第10話 彰人、サガロとゼルガに出会う

 俺はエレーヌを抱えて崖を駆け登った。


 登った先には、思った通り洞窟があり、入口には扉―― ここがアジトで間違いなさそうだ。


 盗賊共がどうやって出入りしていたのか、下からは死角になって分からなかったが、崖の頂上に縄梯子が束ねてあるのが見えた。

 また、アジトの入口には移動式の輪軸機構の巻上機が置かれていたので、これで崖の下から荷物を引き上げていたのだろう。


 エレーヌは未だ放心状態だが、放っておいて、アジトの中の様子を伺うことにする。


 扉に近付き中の気配を探る―― 入り口付近には人の気配はないが、奥がどうなっているかまでは分からない。


 扉を開けて1人でアジトに入っていこうとしたところで


「ま、待ちなさいよ! レディを放っておくってどういうつもりよ!」


 エレーヌがようやく意識を取り戻した。彼女は何かご立腹のようだが、無視して扉を開ける。


 カランコロン! カランコロン! 


 扉には音の鳴る仕掛けがされていた!


 俺は、素早く中に入って戦闘態勢を取る。

 エレーヌも俺に続いて、すぐに中に入ってきて剣を抜く。


 しばらく待ったが、誰も現れない。


「誰も来ないわね…… やっぱり、もう盗賊はいないのかしら?」


「否、奥に、人がいる」


 今俺達がいるのは、さほど広くない空間―― 何も物がなくて玄関口と言う印象。


 奥は2方向に分かれていて、どちらからも人の気配がする。

 右側が4人で、左側が2人―― しかし、その気配はほとんど動いている様子がない。


 音が鳴ったにもかかわらず、誰もここに来ないのが不自然だ。

 まさか、気付いていないのか?


「えっ! 盗賊がまだいるの?」


「人の、気配が、ある」


「どうする? 二手に分かれる?」


 急にエレーヌの目が輝きだした気がする。


 こいつ、戦いたがってるのか?


 構えを見る限り、確かに素人ではなさそうだが、昨日俺が相手した盗賊共に比べると、とてもやりあえるレベルではないだろう。


「ついてこい」


 俺はそれだけ言って左側に進む。エレーヌは、不満そうな態度を見せるが、大人しく付いてくる。


「ねえ。その棒、どこから出したの?

 そんな長い物を隠しておけるところ、ないでしょ?」


 エレーヌは、俺の右手に握られている棍をまじまじと見ながら、聞いてくる。


 そういえば、俺がソールドグを相手した後も不思議そうな目で俺を見ていたが、棍がどこに隠してあるのか知りたかったのか。


 別に、『異空間にしまってある』とか『魔術で見えなくしてある』とか、そういうことでは全くない。敢えて言うなら手品―― ネタばらしすれば『なんだ』と思う程度の隠し場所だが、勿体付けて


「秘密だ」


そう言っておく。


「ケチ!」


 進んでいくと扉が見えた。入り口の扉よりもずっと頑丈そうなその扉には、閂が掛かっている。


 音を立てないように近付き、小窓から中の様子を伺う。


 中には2人の男―― 机の上に紙を広げて、何かを書いているようだ。


 彼らは、盗賊というより研究者という雰囲気だ。

 状況から判断すると、中の2人は、盗賊共に監禁されているということだろうか。


 俺は、閂を外して扉を開ける。


「遅いじゃないか! 昨日の昼から水しか摂ってないぞ。こんなんじゃ、頭も回らん」


 2人は視線も向けずに文句を言う。


「カザナ語?」


 エレーヌがそう言うと、2人はやっとこちらに目を向けて


「だ、誰だ!?」「お、お前ら何者だ?」


 恐怖の表情を浮かべる2人。


「俺達、マカラから、来た。盗賊、捕まえた」


 俺が彼らにそう伝えると、


「なんだと! 奴らを捕まえた? じゃあ、俺達はこれからどうすればいいんだ?」


 彼らは、お互いの顔を見合わせて、心配した表情を浮かべる―― 彼らには、何かここにいる事情があるようだ。


「お前達、なぜ、ここに、いる? 説明、しろ」


「えっ!? あなたカザナ語が話せるの!?」


 突然驚いた声を上げたのはエレーヌだ。

 俺は、タマが通訳した通りに話しているだけだから、何語なのかなんて知るわけもないが、そういえばマルデオやエレーヌと話した時とは言葉の感じが違ったな。


「レミル語も、あんなにたどたどしくしか話せないのに、カザナ語が話せるなんて……

 私でもほとんど話せないのに…… これも神通力なの?」


 何故かショックを受けているエレーヌ。


 神通力でなく『タマの能力』だけどな。


 俺はエレーヌを無視して、2人の男に説明するように促す。


 彼らは1度頷いた後、話し始めた。


――――――――


 彼らは、サガロとゼルガといった。

 彼らはカザナック帝国領の【セザラク地方】にある【メキゼル】という小さい町の学者で、古くからの友人だという。


 彼らは4年前に『火炎玉』の開発に成功する。

 それは、メキゼル周辺に生息する危険動物の駆除のために開発したものであり、殺傷能力はまだ低かったが、それでも追い払った動物を、再び町に近づかせないだけの効果があった。

 それに目を付けたのがセザラク地方を治める領主であった。

 その領主というのが、カザナック帝国の帝位継承順位七位に当たる人物で、彼がそれに目を付けたのは、現皇帝と継承順位上位者の【暗殺】のためだった。


 領主はサガロとゼルガに、威力の高い火炎玉の開発を命令する。


 頭の良い2人は領主が何を考えているのかを、すぐに察した。彼らはこれが暗殺に使われることも、その後領主が皇帝に即位すれば、他国に戦争を仕掛けることも容易に想像できた。


 サガロとゼルガは、人を殺す道具を作る気はなかった。人の役に立つ物が作りたいだけだった。彼らはこっそりと町を離れる計画を立てた。


 しかし、領主の対応は早かった! 彼らの家族が領主に拘束されたのだ。


 2人には、もう選択肢はなかった。領主の命令に従い、火炎玉の改良を行うことを約束するしかなかった。


 しかし、セザラク領内で火炎玉の実験を行えば、帝都に情報が漏れる恐れがある。

 そこで領主が目を付けたのが、ゲルナ荒野だった。


 ゲルナ荒野は、カザナック帝国領でもレミール公国領でもない。

 ゲルナ荒野周辺の10の町による自治国家『ゲルナンド』の領地である。


 ゲルナンドには大きな軍隊も存在しないし、ゲルナ荒野は未だ未開の地であり、誰にも見つからず火炎玉の実験ができると考えたのだ。


 領主は子飼いの傭兵団に盗賊団の真似事をさせ、ゲルナ荒野を探索させ、アジトとなる場所を探させた。そして、6か月の探索の甲斐あって、この場所を発見し、サガロとゼルガはここに連れてこられたのだった。


 火炎玉の究極の目標は、ミドサウロスを殺傷できることだったが、そこまでは無理だろうということで、3年以内にアリザットを行動不能にするだけの威力にすること、というのが領主からサガロとゼルガに出された条件だった。


 しかし、そんな狡猾な領主なら、2人との約束を破り家族をすでに始末しているのではないか? と思ったのだが、この2人は頭が良い。


 毎月2度の定期報告で、家族全員に宛てて手紙を書いた。

 そのとき必ず質問形式の内容にすることで、予め返事を用意することができないようにし、筆跡から他人の書いたものでないことを確かめ、家族の無事を確認していた。


 傭兵団は『ゲルナの疾風団』と名乗り盗賊を続け、研究のための資金を調達した。


 初めの1年は、火炎玉の材料は全てセザラクから調達していたが、ほとんど成果は見られなかった。威力は少しは上がったものの、アリザットの固い皮膚を破るほどのものではなかった。

 しかし、2年目のある日、アジト拡張のために洞窟を掘っていると、この洞窟で高品質の硝石が採れることに気付いた。

 そこから研究は進み、火炎玉の威力は格段に高まったのだった。


 そして3年目には、威力は十分なものになった。

 後は導火線の長さのデータを細かく取り、爆発までの時間を調整するだけになった。


 何故期限が3年かというと、今年の13月までに完成させる必要があったからだ。


 カザナック帝国では、閏年の14月に帝都に王族や貴族が集まり、盛大にパーティが催される慣わしになっている。


 そこで暗殺が行われる予定なのだ。


――――――――


 俺は2人に『説明しろ』と言ったことを後悔している。


 これは、俺がその『セザラク』に行って、サガロとゼルガの家族を救い出し、その暗殺計画を潰す―― そういう流れになっている気がしてならない。


 俺は正義の味方でもなんでもない、しがない15歳の異世界人だ。さっさと自分の目的を果たして元の世界へ帰りたい俺は、うんざりした気分になる。


「ねえ。この人達の話、私にも教えなさいよ」


 エレーヌが言ってきた。


 そう! それも後悔の1つだ。


 話を聞いたらその内容を伝える必要があるのだが―― 俺がこのクソ長い話をエレーヌに伝えられるわけがないだろ!


 ここは開き直ることにする。


「エレーヌ。カザナ語、勉強しろ」


 その瞬間エレーヌは、ショックを受けたのか、口を開けたまま固まってしまった。

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