第8話 彰人、アジトを探す

 マルデオの屋敷を出て20分―― 今の所、すこぶる順調だ。


 意外にも、エレーヌは特に何も言ってこず鳥車の中で大人しくしているし、3羽のダリモは、すごくうれしそうに駆けている。


《タマ。ダリモ達、随分機嫌よく走っているけど、車を引くのが好きなのか?》


《いえ、そういう訳ではなく『エサがとても美味しかった』と言ってましたから、それで上機嫌になっているようです》


 なるほど、ダリモを気分良く走らせるには上質なエサが不可欠というわけだな。


 それから、盗賊共のダリモの手綱が異常に長かった理由も分かった。奪った荷車をダリモを使って運ばせていたようで、御者台から使うと丁度良い長さになっている。


 マカラから盗賊団のアジトまでは、直線距離で約100km。

 鳥車のスピードがおよそ時速20kmだから、途中休憩をはさんでも正午過ぎにはアジトに着けそうだ。


 しかし、気になることが1つ。


《さっきから、後ろでガサゴソ音がして不気味なんだが……》


 俺は、流石に女性の独り言を勝手に聞くのは悪いと思って、タマには俺への会話以外の通訳はしなくて良いと言ってある。


《今は何か苦しそうですよ》


《苦しそう?》


 それはまずいんじゃないか…… ちょっと声を掛けてみるか。


「おい! お前、どこか、悪いのか?」


 俺が鳥車の中を覗くと、エレーヌは慌てた様子で何かを隠す―― 俺はその隠したものに気付いた。


「弁当、食べたな!」


「ひふぁふぁなひふぇひょ!」


 口いっぱいに物を含んだまま、エレーヌが応える。そして『ゴクッ』と飲み込んだ後


「朝から何も食べてなかったから、お腹が空いてたのよ!」


 道理で大人しかったわけだ…… しかも、逆切れするし、とんでもない女だ。


 時間はまだ7時半を少し過ぎたあたり。普通そこまで腹減ってないだろ!


 俺は食料の入った籠を取り上げて、エレーヌに告げる。


「お前、昼飯、抜き」


「ま、待ちなさい! あなたの分半分で手を打つわ」


 一体何の手を打つつもりなのか? その自分勝手な理屈が、俺には理解不能だ。

 俺は華麗にスルーを決め、


「文句あるなら、晩も、抜き」


 そう告げると、エレーヌは目に涙をためて、


「ひどいわ! か弱いレディを飢死させる気なの?」


「か弱いレディ、剣、持たない」


 俺は、エレーヌが剣を用意していることに気付いていた。

 まさか、俺を襲うために用意したわけではないと思うが、一応理由は聞いておこう。


「何のため、剣、持ってきた?」


「決まってるでしょ! あなただけじゃ心配だから、自分の身を守るためよ!」


「使えるのか?」


「当たり前よ! 剣の腕には、ちょっと自信あるわ!

 小さい頃から剣術を嗜んでいて、お兄様からも筋が良いと言われていますのよ」


 身内の評価は当てにならんが、『自分の身は自分で守る』という気概は、評価してもいいだろう。


「期待、しておく」


「な、何よ? 期待だなんて…… も、勿論、任せなさいな!」


 エレーヌは少しうろたえながらも、胸を張って応える。


「でも、昼飯は、抜き」


「そ、そんな……」


 俺は女でも決して甘やかさないのだ。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



《なんとか、トラブルなしでここまで来れたな》


 途中ゲルナ湖で休憩を入れたが、それでもほぼ予定通り12:30を少し過ぎた頃に、アジトがあるという地点に到着できた。


《トラブルなし? そうでしたか?》


 タマは何か言いたいことでもあるのか?


《途中で【ソールドグ】の群れの襲撃や、ミドサウロスとも遭遇したはずですが……》


――――――――


『ソールドグ』とは、大型犬くらいの大きさでオオカミのような見た目の肉食獣だ。

 戦闘力は1頭では大したことはないが、集団で狩りをするため、この辺りでは恐れられているそうだ。


 俺達は、ソールドグの群れが、昨日俺が殺したアリザットに集って食事しているところに遭遇した。ちょうどアジトへの最短ルート上にいたから、迂回せずに真っ直ぐ進んだら襲ってきたのだ。


 30頭ほどの群れだったが、俺1人で相手をした。


 後ろで退屈そうだったエレーヌのために、1頭だけ態とエレーヌに回してやったら、ダリモの後ろに逃げようとしたときは少し焦ったが、その1頭はダリモが蹴り飛ばして倒してしまった。見掛けによらずダリモは強いらしい。


 結局、5分ほどであっさりと全部片付けた。


 俺のポリシーとして、基本的に食べる以外の目的で野生動物を殺す気はない。だから気絶させただけで済ませた…… 昨日アリザットを殺したけど、アレはムシャクシャしてたから例外だ。


 その1時間ほど後に、ミドサウロスと遭遇した。


 ダリモがビビッて鳥車が動かなくなったから、仕方なく俺は鳥車から降りてミドサウロスの方に近付いて行った。

 ミドサウロスも俺の方へ近付いてきたが、俺の右手の棍に気付いたのか、いきなり回れ右して全速力で俺から離れて行った。


 流石に、逃げた相手を追いかける趣味はないので、そのまま見逃した。


 俺は、ミドサウロスの背中を見つめながら、以前ネットで見た『懐かしのCM』の『エリマキトカゲ』を思い出した。


――――――――


《トラブルというほどもないな》


《普通の人間なら確実に命にかかわる問題ですが…… 彰人様にとってはトラブルではないのでしょうね》


 タマの言葉を聞き流し、辺りを見渡していると


「ねえ、本当にこんなところに、アジトがあるの?」


 エレーヌが目を擦りながら鳥車から出てきた。


 ここは切り立った崖の底で、上からは激しい滝が流れている。

 滝は高さ50m、幅30mくらいある壮大なもので、滝壺も結構深そうだ。


 しかし、それ以外には周囲に目に付くものはなく、エレーヌの疑問は尤もだ。


 タマに聞けば、アジトはすぐに見つかるのだろうが、ここまで来たら自分で探したい。自己満足なのは分かっているが、時間もたっぷりあるし、少しは探索気分も味わいたいから、タマには黙っておくように言ってある。


「ある、はずだ」


「『はず』って何よ! あなた戦人なんでしょ! しっかりしなさいよ!」


 さっきまで鳥車の中で寝ていたくせに、起きた途端にこれか……


「起きて損したわ。鳥車の中で寝とくから、見つかったら起こしなさいよ」


 エレーヌはそう言って、再び鳥車の中に引っ込んだ。見た目が良いだけに、性格とのギャップが余計に残念だ。

 まあ、俺としては寝ておいてくれた方が静かで助かる。


 とりあえずお約束だが、滝の裏が怪しい。


 滝の裏を覗くと、2m程の人が通るには十分すぎる隙間があった。

 俺は程なく洞窟を発見する。


 あっけない…… そう思ったが、中に入ってみると柵があり、外側から閂を掛けるようになっている。


 どうやら、はずれだな……


 ここはダリモを格納する場所のようだった。アジトでなかったが逆にホッとする。簡単に見つかりすぎると探索気分が味わえないからな。

 それでも、アジトがすぐそばにあるのは間違いないだろう。


 洞窟を出るとき、上の方から風の通る気配を感じた。見上げてみると、10m程上にも洞窟らしきものがあるようだ。


 今度こそアジトかもしれない。俺は1度エレーヌに報告に戻ることにした。


……


「見つかったの?」


 エレーヌは見るからに不機嫌そうだ。


 俺は首を横に振る。


「えーっ! 見つかったら起こして、と言ったでしょ!」


「洞窟、あった。そこが、あやしい」


「じゃあ見てきなさいよ。私待ってるから」


 予想通りの返事だな…… 付いてこられても足手まといだし、大人しく待っておいてくれた方が、こっちとしても助かるが、一応釘を刺しておこう。


「ちゃんと、見張っておけ。盗賊、まだいるかも、しれん」


「えっ!? 全員捕まえたんじゃないの?」


「わからん」


 確かに、昨日の襲撃してきた連中は全員捕まえたが、アジトにまだ残っていない保証はない。あるいは、出払っていた盗賊が戻ってきて、鉢合わせにならないとも限らない。


「とにかく、油断、するな」


「や、やっぱり私も一緒にいくわ」


 足手まといではあるが、1人で置いておくよりは安心かもしれないな。

 そうなると、ダリモは滝の裏の洞窟に隠しておこう。


……


「滝の音がうるさいし、水飛沫で濡れるし、最悪だわ!」


 エレーヌはさっきから文句ばかりだ…… 否、初めからだったな。


 それでも、ダリモを洞窟に入れるのを手伝っただけ、少しはマシになったかも?

『弁当半分やる』って約束したからだろうけどな。


 さて、問題はどうやって10m上の洞窟に入るかだ。


 俺1人なら、これぐらいの崖を登るのは訳ないが、盗賊共は荷物を運びこんだりしていたはずだし、どこかに登る手段があるはずだ。あるはずなんだが―― 全然それらしいものが見当たらない……


 仕方ない!


 俺はエレーヌを抱え上げた。エレーヌはいきなりのことに驚いて固まっているが、暴れる様子はない。


 俺はそのまま一気に崖を駆け登る!


 その瞬間、エレーヌから悲鳴が上がったが、悲鳴は滝の音に掻き消された。

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