』も地に落ちたものですね」


 俺が1番前に立っているのだから、最初から気付いてるだろうに……

 ムカつく態度のチビガリ野郎だ。


 それは兎も角、何故俺達が来ることに気付いていたんだ?

 俺が不思議そうな顔をしていると、ドルバック卿は意地悪そうな笑みを浮かべた。


「そう! あなた達のことはすでに報告を受けています。

 そんな不思議そうな顔をせずとも教えてさしあげますよ。これを見なさい!」


 そう言ってドルバック卿は右手を前に突き出した。

 すると、1羽の鳥が飛んできた。

 そして、ドルバック卿の頭の上に止まった。


 鳩?


《ポックルですね。帰巣本能の強い鳥で、時速80kmで約3時間の連続飛行ができ、1日に500kmの移動が可能です》


 ドルバック卿は、右手を何事もなかったように後ろに回し、1つ咳ばらいをした後


「そう! このポックルを使って知らせを受け取ったのですよ!」


 伝書鳩か!


《タマ、知ってたか?》


《いえ。そのようなポックルの利用法は知りませんでした》


 俺は『禿』とランテスにも聞いたが、2人とも初耳だったようだ。


「まだ実験段階なのでね。今は、古くからの使用人にしか教えてはおりません」


 ドルバック卿―― こいつ、もしかしてかなり有能!?


 爆弾に鉄砲に伝書鳩―― どれも、エシューゼでは使用例のない物ばかりだ。

 それを一早く取り入れて、実用化のところまで漕ぎつけている。


 ドルバック卿―― 1つ間違えれば、カザナック帝国の英雄になったかもな。


 それにしても、伝書鳩とは盲点だった……


 別荘にいた見張りや門番は警戒していたから、奴らはしっかり拘束しておいたし、奴らの前ではほとんど話もせずにいたのだが、使用人は完全に無警戒だった。


 人の好さそうな初老の夫婦と、気の弱そうな中年夫婦だったから、全く気にもせず拘束もしなかったし、彼らの前で予定を話し合ったりしてしまった。


 考えてみれば、雇い主に異常事態を報告するのは、使用人の当然の義務だよな。

 完全に俺のミスだわ。


 それに、俺達よりも早くドルバック卿へ報告が届くなんて、これっぽっちも思っていなかったしな……


 その結果、今の俺達の状況は――


 俺達は屋敷の玄関を入った広いホールの中―― 入り口の扉のすぐ前に立っている。


 中央が俺で右にランテス、左に『禿』が立ち、俺が1歩分前に出ている。


 ドルバック卿は俺達の正面―― 俺達から10m程離れた、ホールと2階を繋ぐ階段の踊り場に立っていて、当然周りは兵士が固めている。


 ドルバック卿の前―― 階段の1段下には、盾を構えた兵士が左右に1人ずつ。

 階段の1番下にも、同じように盾を構えた兵士が3人。


 俺達の斜め前、少し離れた位置には弓を構えて待機している兵士が左右に5人ずつ。

 2階にも、同じように弓で狙いを付けている兵士が7人。

 中々に警戒しているようだ。


 しかし、鉄砲は見当たらないぞ?


 まあ、普通これだけでも、俺達は身動きの取れない状況だろう。


 ドルバック卿は再び話し始める。


「あなた達は、私の計画を著しく狂わせてくれました。人質達はカルバニオンへ逃がしたのですか?

 そうすると、第一皇子の【マルティス】の奴に、私の計画は伝えられることになりそうですね……」


 ドルバック卿にとって暗殺計画がバレるのは、かなりの痛手なはず―― だと思うのだが、その態度を見る限りそこまで悲観した様子ではない。


「それにしては、余裕あるな」


「ホホホホ―― その通りです! 第一皇子マルティスは知らせを受ければ、直ぐにでも兵を集めて、ここへ来ることでしょう。

 それで、『私の計画が終わる』とでも思っているのですか?」


 恐らく第一皇子マルティスの兵の方が、ドルバック卿の兵よりも数は上だろう。しかし――


「そうはならないのです!

 何故なら私には『火炎玉』と――【バンドーン】があるのですから!」


 おい! 何で『バンドーン』なんだ!?

 サガロ達は『火筒』と名付けたって言ってたぞ!

 こいつもランテスと同じ擬音使いかよ……


第一皇子マルティスがこの屋敷に入った瞬間に、奴の命は尽きるのです!

 後1か月は生き延びられるはずだったのが、可哀そうなこと…… あなた達のせいで少し寿命が短くなるのですから!」


 確かに、何も知らずに第一皇子マルティスが突っ込んで行けば、きっとこいつの思い通りになるだろう。


「その後、私は帝都に攻め込みます! 私の力を思い知らせ、皇帝には自ら退位してもらい、私が帝位を継ぐことになるのです!

 予定が少し早くなるだけで、『私が皇帝になる』という結果は、変わることはないのですよ! ホホホホホホ」


 自分に酔っている『こいつ』を見ていると、やっぱり『英雄』って器じゃないな。

 小物が粋がっているようにしか見えない―― 全然大物のオーラがない。


「そうそう。あなた達は少し勘違いしていたようです。

 私はサガロとゼルガを殺すつもりはないのですよ。

 あの2人は、アルバートやランテス―― あなた達と違い本当に役に立ちます。

 今後も2人には、私のために新しい兵器開発に尽力してもらう予定だったのです!」


 そうなっていたら、あの2人にとっては『殺される』よりも辛いことだったはずだ。

 逃がすことができて、本当に良かった。


「それは、残念だったな」


 ドルバック卿は俺を睨み付ける。


「その通りです…… 尤も、私が皇帝になった後で、草の根分けても2人を探し出して見せますがね。

 しかし! あの2人を逃がしたあなた達は、当然許すことはできません。

 あなた達には、ここで死んでいただきます!」


「おい! ドルバック卿!!

 何故、俺を―― お前のために働いた『ゲルナの疾風団』を裏切った!?」


「何ですか? 今更そんなことが知りたいのですか? アルバート……

 決まっているではありませんか。皇帝になる私が、盗賊団を使っていたなど、民衆に知られるわけにはいかないでしょうが。

 それに! 私は、醜い禿が大嫌いなのですよ。ホホホホホホ」


 酷い言われようだな……『禿』がちょっと可哀そうになってきた。

 これからは『アルバート』と普通に呼んでやろう。


「俺達には、火炎玉は、使わないのか?」


「その必要はありません。何せ、火炎玉やバンドーンを使うと、私の屋敷が傷ついてしまいます。あなた達のような小物相手に、それは勿体ないですからね」


「いいのかい? そんな余裕を見せて? この少年、俺やあんたが想像しているよりもずっと強い力を持っているよ。多分、これくらいならあっさり切り抜けるはずさ」


「この状況で、その強がりとは…… 流石は元剣王というべきところですが―― 本気でそう思っていらっしゃるのですか!?」


「勿論、本気さ!」


 ドルバック卿は少し呆れたような表情をした後


「私は3階の部屋に戻ります。片付いたら報告に来るように!」


 兵士に命令し、俺達に背を向けて階段を上っていく。

 ドルバック卿は2階の扉からホールを後にした。


 バタン!


 扉の閉まる音が響く。

 それを合図に、左右の兵士達から一斉に矢が射られた!


 しかし―― 矢が俺達に当たることはない。


 俺は右手に棍を持ち、それを高速回転させて飛んできた矢を1本残らず叩き落とす。


 ヒュウ!(ランテスの口笛)


「一瞬ヒヤッとしたよ! それにしても…… その棒、どこから出したんだい?

 右手からいきなり生えてきたよ!?」


「ランテス! 次が来る前に、右を片付けろ! アルバートは左だ!」


 2階からも一斉に矢が射られる!


 俺はそれらの矢も棍で叩き落とし、少し助走をつけ床を蹴る!


「ウオーッ!?」


 1階の兵士達は全員、驚きの声を上げ、上空を跳ぶ俺の姿を目で追う。

 2階の兵士達は、頭上を跳び越え背後に着地した俺に、呆然として弓を構えることも忘れている。


 ハッ!?


 気を取り直した兵士達が、思い出したように俺の方へ身体を向け弓を構える―― が、俺は棍を横殴りに払って兵士達の持った弓を全て叩き折り、そして弓の使えなくなった兵士達を戦闘不能にする。


 盾を持った兵士が2人、俺の方に向かってくる―― 盾を構えて突進してくるが、残念ながらそんな盾では俺の突きは止められないぞ!

 俺の放った棍の突きは、それを受け止めた盾を粉々に破壊し、突進してきた2人の兵士をまとめて吹っ飛ばす!


 アルバートとランテスはどうなっている?


 1階の様子を見る。盾を持った兵士と交戦中だ。

 弓兵はまだ4人残っていて、離れた位置から2人を狙っている。


 俺は2階から飛び降りて、弓兵と2人の間に着地―― 弓兵は驚き、慌てて矢を射ったが、俺は棍で矢を叩き落とし、次の矢を番える間も与えず弓兵を戦闘不能にする。


 アルバートとランテスも兵士を倒したようだ。

 そして、俺の所に駆け寄って来る。


「それにしてもキミはトンデモないね…… 2階まで跳び上がるなんて、人間業じゃないよ全く……」


「当たり前だ! 何てったって、この人はあの『戦人』だからな!」


「いやいや…… お伽噺にでてくる戦人でも、同じことができるか怪しいし、実際の戦人がここまでトンデモないとは、ちょっと信じられないよ。

 寧ろ―― 伝説の【魔人】の方が近いんじゃあないかい?」


 伝説の魔人!? なんだ、そりゃ?


 ちょっと気になるが、今はそんな話をしている場合じゃないな。


「その話は後だ。行くぞ!」


 俺達はホールを後にし、ドルバック卿の部屋へと向かう。

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