第11話 彰人、常識のないことに気付く

 サガロとゼルガの情報から、『ゲルナの疾風団』は12人で間違いないようだ。

 そうすると右側の方にいる4人も、彼らと同じようにここに監禁されているということだろう。


「すみませんが、何か食べ物をいただけませんでしょうか?」


 2人が尋ねてくる。

 そういえば、彼らは昨日の昼から何も食べてないのだったな。


 グーゥ


 お腹の鳴る音が、何故か2人と違う方向から聞こえた。


「しょ、食事の話をするから……」


 ん? エレーヌ。お前、カザナ語がわからないのじゃなかったか?


 俺は不思議そうな目でエレーヌを見る。エレーヌは俺の言いたいことを悟ったのか


「『食べ物』くらいの単語は知ってるわよ!」


 そう言って視線を逸らす。


 エレーヌ―― お前は見た目は奇麗だし、良いとこのお嬢さんだが、気が強いのとその食いしん坊なのが残念だな……


 それは兎も角、俺達の食事を2人にあげても良いんだが、まだ他にも4人いるわけで、俺達の持っている食料だけでは全然足りない…… それにエレーヌがきっと文句を言うだろう。


「ここに、食料の、蓄え、ないか?」


「あります。ここの下にダリモを入れておく洞窟があるのをご存知ですか?」


 俺は頷く。


「その洞窟の奥に、地下へ降りる穴があります。そこは1年中気温が低いので、食料の貯蔵庫になっています」


「監禁、されてたのに、よく、知ってるな」


「ええ…… 我々は別にずっと閉じ込められているわけではないのです。

 傭兵団…… いえ、盗賊団が留守の間だけ、ここに閉じ込められるだけで、普段は割と自由に行動できるのです」


「意外だな」


「アルバート―― 盗賊団のボスのことですが、彼の意向でそのようになっています」


 アルバート? ああ、あの『ハゲテル』のことか!


「あいつは、今でこそ盗賊団のボスに身を落としていますが、好き好んで盗賊をしているのではないのです…… あいつは元々レミール公国の出身で、そこで何か失敗をして故郷に居られなくなり、傭兵稼業をしていたそうです。

 そんな時にセザラクの領主【ドルバック卿】に拾われたそうで、そのことで恩を感じていて、仕方なく従っているのです」


 別にあいつの過去に興味はないし、嫌々だろうが何だろうが、罪を犯したのは事実だからな。事情があろうがなかろうが、罪が軽くなることはない。


「反対側にも、人が、いるな?」


「ええ、向こうにいるのは奴隷達です。洞窟を掘るために連れてこられました」


「彼らは、私達と違って人質はいないと思います。どうか、彼らを解放してやってもらえませんか? お願いします」


 サガロとゼルガ―― 彼らは30代後半から40歳くらいだろうか……


 彼らから見たら、俺なんて『ガキ』にしか見えないだろうに、随分丁寧に接してくる。

 こんな対応をされると、何となく『力になってやろうかな』って気になってしまう。


 ああ、完全に『俺がセザラクに行って、サガロとゼルガの家族を救い出し、領主の暗殺計画を潰す』そういう流れになりそうだ……


「善処する」


 俺には決定権はないからな。それだけ答えて、食料を取りに行くことにする。


「食べ物、取りに行くのね!」


 エレーヌは目を輝かせて付いてくる。

 お前、カザナ語話せないのに、食べ物関係だけは理解できるんだな…… ある意味、大したものだ。


「私達も付いて行ってもよろしいですか?」


 俺達はアジトの入り口の方へ向かった。


……


「これを使えば楽に降りられます」


 サガロは、巻上機を使って1人ずつ降りるように言ってきた。ゼルガが、ハンドルを回して下ろす役をしてくれるようだ。


 サガロは色白で痩せた小柄な体格で、誰もがイメージする『文系』の体つきだが、ゼルガは『学者』というよりも『傭兵』の方が似合いそうな、色白ではあるが筋骨隆々のごつい体格をしている。


 しかし、俺にはその提案は不要―― めんどくさいので飛び降りることにした。


「うそっ!?」「えっ!?」「うわー!」


 三者三様の悲鳴が聞こえてきて、3人が下を覗く姿が見える。


 俺は下から手を振り、早く下りてくるように促す。


 3人は顔を見合わせ、ホッとしたような、呆れたような表情をしている。


《タマ。俺の行動、何かおかしかったか?》


 崖を駆け登るのは一般人には難しいと思うが、崖から飛び降りるのは、誰にでも簡単にできるはずだよな? 俺なんて、じいちゃんとの修行で、しょっちゅう30mくらいの高さから叩き落されていたし、驚かれるようなことはしていない筈だ。


《そうですね。少なくとも、エシューゼには20mもの高さを飛び降りて平気な人間は、ほとんどいないと思います。それに、タマの知識では彰人様の世界でも、そんなことができる人間は、かなり限られているのではないでしょうか》


《そうなのか!? じゃあ、もしかして俺…… 変な目で見られていたりするのか?》


《そうかもしれません。でも彰人様は『戦人』と思われていますので、少々人間離れのことをしましても、驚かれるくらいで済むかもしれません。

 ただ、タマの知る『戦人』でも、彰人様のようなことはなかなかできませんが》


 そうだったのか……


 俺は今まで鬼追村から出たことがなかったからな…… 常識の基準が鬼追村にいる連中になっている。

 あそこの連中が普通と違うのは理解している。俺の世界には『超能力者』や『魔術師』が滅多にいないことは、教えられて知っているのだ。


 ただ、『一般レベル』がどんなものか、分からないだけなんだ!


 俺が普段接していたのが『じいちゃん』と『親父』―― 俺から見て化物2人。

 それに、研究所でいつも会っていたのが『超能力者』や『魔術師』の卵ばかりだ。


《エ、エシューゼの人間が俺の世界に比べて貧弱すぎる、ってことはないのか?》


《いえ、むしろ一般レベルでは、エシューゼの人間の身体能力の方が少し上回っていると思います》


 ぐっ! 俺には常識がない―― そういうことなのか?


 確かに、俺は鬼追村から出たことがなかった…… 

 初めて鬼追村から出たと思えば、そこが異世界だ…… 常識を身に着ける機会がないのも仕方ないだろ!


 否、これは寧ろチャンスだ!


 俺は来月から、普通の町の高校へ行くことが決まっている。もし、今のままの常識レベルで高校へ通ったら、きっとトラブルを起こしたはずだ。

 そうなれば、俺は『ぼっち』な高校3年間を強いられたかもしれない。


 そうならないために、神が俺に常識を変えるチャンスを与えてくれた―― そう考えれば、全てが良い方向に向かっている気がする。


 尤も、異世界の常識に染まって、元の世界の常識と更にかけ離れる危険性もあるが、それは今は考えないでおこう。


……


「寒いわね、ここ」


 気温は1~2℃。冷蔵庫の中のようで、食料の保存にはもってこいの場所だ。


「これは?」


「アリザットの肉です。こっちの箱には卵が入っていたはずです」


 別の箱には野菜もある。これだけあれば8人なら10日は大丈夫だな。


「あーっ! ここに香辛料とオイルがあるわ! これ、間違いなくお父様の奪われた物だわ! これが届かなかったせいで、どれだけ味気ない食事を強いられたことか……

 思い出したら腹が立ってきたわ!」


 エレーヌは相変わらずうるさい。

 エレーヌを無視し、俺とサガロは食材を籠に詰め運ぶ準備をする。


「お前も、手伝え」


「わ、分かってるわよ…… じゃあ、私はこの香辛料とオイルを運ぶわ」


 それだけ運ばれても、ほとんど役に立ったとは言えないが、元々期待していないので生暖かい目で見ることにした。


 洞窟を出ると、サガロはゼルガに引き上げてもらうように合図を送る。


 俺はめんどくさいので、籠を抱えたまま崖を駆け登った。


 し、しまった! また、思わず『常識はずれ』のことをしてしまった……


 やっぱりゼルガが驚いている―― が、ゼルガは何か諦めたような表情で苦笑いを浮かべただけで、俺から視線を外した。


 暫くして、エレーヌとサガロが引き上げられた。


 サガロ。その『化物を見るような目』で俺を見るのはやめてくれ……


……


「あははは―― アキトさんは、あの『戦人』だったのですか!

 道理で、あんな『とんでもないこと』ができるわけですね! 私はてっきり……」


「てっきり?」


「いやいや…… てっきり『人の皮をかぶった魔物』か何かと思いましたよ!」


 そう! 俺は自分のことを戦人ということにした。

 昨日のマルデオ達の様子から、戦人と言っておけば大抵の事は誤魔化せる―― 俺はそう理解した。とはいえ、本物の戦人に会ったら謝っておこうかな……


「信じられないわ! アリザットのお肉が、こんなに美味しいなんて!

 アキト! あなた毎日私の食事を作る気はないかしら!」


 俺は8人分の料理を作った。


 家ではいつも俺が料理の担当だったから、料理にはそれなりに自信がある。

 神明流の技を使えば、素材を最高の状態に高めることが可能だ。それに、天然の冷蔵庫のおかげで保存状態も良かったし、エレーヌの持ってきたオイルと香辛料が最高級品だったのも大きい。


「か、勘違いしないでよ! 料理人として雇ってあげる―― そういう意味だから!」


 何を真っ赤な顔して言ってるんだ?


「だが、断る!」


「えっ?」


 エレーヌ、何故意外そうに驚く? 断られて当然だろ。


「美味い! 妻に聞かれたら大変ですが、こんな美味い料理、初めてですよ!」


「本当にその通りです。妻に聞かれたら大変ですが」


 サガロとゼルガも絶賛する。

 これだけ喜ばれると腕を振るった甲斐がある。


「美味い!」「ああ、幸せだ……」「生きていてよかった」「神に感謝する」


 奴隷として連れてこられていた4人にも、好評なようだ。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 俺とエレーヌはアジトの中を色々と見て回った。


 俺にとってとても残念なことに、ゲルナの疾風団が奪った金品は、すでにアジトにはほとんど残っていなかった。特に、価値の高い宝石類は全く見当たらなかった。

 俺は、ゲルナの疾風団捕縛の謝礼として、奪われた金品の一部を貰えるはずだったのだが、全く当てが外れてしまった。


 夕食後サガロ達と話す。


「4日後に最後の定期報告のために、領主の使者がここに来ることになっています。

 私達はどうすればよろしいでしょうか?」


 研究成果をもう十分に上げているサガロ達。

 これまでに製造した火炎玉も今まで盗賊団が奪った金品も、前回の定期報告までにほとんど運び終えており、今度の報告を最後にアジトを引き払って、セザラクに戻る予定だという。


 ゲルナの疾風団は、最後の盗賊行為しごとを華々しく飾ろうと、いつもより遠出して大物を狙いに行ったそうで、その結果として、最後の最後に俺に全員捕まったのだから皮肉なものだ。


「使者は、何人くる?」


「いつもは3人ですが、今回は我々も荷物に紛れて国境を越える予定ですので、いつもより多い人数で来ると思います」


 俺の予想でも今回は大勢で来ると思う。

 しかし、それは多くの荷物を運ぶためではなく、恐らくここにいる全員を始末するために…… セザラクの領主にとって、サガロとゼルガは勿論のこと、盗賊共も含めこのアジトにいる全員が『領主にとって都合の悪い秘密を知る者』だ。


 そして、彼らの始末が成功した後には、サガロ達の家族の始末も行われるはずだ。


『彼らの始末の後』というのは、万が一失敗したときの保険。それに、拘束しているなら始末はいつでもできる―― と思っているだろうから。


「難しい顔してないで、私にも説明してくれないかしら!」


 エレーヌは言葉が分からないのに、俺達の話に加わろうとしてくる。俺も一応説明してあげているが、はっきり言って邪魔だ。


「でも『暗殺計画』って、カザナック帝国は大変なのね」


 エレーヌは他人事のように思っているようだが、その『ドルバック卿』とやらが皇帝になれば、国境が接していて、火炎玉の原料も手に入るゲルナンドは、真っ先に戦争を仕掛けられるだろう。


 そのことを教えてやると


「う、嘘…… そんなことになったら…… どうすれば……」


 真っ青な顔で涙目になるエレーヌ―― 初めて、こいつを『可愛い』と思ってしまった俺はサディストなのか? 俺も落ち込んでしまう。


 明日マルデオ達と合流してから、4日後に向けての対策を練ることにし、今日はもう休むことにする。


 エレーヌは盗賊のボスの部屋で休む―― そこだけ1人部屋で内側から鍵が掛けられるようになっている。俺は他の手下共の大部屋で、1人で休むことにする。


 とりあえず、俺は1人で4日後に向けての作戦を考えてみた。


 ドルバック卿の使者を拘束し、俺とサガロ達が国境を越えてカザナック帝国へ入る。

 領主にばれないようにセザラク領内に入り、拘束されているサガロ達の家族を速やかに救出する。

 救出に成功した後、ドルバック卿を拘束し、暗殺計画の証拠を持って帝都へ行く。

 帝都では暗殺計画阻止の功績を称えられ、褒美を貰う。


 うん! 完璧な計画…… とはいかないな。


 他は何とかなっても、問題は『サガロ達の家族の救出』だ。

 当然だが、サガロ達も拘束場所を知らなかった。


「タマ。お前なら人質の拘束場所、分かるか?」


《すみません、彰人様…… 強い力を持つ者なら、すぐにでも居場所を特定できますが、弱い力の者を特定することは難しいのです。

 その人を直接見れば、その魂の反応から、48時間以内の行動を追跡することができるのですが……》


 ゲルナの疾風団のアジトが分かったのも、ハゲテルを直接見たことで、奴の行動を追跡した結果、場所を導き出したようだ。


 そうか…… タマでも無理となると、いよいよ詰んでいるな……

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