第16話 アメルダ、無双

「エレーヌさんは、随分お金持ちなのですね」


 アメルダは、俺達の乗っている鳥車を見てそう言った。


「カザナック帝国でダリモの引く車に乗る事ができる人なんて、貴族や富豪の方くらいですよ! しかも、3羽のダリモで引く鳥車となると、伯爵以上の貴族か大富豪と呼ばれる方しか乗っていないはずです」


 そうなのか!?


 今まで全然気にしていなかったが、これはちょっと不味いかもしれない。トルガナに入ったら、何もしていなくても目立ってしまう。


「それに、あなた方は不用心すぎます!」


 アメルダは俺達―― 特にエレーヌに説教を始める。


 ダリモの鳥車に乗って旅をするということは、それだけで盗賊や山賊などに狙われる確率が高くなるそうだ。

 それなのに、エレーヌに付いているのが、御者=『禿』に従者=サガロと料理人=俺、そして護衛=ゼルガの1人だけで、護衛が少なすぎる。

 腕の立つ護衛を3~4人は用意しないと、トルガナまで行くには危険―― ということらしい。


 俺達の身分を勘違いしている部分もあるが、言いたいことはわかる。


「でも、あなた方は運がいいです! 同乗させていただくお礼に、私が護衛を引き受けますので、大船に乗った気でいてください!」


「随分剣の腕に自信がおありなのね」


 エレーヌがジト目がちにアメルダを見ながら言う。


「ええ、勿論です。私はカザナック帝国3大剣術の1つ【バルード流】の【準剣王】の称号を持っていますので」


「ほう! その若さで『準剣王』とは大したもんだ!」


『禿』が感心している。


「準剣王?」


 俺が聞いたことのない称号だ。


「剣術の位です。最高位が剣神で、その下に剣聖・剣王・準剣王と続きます。

 料理人のアキトは知らないかもしれませんが、剣士にとっての常識です。

『バルード流』では、準剣王の称号は十万を超す剣士の内の百位以内でないといただけないのです」


『バルード流』の強さが分からないが、10万中の100ならかなりの上位と言える。それなら自信があるのも頷ける。


――――――――


【エシューゼ豆知識】

 エシューゼでは、剣術の位は全流派共通で、どの流派でも下から『初級―下級―中級―上級』となっている。


 初級は剣術を習い始めて1年未満の初心者で、初級と下級で全体の5割を占める。

 中級は下級を卒業できた者がなれて、全体の3割強を占める。

 上級に至る者は全体の2割足らずで、称号位を許される者はその内の僅か一握りだけということだ。

 剣神は、基本流派のトップが持つ称号で名誉階級のようなものなので、実質的な最強は剣聖といえるそうだ。


 ちなみに、バルード流ではないが、エレーヌは中級、ラークマンは剣王の称号持ちらしい。どうでもいいが、『禿』は我流なので級は持っていない。


――――――――


「それからエレーヌさん。初めに言っておきますが、私はアキトの料理には感動しましたが、アキト自身には全く興味ありません」


 ん!? それ言う必要あるか?


 興味ないなら、ほっといてくれよ…… アメルダはエレーヌにも引けを取らない、紛うことなき『美少女』だ。その美少女にそんな宣言されるような、嫌われる行為をした覚えはないぞ?


「えっ!? 本当に!」


 ところがエレーヌはアメルダのその発言に、パッと表情が明るくなる。

 エレーヌは、俺が誰かに嫌われると嬉しいのか?


「ええ。私は自分より弱い男性には、全く興味がありませんから!」



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 時刻は午後4時前――


 ようやく雨が上がった。少し遅くなったが、俺達は集落跡を出発する。


「雨上がりの道ですから、ぬかるんでいて、あまり飛ばせませんぜ」


『禿』の言う通りだが、食料の補充もしないといけないので、今日中に【メルソル山脈】の麓にあるという村まで辿り着いておきたい。


「村の閉門時間、分かるか?」


「午後8時だったはずですが、この速度じゃギリギリってとこですぜ」


「『村』というのは【タザ】の村のことですよね? 閉門時間までにあそこに着くためには、途中林道を通ることになりますね…… 最近、あの辺りは盗賊が出るという噂がありますので、気を付けないといけません」


 アメルダが忠告する。


「アキト。盗賊が出ても、戦うのはアメルダにお任せするように!」


 エレーヌ? 俺に『戦うな』とは、どういうことだ?


「ええ、当然です! 料理人は、大人しく引っ込んでおきなさい。

 そこのあなた! えっと…… ゼルガさんでしたね。盗賊は私が退治しますから、あなたは皆を守るようにお願いします」


「私に何か?」


 いきなり名前を呼ばれたゼルガが驚く。


「あら? あなたはレミル語はダメなのですか? もう! めんどくさいわね!」


 そして、もう1度カザナ語で説明するアメルダ。


「えっ!? 私が皆さんを守るのですか? アキトさんでなく?」


 戸惑うゼルガ。


「当たり前です! しっかりしてください!」


「はっはっはっ!!」


 2人のやり取りを聞いていた『禿』が、御者台で笑い出す。


「ゼルガさんよ! しっかり頼んますぜ。はっはっはっ!」



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 鳥車が林道に差し掛かろうとする頃、日は大分傾き辺りは薄暗くなっていた。


 ああ、いるな!


 木の上に2人、木の陰に隠れて左に6人、右に5人―― 噂の盗賊団のお出ましだ。

 鳥車が林道に入るのを息を潜めて待っているようだ。


 林道に入ると更に暗がりが増し、ロウソクの明かりだけでは、辺りの様子はほとんど分からない。


「どうやら噂は本当だったようです」


 アメルダも盗賊の存在に気付いているようだ。


「全部で10人―― といったところです。ゼルガさん、ここはお任せします!」


 言うが早いか、アメルダは鳥車を飛び出し闇の中に姿を消した。


 微妙に人数を間違えているが、大丈夫か?


……


 鳥車の前を塞ぐように飛び出してきた盗賊が5人。


「フフフ―― 命が惜しかったら、その車から降りて金目の物を置いていきな!

 言っておくが、逃げようとしても無駄だ。ここは俺達の庭のようなもの。どこにも逃げ場はない!」


 後ろからも5人現れた。

 木の上の2人ともう1人は、俺達の様子を見張っているのか、じっとしている。


「アレー! どうか、命だけはお助けくだせー!」


『禿』が、感情の籠っていない棒読みのセリフ丸出しで演技をしたが―― 流石に下手すぎるだろ! 全然怖がっていないのが丸分かりだぞ!


「フフフ―― 大人しくしているなら、命だけは助けてやる!

 但し、男は奴隷として売り飛ばし、女は―― 俺達がじっくりと楽しんだ後に、売りに出すがな!」


「ヒエー! そんな恐ろしいことは言わずに、どうかお許しをー」


『禿』よ…… いつまでその下手糞な演技を続けるつもりだ?


「だったら、さっさとそこから降りな!」


 それよりも、盗賊共はこの演技で、本気で怖がっていると思っているのか?

 きっと思っているんだろうな…… そうでなければ、俺なら『禿』をとっくに斬り捨てているわ!


 完全に油断している盗賊共の背後から、忍び寄る影が1つ―― アメルダだ!


「敵だ!」


 木の上の盗賊がアメルダの接近に気が付き、仲間に知らせる―― しかし


「遅い!」


 5人の内3人が振り向く間もなく斬り捨てられる。


「くそっ!」「なめやがって!」「鳥車の中の連中を始末しろ!」


 盗賊共の怒声が響く。


 残りの2人がアメルダに斬りかかる!

 しかし、アメルダの動きは圧倒的に速い。


「ウゲッ!?」「ギャッ!?」


 剣を合わせることもなく、アメルダは2人の斬撃を躱し、すれ違いざまに2人を斬り捨てる。そして、そのまま鳥車に接近しようとしている後ろの5人の方へ走る!


 木の上にいた盗賊2人が、アメルダに矢を射ようとするが―― 盗賊共は何かの攻撃を受けたのだろうか? 矢を射ることなく木から落下した。


 鳥車に近付く盗賊は右側から3人、左側から2人―― アメルダは右側の3人の方へ向かう。

 右側の盗賊共はアメルダの接近に動揺し、「ひっ!?」と短い悲鳴を上げて、逃走しようとする―― が、残念ながらアメルダのスピードがそれを許さない!


 あっさりと追いつき、躊躇なく斬り捨てるアメルダ!


 と同時に


 ドン!!!


 衝撃音と共に、鳥車に近付いていた左側の盗賊2人が、凄まじい勢いで吹っ飛んで、林の中に隠れていた最後の1人と衝突!


 盗賊共は全員戦闘不能となった。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「どうでした? 俺の演技は?」


「なかなかやりますね! 盗賊共は完全に騙されていましたね」


 俺達は、事前に盗賊に襲われた時の打ち合わせをしていた。


 盗賊の存在に気付いたら、アメルダが鳥車を降りて暗闇に紛れて、盗賊共に気付かれないように背後に回る。

 盗賊は絶対に鳥車の前後を塞ぎ、威嚇しながら近付いてくるから、御者の『禿』が恐怖する演技をして、相手を油断させると同時にアメルダが背後に回るまでの時間を稼ぐ。


 後はアメルダが盗賊共を蹴散らすので、俺達は鳥車の中に隠れている。

 念のため、鳥車に近付いてきた盗賊の対応はゼルガがする。


 そういうことになっていた。というか、アメルダが勝手にそう決めた。


 それにしても、あの盗賊、ちょろ過ぎるだろ!


『禿』のあの演技に怪しさを感じなかったのが、未だに信じられない。


「それにしても、ゼルガさん! 貴方は、相当な強さですね!」


「えっ?」


「あの盗賊2人を、凄い勢いで吹っ飛ばしました! 剣を所持していないようでしたので心配していたのですが、あなたは拳闘士だったのですね!」


「い、否…… それをやったのは私では……」


 勿論、盗賊2人を倒したのは俺なのだが、アメルダからは見えていなかったので、ゼルガがやったと思い込んでいる。

 ゼルガが否定しようとするのも聞かず、続けざまに


「それに、あの木の上にいた2人―― 私でも気付いていなかった者達を倒したのもゼルガさんですね! 正直、あなたの実力を見くびっておりました」


 勿論、その2人を倒したのも俺だが、アメルダの勘違いは止まらない。

 そして、エレーヌに向かって


「なるほど! エレーヌさんの護衛がたった1人だけ―― というのはおかしいと思っておりましたが、ゼルガさんほどの達人が付いておられれば納得です。

 私は拳闘士のことは詳しくないので、ゼルガさんのことを存じ上げておりませんでしたが、きっと高名な拳闘士なのでしょうね」


「ええ、勿論そうですわ! ゼルガさんがいますので、私達は安心して旅行ができるのですわ!」


 エレーヌまで!? アメルダの勘違いを助長させるようなことを言うとは……


 そして、アメルダは再びゼルガに向けて


「『剣こそ最強』という私の信念は揺るぎませんが、1度ゼルガさんには手合わせをお願いしたいと思います!」


「勘弁してください……」


 ゼルガが泣き出しそうだ。


 それは兎も角


「アメルダ。躊躇なく、盗賊殺したな……」


 アメルダは、彼女が斬り捨てた8人だけでなく、俺が倒したまだ生きていた5人も、あっさりと止めを刺した。


「当然です。あのような連中は、生かしておく意味がありません。

 それにどうせ捕まったら処刑されるだけなのですから、役人の手間を省いてあげただけです」


『悪即斬』か…… やっぱり、ここはそういう世界なんだな。


「アキトは甘いですね。やはり私には興味のない種類の人間です」


 その言葉を聞いて、エレーヌが『したり顔』をして喜んでいるような?


「盗賊で思い出しましたが、ゲルナンドでは『ゲロのしっぺい団』とかいう盗賊団が暴れているそうですね。その内、腕試しに連中の退治に行きたいと考えております」


「『ゲルナの疾風団』だ!」


『禿』が全力で訂正する。


「そんな名前でしたか? まあ、盗賊の名前などに興味ありません。

 あんな連中はゴミ以下の存在ですが、剣王の位を得るには、剣の腕を磨くのは勿論ですが名の通った盗賊団などを潰して名を上げることも必要なのです。そのためだけに私の役に立ってもらいます」


 それは残念! もう少し早く腕試しに行ってたら『盗賊退治』で名を上げることができたかもしれなかったのにな。


 アメルダ VS 『禿』か……


 どっちが勝つかな? 結構いい勝負な気がする。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 タザの村に、ぎりぎり閉門前に入ることができた。


 町とは違って随分小規模な門だった。

 それに村を囲む壁も、石が積まれて比較的しっかり作られている部分は、高さ2mもなく上の部分は木や竹などで作られている。ミドサウロスのような巨大恐竜に襲われたら、ひとたまりもないだろう。


 門の前に待機していたのも、門兵というより普通の村人ABという感じだった。実際、村人が門番を交代で行っているのだろう。


 タザの村の人口は約200人―― これくらいの規模が、エシューゼの標準的な村の人口らしい。


――――――――


【エシューゼ豆知識】

 エシューゼでは、50人未満は集落、500人未満は村、500人以上から町という扱いになるのだが、人数がきっちり把握されていない場合がほとんどで、かなりアバウトに呼ばれているみたいだ。


――――――――


 こういった村には、宿がない場合がほとんどで、そんな場合は、旅人は『村長の屋敷に一泊させてもらう』というのが一般的らしい。


 というわけで、俺達は今、村長の屋敷に挨拶に伺っている。


「よくおいでくださいました。何もない村でございすが、どうぞ、ごゆっくりお寛ぎください」


 村長は50代半ばのちょっと脂ぎったおっさんだ。

 俺達は、いきなり押しかけたというのに、随分丁寧に迎えてくれている―― が、少し迷惑に思っているような雰囲気を感じる。


「それにしても、ダリモの鳥車など初めてお目にかかりました。

 失礼でございますが、あなた様方はどちらの貴族様でございましょうか?」


 ああ、俺達を貴族と勘違いしているのか。


 それで、そんなに畏まっているわけだな…… さて、どう答えよう?

 嘘を付いてばれると面倒だし、旅行者と答えておくか。


「私達は、ソルドーラから帝都に戻る途中の商人でございます」


 アメルダが勝手に答えだす。


「帝都の商人! それはそれは……」


 村長の目が輝いて、モミ手をしているのを俺は見逃さない。


「離れに料理をご用意いたしますので、そちらでお寛ぎください」


……


 俺達は『離れ』の部屋に案内された。


「どういうことだ?」


「アレでいいのです……

『貴族』なんて答えると相手に警戒されて、ややこしいことに成りかねないし、只の『通りすがりの旅行者』じゃあ、ぞんざいな扱いをされるだけです。

 こういう村は、商人とのコネを持ちたがっているので、あのように答えるのが一番得なのです。

 例えば―― この村が、帝都からソルドーラに行く商人達の宿場になったら、一気に潤うことになるのです。だから、帝都の商人と言っておけば、手厚く歓迎されるのです」


 はぁ、そういうものなのか! 勉強になる。


「アメルダ。お主も、悪よの!」


「何ですか、それは? この程度のことで『悪人』呼ばわりしないでください。

 この程度の嘘を見抜けない方が悪いのです。

 尤も、ダリモの鳥車なんかに乗ってたら、誰だって貴族か金持ちの商人だと思いますけどね」


 ほどなくして、部屋に料理が運ばれてきた。

 遅い時間にもかかわらず、結構手の込んだ豪勢な料理が用意された。


 騙しているようで少し心が痛む。俺は善人だからな…… 否、気が小さいだけか。

 他の連中は、全く悪びれる様子もなく遠慮なく食べている。


 綺麗サッパリ食べ終えた後に、


「アキトの料理の方が、遥かに美味しいわね」


「ええ、本当にそうです」


「あぁ、もの足りねぇな」


 お前ら…… そんなことを言うのは止めろ!

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