第18話 ゼルガ、死す

 町で集めた情報によると、ドルバック卿の別荘の裏山は、元々は誰でも出入りできる場所だったが、3年前に急に領主の許可なしでは立ち入り禁止となったそうだ。


 とはいえ、簡単な柵で遮られただけであったため、こっそり立ち入った者達がいた。

 しかし、そいつらは別荘の人間に見つかり、捕らえられ牢獄に入れられた―― という噂が立ってから、それ以来別荘の裏山に近付く者は誰もいなくなったそうだ。


 その噂自体、人を近付かせないためのフェイクの可能性がある。


――――――――


 アキトはこの情報を『フェイク』と思ったようだが、実際に捕らえられていたのだ。

 そして、その捕らえられた者達こそ、『ゲルナの疾風団』のアジトに『奴隷』として連れてこられた4人だった。


――――――――


 ドルバック卿が、裏山で火炎玉の爆破実験を行っているのは間違いない。そして、その実験を見られないために、立ち入り禁止にしているわけだ。


 つまり裏山は、別荘に近く誰も近寄らない場所―― 俺達が別荘に侵入するには持って来いの場所ということだ。


 夜の山道を明かりもなく移動するというのは、サガロとゼルガにとっては厳しい注文だったが、『家族を助ける』という目的のために必死に俺についてきた。

 それでも――


「少し遅れましたね」


 合流時間に6分程遅れてしまい、アメルダを待たせてしまった。


「すまない」


 俺はアメルダに剣を渡しながら謝る。


「想定の範囲内です。この暗闇では、ゼルガさん以外は、まともに進めなかったでしょうから」


 否、寧ろ一番の遅れの原因がゼルガなのだが……


「それにしても、ゼルガさんとサガロさんが来るのは分かりますが、何故『ハゲさん』まで来たのです?」


「誰が『ハゲさん』だ!」


『禿』がアメルダに怒っているが、お前以外にハゲはいないだろ。


「コイツは、別荘の中を、知っている」


「そうでしたか。ハゲさんは別荘内の案内役というわけですね」


「おいっ! 俺のことを『ハゲ』と呼ぶんじゃねぇ! 俺はアルバートだ!」


『禿』のくせにそんなことで怒るなよ。小さい野郎だ。そんなんだから禿げるんだ!


「では、監禁場所の見当は付きますか? アルバートさん」


「だから! 俺の名前は『ハゲ』だと何度言ったら…… 否…… 俺はアルバートであってるぞ……」


 おーっ! 懐かしい漫才みたいなボケだ。


「で、見当はつくのか?」


「ああ! 人質に逃げられないためには、高い場所に拘束するのが鉄則だ。

 別荘の最上階―― 3階の部屋に監禁されているはずだ。

 間取りは、中央が階段になっていて、東と西に部屋が分かれている。確か3階には東と西に4部屋ずつあったが、2つの家族が同じ側にいるってことはないだろう」


 そうだな。東と西の1部屋にサガロとゼルガの家族が監禁されていて、別の部屋には見張りが控えている―― と考えて間違いないだろう。


 素早く助け出すには、二手に分かれるのが最善か。

 となると―― 俺とゼルガ、アメルダとサガロと『禿』に分かれるのが、戦力的には良さそうだ。


「それで、どうやって敷地内に侵入しますか?」


 別荘は俺達の眼下―― 約20m下、15m前の位置にある。

 一番手っ取り早いのは、ここから飛び降りて、別荘の屋上に着地するという方法なのだが、きっと反対されるだろう。着実に常識を身につけている俺は、そんな常識外れのことは決して言わないのだ!


 2階と3階の部屋から、明かりが漏れているのが見えるが、1階は真っ暗。

 別荘の入口に番人が2人いるが、敷地内の見回りも特に行われている様子はない。


 今まで侵入者など1度も来なかったのだろう。全くの無警戒! 裏山側からなら、そのまま下りるだけで侵入できそうだ。


「そうですね。でも、音を立てないように慎重に行きましょう」


 皆も異論なさそうだ。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ガラス窓を半円に切り、鍵を開ける。


「随分と手慣れていますね。アキト―― あなた普段からこんなことをしてるのではないでしょうね?」


 酷い言われようだ。


 この別荘の窓はガラス製で、エシューゼでは金持ち以外はガラス窓を使っていない。

 ガラスの厚さは大したことないので、簡易のガラスカッターであっさり切ることができる。ガラスカッターは、エレーヌが旅の費用として持ってきていた宝石を、ちょっと拝借して作った―― 泥棒紛いのこと、既にしてたわ…… 勿論後で返すぞ。


 1階には簡単に侵入できた。


 このまま気付かれずに3階まで行ければ良いが、そうは上手くいかない……

 俺達が階段の所に着いたとき、2階の部屋から人が出てくる気配が―― 2人だな。


「私が先に行きます! 皆さんは私が露払いした後に来てください」


 アメルダも気付いているようだし、ここは彼女に任そう。


「使用人かもしれない。殺すなよ」


 一応釘を刺しておく。


「わかっています。私は、見境なく殺すような殺人狂ではありませんよ」


 アメルダは音を立てずに階段を上り、物陰に潜んで見回りが近付いてくるのを待つ。


「あの旦那、気にし過ぎだな。ここに侵入者なんか来たこともないのに」


 ぶつぶつ言いながら近付いてくる見回り―― アメルダに気付かずに、横を通り過ぎた瞬間、後ろから一瞬で頸動脈を絞められ落とされる。


「もう大丈夫です。上がってきてください」


 小声で階下の俺達を呼ぶアメルダ。


 アメルダ、気付いていないのか? もう1人いるぞ!


 俺がアメルダに声を掛けるよりも早く、廊下に設置されている燭台のロウソクに火が点いて、辺りが照らされる。


「侵入者か。俺がいるときに来るとは、ついてない奴だ」


「まさか…… その声は―― ランテスなのか!?」


「ん!? そういうお前は…… アメルダか!? 何故ここにいる?」


「それは、こちらのセリフです! 何故ランテス、あなたがここにいるのですか?」


「決まっているだろ。ドルバック卿に雇われたのさ」


「あなたはドルバックが何をしようとしているのか、知っているのですか!?」


「さあな…… 俺には興味ない」


「あの男は皇帝の暗殺を企て、ゼルガさんやサガロさんの家族も殺すつもりなのです。そのような悪党に、あなたは手を貸すおつもりか!」


「そうだ―― と言ったらどうする? 戦うか?

『元』とは言え『剣王』まで上り詰めた俺に、所詮『準剣王』のお前が!」


 2人の関係がよくわからんが、この男、アメルダの知り合いのようだな。

 ここで足止めされると、俺達の作戦に支障をきたす。


「アメルダ。ここは任せて、先に3階へ行け!」


「そうですね…… ここはゼルガさん、お任せします! ですが、気を付けてください。ランテスは、剣王にまでなった男です。どうかご武運を!」


 アメルダはそう言って階段へ向かった。

 ランテスは邪魔するかと思ったが、アメルダを無視し俺の方へ視線を向ける。


「アメルダ、あっさり、通したな……」


「まあね…… 元とは言え同門だ。殺すのは忍びない。それに―― あいつよりも、お前の方が間違いなく強い! そうだろ? ゼルガさんよ!」


「否、俺はゼルガでない―― アキトだ」


「はっ!? どういうことだ? アメルダの奴、さっき『ゼルガ』って……」


「ゼルガは、俺の後ろにいる、でかいのだ」


「冗談だろ? その木偶の棒からは何も感じないが、お前からはビンビンと危険な匂いを感じるぞ」


 へえー! 流石は剣王―― 俺の力が少しは感じられるか。

 見た目は茶髪のチャラい兄ちゃんだが、腕はかなり立ちそうだ。


「アメルダの奴―― 気配を感じることはできるようになったようだが、未だに相手の力量を読み取れんとは…… 技だけ冴えても、まだまだ未熟」


 ランテスの言う通りだ。アメルダは気配の読みも雑だしな。


「これ以上の長話も何だし、そろそろ―― 始めるか!」


 ランテスはそう言うと、1歩踏み込む。そして同時に


 ヒュン! 風切り音が走った。


「ほう! 今のを躱すか……」


 俺は、ランテスの居合の抜き打ちを、バックステップで躱した。


 ランテスの武器は、サーベルというより日本刀に近い感じだ。

 ランテスの抜き打ちはアメルダ以上に鋭かったが、アメルダが居合を使っていたし、ランテスの初撃も居合だろうと読んでいた。


 ランテスは再び剣を鞘に納めている―― 次も居合で来るのか!?

 対する俺は無手―― 廊下の幅は約2mで、棍を使うには少し狭い。


 ジリジリと俺との間合いを詰めるランテス。

 剣の間合いにしても、まだ距離がある。そのはずだったが―― ランテスは居合抜きの動作を開始した!


 否、剣は抜いていない! フェイント?


 間合いを潰すために前に出た俺に対し―― ニヤリと口元に笑みを浮かべるランテス!


 剣の代わりにナイフが2本、俺に向かって飛んでくる!


 しかし―― 俺は飛来する2本のナイフを右手1本で掴み取った!


「なっ!?」


 一瞬驚愕の表情に変化するも、すぐ居合の体勢に戻り、俺を斬ろうとするランテス!


 しかし―― 剣が抜かれることはなかった。


 俺の蹴りが一瞬早く剣の柄を押さえ、そのままランテスの懐に入り肘を叩き込む。

 動きが止まったところを、追い打ちの投げでランテスを失神させた。


 手応えから2時間は目を覚まさないはずだ。


「よし。上へ行くぞ!」


 俺達もアメルダを追って3階へ急ぐ。

 当初の予定通り、俺とゼルガは東側へ、サガロと『禿』は西側へ向かう。


「アメルダの、援護、してやれ!」


「へいへい。ですが、コイツみたいなのがいない限り、お嬢ちゃんだけで問題ないとは思いますがね」


 まあ、そうだな。


 それに、ランテス級が相手では『禿』が加勢しても厳しいかもな。流石に剣王級を2人も雇ってはいないだろうが……


……


 3階東側―― 北と南に2つずつ部屋がある。


 どれが監禁部屋かは一目でわかった。北部屋の1つに外から閂が掛かっていた。

 北は裏山の見える方向で別荘の外からは見えないので、初めから北の部屋が監禁場所だと思っていたが、これで確実だ。


 南部屋の様子を伺う。


 中には2人―― 下の騒ぎにも全く気付いていないようで、ぐっすり眠っている。

 酒瓶が転がっているのを見ると、敵ながらその職務怠慢さに呆れる。


 結局何の苦労もなく、眠っている2人を縛り上げた。


 部屋を出たところでアメルダがいた。


「そっちは、上手くいったか?」


「ええ…… 呆れるけど、連中眠りこけていました」


 こっちと同じか!


「今向こうでは、サガロさんが家族と対面しているところです」


 そうか! ということは、こっちはゼルガの家族か!


「それにしても―― 流石はゼルガさんです! ランテスを、あのわずかな間に倒してしまわれるとは!」


 うーん。そろそろ本当のことをアメルダに分からせないと、大変なことになりそうな予感がする……


 ゼルガはアメルダの言葉を聞く余裕もなく、乱暴に閂を外し家族のいる部屋に入る。


「誰!?」


 ドアが乱暴に開けられ目が覚めたのだろう―― 中にいた女性が、燭台を片手に恐る恐るこちらを伺っている。両脇には12~13歳くらいの2人の少女。


「リダ!」


 ゼルガがその女性の名前を呼んだ。


 リダ―― そういえば、タマのこと『リダ』って名付けようとしたなぁ。俺はそんなくだらないことを思い出していた。


「まさか…… ゼルガ…… ゼルガなの!?」


 感動の再会!


 そのはずだが、俺はこれから起こる『嵐の予感』を感じていた……


……


「あなた…… ところで、そのお嬢さんはどなたなの?」


 ゼルガの奥さんは、ゼルガの横に寄り添うように立つアメルダのことを尋ねる。


「申し遅れました。私はゼルガさんの第二夫人になる予定のアメルダです。

 不束者ですが、どうか今後ともよろしくお願いいたします」


「あなた…… これは一体どういうことかしら!?」


「ご、誤解だ…… 私の話を聞いて……」


 バチーン!!!


 部屋中に響き渡る平手打ちの音! そして――


「ゼルガ! 私達はあなたのことを信じて、3年以上もこの恐ろしい仕打ちに耐えてきたというのに…… あなたは、こんな若い娘さんと……」


 奥さんが号泣する。


「お父さん! 不潔よ!」「お父さん! 最低!」


 娘2人から発せられた言葉に、ゼルガの精神が砕けた。


 あっ! ゼルガが、死んだ……


 ゼルガは魂が抜けたように、呆然と立ち尽くしている。


 流石にこの状況を放置できるほど、俺は酷い人間ではない。


「ゼルガに裏切られた……」


 そう言って泣き崩れそうな奥さんを支えながら、俺はゼルガの無実を訴える。


「ゼルガは無実だ。アメルダの勘違いで、ゼルガを、好きになっただけだ」


「そんなこと、信じられません! あんな可愛らしい娘さんが、勘違いなどで好きになるはずがありません。きっと、ゼルガが誑かしたのです。

 あの人は昔、女誑しで有名だったのです。きっと昔の悪い癖が出たのです!」


 聞いてびっくり! ゼルガの黒い過去が明るみに!


「奥様! ゼルガさんに失礼です! 私は誑かされてなどおりません!」


 アメルダは強く反発する。


「では、あなたはゼルガの何を好きになったというのです?」


「そんなのは決まっております! ゼルガさんの強さと、素晴らしい観察力です!」


「えっ!? 『強さ』と『観察力』ですって?」


「その通りです!」


 ほほほほほほ!


 急に笑い出す奥さん。


「ご、ごめんなさい…… あまりに可笑しかったものですから、つい……

 その2つはゼルガに最も縁のない物です。

 こんな図体をしていながら子犬すら怖がりますし、私が髪型を変えてもちっとも気付かないような鈍感な人の『強さと観察力』だなんて!」


 そして、今度はケラケラと笑い出した。


「う、そ……」


 アメルダは、奥さんの言葉と不気味な笑い声の前に固まっている。


 そして、俺も…… 怖い……



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 アキト達がサガロさんやゼルガさんの家族を救出するために、ドルバック卿のトルガナの別荘に向かっている間、私は1人で鳥車に残ることになりました。


 私も一緒に行きたかったのに、アキトに「ダリモを守ってくれ」―― そう頼まれましたので「わかりましたわ」と答えるしかありませんでした。


 私がカザナ語を話せたなら、アメルダでなく私がアキトと一緒にトルガナの町へ入って情報を集めたはずだったのに…… もっとマジメにカザナ語を勉強しておくのでした。

 今更後悔しても遅いですが、これからはアキトと一緒に行くために、語学をしっかり勉強しようと心に決めました。


 それにしても心配だわ……


 アキト達が人質の救出を成功させることは疑っていませんが、アメルダにアキトの強さがバレることが心配です。アメルダは私と違って、考えなしでいきなり相手に突進するのですから……


 実は、ゼルガさんが弱くてアキトが強い!


 そのことがバレたら、すぐに「アキトの伴侶になる」と言い出しそうです。


 アメルダを初めて見たときから、嫌な予感がしました。そして、その予感は的中しつつあります。


 あの時の『占い』が示していた悪い運勢は、『アメルダ』のことだったのかも……


 アメルダは私よりも語学が堪能です。

 私よりも剣の腕が立ちます。

 私よりも悪知恵が働きます。

 私よりも積極的です。

 第三夫人の娘とはいえ、カザナック帝国第一皇子の娘で、権力もあります。

 私がアメルダに勝る部分は、美しさ以外見つかりません。


 このままでは、アキトをアメルダに奪われるかもしれないわ……


 このような悪いことばかり考えてしまうのは、こんな所に1人でいて退屈だからですわね……


 何か気を紛らわせるものはないかしら?


 あっ! これ、アキトの荷物ですわね! 

 何が入っているのかしら? ちょっと覗いてみようかしら。


 男物の下着―― お父様やお兄様と同じような物なのに、アキトのだと思うとちょっとドキドキするわ。


 嫌だ…… 私としたことが、はしたない!


 でも、もっと探してみようかしら。


 この下着だけ、ちょっと形が違うわね。

 他にも変わった物がないかしら。


 あら? これは何?


 まあ! これは!


 うふふ、ちょっと借りておこうかしら!

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