第14話 彰人、カザナック帝国へ入国する

 暗殺者共の襲撃から4時間が経過した――


 現在、暗殺者共は奴隷達がいた部屋に監禁してある。

 他に仲間がいるかもしれないから、アジトの外を捜索したが、崖の上に馬車だけが残っていただけで、他に誰も潜んでいる様子はなかった。


 ゲルナの疾風団にしろ、この暗殺部隊にしろ、全体行動が好きな連中ばかりだ。

 連絡役を残しておくことをしないのは、エシューゼの文化なのだろうか?

 捜索に時間が取られなくて済んで、こちらとしてはありがたくはあるが、少し苦言を呈したくなる。


 昼には、ラークマンと部下達が馬車でアジトに来る手筈になっているので、暗殺者共はその時にラークマン達に引き渡す。

 その後の予定では、全員マカラに連れて行って、ゲルナの疾風団との関係を事情聴取することになるのだが、恐らく否認されるだろうから、すぐに釈放されるだろう。

 それでも、奴らが俺達に追いつくことはほぼ不可能で、俺達の行動が邪魔される心配はなさそうだ。


 引き渡した後、ラークマン達が暗殺者共にやられはしないか?


 その心配は無用だ!

 俺の見立てでは、実力は『ラークマン>禿≒ゴーランド>その他』であり、しかも暗殺者共は武器もなしで全員負傷している。例え抵抗しようにも、ラークマンの敵ではないだろう。


 後は『禿』をどうするかで迷ったが、サガロもゼルガもトルガナまでの道に詳しくないそうで、タマの道案内だけでは地図がないと不安。

 そういう訳で『禿』は道案内としてカザナック帝国へ同行させることに決めた。


 問題は、カザナック帝国へ行くために絶対に通ることになるデリスの町にも、『禿』の人相書きが出回っていることだ。変装してごまかす必要がある。


『禿』の頭を何とかするしかない! そこで、急遽カツラを作ることにした。


 髪の毛は、当然暗殺者共に提供してもらう。

 暴れられると困るので、絶賛気絶中のゴーランドから髪をいただくことにした。ツルツルに剃り上げると、こいつも頭の形が凸凹していた。


 鳥の薄皮を下地にして、髪の毛を通していくのだが―― 20本も通したところで、めんどくさ過ぎて「やってられるか!」となって投げ出した。

 仕方なく別の方法を考えることにする。


 髪の毛があると思わせればいいだけだ!

 頭に包帯でも巻いて、包帯の隙間から髪の毛の束を見せておけば、髪の毛があるように思うかもしれない。『頭を怪我している』とでも言っておけば、案外簡単に騙せるかもしれない。


 髪の毛の束を適当に紐で縛り、それを6つ用意する。

 2本ずつの束を紐で結びヌンチャクのような状態のものを3つ作り、それらを真ん中で括って1つにし、それを『禿』の禿頭の上に乗せる。

 その上から包帯を巻いていき、包帯の間からは髪の毛の先が覗くようにして、全体をぐるぐる巻きにする。


 包帯で頭をぐるぐる巻きにした、6カ所から『ちょろっ』と髪の毛が覗いている、見るからに不気味な『不審者』の出来上がり。

 怪しさは相当なものだが、少なくとも禿頭とは分からない―― と思う。


 日の落ちる時間を見計らってデリス入りすれば、暗さでギリごまかせるだろう。

 そして、そのままデリスを通り過ぎて、今日の内にカザナック帝国入りする予定だ。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 時刻は午後7時を過ぎたところ――


 俺達は今、デリスの町にいる。


 正午過ぎに、馬車でアジトに到着したラークマン達に暗殺者共を引き渡した後、俺達は直ぐに鳥車でデリスへと出発した。


 当初の予定通り、日の沈んだ直後の暗くなった時間にデリスの南門に到着。


 俺は、マルデオからもらったマカラの一般的な従者が着る服装をしている。

 サガロとゼルガと『禿』も従者用の服装に着替えている。

 サガロはそれなりに似合っているが、ゼルガは体格がごつ過ぎて、服装が窮屈で違和感ありあり。『禿』は服装自体はゼルガよりは大分マシだが、如何せん頭中に巻いた包帯が目立ちすぎる。

 俺は、『禿』の正体がバレないかと、冷や冷やしていた。


 ところが、門兵が御者台に座るエレーヌを認めると


「マカラのエレーヌ様ではございませんか! これはこれは、デニスの町へよくお越し下さいました! 今日はバレック様はご一緒ではないのですか?」


「ええ。今回は私と共の者だけで参りました。お父様のお遣いで、カザナック帝国へ薬の材料の買いつけに参ります」


「おお、そうでございましたか! くれぐれも、道中お気をつけください!

 それから、できましたらアンジェ様にも、デリスへ遊びにお越し下さるようにお伝えください」


「ええ、ありがとう。アンジェお姉様にも、そのようにお伝えしておきます」


「はっ! よろしくお願いいたします」


 そう言って、門兵は鳥車の中を覗くこともせず、あっさりと門の中へ通してくれた。


 それでいいのか!? 門兵さんよ!


『禿』には、態々変装までさせたというのに…… 少し拍子抜けしたが、まだ北門が残っているから、油断は禁物だ。


……


 俺は、デリスの北門に向かって鳥車を走らせている。


「エレーヌ。お前、ネルサと、もう一人、姉がいるのか?」


 俺の質問にエレーヌは


「な、何のことかしら?」


 思い切りすっとぼける。


「さっき、話してたろ?」


「そ、そうだったかしら…… 気のせいじゃない?」


 目が泳いでるぞ、エレーヌ。


「アンジェ―― お前、そう言ってたな」


「そ、それは…… 愛称…… そうよ、ネルサお姉様の愛称よ!」


 その愛称、掠りもしてないだろ! もう少しマシな嘘つけよ!

 エレーヌ…… 何でドヤ顔してるんだ? それで騙せたと思っているのか?


 俺は、これ以上追及するのがバカらしくなった……


……


 30分ほどで北門に到着。


 デリスを出るときにも、エレーヌは門兵に話しかけられ、別れ際には


「エレーヌ様、道中お気をつけください!

 それから、アンジェ様にも、よろしくお伝え願います」


 と声を掛けられたが、ここでも鳥車の中を覗かれることはなく、すんなりと通ることができた。


 結局ゴーランドの髪は全く不要だった。

『禿』の変装のために、髪の毛を全部剃り上げたというのに…… 少し可哀そうなことをした。


「エレーヌ。お前、有名だな」


「ええ、そうよ! 自慢ではありませんが、『マカラの美人3姉妹』と言えば、ゲルナンド中の町では、ちょっとした有名人ですのよ!」


『3姉妹』ねぇ…… エレーヌ…… 自分でついた嘘設定を忘れているぞ。


 エレーヌが、何故その『アンジェ』のことを頑なにごまかそうとするのか、俺には理解できないが、何か理由でもあるのだろうか?


 それは兎も角、何の問題もなくデリスを通過することができた!

 この調子で、カザナック帝国への入国も問題なくいきたいものだ。


……


 デリスの北門を抜けたところで遅めの夕食―― 俺の作った弁当を食べる。

 ダリモ達にも餌を与えて、暫しの休憩を取る。


「変わった形ね。『三角形のご飯』なんて初めて見たわ!

 凄いわ! 手で掴んでもご飯が崩れないなんて!

 それに、冷めているのにとっても美味しい―― お塩加減が絶妙だわ!

 うそっ!? ご飯の中におかずまで入っているなんて!」


 只の手抜きの『おにぎり』に、ここまで感動されると複雑な気分だ。


「な、なんだこりゃ!? 美味すぎるだろ! 戦人ってのは、やっぱり魔法使いか何かなのか!?」


 更に上の驚き方をする奴がいて、苦笑いしかない……


 わずか15分の休憩だったが、ダリモ達もさっきまでの疲れが吹っ飛んだように、元気になったみたいだ!



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 デリスの北門を抜けて、2km程北へ進んだところに川がある。


 ダル=カザルナ川―― その川は、カザナック帝国とゲルナンドの国境になっており、川を渡るための1本の大きな橋が架かっている。


 橋の両端には入国手続きを行うための詰所があり、北側がカザナック帝国へ入国するための手続きを行う詰所で、南側はゲルナンドへ入国するための手続きを行う詰所となっていて、それぞれの国の役人が常駐している。


 出国の場合は、特に手続きを行う必要がなく、役人に通行止めの柵を開けてもらい、軽く挨拶をしてそのまま通り過ぎるのが慣例となっているらしい。

 かなり杜撰な対応に感じるが、カザナック帝国とゲルナンドで交わされた協定に則り、荷物などの検査も特に行われないようになっているということだ。

 その代り通行証は、それなりの地位とお金を持った者にしか発行されないらしいので、信用されているということなのだろう。


 カザナック帝国の詰所での手続きは、エレーヌの持つ通行証のおかげで、随分とあっさりと終了した。普通は手続きに20分近く掛かるそうだが、エレーヌが『特別』と言っていただけあって、わずか3分程で完了。身分証のようなものを受け取り、すぐに詰所を後にした。


「ふぅ。これで、やっとこの鬱陶しい包帯を取れるぜ」


『禿』は包帯を乱暴にむしり取り、「頭が蒸れそうだ」と呟く。


「やっと、この窮屈な服を着替えられる……」


 ゼルガは衣装を脱ごうとして、腕を上げた瞬間に腋の下の生地がビリビリと裂け、同時に胸のボタンがブチブチと弾け飛ぶ。


「服をこんなにしてしまい、すみませんすみません……」


「服は気にするな。それしか、用意できなかった、俺が悪い」


 ゼルガは申し訳なさそうに謝ってきたが、それほど窮屈な服を長時間着させていたことの方が申し訳ない。

 俺は道着の方が余計に目立つので、カザナック帝国領にいる間は従者用の服装のままで行動することにする。

 サガロは従者用の服の着心地が気に入ったようで、そのまま着替えないようだ。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 遠くに篝火の光が見えてきた。

 あそこが俺達が今日滞在する予定の【ソルドーラ】の町の門だ。


 ソルドーラ―― カザナック帝国『南の玄関口』と呼ばれるその町は、人口2万を超すカザナック帝国で3番目の大都市であるという。タマからの受け売りだ。


 俺の世界の感覚では、2万人規模の都市を大都市とは言わないが、城塞都市が当たり前のエシューゼでは、2万人を超す都市は六大国にしか存在しないらしい。


「まだ、門は開いてるのか?」


 今の時刻は午後9時に差し掛かろうとしている。マカラならとっくに閉門されている時間だ。


「大丈夫よ。ソルドーラの閉門時間は午後10時なの。この辺りは、竜種はいないし夜行性の危険動物も滅多に現れないから、遅くまで開いているわ」


 なるほど、閉門時間は町ごとに様々というわけか。

 閉門時間の情報は結構重要だ。他の町へ行くときは、その情報を知らないといろいろ困ることが起こりそうだ。


「こんな時間で、宿は、取れるか?」


「遅い時間に来る旅人用の宿があるから、たぶん大丈夫。

 でも部屋は2つまでしか取れないと思うの。だから―― アキトは私と同部屋よ!」


 これは、どういう意味なのか?

(1)俺を男としてみていない

(2)用心棒として、俺がそばにいると安心

(3)俺に対して、何かよからぬことを企んでいる


「襲うぞ」


「ほんとに!」


 何故かエレーヌが喜んでいるような?

 これは(3)の可能性が高い―― 警戒する必要がある。


……


 ソルドーラの町の門の前に到着。


 門兵の相手はサガロに任せる。

 カザナ語が苦手(エレーヌは、話せないというと『苦手なだけです!』と文句を言う)なエレーヌには、とりあえず御者台の上から門兵に向かって微笑んでいてもらう。美女に微笑みを向けられて悪い気はしないはずだ。


 門兵はエレーヌのことを知らないようだが、それでもエレーヌを意識しているのか、チラチラこっちを見てはデレデレしている。


 サガロが門兵にエレーヌの身分証を提示し、問題なく門を通してもらう。


「ここまで、順調に来たな」


「私のおかげね」


 確かにそうだな。

 エレーヌが居なければ、デリスで『禿』が見つかっていたかもしれないし、エレーヌの通行証なしでは、これほどすんなりとカザナック帝国へ入国できなかった。


「そうだ。エレーヌの、おかげだ」


「えっ!? ほ、ほんとにそう思う?」


「ああ」


「そ、それなら! お礼の気持ちを態度で示してください!」


 エレーヌは俺の方に真っ直ぐ顔を向けて目を瞑る。


 なるほど、言葉だけでは納得できないか。


 俺は思い切ってエレーヌの唇に触れた。


「ほら」


「えっ!? な、何?」


 エレーヌの唇に触れたのは1枚のクッキー―― 俺が朝にアジトで焼いたものだ。


「食べてみろ」


 エレーヌの俺を見る目に抗議の色が見えた気がしたが、食べた瞬間


「お、美味しい! い、いえ…… 私が求めたのはこんな物ではなく……

 で、でも、これも捨てがたいわ……」


 何かブツブツ言っているが、更に5枚のクッキーを渡すと


「こ、今回はこれで…… 我慢するわ……」


 喜んでいるのか? 怒っているのか? 何とも複雑な表情を浮かべるエレーヌ。


……


 遅い時間にもかかわらず、エレーヌの言っていた通り、宿はすぐに見つかった。

 ただ部屋は1部屋しか空いていなかったので、5人全員で泊まることになった。


 エレーヌは随分と機嫌が悪かったが、皆長時間鳥車に揺られて疲れているので、エレーヌには我慢してもらうしかない。


 俺は、万が一のことを考えて、『禿』の動向を監視する。


 すると『禿』は、懐から何かを取り出して、ガサガサとしだす。


「おい、禿! 何をしている?」


「禿って! もうちっとらしい呼び方してくれよ、アキトさんよう……

 まぁいいや。ちょっと『占い』をしてるんですぜ」


「占い!?」


「こう見えても俺は、レミール公国に居た頃―― 今から約15年前は、公国でも5本の指に数えられる占い師だったんですぜ」


『占い師』だと!? 信じられないほど似合わないな。


「有名な占い師ってのは、権力者に利用されることがよくあるんですがね、よしゃあ良いのに、俺も政治の世界に首を突っ込んじまって、結果大失敗―― それで、傭兵稼業に身を落とし、結局このありさまって訳ですわ」


 俺はまだ疑った目で見ていると


「信じてねぇ! そんな感じですな…… それなら戦人様を占って見ましょうか!」


 そう言って、『禿』はカードを並べ出す。


「ほお! 大きな使命…… 西の方角に目的と厄災の暗示…… それから、『女難の相』が出てますぜ」


 俺は占いなど全く信じない。ましてや『禿』の占いなど!


 そう思っていたのだが、『大きな使命』とか『西の方角に目的』とか―― 当たっているじゃないか! ところで『女難の相』って、エレーヌのことか!?


「あら? それ占い?」


 エレーヌが興味を示す。


「私も占って下さるかしら」


「ああ、お嬢ちゃんの運勢も占ってみるか」


『禿』は再びカードを並べて、難しい顔をする。


「うーん…… 空回り…… 困難と失敗…… そんな暗示が出てるな」


 あまり良い結果じゃないな…… エレーヌが結構がっかりしている。


「気にするな。こいつの占いなど、自分のことも、外れる程度だ」


『禿』の今月の運勢は『最高』と出ていたにもかかわらず、俺に捕まって処刑されることが決まっている―― その程度で、全然当てにならない。


「俺の占いに出たのは『あらゆる悩みからの解放』の暗示だった。『悩みが無くなる』なんて、人にとって最高のことだと思ったんだがなぁ……」


 否、それってどう考えても『死亡フラグ』だろ。

 つまり、こいつの占いは『大当たり』ということか?

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