第13話 彰人、行き先を温泉に決める

 午前2時――


 アジトの外は滝の音だけが響き、アジトの中は皆寝静まってシンとしている。


 アジトの入り口の扉が、ゆっくりと、そして少しだけ開く。

 扉に付いているはずの音の鳴る仕掛けは、何故か機能しない。


 部屋の中に滑り込む人影が1つ―― その影は、部屋に人がいないことを確認すると、入口の方へ右手で合図を送る。

 その合図に続いて、次々と部屋に入ってくる人影―― 人影は全部で8つ。

 最後の人影が入ったところで、扉は開いた時と同じようにゆっくりと閉じられた。


 人影は、ドルバック卿の使者―― すなわちアジトに居る者達を始末するために、ドルバック卿が差し向けた暗殺者だ。


 扉を閉めたことで、完全に闇と化したその空間で、しかし、暗殺者は全員迷うことなく右側の通路へと向かう。右側には盗賊共の部屋がある。


 音を立てずに細い通路を進む8人の暗殺者。


「ほら! 俺の、予想通りだ」


 ロウソクを灯し、暗殺者共の後ろ側から姿を現す俺とハゲテル。


 俺達は、今夜は左側のサガロとゼルガの部屋に全員で居た。

 勿論、俺がこの襲撃を予測していたからだ。


 左側はサガロ達の部屋しかなく、夜は閂がされているはずなので逃げられる恐れがないし、サガロ達を始末するのは造作もない。

 対して、右側には盗賊共がいる。酒に酔って眠っている内に、素早く始末するに越したことはない。起きられると面倒だから先に始末する―― 暗殺者からすれば、そう考えるのが当然で、俺の読み通りの結果となった。


「本当に、俺らを始末しに来たのか? どうなんだ! ゴーランド!」


 ハゲテルが、暗殺者共に向かって吠える。


「ボルデフめ、しくじったか……」


 暗殺者の最後尾の男―― つまり俺達に一番近い位置にいる男が呟いた。


「ボルテフだと!? まさかあの野郎―― 俺達を裏切るつもりだったってことか?」


 ん? 向こうは『ボルデフ』で、ハゲテルは『ボルテフ』って言ったぞ?

 どっちが正しいんだ?


 どうでもいいことだが、少し気になる…… 時々いるよな、人の名前に間違えて濁点を付けたり付けなかったりする奴。

 俺も『かみづき』なのに、よく『かみつき』と言い間違われた。

 その度に、相手に噛み付くようにしていたら、間違われなくなったな。


『ボルデフ』なのか『ボルテフ』なのか? 気になるから、今度マカラに戻ったら確認しよう。


 それは兎も角、俺は盗賊共の中に、裏切り者が1人か2人いると思っていた。


 裏切り者が、今日でアジトとおさらばだから―― とかうまいこと言って、夜遅くまで酒宴を開き盗賊共を全員酔い潰れさせる。

 そして、夜中に到着する暗殺部隊が行動しやすいように、予め入り口の扉の音の出る仕掛けを外しておき、後は酔い潰れて眠っている連中を始末するだけ。

 恐らくそんな筋書きだったのだろう。


 暗殺者共は『ここにもう盗賊共がいない』ということを知らないわけで、扉の仕掛けが外されていたことで、ボルデフ(ボルテフ)? の裏切りが成功したと思ったはずだ。

 当然、入り口の仕掛けを外したのは俺だ。


「まあいい…… 少し予定は狂ったが、お前ら全員ここで死ぬことに変わりはない!」


 俺達に一番近い位置の男―― 多分そいつが『ゴーランド』なのだろう―― が、死の宣告をする。


 うん。『ゲルナの疾風団』は全員処刑されることに決まっているからな。

 お前らが態々来なくても目的を達成していたのに、ここに来たせいでこれから痛い目を見るのだから可哀そうな連中だ。


 俺は、昨日は一日中エレーヌに付き纏われた。

 朝起きた時から料理の支度中も、エレーヌはずっと俺のそばに引っ付いてきた。

 川に魚を捕りに行ってたときには、「水浴びするから見張っていてね」なんて言って、いきなり俺の前で服を脱ぎだそうとする始末。


 エレーヌのストーカー紛いの訳の分からない奇行のせいで、俺は一日中ムラムラ…… 元い、モヤモヤしっぱなしでストレスで爆発寸前だ。


 悪いが、ゴーランド! お前らにはストレス発散のための生贄になってもらう!


 俺が1歩前へ出ようとすると、俺を押しのけるようにハゲテルが前に出た。


 おいおい。今俺の邪魔をするなら、お前も一緒に生贄にするぞ!


「ゴーランド! この事はお前の独断じゃあないのか!」


「くくく―― そうだな、冥途の土産に教えてやろうか。

 アルバート、キサマの名前と人相書きが、ゲルナンド中に出回っていることを知っているか?」


「どういうことだ?」


「愚かなキサマには理解できないか? 全て領主様の御命令に従って、俺がゲルナンド中の町に情報を流したのよ! キサマの逃げ場を失くすためにな!」


 そういえばラークマンは、こいつの名前も頭の特徴も知っていたな。

 ゲルナの疾風団は全員頭に布を巻いていたし、自分の名前を名乗る真似なんてしないだろうから、その情報は本来『知り得ない事』のはずだ。

 つまり、ゴーランドの言ってることは真実に違いない。


「う、嘘だ! てめぇの言葉なんか信じられるか!

 俺を信頼してくれたあのお方が、俺を裏切るなど―― あってたまるか!」


「くくく―― キサマは相変わらずの馬鹿よ。アルバート!

 キサマのようなカザナック帝国人ではない、どこの馬の骨か分からぬような者を、領主様が信用なさる訳がなかろう!

 初めから、キサマはただの『使い捨ての駒』だったということだ!」


「う、嘘だ…… 俺を拾ってくれたあのお方が……」


 ハゲテルの奴―― 完全に放心状態になっている。


「アルバートよ。これで、この世に未練はなくなっただろ! 大人しくあの世へ旅立つがいい!」


 ゴーランドが剣を抜いて、ハゲテルに斬りかかる!


 うーん…… ハゲテルの後ろで、燭台片手に立っている俺は完全無視ですか? そうですか……


 まあ、ロウソク1本の明かりじゃ暗すぎて、後ろにいる俺の姿なんてぼんやりとしか見えていないとは思うが、少しくらい注目してもいいんじゃないか?


 斬撃が迫っているにも関わらず、ハゲテルは木偶のように突っ立ったまま―― 躱す気配もない。


 仕方ないので、俺は後ろから棍を伸ばして剣を払ってやった。

 そして俺は『禿』を押し退けて前に出る―― 役立たずの木偶は、只の『禿』扱いで十分だ。


「むっ! 初めて見る顔だな…… キサマ何者だ?」


 ようやく俺に気付いたか。でも俺、お前と話すこと特にないわ。


 さっきの『禿』との会話で、聞きたいことは大体話してくれていたしな。

 それにしても、小物臭の強い奴が、勝ち誇った態度でいらん事をベラベラ喋るのは、世界共通のテンプレなのか?


「邪魔するなら、キサマから先に始末してやろう!」


 俺が反応しないことをビビッているとでも思ったのか、ゴーランドが少しにやけながら斬りかかってくる!


 今俺達が居る場所は、アジトに入ってすぐの部屋から、右側に続く通路―― 横に2人並ぶのが精一杯の狭い通路の中だ。そのため、暗殺者共は8人がほぼ一直線に並んだ状態になっている。


 この狭い空間での戦闘は、1対1に成らざるを得ない。


 しかし、俺は8回も戦闘を繰り返す気はない!

 そう! 一撃で終わらせる!


 俺は、右手に持った棍を軽く後ろに引き、そして―― ゴーランドの斬撃が俺に届く前に、ゴーランドの胸を目掛けて、棍に捻りを加えながら神速の突きを出す!


 ズン!!!


 重い衝撃音とともに、棍の突きを真正面から受けたゴーランドは、弾かれたように後ろに吹っ飛ぶ!


「グアッ」

「ガッ」

「ウゲッ」……


 吹っ飛んだゴーランドが、まるでビリヤードの球のように、後ろにいた暗殺者共を次々と弾き飛ばし――


 ドゴン!


 遠くで何かにぶつかった音を最後に、アジトの中は再び静寂に包まれた。


 暗殺者共との戦闘は、あっけなく終了した。


《タマ。あいつ、生きてるか?》


《はい。かろうじて生きているようです》


《そうか。ちょっとやりすぎたかも、って焦ったわ》


《本当に…… よくあれで生きていたと感心しますね》


《これでも、殺さないように手加減するのは、なかなか骨が折れるんだ》


《あの男の方は、確実に骨折していますね》


 タマ。その冗談、全然面白くない……


「あのお方が…… 俺を裏切った……」


『禿』がぶつぶつ言っている。

 鬱陶しいので、『禿』の頭にも一撃を加えて黙らせた。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「あのお方が…… あのお方が……」


 目を覚ました『禿』は、未だその言葉を呪文のように呟いている。


「もう1度、殴られたいか?」


「い、否。もうそれはカンベンだ」


 一応、『禿』は正気を取り戻したようだ。


「サガロ達の、家族の居場所、教える気になったか?」


 その俺の問いかけに、


「ああ……」


『禿』はその禿げ頭を縦に振る。

 ドルバック卿の裏切りがはっきりして、ようやく話す気になったようだ。


「先に言っておくが、俺が知っているのは『ドルバック卿が人質を拘束する可能性の高い場所』だ。今どこに拘束されているかまでは知らん」


 そうだろうな。暗殺しようとする相手に、大事な情報を教えてはいないだろう。


「ドルバック卿は帝国内に5つの別荘を持っている。その内の2カ所―― セザラク領の北西にある【グロン】の町の別荘か、或いはセザラク領の南東にある【トルガナ】の町の別荘―― この2つのどちらかにいる可能性が高い」


「根拠は?」


「俺の勘だ!」


「殴られたいか?」


「ま、待て! 根拠も一応ある」


 簡単に言うと、他の3つの別荘は、サガロ達の家族7人を拘束するには向かないということだ。


 1つは、場所の問題。

 領主のいる【セザック】の町から300km以上離れていて、定期連絡で手紙のやり取りが簡単にできる距離ではない。


 1つは、単純に狭すぎる。

 7人の人間を監視しつつ、世話もしないといけないとなると、10人くらいは必要になる。それだけの人数を滞在させるのが無理。


 1つは、目立つ。

 立地条件としては問題ないものの、第一皇子の治める町にあるため、20人近い人間が長期間滞在していると怪しまれる恐れがある。


 そんな理由から消去法で、セザックから近い場所にある『グロン』の別荘と『トルガナ』の別荘のどちらかが候補になるというのだ。

 またグロンもトルガナもセザラク領内にあり、ドルバック卿が治める町であるため、条件的にも五分五分と思われる。


「グロンとトルガナか…… どんな所だ?」


「グロンは田圃や畑に囲まれた、美しい田舎町です。

 そしてトルガナは、近くに火山があり温泉で有名な田舎町です」


 サガロが答える。


 温泉!!


「よし、トルガナへ、行こう!」


「えっ!? 今の説明で何かわかりましたか?」


「勘だ!」


「殴ってもいいか?」


『禿』が呆れた目で俺を見ている。今の発言はちょっと不味かったか……


《タマ。場所が特定できたんだ。そこに誰がいるか分かるか?》


《少々お待ちください。

 …… ……

『誰か』までは特定しかねますが、現在グロンの別荘には2人、トルガナの別荘には18人が滞在しています》


 ビンゴ! トルガナの別荘で正解だったようだ!

 後はそれなりの根拠をでっち上げて、サガロ達を説得できるかだ。


「根拠は、火炎玉の、原料」


 俺がそう言うと、サガロとゼルガがピンと来たようで顔を見合わせる。


「硫黄か! 確かに火山に近いトルガナなら硫黄が採れます!

 そこからここに原料が運ばれていた―― そうに違いありません!」


 これで、俺達の次の目的地はトルガナに決まった。


「ねえ。話はどうなっているの?」


 ずっとカザナ語で話し合っていたので、1人蚊帳の外だったエレーヌにこれからの行き先を教える。


「温泉には私、1度しか入ったことがないの。楽しみだわ。

 アキト、一緒に入りましょうね」


 エレーヌの爆弾発言―― エシューゼ風に言うと火炎玉発言に、俺は凍り付いた。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 私はエレーヌ。

 『マカラ三長老』の1人であるバレックの末娘で16歳。

 そして、世界中を冒険する美少女剣士―― を目指しておりましたが、それ以上の新たな目的が生まれました!


 それは! アキトの心を射止めて、彼の『妻』になることです。


 私には、理想の男性像が2つあります。


 1つは『強いこと』

 私と一緒に世界中を冒険できる頼りになる男性。

 危険な動物にも怯まず、安心して背中を任せられる勇敢な男性―― 私の理想です。


 もう1つは『料理が上手なこと』

 美味しい食事は健康と美しさの秘訣です。

 それに、世界中のまだ頂いたことのない食材を使った美味しい料理を食べるのは、私の夢です。その夢を叶えてくださる男性―― 私の理想です。


 でも、私はこの2つの理想は『両方の実現は不可能』―― そう思っていました。

 ですから、どちらを選べばいいのか答えを見つけることができずにいたのです。


 結局は、『どちらか1つだけ優れた男性』か、或いは、『そこそこの強さとそこそこの料理の腕前を持った男性』のどちらかを選ぶしかないのか…… と諦めていました。


 それが、その実現不可能と思っていた2つの理想を、同時に満たす男性が目の前に現れたのです! それもどちらも【最上級】で!


 アキトの料理を食べた瞬間に、私は確信しました!

 神が私の元にアキトを使わしたのだと!


 私は特に宗教を信仰しておりませんが、それでも神が私の美しさと健気さに打たれて、私の願いを叶えてくださった―― そうに違いありません!


 アキトの強さは、私が理想と考えていた『強さの基準』を、遥かに凌駕しています。そして、料理の方も、家の料理長とも互角―― もしかすると凌ぐ程の腕前です。

 それにガーグルーを捕まえることのできる料理人など、世界中を探してもいるわけがありません。


 この2つの理想が叶うのなら、お顔の方は気にしないつもりでいたのですが、うれしいことにアキトはお顔の方もイケています。特に料理中の真剣な横顔は、一目で惚れてしまいます。


 こんな私の理想を超える男性が、神の思し召し以外で現れるわけがありません!

 これは、間違いなく【運命】なのです。


 1つだけ不満があるとすれば、アキトの態度が少し私に冷たいように感じることなのですが、これは神が与えた試練であると気付きました。


 マカラに戻った時は、お父様は大層ご立腹かと思っておりましたが、お父様は怒ることもなく、アキトのことを尋ねてこられました。

 ネルサお姉様が、アキトのことをえらくお褒めになってお父様にお伝えなさったそうなのです。そして、ネルサお姉様は


「アキト様にエレーヌの婿になっていただけると素敵ですわ!」


 そのように仰ったそうなのです。


 ネルサお姉様! 素晴らしい援護です!


 お父様は、ネルサお姉様の人を見る目をとても信頼なさっていらっしゃるので、そのおかげで、お父様はアキトに興味津々でした。


 私がアキトと一緒に、カザナック帝国へ行くことを頼んだ時も、二つ返事で許可してくださいました。いつも反対なさるお母様まで


「良いですねエレーヌ。そのアキト様を、必ずここへお連れなさい」


 そう仰って賛成してくださいました。


 これで、私達の前には何も障害はありません!


 そう思っておりましたが、私のもう一人のお姉様―― 2歳年上のアンジェリカお姉様までが


「私も、そのアキト様にお会いしたいわ」


 そう仰いました。


 いけません! アンジェお姉様は危険です!


 ネルサお姉様にも負けないお淑やかさと美しさに、口惜しいですが私以上のプロポーションをお持ちのアンジェお姉様と、アキトを会わせるわけには参りません。


 美しさだけなら私も負けておりませんが、あの癒し系の笑顔が曲者です。

 大抵の男性は一発で虜になってしまいます。アキトでも、落ちる可能性は否定できません。


「アンジェお姉様には、お付き合いなさっている殿方が、沢山いらっしゃったのではありませんか?」


「エレーヌちゃんたら、嫌だわ。皆、只のお友達ですわよ」


 その『お友達』が一体何人いることか!


 しかも、皆がアンジェお姉様の夫になることを夢見ていることに、全く気付いていらっしゃらない…… この天然さも、危険極まりません。


 今の関係のままアキトを屋敷に連れてきて、アンジェお姉様に会せるわけには絶対に参りません。今度の旅の間に、私とアキトの間に『既成事実』を作るしかありません。


 私の魅力で、絶対にアキトを落とします!!


……


 誓いの通り、私は何度もアキトの誘惑を試みました。


 それなのに―― アキトは全く私の思惑通りの行動を取ってくれません。


 どうなっているの?


 私の魅力が足りない? そんなことは絶対に認められませんわ! 単にアキトが鈍いだけです!


 いいえ、きっとアキトは恥ずかしがり屋なのね!


 私のような美少女に迫られて、どうすればよいのか分からないだけなんだわ。

 純真なのね。そんなところも魅力的だわ。


 次の目的地は『温泉』―― 今度こそ私の魅力にのぼせ上がってもらいますわ!

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