第9話 エレーヌ、回想

 私はエレーヌ。マカラ三長老の1人バレックの末娘。

 そして、世界中を冒険する美少女剣士―― を目指す16歳の乙女です。


 私は昨晩の兵士の知らせを聞いたとき、『マルデオ様に付いていき、ゲルナの疾風団のアジトへ行く』という計画を思いつきました。


 日の出とともに出発―― と言っておりましたので、私は急いで明日の準備をすることにしました。


 マルデオ様のお屋敷へ行くときは、いつも馬車を使っておりますが、明日は誰にも見つからないように、歩いて行くしかありません。

 となると、荷物は軽い方が良いですわね。


 当然、剣は持っていくとして、他に何が必要かしら? お金を少々用意しておけば大丈夫よね。後はマルデオ様が何とかして下さるはずです。


 とにかく、屋敷の者達が起き出すよりも早く家を出る必要があります。5時頃に出発することに決めました。


 明日の『小さな遠征』が、私の冒険譚の始まりになるのです!


 そう思うとドキドキして眠れそうにありません。


……


 はっ! どうやら少し眠ってしまったようだわ。


 時間は…… レミール公国製の最新の時計が5:15を指しています。

 さっき見たときは2:50でしたのに、いつの間にか2時間以上も経っています。


 急いで着替えて、昨日用意しておいた剣とお金を持って、誰にも見つからないように音を立てずに、でも急いで屋敷を後にします。


 部屋には書置きを残してきました。


『親愛なるお父様。

 私はマルデオ様に同行し、盗賊団のアジトへ行って参ります。

 お父様の奪われた荷を取り戻して参りますので、どうかご安心ください。

 エレーヌ』


 これを見れば、お父様もきっと安心なされるはずです。



   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 まだ日は出ていませんが、空には満月が輝いていて思った以上に明るいです。これなら灯りなしで大丈夫そう。とはいえ、昼間の町の様子しか知りませんので、この静寂は少々不気味ですわ。

 でも、決して怖がっているのではありません。寧ろ、今日のこれからのことを想像すると、ウキウキしてきます。


 ああ、早く盗賊のアジトが見たいわ!

 きっと、財宝がドッサリあるはずだわ!


 道中では、危険な動物と戦ったりするかもしれません。私の剣術の腕前に、皆が驚く姿が想像できます。もしかすると、戦人と一緒に戦うことになるかもしれません―― 楽しみです。


 それにしても、マルデオ様のお屋敷には、まだ着かないの?

 こんなに遠かったかしら?


 空がだんだん白けてきました…… 急がないと!


 置いてきぼりなんてゴメンだわ。


……


 危なかったわ…… 御者が気付いて下さらなければ、置いて行かれるところでした。


 マルデオ様、驚いておられますわね。


 マルデオ様! 私を屋敷に帰そうとなさっても無駄ですわよ。

 お父様の名前を出せば、絶対折れるのは分かっておりますもの―― ちょろいです。

 勿論、お父様は『奴らのアジトから少しでも取り返せ』など仰いません。

 マルデオ様、嘘を付いてごめんなさいね。


 マルデオ様の前に座っているこの少年―― マルデオ様の従者かと思いましたが、そうではなさそうです。

 まさか、この少年が『戦人』なのかしら?


 私の想像していた『戦人』は20代の屈強な男性でしたので、全く予想外です。でも、マルデオ様のご様子から、彼が『戦人』に違いありません。


 若いわね―― 私と変わらないくらい?

 黒髪に黒い瞳―― ちょっと神秘的ね。

 お顔は―― なかなかのイケメンだわ!

 名前は――『アキト』っていうのね。変わった名前。


 勿論、そんな風に思っていることなどは微塵も態度に出しませんし、アキトに興味があるなど絶対に悟らせません。


「戦人の力も巫女の力も全く疑っております」


 そう告げておきます。


……


 あら! マルデオ様のお持ちの地図、×印がアジトの場所かしら?

 では、この線がアジトへのルートですわね。このルートでは、危険がほとんどないような気がします…… それでは、私が剣を振るうことも、アキトの戦闘を見ることも叶いません。


 ルートを変えて頂こうかしら。


 そう思いましたが、やっぱりマルデオ様を危険に晒すわけには参りません。今回は諦めるしかないわね…… そう思っていますと


「最短ルート、いいと、思う」


 アキトがそう言ったので


「うそっ!」


 私は、思わず声を上げてしまいました。


「ただし、俺と、こいつだけ、行く」


 マルデオ様まで危険な目に遭わせたくない私にとって、アキトのその言葉はまるで【神のお告げ】のようでした―― 勿論、そんなことを悟らせるわけには参りません。わざと嫌がるそぶりを見せましたが、思わず嬉しさで顔がにやけてしまいそうです。


……


 問題が発生しました……


 マルデオ様のお屋敷に戻ることになりました。ネルサお姉様に見つかると、屋敷に連れ戻されるかもしれません。


 どうしよう、どうしよう―― と考える間もなく、ネルサお姉様に見つかってしまいました。


「エレーヌ、話はマルデオから聞きました…… 私は何も言いません。

 良いですね、アキト様にご迷惑をお掛けしないこと。それから、絶対に無茶をしないことを約束なさい」


 お姉様は優しく仰って下さいましたが、多分お怒りだったと思います…… 目が笑っておりませんでしたし、眉間に皺まで寄っておられましたから。


 少し経ってアキトが鳥車に乗って現れました。お姉様はアキトと何かお話しされています…… きっと私のことですわ。

 ばつが悪いので、さっさと鳥車に乗り込みました。


 アキトはマルデオ様に声を掛けた後、ダリモをゆっくりと走らせました。

 予定とは少し違いましたが、ようやく出発です!



   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 昨夜は全く眠れず、今朝は慌てていたので朝食を取れませんでした―― お腹ペコペコで倒れそうです。


 そうだわ! お弁当がありましたわ!


 ああ、生き返る! はしたないですが、この鳥車の揺れでは手掴みで食べるしかありません。アキトに見られるわけにいけませんので、慌てて食べていたら喉に少し詰まらせてしまいました。


「おい! お前、どこか、悪いのか?」


 いけない! 思わず手に持っていた食べ物を口に詰めました。


「弁当、食べたな!」


 仕方ないでしょ! お腹ペコペコでしたのよ!


 私が悪いのは分かっていますが、思わず言い返してしまいました。

 それにしても『昼飯抜き』はひどいです。せめて弁当半分は食べないと倒れてしまいます……


 アキトは私が剣を持っていることに気付き、私の剣に興味を示しました。


「期待、しておく」


 ですって! 


 アキトが私の剣の腕前に驚く姿を想像すると、楽しくなります―― 早くその機会が来ないかしら!


「でも、昼飯は、抜き」


 だなんて…… きっと冗談よね?



   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 退屈だわ……


 出発から1時間以上経っても、まだ何も起こりません。と思っていると


 あら!? あそこに見えるのはソールドグですわ!


 私の剣の腕を見せるのに丁度良さそうな相手―― と思いましたが、その群れはかなりの数のようです。この数は流石に危険です。

 アキトもきっと群れを避けて迂回するはず……


 えっ!? 群れに向かって真っすぐに鳥車は走っていきます。

 アキト!? あなた何を考えているの?


 ほら! ソールドグがこっちに向かって来たじゃない!


 アキトは鳥車を止めて、御者台から降りました。彼は逃げずに迎え撃つようです。

 私も戦うしかありません。ところが、


「エレーヌ! ダリモ、守れ!」


「えっ?」


 私も一緒に戦うつもりでしたのに、アキトは1人で戦う気なの?


 でもあなた、武器を持っていませんわよ。素手で戦うつもり?


 ソールドグは、もうアキトの目の前まで迫っています。


 やっぱり素手で戦うのかしら? そう思っていますと、いきなりアキトの右腕に長い棒が現れました!


 それ、どこから出てきたのですか?


 でも、私が本当に驚かされたのは、その後です。


 アキトの振るう棒のあまりの速さに、私の眼にはその動きが全く見えません。

 アキトは、ただその場に立っているだけにしか思えませんが、次々とソールドグは倒されていきます…… これがお伽噺にもある、戦人の『神通力』なのでしょうか!?


 私はその様子を呆然と見ておりました。

 すると―― 突然アキトの横を1頭がすり抜けてこちらへ向かってきました!?


 戦闘中に油断するなど有ってはならない失態ですが、私はどうすることもできず無様を晒してしまいました……

 でも、仕方ないことではありませんか? アキトがあまりに人間離れしていて、まさかこちらへ来るなど思いもしませんもの!


 そうです! アキトの責任もあるはずよ! それなのに――


「晩飯、抜き!」


 酷すぎますわ……



   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ミドサウロス――


 このゲルナ荒野で最も恐ろしい生き物です。それが迫ってきているのに、アキトは何を考えているの!? 鳥車を止めて降りてしまいました。


 まさか戦うつもり? いくら何でもあり得ません。


 アキトの手には、またあの長い棒が握られています…… さっきまで影も形もなかったはずなのに? いったいどこから出てきたの?


 そんなことより、今はミドサウロスでした…… もうアキトまで20m程の距離まで迫っています。


 私は神に祈るしかありません……


 ところが! ミドサウロスは突然方向を変え、来た道を戻っていきました。


 助かったのですか?


「キノーノヤツダッタ」


 御者台に戻ったアキトは、聞いたこともない言葉(?)を呟きました。



   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ゲルナ湖に到着したところで一度休憩を取ります。ダリモもだいぶ疲れています。


 アキトは湖の方へ行ったきり、戻ってきません……


 私は少し心配になりましたが、ダリモを守る必要があるのでその場を動けません。


 20分も経った頃に


「悪い悪い」


 そう言いながらアキトが戻ってきました。


「弁当抜き!」


とやり返そうと思いましたが、アキトは私に果物を投げてきました。そして、ダリモには水とお魚を与えています。


 仕方ありません。今回は見逃してあげることにするわ。



   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 昨日はほとんど眠っていませんので、ついウトウトしてしまいます。


「ついたぞ!」


 アキトの声に無理やり目を開けます。


 ここがアジトの場所?


 目の前には大きな滝が流れています。でも、周りは崖ばかりで何もありません…… 本当にこんなところにアジトがあるのかしら?


 疲れと眠気で、やる気が起こりません。濡れるのも嫌ですし、鳥車の中で待つことにしますわ。アジト探しはアキトにお任せします。


……


 アキトが戻ってきました。


 でも、アジトはまだ見つかっていないの?


 もう! 戦人の神通力なら簡単に見つけられるのではないの?


 洞窟があったのなら、早く見てきてくださいな! 私は待っていますから。


「ちゃんと、見張っておけ。盗賊、まだいるかも、しれん」


 別に盗賊を恐れたわけではありませんが、やっぱり私も付いていくことにします。

 本当に盗賊を恐れたのではないのよ!


……


 あそこに洞窟があるの?


 アキトが指さしたのは20m程も上です。あんな高い場所、どうやって調べるつもりなのかしら?


 そう思っていますと、突然アキトが私を抱き上げます!


 正直心臓が止まりそうになりました…… 大胆ではありませんか? 私が魅力的なのは否定しませんが、私の気持ちを考えずにいきなりなんて……


 えっ!? 嘘でしょ??


「きゃあぁぁぁぁ!」

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