第17話 彰人、アメルダの欠点に気付く
俺はいつものように4:30に起床する。
身体に染みついた生活リズムは、エシューゼに来ても変わらない。
いつもなら、道着を着て朝稽古をするのだが、カザナック帝国領にいる間は、できる限り目立ちたくないので、マルデオに貰った一般的町人スタイルのままでいる。
俺は朝稽古の代わりに、昨夜のお礼の意味も込めて、皆が寝ているうちに村長宅の納屋に積まれていた薪割をする事にした。
ところが今朝は、俺以外にもこんな時間に起きている人がいた。
ビュン! ビュン!
聞こえてきたのは風を切る素振りの音―― アメルダが剣を振っている。
流石、剣王を目指しているだけあり、剣の稽古は真剣そのもの。
アメルダの素振りを見ながら、俺は昨日の彼女の戦いの様子を思い浮かべる。
彼女の剣はサーベル―― それを左右の腰に1本ずつ帯刀していた。
彼女は走りながら左右の剣を抜刀し、同時に盗賊を斬り捨てた。
走りながらの抜刀―― これだけでも高難度なのに、更に抜きながら斬るという居合まで同時に成していた。お世辞抜きで天才的な技量と言える。
しかし、彼女の剣に全く欠点がないわけではない。
彼女の剣のスタイルは二刀流なのだが、抜刀した後は右手に持った剣を振るスピードに比べ、左手側は若干スピードが落ち、剣の軌道にもわずかなブレが感じられた。
アメルダは恐らく右利きで、左の膂力が少し劣っている―― 目の前で行われている素振りを見て、それは確信となる。
彼女が今よりも高いレベルに到達するには、左手を右手に劣らないレベルで使いこなす必要があるのだが―― 彼女は自分の左手の欠点に気付いていない。
彼女が今行っている練習は、実戦を想定してのシャドーボクシングのようなものだ。イメージの中の敵を何度も打ち倒している。
彼女の動作は、洗礼された無駄のないものとなっているが、彼女がイメージしている相手は、既に彼女よりも劣っているのが感じられる。
今の練習は、彼女にとってあまりプラスになっていない。上を目指すなら、彼女は左手を鍛える訓練をするべきなのだ。
残念ながらアメルダは俺のことを料理人と思っているようなので、俺がそのような忠告をしても聞き入れないだろうし、怒らせるだけだろう。
まだまだ素質を伸ばせる可能性を秘めながら、間違った練習法のためにこのままでは当分実力UPが望めない―― 実に勿体ないことだ。
何かいい方法がないだろうか?
それを考えながら、俺は黙々と薪を割っていく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺達は、村長宅で朝食をいただく。
「皆さんは昨日は南にある林道を迂回して、この村まで来られたのですよね?」
村長が徐にそんなことを尋ねてくる。
「否、林道を通ってきた」
俺がそう答えると
「本当でございますか! ということは、あの噂は間違いだったということですか!」
「噂?」
「いえ、南の林道に盗賊が出る―― そういう噂が流れていたのです。
実際村に来る行商人の数が減っていたので、近々町へ調査の依頼に行かねば、と考えておりましたが、あなた方が何事もなく来られたということは、噂が間違っていたということで、ホッとした次第です」
「盗賊なら、いたぞ」
「えっ!?」
「心配いりません。盗賊なら私とゼルガさんで既に退治しています。
ですが、町には行っていただけると助かります。盗賊共の死体を片付けて頂く必要がありますので」
村長は、口をあんぐりと開けたまま絶句している。
「村長?」
俺の呼びかけに、ようやく反応し
「し、失礼を…… それは、何とお礼を申し上げてよいものか」
「そんなことは、気にしなくていいです。
それよりも先ほど頼みました死体の片付けの方はお願いいたします。
まあ、放っておけば動物の餌になるだけですが、早く役人に知らせて、林道が安全になったことを宣伝した方がよろしいでしょう」
「ええ、勿論でございます! そうさせていただきます!」
そういうこともあって、俺達は村長の好意で食料の補充まで済ませた。
流石に
「ありがとうございました。帝都に戻りましたら、タザの村のことを商人仲間にも伝えておきます」
アメルダはしれっと嘘を吐く。
俺は愛想笑いを浮かべ、心の中で騙していることを謝罪する。
「いえいえ。こちらこそ、いろいろありがとうございました」
村長は満面の笑みで俺達を見送ってくれた。
……
トルガナへ行くために、俺達はメルソル山脈を越えるルートを取る。
その鳥車の中
「アメルダさん」
「何でしょうか? ゼルガさん」
「あなたは右利きですね」
「ええ、そうですが―― それが何か?」
「いえ、少し気になったもので」
そう言いながらゼルガは俺の方をチラッと見る。
俺は目で合図を送る。
そう! 俺はアメルダの欠点を指摘する役目をゼルガに任せたのだ。
彼女はゼルガを達人と思い込んでいるからな。
「あなたの左手の動きが、右手に比べ僅かながらぎこちなさを感じたものですから」
「!! ほ、本当ですか!?」
「え、えぇ…… まぁ……」
ゼルガ、もっと自信満々に言うんだ! 俺はそう目配せする。
「まさか、そのような違いが……
たった1度見ただけで、あなたは私の欠点を見抜いた―― そういうことですか?」
「そ、そういうことだ。左手をもっと集中的に鍛え、右手に劣らない剣の扱いができるようになれたなら、あなたは今よりずっと強くなるだろう!」
よし! ゼルガが、俺が教えたとおりのセリフをアメルダに伝えた。
ん!? アメルダの両肩が上下している? まさか―― 怒らせてしまったのか!?
マズイ……
すまんゼルガ―― 俺のせいでアメルダの怒りを買ってしまった。
俺がそう思っていると
「ゼルガさん! あなたは何というすごい方なのでしょう!
今まで誰も気付かなかった私の欠点を指摘してくださるとは!」
ああ良かった。怒ったんじゃなかった。
「決めました! ゼルガさん! 私はあなたの伴侶になります!」
「えっ!?」
あぁ―― アメルダ最大の欠点は、この猪突猛進な性格かもしれない。
……
あの後、アメルダをなだめるのが大変だった……
ゼルガは自分が拳闘士でも何でもなく学者であること、欠点に気付いたのが俺であることを暴露したが、アメルダがそれを信じることはなく、
「私のことが、そんなに嫌いなのですか!?」
美少女のウルウルした目で見つめながらのこのセリフ―― 破壊力抜群だ。
「私には妻も子供もいるのです!」
ゼルガ必死の抵抗。
「問題ありません! 私は愛人でも構いませんので!」
これは、正直羨ましい…… かも?
「アキトさん、何とかしてください!!」
無理だな…… アメルダは俺の言葉なんて信じないし。
鳥車の外は何のトラブルもなく進んでいるが、中は恐ろしい修羅場と化すのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
時刻は午後2時――
「アキト、どうするの?」
エレーヌの問いに、俺は未だ答えを出せていない。
温泉地であるトルガナに、旅行者が訪れるのは当たり前のことなのだが、ダリモの鳥車で―― となると途端に『珍しい旅行者』となって、目立ってしまうのだ。
トルガナは、ドルバック卿の治める町の1つであるために、『禿』やサガロ、ゼルガの顔を知る手下がいる可能性も高く、おいそれと門に近付くことができない。
そのため、俺達の鳥車はトルガナから少し離れた山の上に留まっている。
アメルダとはトルガナで別れる予定だったが、彼女が俺達―― というよりゼルガについて来ると言い出したので、結局今も帯同したままだ。
――――――――
結局、ゼルガにとっての修羅場がどうなったかというと――
俺はゼルガには悪いが、途中でアメルダの説得は諦め、口をはさむのをやめた。
エレーヌはカザナ語のやり取り自体がわからないので、最初から完全無視。
サガロは鳥車の中では、基本研究資料や本を読んでいて、我関せずを貫く。
『禿』は、ニヤニヤしながらアメルダとゼルガのやり取りを聞いていたが、口出しは一切しない。
当のゼルガは、何を言っても聞き入れないアメルダの相手をすることに疲れ果て、魂が抜けたような状態になった。
――――――――
「それで―― あなた達は、何の目的でトルガナへ来たのですか?」
勿論俺達は、『ドルバック卿』に監禁されているサガロとゼルガの家族を救出するためにここまで来ているのだが、門に近付くことができずに困っている。
そして、その打開策を話し合いたいのだが、アメルダがいるために、それもやり難い状況なのだ。
「トルガナには旅行で来られたとばかり思っていましたが、こんなところで留まっているということは別の目的がある―― そういうことですよね」
そりゃ気付くよな。俺達がただの旅行者でないことに……
アメルダに俺達の『人質救出計画』を話すべきだろうか?
アメルダが俺達の計画を聞いた後、どう行動するかは『賭け』となる。
アメルダが計画の手助けをしてくれるなら、それは結構な戦力となるだろう。
しかし、アメルダの故郷がトルガナの近くということは、アメルダはドルバック卿の治める領民の可能性があり、もし彼女が俺達のことを『信用できない』と考えたなら、敵に計画が伝わる恐れがある。
俺がどうするか悩んでいると
「ええ、そうよ! トルガナには、『ドルバック』とかいう頭のいかれた領主に監禁されているサガロさんとゼルガさんの家族がいるから、その救出に来たのよ!」
おい! エレーヌ!
少しは言葉を選べ! いきなり俺達の目的を全部ばらすなよ……
「それはどういう意味ですか? この地方の領主である『ドルバック卿』の頭がいかれているなんて!?」
ほら! アメルダが俺達を訝しく思うだろ!
「エレーヌさん! その通りです! あの男、ちょっとおかしいそうなのです!
やたらと権力に固執して、『今に見ていろ』とかしょっちゅう呟いている―― とお父様が言っておられました」
オイオイ…… 曲がりなりにも貴族を捕まえて『あの男』呼ばわりって!
これってバレたら、不敬罪で死刑―― とかになるんじゃないのか?
「そんなこと言って、大丈夫なのか?」
「アキトは気が小さい男ですね。大丈夫ですよ―― 言っていませんでしたか? 私のお父様は、カザナック帝国第一皇子なのです。『ドルバック』のような下っ端とは格が違うのです」
なんだってえぇぇ!? アメルダ―― お前、もしかして『お姫様』なのか!?
それにしては、自由過ぎるだろ。
「まあ! それではアメルダはお姫様なの? 全然似合っていないわね」
エレーヌ、正直すぎるだろ! これこそ不敬罪になるぞ。
「そうですね! と言っても私はお父様の正妻の娘ではなく、第三夫人―― 所謂妾の娘ですので、姫と呼ばれることもありませんし、束縛も全くありません。
ですが、お父様は勿論ですが第一・第二夫人もお優しい方ばかりで、何不自由なく過ごしております」
正直驚かされたが、よくよく考えれば只の町娘が3カ国語を話せたり、帝都の有名料理店の味を知っていたり、馬を与えられて1人旅とか、簡単にはできないよな。
それにアメルダが、ちょっとした
どうやらアメルダには俺達の計画を話して、協力を求めてもよさそうだ。
……
「なるほど、そういうことですか…… ドルバックの皇帝暗殺計画を知ってしまったゼルガさんとサガロさんを捕まえるために、お二人の家族が拘束されているわけですね」
俺は、『火炎玉』の事を伏せて、アメルダには少し状況を偽って話したのだが、それは火炎玉製造に協力したサガロとゼルガが、罪に問われないようにするためだ。
そのせいで、2人がどうやって逃げたのか? 何故俺達が2人に協力しているのか?
とか、いろいろ矛盾点が生まれてくるのだが、そこは言葉を濁して誤魔化した。
アメルダから見れば、俺の説明は胡散臭さが感じられるはずだが、ドルバック卿に良い印象を持っていないことに加え、ゼルガの手助けができるということで、好意的に解釈してくれたようだ。
「トルガナの町に入りたいけど、門を通るとバレる恐れがあるのですね」
「そうだ。それで、顔の割れていない、俺とエレーヌが、町へ入る。問題は、俺達は町に詳しくない」
「そうですね…… でも、エレーヌさんは論外として、アキトの片言じゃあ、他人と話をして情報を得るのは難しそうですね。
わかりました! 私とアキトで町に入りましょう。
そして、中の情報を得たら1度私かアキトがここに戻って、侵入場所に向かう―― 暗くなってから壁を越えて、町の中に入るつもりなのですよね?」
流石アメルダ! 頭が回るから俺が説明する必要がほとんどない。
比べちゃ悪いがエレーヌではこうはいかないだろう。しかし――
「アメルダ、顔バレしないか?」
「大丈夫です。第一皇子の娘と言っても、私は第三夫人の子供ですから、公の場には顔を出したこともございませんので、バレる心配はありません」
「わかった。アメルダと一緒に行こう」
「わかりましたわよ…… 私じゃ役に立ちませんものね」
エレーヌは少し―― 否、かなりご機嫌斜めなようだが、何か気に障ることでもあったのか? 俺には心当たりがないが……
「それでは、私とアキトで町へ行って参ります。
ゼルガさん、ご安心ください!
あなたの家族は、言うなれば私の家族も同然です。絶対にお助けしますので!」
あぁ、アメルダはやっぱりゼルガのこと、諦めてないのね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アメルダのおかげで、助かった」
「そうですか。力になれて良かったです。
それに、アキトには借りがありますから、気にしなくていいです」
本当にアメルダのおかげで情報収集は順調だった。
ドルバック卿の別荘に何人滞在しているのか、どういう者達がいるのか、町の見回りがどのように行われているのか、何時頃まで行われるのか―― 俺の知りたい情報を、世間話をしながら自然と聞き出してくれた。アメルダが『美少女』ということもあり、皆警戒心を抱かないというのも大きな要因だろう。
別荘についてわかったことは、常時別荘に出入りしているのは、使用人と思われる男女が2人ずつと、ちょっと怖そうな常に武器を持った男達が7~8人いるそうだ。
出入りしている人数に比べ、買い込む食材が多いことから、『他にも人がいるみたい』と噂が囁かれている。
その他にも、時々訪ねてくる連中が3~4人いて、ドルバック卿も4カ月に1度くらいは訪れるらしい。
そして、ドルバック卿が来ているときには、決まって山の方で大きな音と【リザット】の死体が出るので、住民は不気味がっているそうだ。
――――――――
【エシューゼ豆知識】
リザットとは、成体で体長2mから2.5m程のアリザットの小型種。
生息地は山間部の川辺で多く見られる。
アリザットに比べ大人しい性格で、余程深くテリトリーに入らない限りは、危険度はそれほど高くない。
――――――――
「じゃあ、俺は1度、皆の所へ戻る」
「わかりました。それでは、午後10時に例の場所で落ち合いましょう。
それから、私の剣を忘れずに持ってきてください」
俺はサムズアップして応える。
「何ですか? その親指がどうかしましたか?」
こういうのが伝わらないのが、俺にここが異世界だと思い出させる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
午後9時過ぎ――
トルガナの門が閉ざされ、町の外が闇と静寂に包まれたのを見計らい、俺達の鳥車は昼間の内に決めておいた『壁越え地点』へ移動する。
ここを壁越え地点に決めたのは、見回りの時間が終った直後で、次の見回り時間が5時間後であることと、壁の近くに結構立派な木が立っているから―― 木にロープを掛け、縄梯子を壁沿いに垂らすという、最も単純で確実な壁越えを敢行する。
まずは俺がロープを持って壁を駆け上る。
そして、町の中の目標にしておいた木の幹にロープを引っ掛けて固定した後、ロープに縄梯子をつけて壁の外へ垂らす。
後は、順番に縄梯子を使って登るだけだが、それでも10m近くある壁を越えるのは一苦労で、それなりの時間を食うだろう。
エレーヌくらいなら、俺が抱き上げて壁を越えることも可能だが、ゼルガや『禿』を抱き上げるのは嫌だしな。
今回エレーヌには鳥車で待機してもらうことにした。
ダリモを守るため―― という名目をつけて渋々認めさせたが、実際は『禿』の占いのこともあって危険を避けたかった、というのが本音だ。
思った通り、壁越えは中々大変だった。
何せ月明りだけが頼りで、暗闇の中手探りで行うのだから、かなりの恐怖だろう。
それでも『禿』は、普段から登り慣れているのでスムーズにいったが、サガロとゼルガは苦労した。特に重量のあるゼルガは泣きそうになりながら、必死に縄梯子を登り、壁を越えた後は地面にへたり込んだ。
ゼルガのこの情けない姿をアメルダが見れば、一目でゼルガが達人拳闘士でないことに気付くだろうが、幸か不幸かアメルダは今ここにはいない。
合流時間の10時が迫っている。
俺達は休む間もなくアメルダとの合流場所である『別荘の裏山』に向かうのだった。
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