第3話 彰人、タマの特技に興奮する
マカラを目指してから、そろそろ1時間が経つ。
少し離れた岩陰で『巨大な影』が動くのが見えた。
当然、俺は随分前から『それ』の気配に気付いていたのだが、タマから『エシューゼには魔物はいない』と聞いたから、この世界の野生動物だろうと気にせずにいたのだ。
しかし―― アレも『野生動物』の範疇なのだろうか?
「なあ。ちょっと確認するが、あそこにいるアレは魔物ではないのか?」
《え? もちろん野生動物ですよ。彰人様の世界にも同じような動物がいると聞いておりましたが?》
なるほど…… 確かに俺の世界にも、アレに似たのはいた。といっても、俺は実物でなく図鑑の想像図でしか見たことはないが。
向こうも俺を発見したのか、地響きを立てながらどんどん接近してくる。
どうやら俺のエシューゼでの最初の戦闘は、この2足歩行タイプの『8m級肉食恐竜』との戦いになりそうだ!
……
俺の世界では恐竜は絶滅したが、ここでは普通に生息しているわけか。これほど巨大な動物を
《彰人様、気を付けてください!
こいつは【ミドサウロス】という肉食竜で、ゲルナ荒野で最も危険な動物です》
否、説明無くても見ればわかる…… こいつを見て『危険』と思わない奴は、そうそういないだろう。
見た目はティラノザウルスの小型版―― 恐怖心を煽るには十分な姿だ。
とはいえ、俺は全く脅威に感じていない。
目の前5mに迫ったミドサウロスに対し、俺は特に構えず棍を右手に持ったままの自然体で立つ。
ぐおおおおお!!
俺の目の前に立ったミドサウロスは、獲物を脅すように1つ咆哮を上げ、そして巨大な顎を開いて『噛み付き』攻撃をしかけてきた!
無数に見える鋭い牙―― 迫力満点だ!
しかし、俺は無駄のない脚捌きで、ミドサウロスの左側へ回り込み攻撃を躱す。
ミドサウロスは、俺を見失ってキョロキョロしている。ちょっと微笑ましい。
俺は、棍でミドサウロスの身体をコンコンと軽く叩く。
ようやく俺を見つけたミドサウロスは、体勢を整えて攻撃態勢を取る。
次のミドサウロスの攻撃は、尻尾での『横殴り』だ!
俺は棍を使い『棒高跳び』の要領で尻尾を飛び越えて、そのままミドサウロスの後方に着地する。
今度は俺の位置を見失わなかったようで、すぐさま反転し、頭を低くした前屈みの体勢から『体当たり』を仕掛けてきた!
思った以上の『素早い攻撃』に、俺は少しだけ感心する。
俺は再び、棍を使って上空に飛び攻撃を躱す。
しかし! 今度は躱すだけではない。
俺は空中で攻撃態勢を取る。
そして―― ミドサウロスの頭に、棍を振り下ろした!
……
《すごいですね! 彰人様!
ミドサウロスをたった『一撃』で気絶させるなんて!》
まあ、『本気』なら気絶では済まなかったはずだが、この世界の野生動物を殺すのは気が引けたので、かなり手加減した。
「やっぱり、殺さない方がいいよな?」
《ミドサウロスによる人間の被害を考えますと、少々の『駆除』はむしろ有難いですが、そのあたりの判断は、彰人様にお任せします》
「どうやら、殺した方が良かったみたいだな。引き返してトドメを刺そうか?」
《いえいえ、そんな必要はございませんが……
そんなことより、彰人様はこちらに来られてから、まだ何もお召し上がりになられていないと思うのですが、大丈夫ですか?》
俺の身体は、神明流の修行により『サバイバル仕様』に鍛えられている。後5時間は何も口にせずに歩き続けても、パフォーマンスが落ちない自信はあるが、とはいえ全く空腹感がないわけではないので、早く町に着くに越したことはない。
「俺は全然大丈夫だけど、町に着いたら、何の心配もなく飯にありつけるんだよな?」
俺は、何と言っても『この世界の救世主』なわけだし、多分いろいろと優遇してもらえるのだろう。俺はそう信じているが、一応確認してみる。
本音を言うと、悪い予感がプンプン臭っている……
《はっ!? 1200年ぶりのことで、すっかり忘れておりました。
普通は、救世主様へのご準備は、『扉の管理者』が用意しておくのですが、管理者不在のために何も準備できておりませんでした…… お金の用意が…… その……》
やっぱりか! お約束か!
『お金』に関しては死活問題だ!
早急に解決しなくては魔王退治どころではない。とにかく、お金を稼ぐ方法を確保する必要がある。それも今すぐに!
このままでは、町についても飯は食えないし、宿にも泊まれないぞ……
そんなことを思っていると、俺の足取りは急に重く感じられた。それでも、マカラを目指して歩き続けるしかない。
マカラに着くまでに、何か金を稼ぐ『いい手』が見つかればいいのだが……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
最初の戦闘から2時間が経っている。
俺は、この間に2度戦闘を行った。
ミドサウロスほどの大型ではなく、恐竜よりオオトカゲに近い、4足歩行タイプの4m級の野生動物【アリザット】を2匹倒した。
可哀そうだが、俺のムシャクシャした気分の鬱憤晴らしに、瞬殺させてもらった。
それにしても、今更ながら『後悔』している。
何の準備もなしで、エシューゼに来てしまったことを……
『火とナイフがあれば、あいつらを捌いて腹の足しにしたのに』とか、
『皮を剥いで売れば、金になったかもしれないのに』とか、
そんなことを考えても、後の祭りなのは分かっている。
まだエシューゼに来て『3時間少々』しか経っていないのに、俺のテンションはどんどん下がり続けている。
タマも《すみません》と謝るばかりで、余計に気分が滅入る。
なんでもいいから、テンションUPする『
早く起きてくれ!
……
マカラまで後10kmというときに、俺は進行方向の右側に見える1km程離れた森の方から、複数の『何か』が高速で動いている気配を察知した。
馬車2台と、その後ろに馬に乗った大勢の人―― これは!
もしかするとチャンス到来か!?
俺は、森に向かって全速力で駆け出す!
《彰人様? どちらに行かれるのですか? そちらは町ではございませんが?》
タマが、俺を追いかけてくる。
「分かっている! あの森の方に『幸運』がありそうなんだ。
だが、グズグズしていたら間に合わない。急ぐぞ!」
この距離なら、1分もあれば接触可能だ!
……
森の向こうには、草原が広がっていた。
俺は、『目的の連中』から少し離れた木の上で、状況を観察している。
よし! ほぼ『予想通り』の状況だ!
《あれは盗賊団ですね。狙われているのは商人のようです》
タマの言う通りだ。構図としては、商人の馬車2台を、馬に乗った盗賊団が追いかけている。
予想外と言えば、車を引いているのが、馬ではなく『ダチョウ』を2回り以上大きくした生物であるのと、盗賊が乗っているのは、それの小型の『ダチョウモドキ』ということくらい―― どことなく、某有名RPGの『チョ〇ボ』を思わせる生き物だ。
――――――――
【エシューゼ豆知識】
盗賊が乗っているダチョウモドキは【ダリモ】で、車を引いている大型のダチョウモドキは【ダリデッカ】という。そして、ダリデッカの引く車は【
――――――――
商人の大鳥車は2台が縦1列に並ぶ形で走り、盗賊団の乗るダリモが左右2列に分かれて追いかけている。
盗賊団の人数は12人。
そいつらの格好は統一されていて、一様に皮の胸当てを装備しており、頭にはターバンのような布を巻いている。
一人だけ、胸当てというより鎧に近い装備をしているのが、盗賊団のボスだろう。
そのボスの合図で、盗賊団は一気にスピードを上げて、大鳥車の行く手を塞ぐために、大鳥車の周りを囲むように展開しだした。
なかなかに統率された動きで、言いたくないが『優秀』な盗賊団のようだ。
とうとう、大鳥車は逃げ道を失ってしまいスピードを緩めた。
さて、出番だ!
俺は木の上から飛び降りて、大鳥車の方に走り出す。
2台の大鳥車は完全に止まり、盗賊団の1人がダリモに乗ったまま、ゆっくりと先頭の大鳥車に近付いていく。
御者は、恐怖の表情を浮かべ震えている。
そして、御者の前で止まった盗賊が、腰の刀に手を掛けた! その瞬間―― 絶妙なタイミングで大鳥車から人が出てきた。
30代前半くらいの恰幅の良い高級な服装をした男―― 大鳥車の主だろう。
盗賊の手が止まり、その男の方を見る。
男は盗賊に向かって話しだした。
ナイス、時間稼ぎ!
俺と大鳥車の距離が、思ったより開いてしまったんで、俺は正直焦った!
男は、身振り手振りで必死に盗賊に話している。男が何を話しているのかは聞こえないが、盗賊がいきなり笑いだした。
この状況で、ジョークを飛ばして相手を笑わせるとは、このおっさん『相当なやり手』に違いない―― なんて思っていると、盗賊はいきなり刀を抜いた!
おっさんは「ひっ!」と叫び、頭を抱えて蹲る。
3秒後―― おっさんは『何も起こらない』ことを不思議に思い、ゆっくりと身体を起こして目を開ける。
「安心しな。もう大丈夫だ!
俺がこいつらを退治してやるから、その代わりに礼ははずめよ!」
俺は、おっさんに向かってそう言った。
おっさんは状況が理解できないのか、呆けた表情で目の前に立つ俺を見ている。
聞こえなかったのか?
俺はもう一度、さっきと同じセリフを言う。
「安心しな。もう大丈夫だ!
俺がこいつらを退治してやるから、その代わりに礼ははずめよ!」
おっさんは首を傾げ『理解できません』という表情をしている。
なんてこった!
《おい! もしかして俺の言葉は、こいつに通じていないのか?》
俺はタマに念話で話す。因みに、周りに人がいないときは、普通に声でタマと会話していた。
《はい。彰人様の世界の言葉では、相手は理解できないと思います》
そんなこと、分かってるわ!
ファンタジーのお約束【自動通訳機能】は、俺には備わっていないようだ……
俺が絶望の表情をしていると、おっさんが喋りだした。
「もしや、あなたは私共をお助け下さるのですか?」
《ん!? どういうことだ? 俺はこいつの言葉が理解できるぞ?》
《それは、私が彼の言葉を同時通訳して、念話で彰人様にお伝えしたからです》
ほんとかよ! 今の声―― 完全にこの『おっさんの声』で聞こえたぞ!
と思っていると、今度は別の声が聞こえてきた。
「て、てめぇ! どっから現れた!」「仲間を、よくもやってくれたな!」
それも2つ同時に別人の男の声が!
《これも、お前の同時通訳の念話なのか!?》
《はい、そうです。私にはこの程度のことしかできませんが、少しは彰人様のお役に立てそうでしょうか?》
これはスゲぇ! 同時通訳!? そんな生易しいものではない!
そう! これは映画なんかの『吹き替え』だ! それもリアルタイムの!
まさに『リアルタイム・ダビング』だ!
こいつ、全然役立たずと思っていたけど、こんな特技を持っていたとは!
今からこいつを、タマ改め【リダ】と呼ぶことにしよう。
《これから、お前のこと『リダ』と呼ぶことにするから、よろしくな!》
《え?『リダ』ですか?》
《ん? 気に入らないのか?》
《いえ、そうではございませんが……
彰人様は、私のことを『タマ』と心の中で呼んでいらしたように思いましたので》
なにぃ!? 気付いていたのか!?
《私も『タマ』が、なかなか響きが可愛いなぁ、と思っていたものですから……
いえいえ、『リダ』が気に入らないわけではございません。
勿論、彰人様のお好きな様にお呼びください……》
いやいや。リダ―― 絶対気に入ってないよな。
《そ、そうか…… やっぱり『リダ』はやめよう。『タマ』と呼ぶことにするわ》
《はい!『タマ』と呼んでください!》
タマ―― 相当気に入ってたんだな。
《ところでタマは、俺の言葉を念話で相手に伝えることはできないのか?》
《それは無理なのです。彰人様は我が主と契約を結ばれていますので、念話で話せるのですが、他の者への干渉はできないので、念話は使えません》
タマは、俺以外には存在を全く感知されない。それどころか『存在しない扱い』らしくて、俺以外には干渉できない代わりに、俺以外からのどんな干渉も受けないらしい。
《それじゃあタマ。俺の言葉をこっちの言葉に翻訳して、俺に教えてくれ》
回りくどいが、これで一応のコミュニケーションは取れるだろう。
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