第15話 彰人、怪しい気配に気付く
雨――
俺がエシューゼに来て初めての雨だ。
俺は雨に濡れたくないので、今日の御者台は『禿』に任せている。
「アキト!? さっきからずっと私のことを見ているけど、私の魅力に『釘付け』なのかしら?」
「ああ?」
エレーヌの言葉に曖昧な返事を返す俺―― 勿論、そんなことはないのだが、俺は昨日寝る前の『禿』の言葉を気にしていた。
「お嬢ちゃんには言わなかったが、あんたには伝えておく。さっきのお嬢ちゃんの占いだが、『死』の暗示が出ていた…… それも、これから7日の内に。
勿論、占いは外れることもあるが、今回のは割とはっきりとした暗示が出た。
気を付けてやることだ。あんたなら、お嬢ちゃんの悪い運勢を跳ね返すこともできるだろうから」
そんなことを言われた。
「エレーヌ。これを持ってろ」
俺は、エレーヌに懐中時計を渡す。
これは、マルデオに謝礼として貰った物で、かなりの高級品――『珍しいもの』といえる代物だ。それに、シンプルで無骨なその形状は『男物』と言えるだろう。
『禿』の占いによると、エレーヌのラッキーアイテムは『珍しい物』で、更に『男物』なら効果UPらしい。気休めくらいにはなるかもしれない。
他に『珍しい男物』といえば、俺の履いている『トランクス』くらいだが、流石にそれは渡せない。
言っておくが、トランクスはちゃんと洗っているし、エシューゼの下着もマルデオから貰っているので、同じのをずっと履き続けているわけではない。
「それを首から掛けて、胸のポケットに、しまっておけ」
「どうしたの? これってかなりの高級品ですわ! もしかして、私への愛のプレゼントかしら!?」
「違うわ!」
プレゼントでもないし、その『愛の』って何だ?
「プレゼントではないが、マカラに戻るまで、預かってくれ」
「なーんだ。つまらない……」
エレーヌは、ちょっとがっかりしたみたいだが、それでも嬉しそうに俺の懐中時計を首に掛けて、左胸のポケットにしまった。
……
俺達の目的地であるトルガナは、ソルドーラから北東へ150km程の位置にある。
途中に山越えをする必要があり、通常の馬車なら4日以上かかる道のりだが、軽量の鳥車を3羽のダリモに引かせた俺達の鳥車なら、最短2日での到着も可能な距離だ。
しかし、今日は生憎の雨のために道はぬかるみ、ダリモでもこの悪路ではスピードは出せない
ゴロゴロ…… ドーン!
遠くで落雷の音が響く―― 雨も更に強くなり、視界も悪くなってくる。
「こりゃ、たまんねえわ…… アキトさんよー、どっかで雨宿りしませんかい?」
そうだな。流石にこの天気では、どこかで雨の止むのを待つ方がいいだろう。
俺達は鳥車の中にいるから濡れはしないが、ダリモ達が可哀そうだな……『禿』は一応合羽を着ているが、この雨ではあまり役に立たないだろう。
尤も、『禿』がずぶ濡れになろうがどうでもいいが。
「この辺りに、人里はないか?」
「確か、少し行ったところに集落があったはずです。でも、3年以上も前のことだからなぁ…… 今もあればいいんですがね」
小さな集落は、いつの間にかできて、いつの間にかなくなっているということがよくあるようだ。
仮に人が居なくても、建物だけでも残っていれば、雨宿りくらいはできるだろう。
「そうか…… とりあえず、行ってくれ」
「わかりやした」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
集落―― 正しくは『集落跡』は、すぐに見つかった。
簡単な建物が5件残っているが、どれもかなり朽ちた様子だ。
「誰もいないようですね……」
『禿』はそう言ったが、俺はこの集落に着いたときから、人の気配を感じている。
今そいつは、建物の中から俺達のことを見ているに違いないが、殺気は感じない。
それにしても―― 気配を殺しているつもりなのだろうが、はっきり言って甘いな。
それでも、『禿』には気付かれていないから、一般的にはそこそこのレベルの隠形なのかもしれない。
俺は一応そいつを警戒しつつ、納屋と思われる大きめの建物の中に、鳥車ごと入るように『禿』に指示した。
中は雨漏りが酷いが、それでも外に比べれば随分マシだ。
俺は鳥車を降りて『禿』に命令する。
「ダリモに餌、あげておけ」
「へいへい…… 飯の支度、早く頼んますぜ!」
「アキト、どこに行くの?」
「他の建物、見てくる。飯の支度、できるところ、探してくる」
「あ! 私も行くわ!」
「濡れるぞ」
「わかっているわ。合羽を着るから、ちょっと待って!」
……
俺はエレーヌと他の建物を調べに行くことにする。
俺達は納屋を出て、すぐ隣の小さな家屋に入った。
家の中は埃が積もっている。少なくとも1年以上、人が住んでいないようだ。
「凄い埃…… でも、雨漏りはそれほどでもないわね」
「
埃を払えば使えそうだ。しかし、薪が見当たらない。
野宿になることも見越して、鳥車には食料と調理道具を用意してある。とは言っても、食料は2食分だけで、調理道具は大鍋1つと包丁1本のみだ。
薪は基本現地調達を考えていたので、用意していなかった。
仕方ない。他の家も調べるか……
隠れている人物が気になるが、今の所は動く気配はない。
次の家にも、その次の家にも薪はなく、とうとう最後に残ったのは、例の人物の隠れている家だけになった。
まさか、戦闘にならないだろうな……
何といっても、エレーヌの占いが気になる。できれば戦闘に巻き込みたくない。
「アキト、早く調べましょうよ」
入るのに躊躇している俺の腕を引っ張るエレーヌ。
殺気がないから襲われることはない―― そう信じて俺は戸を開ける。
その瞬間
「た、助け…… て……」
涙目でこっちを見ている若い女性の姿が飛び込んできた!
「どうした! 何かあったのか!?」
「お腹が…… 空いて…… 動けない……」
……
若い女性が1人でこんなところに居るのが正直言って怪しすぎるが、俺はとりあえず水と非常用の保存食を彼女に与えた。
「ああ、生き返る……」
「お前、何者だ? 何故、こんなとこにいる?」
――――――――
彼女の名前は【アメルダ】。エレーヌと同じ16歳で、赤い髪を後ろで束ねたポニーテールの似合う美少女だ。
彼女は馬に乗って旅をしていたのだが、馬が落雷に驚いてアメルダを振り落とし、どこかへ走り去ってしまったそうだ。
雨の中必死に歩いて、ようやく集落を発見したと思ったら無人の集落で、がっくりと気落ちしたが、何とか家の中に入りそのまま気を失った。
暫くして目を覚ましたが、荷物は馬に積んでいたために食べ物もなく、空腹と疲れで動くこともできずにいた―― ということらしい。
――――――――
「何故、1人で、旅してた?」
「故郷に帰る途中でした。1人旅なのは、私は剣の腕に自信があるので、何の問題もありません!」
剣の腕に自信がある? どこかで聞いたセリフだな。
最後の家で薪を見つけることができたので、俺は料理の支度にとりかかった。
……
「なんて美味しさなの! あなたのお名前は? アキト? アキトというのですか!
すごいです! こんなの帝都の有名料理店でしか、なかなか味わえないと思います」
そう言って俺に抱きついてくるアメルダ。
「そこのあなた! アキトから離れなさい!」
エレーヌがアメルダに強い口調で言う。
「あら? レミル語ですね。あなたはレミール公国の方ですか?」
「違うわ! ゲルナンドよ! ってレミル語!?」
「何を驚いているのですか? レミル語とグリーフ語くらいは淑女の嗜みとして話せて当然ではありませんか?」
「な!?」
真っ赤な顔で絶句するエレーヌと、勝ち誇った表情のアメルダ。
「喧嘩するなら、料理を下げるぞ」
「いやですわ、喧嘩だなんて! そんなのではありませんよ、ね!」
「え、えぇ……」
俺達がトルガナを目指していると知ると、アメルダは
「私の故郷もトルガナの近くにあります。どうか、トルガナまでご一緒させていただけませんか?」
そう言ってきた。彼女1人放っておくこともできないので一緒に行くことになった。
アメルダが喜んでいるのと対照的に、エレーヌが落ち込んでいるようなのがちょっと気になる…… 道中、大丈夫だろうか?
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