第12話 彰人、カザナック行きを決意する

 翌日の正午過ぎ――


 マルデオ達の大鳥車が滝の前に到着した。

 アジトには、マルデオとラークマンの2人だけを連れて行き、残りは大鳥車の中で待機してもらうことにする。


 俺とマルデオとラークマン、サガロとゼルガが会議室のような部屋のテーブルに着く。そして、何故か俺の隣の席に座るエレーヌ。


 俺が、どうやってサガロ達の事情をマルデオ達に話そうかと思案していると、マルデオがサガロ達に話しかけた。


「マルデオ様は、カザナ語も堪能ですわ」


 そうか! それは助かる!


 俺がホッとしていると、ラークマンも彼らの話に加わっている。


 ん? カザナ語って難しいんだよな?

 2人とも普通に話しているようだが…… 俺は、疑いの眼をエレーヌに向ける。


「な、何よその眼は!? 言っておきますけど、カザナ語が難しいのは本当よ。

 マルデオ様はいろんな国へ取引に行かれるので、語学に堪能なのです。

 ラークマンさんは、カザナック帝国との国境に近い【デリス】の出身だから、カザナ語に慣れておられるのよ」


 まあ、信じてやろう。

 兎に角、俺はマルデオ達に説明するというプレッシャーから解放された。

 とりあえず、彼らが話している間に、俺は食事の準備をすることにする。


 食材は既に調理場に運び込んである。

 今日の昼は【ガーグルー】という鳥を使った料理―― 青い顔に真っ黒な羽根、鋭い赤い目が特徴的でなかなか大きな鳥だ。俺が今朝、崖の上で仕留めてきたガーグルー3羽を見て、皆信じられないくらい驚いていた。


 ガーグルーは警戒心が強く、いつも高い木の上にいて、川魚を餌としているが、上空から急降下して魚を捕まえると、そのまま上空に飛び去るので、仕留めるのはほぼ不可能だという。

 俺はたまたま、ガーグルーの群れが、魚を狙って上空を飛んでいる所に出くわした。上空から急降下してきたガーグルーの群れに対し、俺は少し離れた場所から、右手に掴んだ小石を川面ぎりぎりに投げた―― 1投で3羽仕留められたのは僥倖だった。


 エレーヌは「初めて食べるわ!」と、目をキラキラさせていた。


 完成した料理を運びに行くと、マルデオ達はどんよりとした、何とも言えない沈んだ表情をしていた。

 ここは、料理を食べて気分を変えてもらおう。


……


「素晴らしい! ガーグルーは初めて頂きましたが、これほどの美味とは!

 否、アキト殿の料理の腕前のおかげでしょうか! これは、うちの料理長以上かもしれません!」


「本当に素晴らしい! これほどの料理を頂けるとは!」


 マルデオもラークマンも持ち上げすぎだ。一昨日マルデオの屋敷で食べた料理の方が、絶対に美味かったって!

 多分、珍しさで5割り増しくらいに感じているのだろう。

 それでも、沈んでいた気分が少しでも解消されたのは良かった。


「アキト! 毎日私の食事を作る気はない?」


 昨日もそのセリフ聞いたぞ。俺の答えも勿論変わらない。


「ところで、その『火炎玉』というのは、それほどに脅威となる物なのですか?」


「そうですね…… 実際にお見せしましょう」


 マルデオの質問に、サガロが答える。


……


 ドカーーン!!!


 地面に置かれた木箱は木っ端微塵に吹っ飛んだ。


「あわわわ……」


 その威力を初めて見たマルデオ達は、腰を抜かさんばかりに驚く。


「こ、こんな恐ろしいものが……」


 これが今後、鉄砲や大砲へと進化していくのは時間の問題だ。


 カザナック帝国の現皇帝は、対話重視の穏健派であるおかげで、ゲルナンドも比較的対等な付き合いができているらしいが、ドルバック卿が皇帝になったら、圧倒的な武力でゲルナンドが制圧されるのは簡単に想像できる。

 絶対にドルバック卿の暗殺計画を阻止しなくてはならない。


 俺が昨日考えた計画を話したところ、


「ドルバック卿の使者を拘束することは、叶わないでしょう。

 恐らく彼らは正規の商人として入国するはずです。彼らがゲルナの疾風団と繋がりがあるという明白な証拠がない限り、彼らを拘束することはカザナック帝国との条約を破ることに他なりません。それこそ戦争になりかねません」


 マルデオにダメ出しされる。


「アジトに来る、ということは証拠にならないの?」


 エレーヌ、良いこと言うじゃないか!


「残念ながら、それだけでは難しいです。取引現場を押さえることができれば証拠となりえますが、盗賊団は全員マカラに拘束中ですし、ここには盗品も残っていないようですので、言い逃れされてしまうでしょう」


「証拠、いらない! 捕まえて、人質の場所、吐かせる」


「しかし、それで人質の居場所を聞き出せるでしょうか?

 最悪、『知らない』ということも有り得ますし、嘘を吐かれる可能性もあります」


「もしそうなって時間を稼がれると、カザナック帝国との関係に亀裂が生じること必至ですな…… 残念ですが、我々としては使者の逮捕に手を貸すことはできません」


 マルデオもラークマンも勘違いしている。俺は、そいつらを犯罪者として逮捕するつもりはない。


 この世界は情報が伝わるのが遅い。ゲルナの疾風団の捕縛も、まだ限られた者しか知らない。ドルバック卿の使者も、このアジトに拘束してしまえば、外に彼らの状況が漏れることはないはずだ。

 尤も、使者がなかなか戻ってこなければ、ドルバック卿は『異変』に気付くだろう。


 つまり、ドルバック卿が『異変』に気付く前に、人質の解放と暗殺計画の阻止を行うというのが、俺の作戦だ。


「うーん…… しかし、そんなうまくいきますでしょうか?

 アキト殿なら使者の拘束は可能でしょうが、国境越えとなりますと危険すぎます。

 サガロさんとゼルガさんも一緒となると、更に難しい気がします」


 確かに…… とはいえ俺だけでは、人質の確認ができないから、2人にも来てもらう必要がある。


「カザナック帝国に入りたいのよね? 私と一緒なら問題ないわよ」


 ん!? 何か空耳が……


「何で無視するの! 私のお父様は『マカラ三長老』の1人なのよ。

 それに、カザナック帝国との交渉事は、お父様が中心でされているのですわ。

 私も同行したことが何度もありますし、特別な通行証もいただいてるのよ」


 エレーヌが小声で俺に話しかける。

(注)タマの念話は、話している相手の方向・距離・声の大きさまでわかるのだ。


「それでも、カザナ語、話せないのか?」


 俺も、エレーヌに合わせて小声で応える。


「そ、それは…… に、2度しか行ったことないし、カザナ語は本当に難しいのよ……」


 何度も―― って、実際は2度だけかよ。通行証は本当なんだろうな?


「つ、通行証は持っているわよ…… 嘘じゃないから」


 それは、まあ信じよう。だが、しかし


「何故、小声?」


「マルデオ様に聞かれたら、止められるでしょ」


 ああ、そうか! エレーヌが持っているのなら


「マルデオも、通行証、持ってるか?」


「なんで!? 私よりマルデオ様の方が良いっていうこと?」


 当然だろ。何を驚いているのか?


「し、信じられない…… 私のような美少女よりも、あんな〇〇〇〇がいいなんて」


 エレーヌ、お前今結構な悪口言ったよね? マルデオに、ちくってやろうかな。


「き、聞こえた? じょ、冗談に決まってるじゃない…… 私がマルデオ様のことを悪く言うわけないですわ。だから―― ネルサお姉様にだけは言わないでぇー」


 わかったわかった―― って、マルデオにはちくってもいいのか!?

 そんなに必死に縋り付くなよ……『ネルサ』って、もしかして結構怖いのか?


「どうかなさいましたか? アキト殿? エレーヌさん?」


「な、何でもありませんわ! マルデオ様」


「マルデオは、カザナック行きの、通行証、持ってるか?」


「はい、屋敷に置いてあります」


「なら、一緒に!」


「すみません、アキト殿…… 5日後に私は【テルック】へ商談に行くことになっておりますので、同行することは適いません。それに、通行証は本人しか使えませんので、申し訳ありませんが、お貸しすることもできないのです」


「そうか……」


 俺が落胆している隣で、エレーヌが小さくガッツポーズをしている。

 ガッツポーズは、エシューゼにもあるんだな……


 マルデオが同行できないということで、カザナック帝国に入るには、いよいよエレーヌを頼るしかなくなった。背に腹は代えられない……


 そうなると、次の問題は『人質の居場所』になるのだが、解決策が見つからない。

 どうしようかと思案していると


「アルバートなら心当たりがあるかもしれません」


 サガロが思い出したように声を上げた。


 そういえば、あいつは領主子飼いの傭兵だったな。知っている可能性は十分にあるが、問題は―― 教えてくれるかどうかだ。


 盗賊をしていたことを少しでも後悔していたなら、使者よりは本当のことを教えてくれる可能性はあるかもしれない。


 盗賊団の処刑の日程はまだ決まっていない。執行前に会って、人質の居場所のことを聞くだけはしておくか。


 ということで、サガロ達を連れて1度マカラに戻ることにする。

 奴隷の4人も今後の身の振り方を考えるため、マカラに来ることになった。


 これからの俺達の予定は――

 マカラに戻って、ハゲテルから人質の居場所を聞き出す。

 エレーヌには、カザナック帝国へ行くための通行証を取ってきてもらう。

 そして、ドルバック卿の使者を拘束するために、再びアジトに戻ってくる。


 時間の余裕は全くない。マカラには最短ルートで帰ることにした。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 時刻は午後8時を少し過ぎたあたり――


 マカラには、アジトを発って5時間で到着した。

 マカラの門は午後8:30に閉じられるので、途中の休憩をほとんど取れなかった。


 ダリモ達には結構な無茶をさせたため、かなり疲れている。今日はうまい餌を食べさせて、ゆっくり休ませてあげよう。

 ダリデッカはほとんど疲れていない様子―― 流石はダリモの10倍の値段だけのことはある。俺も1羽欲しい。


 その後、俺達は『ゲルナの疾風団』のボス『ハゲテル』と面会するために、兵士達の詰所へ行くことにする。


……


 兵士に連れられて、尋問部屋にハゲテルが来た。


「まだ何か用があるのか? こっちは話すことなんか何もないぞ…… さっさと処刑でもなんでもすればどうだ!」


「アルバート……」


 サガロの声に気付いたのか、こっちを向くハゲテル。


「よう、サガロにゼルガじゃねえか。元気そうでなによりだな。

 俺は、見ての通りドジっちまったぜ、ははは……」


「お前に、聞きたいこと、ある」


「お! こりゃ戦人様じゃねえですか!

 俺みたいなケチな盗賊に何か御用ですか?」


 流石に処刑が決まっているから、大分やさぐれているな。


「サガロ達の、家族の、居場所、教えてくれ」


「は? 何で今更そんなことを知る必要がある?

 サガロもゼルガも、3日後にはカザナック帝国に戻れるだろうが!

 そしたら、家族とも会えるはずだろ?」


「セザラクの、領主が、約束、守るならな」


「おいおい…… お前ら、あのお方が約束を破る―― そう思っているのか?」


 俺は、自分の予想をハゲテルに話す。


「ははは! そんな訳があるか!

 確かにあのお方は『野心家』だ。皇帝になるためには手段なんか選ばないだろうさ。

 だが、今まで約束を守らなかったことはなかった。

 俺はそんな戯言を信じる気はない!」


 ハゲテルの反応を見ると、『人質の拘束場所』の心当たりはありそうだ。

 だが、ドルバック卿を信じていて、俺達にその場所を教えるつもりはないようだ。


 なんとなく、こうなる気はしていた……


 仕方ない! 切りたくないカードだったが、時間もないし使うしかない。


「お前にも、アジトへ、来てもらう」


 こうなることを見越して、マルデオとラークマンには話をつけてある。

 2人とも最初は渋っていたが、ドルバック卿の暗殺計画を阻止するためには、絶対に必要な手であることを伝え、強引に納得させた。

 ゲルナの疾風団逮捕の情報についても、マルデオとラークマンに、今はまだ公表しないように頼んである。

 これで、ドルバック卿の使者にも情報は伝わらないはずだ。


「本気か?」


 ハゲテルは俺の言葉が信じられないようだが、お前には何が何でも協力してもらわなければならない。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 次の日の早朝――


 アジトへ向かうのは、俺とエレーヌ、サガロとゼルガ、ハゲテルの5名。


 エレーヌが同行できるかどうかが最後まで心配だったが、どうやら『父親の説得』はうまくいったようだ。もしかして、また勝手に抜け出してきたのか?


「大丈夫。今日はお父様の許可を頂いているわ。

 アキト。今回の件が片付いたら、お父様にきちんと挨拶してくださいよ」


 そうだな。今回のお礼に行かないといけないな。


「わかった」


 そう返事をすると、エレーヌは俺に向かってニッコリと微笑んだ。

 俺は、ちょっとドキッとしてしまった…… やっぱり、見た目だけは『最上級』だ。


 昨日と同じ6人乗りの鳥車を、昨日とは別の3羽のダリモに引かせて、日の出と同時に出発する。


 エレーヌは、ハゲテルと一緒に乗るのが嫌だと言って、御者台の俺の隣に座ってきた。勿論、ハゲテルは縄で手足を縛った状態だ。


「ねえ、大丈夫なの? いきなり襲われたりしないでしょうね……」


「心配か?」


「そりゃそうよ。あの『ゲルナの疾風団』のボスなんでしょ…… 心配にもなるわ。

 尤も、アキトが私の側にいてずっと守ってくれるなら、安心だけど」


 そう言って上目使いで俺を見るエレーヌ。


「心配ない。俺が守る」


 エレーヌがいないと、カザナック帝国に入ることができないからな。

 万が一にもエレーヌに危害が及ぶわけにはいかない。


「うふふふ。頼みましたわ、私の戦人様」


 エレーヌは満足気に笑みをこぼす。


 ん!? 『私の』戦人『様』??


 エレーヌが何か良からぬことを企んでいる!?


 俺は言い知れぬ不安に襲われ、引き攣った笑みを返した……



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 道中は、全く危険とは遭遇しなかった。

 途中、ゲルナ湖での休憩をはさんだが、正午前に滝の前に着くことができた。


《彰人様の殺気が、尋常ではありませんでしたね…… 殺気を感じて、500m以内の動物達は皆逃げていきましたよ。ダリモ達もちょっと怖がっていました》


 タマが呆れたように言うが、エレーヌがずっと俺の顔を見つめて


「うふふふ……」


って笑っていたんだ!


 俺はその不気味さに耐えられなくて、思わず殺気をばら撒いてしまった。

 こんな情けない様子を『じいちゃん』に見られたら、『神明流免許皆伝』を取り下げられたかもしれない……


 俺が沈んだ気分でいると、エレーヌが心配そうに


「アキト、何か心配事? 私でよかったら聞いてあげるわよ」


 一体どうしたんだ? お前、そんなキャラじゃなかっただろ?


「大丈夫だ…… 何も、問題ない」


 エレーヌのその態度が『心配の種』だ! とは流石に言えない。


「そう! 良かったわ! じゃあ、お願いね!」


 そう言って俺を引っ張っていく。どこへ行くつもりなんだ?


 俺に【恐怖】を覚えさせた者は、エレーヌ―― お前で5人目だ。


……


 ああ、そうか!


 エレーヌの向かう先は食糧庫―― エレーヌは、お腹が空いていたのか!


 人間空腹になると、おかしな行動をとることがあるからな…… あるよね?


 うん。エレーヌの謎な態度もこれで説明がつく!


 食材を籠に入れて戻ってくると


「おいおい…… 全員崖下に来ちまうと、アジトに入れないだろうが! お前ら大丈夫か?」


 ハゲテルが呆れたように言う。

 他の3人は分かっているので、ハゲテルの指摘を聞き流して俺を見る。


 分かっている。また『常識はずれ』をすればいいのさ!


「はい。私も連れていってね!」


 そう言って俺に抱きつこうとするエレーヌ……


 空腹感に耐えられなくて、とうとう壊れてしまったのか!?


 これは、急いで料理をしなくてはならない!


 俺はエレーヌを抱き上げて、一気に崖を駆け上がる。

 そして、すぐにロープを下ろし、3人を引き上げた。


「かーっ! 戦人ってこんなスゲェことができるのかよ!

 ハハハ…… 俺達が勝てるわきゃねぇわ……」


 ハゲテルは呆れたような、半ば自虐気味に言う。


 俺は大急ぎで料理の支度をすることにする。これ以上待たせると、エレーヌが取り返しがつかなくなるかもしれない……


……


「う、うめぇー! チクショウめ!

 こんなモン食っちまったら、この世に未練が残っちまうだろうが!」


 ハゲテルは文句を言いながらも、ガツガツ食っている。


「幸せだわ…… これを毎日いただけるなら、私、もうどうなってもいいわ」


 エレーヌの俺を見る目が、だんだん肉食獣が獲物を狙う目に感じられてきて、俺の不安がどんどん高まってくる……



……


 夜――


 寝る場所は、エレーヌはハゲテルの部屋―― カギ付きの個室。

 俺は手下共の大部屋。

 サガロとゼルガは自分達の部屋。

 ハゲテルは、奴隷達のいた部屋。


 そういう部屋割りにしたのだが、何故かエレーヌが「怖いわ」と言い出した。

 ハゲテルが部屋を抜け出して、自分の部屋に来るかも―― と言ってきた。


 いやいや。ハゲテルの寝場所は外から閂を掛けるし、お前の部屋は内側から施錠できるだろ。どこが心配なんだよ?


「きっと隠し通路があって、私の部屋にも来れるようになっているはずだわ」


 流石にそれはないだろ。


「じゃあ、アキトも一緒に寝てくれたら安心だわ」


「わかった」


 その瞬間、エレーヌの目が『ギラリ』と輝いた―― 気がしたが、続いて


「俺も、奴隷達の部屋で、寝る」


 そう言うと


「チッ!」


 思いっ切り舌打ちしたな。目が怖いぞ、エレーヌ……


 今日はエレーヌのせいで、やたらと精神的に疲労した。


 ドルバック卿の使者が来るのは明後日―― 今はゆっくり休みたい。

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