第2話 彰人、救世主と呼ばれる
まいったなぁ……
俺が勢いよく振り向いた先には、当然そこに存在しているはずの『扉』は、影も形も見当たらなかった。
それどころか、蔵も綺麗サッパリ消失しており、360度どこを向いても荒野が広がっているだけだった。
周囲を歩き回ってみたが、それは立体映像ではなく完全に本物の荒野だった。
それでも俺は、その光景を『現実』と受け止めるまで暫しの時間が必要だった。
信じられないが、扉を通ると一瞬で別の場所に転移したわけだ。
「ど○○もドアかよ!」
ピュウゥゥゥ……
1人でツッコミ入れるも、虚しい風の音が返ってきただけだ。
流石のあの研究所でも、『空間を転移させる』ような装置は、まだ作れないだろう。与太話だとばかり思っていた親父の話が真実味を帯びてくる。
ここは、本当に『異世界』なのか?
困ったことに、周りには人の気配はない。少なくとも半径1km以内に誰もいないのは間違いないようだ。
俺は、行動を起こそうにも、どっちに向かって進めばいいのか判断できないでいた。とはいえ、ここにいつまでも留まっている訳にもいかない。
仕方ない……
俺が棍を地面に立てて、倒れた方向に進もうと決めたその時だった!
不意に俺の目の前1m程の所に、テニスボールくらいの大きさの【白く光る球】が浮かんでいるのが見えた!
俺の思考は、一瞬で戦闘モードへと切り替わる。
「ちっ!? こんなに接近されるまで気付かんとは…… 我ながら情けない」
俺はすぐさまバックステップで距離をとり、棍を構える。
《わわわ…… ま、待ってください、【救世主】様……》
俺の頭に、慌てた『少女の声』が聞こえてきた。
目の前の『光る球』が話しかけてきたのか?
油断はできないが、敵意は感じられないので、俺は棍の構えを解いた。
それに―― どう見ても『弱そう』だしな。
『光る球』は安心したのか、ゆっくりと俺の方に近付いてくる。
《私は、この世界の【使い】でございます。
救世主様のお手伝いをするようにと、主より承っております》
俺は、そういえば扉に触れたときに、誰かが話しかけてきたことを思い出した。
俺は、あの声を『いたずら』だと思い込んでいたから、完全に聞き流していたが、アレが『いたずら』でなかったとすると、俺は『この世界の危機を救うためにやって来た』ということになるのか?
とてつもなく『面倒なこと』に巻き込まれてしまった気がする。こんなことなら『親父の話』をしっかりと聞いておくんだった……
最悪だ!
と心で叫ぶが、俺に選択肢がないことを悟り、流れに身を任せることに決めた。
こんなところで突っ立っていても仕方ないし、こいつが俺の手伝いのために来たというなら、やることは1つだ。
「それじゃあ―― ここから1番近い町まで案内してくれ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今俺がいるのは【ゲルナ荒野】と呼ばれる大平原。
俺は『光る球』に道案内される形で、さっきの場所から1番近い【マカラ】という町を目指して歩いている。
マカラは人口5千人程の港町らしい。
ここからマカラまでは40km程あるそうで、今のペースで歩いていくと5時間くらい掛かりそうだが、特に急ぐ理由もないし、俺はこのままゆっくりと行くことにする。
とりあえず俺は、退屈しのぎと情報収集を兼ねて『光る球』と話しながら歩くことにした。
「ところで、お前の名前はなんていうんだ?」
《私に名前はございません。ですので、救世主様のお好きなようにお呼びください》
「そうか…… お前の呼び方は追々考えるとして、まずは俺のことを『救世主様』と呼ぶのはやめてくれ。『彰人』でいい」
《わかりました。彰人様》
俺は、『様』付けで呼ばれることにも抵抗はあるが、そこは妥協することにした。
そして、俺はこの『光る球』を、心の中で『タマ』と呼ぶことにする。
「『お手伝い』と言ってたが、一体お前は何ができるんだ?」
《そうですね…… 残念ながら私には大した力がありませんので、戦闘行為はもちろんのこと、他人に干渉するようなことは一切できません。
私にできることといえば、『この世界の道案内』と『この世界についての情報をお伝えすること』くらいでございます》
道案内は必要と言えば必要だが、それよりも、今の俺にとっては『地図』を見せてもらう方が有難い。地図があれば、これからの予定を立て易い。
「この辺りの地図が見たいんだが、用意できるか?」
《できません》
即答かよ!
「じゃあ、近くに水場はあるか?」
今すぐ水が飲みたいわけではないが、水の確保は旅の基本だ。
《ここから北西13kmの場所に湖がございます》
「で、北西はどっちなんだ?」
《はい。今向かっている方向の真逆です》
意味ないだろ!
……
その後もいろいろとタマと話してみた結果、今俺に必要なことは、タマには大抵『できない』ことがよく分かった。
本当に使えない『残念』な奴だ。
仕方ないので、俺はタマのできること――『この世界』についていろいろと聞いてみることにする。
「ところで、ここはどこなんだ?」
《ここは【エシューゼ】という世界です。彰人様から見ると『異世界』ということになります》
そうか、やっぱり異世界か……
てことは、俺の世界とはいろいろ違うのだろうか?
歩いてる感じでは、ほとんど変わりない気がするが、確認しておく必要がある。
「エシューゼと俺の世界に、大きな違いはあるのか?」
《自然環境に関しましては、彰人様の世界とほとんど変わりないはずです。
大気質・水質・地質など、ほとんど同じですので生活に支障はないはずです。
ただ、文明レベルにおきましては、彰人様の世界と比べて5百年は遅れていますので、その点でいろいろとご不便をおかけするかと思いますが、ご容赦ください》
自然環境が近いなら、命にかかわる問題はなさそうだな。
「じゃあ、時間の感覚なんかはどうだ?」
《時間につきましては、彰人様の世界と全く同じです。エシューゼでも1日は24時間となっております》
「1日24時間なのは有難いな。時間の感覚が狂わなくて済む」
《ただ、日付は大分違いがあるようです。
エシューゼで広く使われている【エルゼ暦】では、1か月は28日、1年は13か月で364日、また24年毎に1年を14か月とする閏年が存在します。
今日はエルゼ暦1368年12月10日で、今年は閏年に当たります》
暦は正直どうでもいい。それよりも――『異世界』っていったら、やっぱりアレだ!
「やっぱり、魔法が発展しているのか? それから『魔物』なんかもいるのか?」
《魔法ですか? 魔法を使える者も少しはおりますが、一般にはほとんど普及しておりません。魔物につきましても、エシューゼにはそういう物騒な種族は存在しないです。野生動物がいるだけです》
タマの返事は、俺の期待を裏切るものだった。
折角の異世界だというのに残念なことだが、エシューゼは所謂『ファンタジー』的な世界ではなく、魔法についても俺の世界と同レベルと見てよさそうだ。
魔物もいないとはな……
エシューゼは、俺の想像していた異世界とは、かなり違うようだ。
まあいいか。ちょっと質問を変えよう。
「エシューゼの現状をざっくりと教えてくれ」
《はい、わかりました。現在エシューゼには、大小様々な国が200ほどあります。
その内の『大国』といわれる6か国が、以前より勢力争いをしております。
しかし、それらの大国間では力の均衡が保たれており、常に小競り合いは起こっておりますが、戦争と呼べるほどの大きな争いは何年も起きておりません。
それに、最近では講和条約を結ぶような動きも増えており、寧ろ和平に向かっております》
「へえ。それはいいことじゃないか」
《ところがです! 最近になって【魔王】なる者が、軍勢を引き連れてエシューゼに現れたのです。そのため、世界の勢力図が大きく変わり、今後人類は『存亡の危機』に陥る可能性が高いのです……
その証拠に、魔王が現れてからのわずか数日の間に、この大陸の北西にあるいくつかの町から、人の存在が感じられなくなっております》
魔王!
やっとファンタジー的な言葉が出てきたな。
「つまり、俺がエシューゼに呼ばれた理由は、『その魔王を倒すため』ということになるのか?」
《はい、そうです!
彰人様こそ、我が主の呼びかけに応じてくださった『救世主』なのです。契約に基づき『魔王討伐』をお願い致します》
「契約?」
当然だが、俺はそんなものを結んだ覚えがない。
《彰人様が扉を通るときに、彰人様と我が主の間で契約が結ばれております。
世界間の取り決めによるもので、彰人様が目的を果たされるまで、ここエシューゼに拘束させていただくことになっております。
つまり今回の契約では、彰人様は『魔王を倒す』か『魔王をエシューゼから追い出す』ことが達成されない限り、元の世界に戻ることができないというわけです》
マジかよ!?
なんという一方的で理不尽な契約だ! こんな契約は無効だ!
なんてことはできないんだろうな……
まあ、魔王を倒せばいいわけだし、契約については別に気にしないが、それよりも俺が気になったのは
「そもそも『魔王』って、急に現れたりするものなのか?」
《魔王とその軍勢は、エシューゼとは『別の世界』から、扉を通って突然やって来たのです。エシューゼは別の世界の『厄介者』を押しつけられたのです》
ん? 厄介者を押しつけられた?
「そりゃ、どういうことだ?」
《彰人様は、扉がいろいろな世界を繋ぐネットワークになっていることは、ご存知でしょうか?》
当然知る由もない俺は、首を横に振る。
《それでは、『救世主』についてはご存知でしょうか?》
勿論、俺は首を横に振る。
《そうですか…… それでは、まずは『救世主』についてご説明します。
ある世界で『災い』が生じたとします。基本的には、その世界の中だけで災いの解決が試みられますし、ほとんどの場合それで解決されます。ところが―― 稀にですが、その災いが大きすぎて、その世界の中だけでは解決できない場合があるのです。
そんなときは、扉を通じて『他の世界』に『救援要請』を出すのです。
そうして、その災いを解決可能な『強い力を持ったお方』を、他の世界よりお招きするのです。そのお招きしたお方こそが『救世主』ということになります》
なるほどな…… 救援ネットワークが扉を通じて繋がっていて、世界間で助け合いをしているわけか。
「でも、どうやって救世主かどうか判断するんだ?」
《災いの種が、その世界で生まれたものであれば、その力は正確に把握できます。
ですので救援要請をするときには、『それ以上の力を持った者』にしか見ることのできない【文様】を扉に送るのです》
ああ! 俺が見た扉に浮かんでいた模様のことか!
「つまり、あの『文様』が見えることが『救世主の条件』というわけか!」
《はい、その通りでございます。
『押しつけ』の話に戻しますが、残念ながら救世主が見つからない場合もございます。そんなときに『災いの種』を別の世界に押し付ける『不届きな世界』があるのです》
「エシューゼは、その『不届きな世界』に魔王を押し付けられたわけか……
でも、その世界はどうやって魔王をエシューゼに来させることができたんだ?」
《基本的に、世界には住民に対して直接干渉する力はございません。
唯一接触する手段が『夢の中で【天啓】を告げる』ことなのです。
恐らく、天啓を与えて魔王を扉の元に来させるようにしむけ、扉を通って異世界へ行くことを勧めたのでしょう。
そうして、扉をエシューゼと繋ぎ、魔王をエシューゼへ来させたのだと思います》
「何故エシューゼが、押し付け先に選ばれたんだ?」
《それは…… エシューゼには【扉の管理者】が居ないためです。
管理者がいないと、扉に鍵をかけてネットワークを閉じることができないのです。
そのせいで、扉は無抵抗に開かれ、しかもそれだけでなく、扉の巨大化までも許してしまい、魔王のみならず多くの配下までもが、エシューゼに来てしまいました》
なんか酷い話だな…… それにしても
「なんでエシューゼには『扉の管理者』がいなかったんだ?」
《簡単に申しますと、今のエシューゼには、扉の管理者の成り手がいないのです》
「条件が厳しいのか?」
《そうですね…… 扉の管理者になるためには、必要な条件が2つあります。
それは『エシューゼで生まれ育った人間であること』と『管理者としての基準以上の力を持つこと』です。
前者はともかく、後者の条件だけでかなり限定されるのですが、更に
『永きに亘り扉を守り続ける自己犠牲の精神を持っていること』
『他の世界へ救世主として赴く覚悟があること』
という条件まで加わるために、なかなか成り手は現れません》
管理者のメリットって全くなさそうだもんな。俺でもやりたくない。
「『今の』って言ってたが、昔はいたのか?」
《はい。今からおよそ1200年前―― エルゼ暦160年代までは、代々管理者を務めた【扉の巫女】がおりました。
ちょうどその頃も、エシューゼは危機に陥っており、異世界の救世主様の力をお借りしたのです。そして、救世主様は見事にエシューゼの災いを取り除いて下さいました。
ところが、救世主様がお帰りになられるときに『扉の巫女を嫁にする』と仰られて、救世主様の世界へ巫女を連れて行かれたのです……
それで、一番強い力を持っていた巫女がいなくなってしまったために、【巫女の一族】には『扉を管理できるだけの強い力』を持つ者がいなくなってしまったのです…… それ以来、エシューゼは『扉の管理者不在』となっております》
大体の
今のエシューゼが危うい状況に追い詰められている原因の一端は、扉の巫女を自分の世界に連れて行った、その『1200年前の救世主』にあるということだ。
「その救世主、ひどい奴だな!」
《そうですよね! 彰人様もそう思われますよね!
確か彰人様と同じ【アーセス】からお招きした救世主で、【
陽真!?
俺は、その名に心当たりがある。
『神明流二代目当主』の名が『
そして、陽真が活躍した時代は今から約1200年前……
しかも、俺はエシューゼに来るちょっと前に、『神明流二代目当主が、扉を通って異世界を救った』という話を、親父から聞かされたばかりだった。
全然信じてなかったけど、どうやら事実だったようだ。
うん…… どう考えても俺の『ご先祖様』の仕出かしたことだ。
「ま、まあ、この世界を救ったわけだし、それくらいは、し、しょうがないかもな…… ハハハ」
俺は笑ってごまかすことにした。
《彰人様! さっきと仰っていることが違います!》
タマは、俺に『管理者がいない世界の苦労』についてグチグチと説明する。
《管理者がいないと、本当に困るのです!
今回のように『災いを押し付けられる』のは勿論のこと、扉の固定ができないので、扉の現れる場所が決まりません。
そのため、彰人様を召喚した後の扉がどこかへ行ってしまい、彰人様を見つけるのも一苦労でした》
「管理者が必要なら、もっと基準を緩くして、何かスゲぇ特典でも付けたらどうだ!
そうすれば成り手も現れるんじゃないか?」
《そんなことはできません!
扉の管理に必要な力は決まっておりますので、基準を下げるわけには参りません。
それから、扉の管理者になる栄誉こそが、特典であると思っていただくしかございません。その通りに、扉の巫女は見返りを求めず、本当によく管理者の使命を果たしてくれていたそうです。それなのに……》
俺の『ご先祖様』のせいだと思うと、少し申し訳ない気もするが、これ以上の愚痴を聞きたくなかったので、強引に話題を変えることにする。
「まあまあ、この話はもうやめにしよう……
それよりも、『魔王の居場所』は分かっているのか?」
《魔王の居場所ですが、残念ながら分かっておりません……
『エシューゼで生まれ育ったもの』なら、その力の大きさも、居場所も特定できるのですが、異世界の魔王軍につきましては、扉を通ってエシューゼに来た者が『約2千』ということくらいしか分かっておりません》
「『魔王軍』って2千程しかいないのか? 思ったより少ないな」
『魔王軍』なんていうから『数万以上』の規模を想像していたのだが、その程度の軍勢ならエシューゼの人間だけでも対応できるのではないのか?
《確かに数だけ見れば少なく思われるかもしれませんが、『扉を通れた』ということは、全員が『扉の管理者』の基準以上の力を持っているということなのです。
因みに、現在のエシューゼに管理者の基準以上の力を持っているのは198で、人間に限定しますと12人しかおりません》
人間以外の方がはるかに多いのが気になるが、
「なるほど。魔王軍は精鋭部隊ということか…… そりゃ絶望的だな」
《とはいえ、全く魔王の居場所の手掛かりがないわけでもございません。
つい先日のことですが、ここから北西にある小国【エバステ】が、『何者か』によって滅ぼされております。きっと、まだそのあたりに魔王軍がいると予想できます》
「じゃあ、俺たちが向かっているマカラからエバステまでは、何日で行けるんだ?」
《そうですね…… 海路を使って、およそ3万kmの距離ですから―― 天候に左右されますが、ざっと150~180日というところでしょうか》
いやいや……『魔王軍』がその間ずっとそこで待っていてくれないだろ! 俺がエバステに着く頃には、きっと全然違う場所にいるだろ!
俺は心の中で盛大につっこむ。それに――
「ちょっと待て! 3万kmだと!? そんなに離れてるのか?」
《最短直線距離なら1万5千km程なのですが、陸路では砂漠地帯や1万m級の山岳地帯を迂回して進む必要があります。
それに、陸路での1日の移動距離は、馬車などでは良くて70km程なので、陸路では270日くらいは掛かることになると思います。
海路の場合は、東側の海からグルッと周るしかないので、距離は約3万kmになるのですが、それでも日数的には海路の方が早く着けます》
陸路では日数が掛かりすぎるし、海路では魔王軍の動きが全く掴めなくなりそうだ。これは、魔王を倒すよりも、魔王と接触する方が難易度高いんじゃないのか?
というか、俺と魔王が戦う前に、この世界が『滅んでしまう』可能性もありそうだ。
俺は、魔王軍が『かなりの力を持っている』と聞いても、特に恐れてはいない。
魔王軍全部を相手にする必要はないのだ。魔王だけを相手にすればいい!
そして、俺にはそのための手段もある。
『1対1』なら、はっきり言って負けるとは全く考えていない。
だから、すぐさま魔王の元に行って速攻退治し、自分の世界に帰るつもりでいたのだが大きく計画を見直す必要が出てきた……
何よりも、大幅に短縮して魔王の元へ行く方法を見つけなくてはならない。
つくづく『面倒なこと』に巻き込まれてしまった……
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