第19話 彰人、サガロ達と別れる

「ランテス! あなたは一体、誰に負けたのですか!?」


 アメルダは、拘束された状態で目を覚ましたばかりのランテスに質問する。


「ううう…… まだ、身体がビリビリ痺れている―― で、何のことだ? アメルダ」


「ですから、あなたは誰に負けたのですか? それを聞いているのです!」


「何でそれをわざわざ俺に聞く!? 目の前に本人がいるだろうが!

 大体、剣王の俺がこんな若造に―― それも無手の相手に完敗して、これ以上なく落ち込んでいるというのに…… 傷口に塩を塗るようなことを聞くなよ!」


「ほ、本当なのですか? それは……」


「お前に嘘を吐く意味がないだろうが!」


「ゼルガさん、ではないのですね……」


「当たり前だろ! あんな図体だけのおっさんが、強いわけないだろ!」


「それでも! アキトが強いなど、もっと信じられません!」


 負けた本人が言ってるのに、何でアメルダは、そんなに信じたくないのだろうか?


「料理が得意な男が、強いはずがないのです!」


 アメルダ、何を言ってるんだ!? 料理の腕と強さは関係ないだろ。


「何だ? その理屈は!? そういえば、アメルダは料理が全然だめだったな」


「うっ! 確かに私は料理が苦手です……

 それで、料理の得意な母違いの兄に散々バカにされてきたから、料理の得意なアキトを認めたくない―― というようなことでは、決してありません!」


 ああ、俺を認めたくない理由が分かったよ。


「そんなに俺の言うことが信じられないのなら、お前が彼と戦えばいいじゃないか」


「やはり、それしかなさそうですね…… アキト! 私と戦ってください!」



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 今、俺達は馬車に乗っている――

 残念ながら、温泉に浸かる間もなくトルガナを出ることになった。


――――――――


 俺は1時間前にアメルダと戦った。


 結果は言うまでもなく『俺の完勝』だ。

 俺は無手のままでアメルダの二刀流を捌き、左手の弱点を突く形で倒した。


 負けたアメルダは暫く放心状態だったが、気を取り直した後は


「どうやら、ゼルガさんの事は私の勘違いだったようです。すみませんでした」


 アメルダは、ゼルガと奥さんに謝罪した。

 そのおかげで、ゼルガは奥さんの誤解が解けて、ようやく家族と打ち解け合うことができた。

 ちなみに『12~13歳』と俺が思ったゼルガの娘達は、9歳と10歳だった。2人とも流石ゼルガの子供―― 発育がいい。


――――――――


「ところで、何故ランテスが御者をしているのですか?」


「それはな―― 人質を連れ去られたというのに俺が別荘に残っていたら、ドルバック卿に怒られるじゃないか! だから、お前達と一緒に逃げることにした」


「アキトもそれでいいのですか?」


 アメルダの質問に俺は頷く。


 俺達12人が連れだって町を出るのは目立ちすぎるので、別荘で使われている大きな荷物を運ぶ荷馬車に乗って、開門と同時にトルガナを脱出することにした。

 流石に、領主の別荘で使われている馬車が、止められたり中を調べられることはないだろう。

 ランテスについては、領主に雇われている者が一緒にいる方が、疑われずに済み易いかな―― というくらいの、軽い保険だ。


 もし、ランテスが裏切ったら?


 その時は、力ずくで脱出する覚悟はしている。


「アキトが認めるというなら、別にいいでしょう。

 それより、ランテスに聞きたいことがあります。

 どうして剣王にまでなったあなたが、突然『バルード流』を捨てたのですか?」


「剣一筋のお前にいうのは憚られるが、有り体に言うと『剣の限界を知ったから』ということだ」


「どういうことですか?」


「そうだな…… アメルダ、お前は『火炎玉』というものを知っているか?」


「火炎玉? 何ですかそれは?」


『火炎玉』の言葉に俺は勿論、サガロとゼルガと『禿』も反応する。


「あれを1度見たら、剣ではあの威力には到達できない。それがわかるだろう」


 確かに威力だけなら、剣より火炎玉が上だろうな。


「それでも『火炎玉』を使う相手になら、まだ勝機は十分ある」


 その通りだ。爆発までにタイムラグがあるし、接近戦では使えないからな。


「だが、【バンドン】―― あれには勝てるイメージが持てなかった」


 ん!? 『バンドン』って何だ?


「あ、あの! その『バンドン』とは一体どういうものなのでしょう?」


 2人の会話に聞き耳を立てていたサガロが、会話に割り込んだ。


「知りたいか? いいだろう、教えてやる!

 90cmくらいの細長い鉄の筒があってだな…… それを的に向けて『バン!!』とやると、的が『ドン!!』となるんだ」


 それって、もしかして!?


「まさか! ドルバック卿は、アレを完成させていたのか!?」


 ゼルガが青い顔をして声を上げた。


「もしかして、筒から、鉛の玉を、撃ち出すのか?」


「アキトさん、その通りです。よくわかりましたね。

 実は…… 火炎玉の威力が上がらないときに、別の方法を考えた時期がありました。

 それが、火薬の爆発力を利用して鉄筒から鉛玉を撃ち出す―― というもので【火筒】と名付けました。

 ですが、あのアジトでは製造できませんし、すぐに火炎玉の威力を上げることができたので、設計図だけ書いて終わったのです」


 サガロが答えた後、ゼルガが補足する。


「驚きました…… 設計図を書きましたが、まだ部品の検証もできていなかったので、恐らくいろいろと問題があったはずです。正直、完成できるとは思っておりませんでした」


「そうだな…… 確かに俺が見た時点では、まだ欠点は多かったね。

 だが、欠点が解消されたなら、剣では太刀打ちできなくなる―― そう思えるだけのものだった。そして、きっと近いうちに欠点は解消されるだろうね」


「私にはよくわかりませんが、その『バンドン』とやらを見たことで、ランテスは剣の限界を知ることになった―― そういうことなのですか?」


「アメルダ。お前もアレを見れば、剣を極めることのバカらしさに気付くさ」


 ランテスは少し寂しげな表情を浮かべる。


「ところで、その『バンドン』―― 誰が、名付けた?」


「決まってるだろ。俺が、さっき思いついて名付けたのさ!」


 そうか。こいつのネーミングセンスが最悪なのはよくわかった。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「アキト。私、昨夜は一睡もできなかったわ」


 俺達は無事にトルガナを後にし、そして今、エレーヌと合流した。

 昨夜はエレーヌ1人で鳥車で留守番させたから、眠る余裕はなかっただろうな。


「すまん」


「別に怒ってないわよ。それよりも、サガロさんもゼルガさんも、無事にご家族を救出できて本当に良かったわ!」


「ああ。2人の家族も皆、エレーヌに礼を言っている」


「お礼だなんて…… と、当然のことをしただけよ」


 そう言いながらも少し照れているようだ。


「ところで、これからどうするの?」


 俺はこれからの予定をエレーヌに伝える。


 サガロ達は、そのまま馬車でアメルダの父親―― 第一皇子が治める【カルバニオン】の町へ向かう。

 カルバニオンは、トルガナから20km程の距離で、馬車なら2時間足らずで着けるそうだ。


 アメルダは、カルバニオンまでサガロ達を送った後、父親にドルバック卿の暗殺計画のことを伝えに行く。


 後のことはアメルダに任せてもいいのだが、ここまで来たからにはドルバック卿の顔を拝んでおきたい。


 俺達は、当初の予定通りセザックの町へ向かうことにする。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「エレーヌさん! ちょっとお話があります」


 アメルダがエレーヌに話しかける。


「何かしら? アメルダ?」


「私は、アキトの『第二夫人』になることに決めました!」


「ど、ど、どういう意味ですの……」


 動揺するエレーヌ。


「ですから、私は第二夫人になりますので、エレーヌさん! これからもよろしくお願いします」


「それはつまり、私に『第一夫人』の座を譲る―― そういうことかしら?」


「ええ。第一夫人は、アキトと付き合いの長いエレーヌさんに相応しいと思うのです」


「そうね…… わかったわ。アメルダ―― あなたを第二夫人に認めてあげるわ」


 彰人の知らないところで、エレーヌとアメルダの密約が結ばれたのだった。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 俺達はトルガナから北へ5km程の場所で朝食にする。


「この料理を味わえるのもこれで最後だと思うと、とても寂しいですが、今まで本当にありがとうございました」


「アキトさん、エレーヌさん。この御恩は、一生忘れません!」


 サガロとゼルガは名残惜しそうに、俺とエレーヌと握手を交わす。


 2人の喜ぶ顔を見て、俺は最初『彼らの家族の救出をめんどくさく思っていたこと』を恥じた。今は、本当に彼らの力に成れて良かったと思う。


……


 道が左右に分かれていて、右側に行けばカルバニオン、左側に行けばセザックへと続いている。


「お2人とも、お元気で!」


「サガロとゼルガも―― 元気でな!」


 俺達は最後の言葉を交わして、別々の方向へ進んだ。


「寂しくなったわね―― って、このオジさん誰!?」


「『オジさん』って酷いなぁ。俺はまだ25歳のお兄さんだよ。美しいお嬢さん」


「お前、レミル語が話せるのか?」


「レミル語とグリーフ語くらいは、紳士の嗜みとして話せて当然さ」


 よく似たセリフをどこかで聞いた気がする…… まさかこいつも皇族関係者じゃないだろうな?


 兎に角、俺とエレーヌと『禿』、それに何故かランテスを加えた4人でセザックへと向かうことになった。


「お前、ドルバック卿から逃げる―― 確か、そう言ってたはずだが」


 俺はランテスに話しかける。


「そのつもりでいたんだがね。キミがセザックへ行くと言うから、俺も付いていくことにしたよ」


「何故?」


「キミは、ドルバック卿とやり合うつもりなんだろ?

 そうすると、当然『バンドン』と戦うことになるだろう。

 キミが『バンドン』相手にどう戦うのか? 俺はそれを見てみたい。

 キミなら、『バンドン』にも勝てるんじゃないか? 俺は勝手にそれを期待しているのさ」


『バンドン』って言われると気が抜けるが、ドルバック卿とやり合えば、きっと鉄砲を相手にすることになるだろう。


 ランテスは鉄砲を見て『剣の限界を知った』というが、それでもまだ剣に未練があるのだろう。だから、俺が鉄砲相手に勝利するところを見て、また剣の道を目指すきっかけにしたいのかもな。


「で、どうするんです? セザックに着いたら、真っ直ぐ門に向かうんですかい?」


『禿』が聞いてくる。


 そうだな…… もう人質は救出したし、後はドルバック卿を拘束するだけだ。

 一気に町に入ってドルバック卿の屋敷に向かうのも手だが、果たして怪しまれずに門を通ることが出来るだろうか? 俺が考え込んでいると


「それじゃあ、こういうのはどうだい?」


 ランテスは、何か良いアイデアがあるようだ。

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