扉を抜けるとそこは異世界だと!?

読ミ人オラズ

初めての異世界編

第1話 プロローグ

「そんな子供だましに引っかかるかよ!」


 砂塵が舞い、枯れた草木が風に揺らめく、荒野と呼ぶにふさわしい見渡す限りに広がる大地の中に立っているのは1人の少年。


 数秒間の沈黙の後、しかしその少年の発した声に応える者は誰もいなかった。


 それもそのはず、少年の視界の範囲内には、人はおろか動物の姿さえもなかったのだから。少年の周囲は、再び風の音だけが鳴る静かな空間へと戻っていた。


 少年は、何が起こっているのか状況を理解できていない様子で、暫く立ち尽くしていたが、すぐに何かを探すように辺りを歩き始めた。

 そして、少年は忙しなく周囲を調べた後、とうとう諦めたのかその場に立ち止まり、独り言を呟く。


「マジかよ…… 本当にここは……

 信じられないが、親父のあの『与太話』が本当だったってことか?」


 少年は、自分がこの訳の分からない場所に来るまでの出来事を回想する。



   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



鬼追村おにおいむら

 高い山々に囲まれた『秘境』と呼ぶに相応しい場所にあるその村は、『とある一族』の者達の手によって開拓された隠れ里であった。


神月かみづきの一族】

 今から約1200年前、当時の朝廷の勅命を受けて『鬼追村』に移住することとなった神月の一族だが、現在鬼追村に住む神月の血族は


神月かみづき鉄也てつや』『神月かみづき寛紀ひろき』『神月かみづき彰人あきと


その3名だけである。

 彰人はまだあどけなさの残る15歳の少年で、寛紀は彰人の父親、鉄也は彰人の祖父にあたる。


~~~~


 神月家の屋敷は、鬼追村の中央に位置する標高50m程の小高い丘の頂にあり、屋敷からは村全体を一望することができる。


 屋敷内には4つの建物が存在した。


 屋敷の中央にある敷地内で最も大きな建物が『本邸』で、本邸内には8畳ほどの部屋が4つと台所と風呂と厠がある。

 本邸の東にあるのは客用の『離れ』で、10畳ほどの部屋が2つある。滅多に使われることはないが、掃除は行き届いていた。

 本邸の北西には『蔵』がある。かなりの年代物だが、大切に手入れされておりヒビ1つ入っていない。

 そして、本邸の北東の位置には古ぼけた建物―― 入り口には『神明流』と書かれた看板が掛かっている。武道の道場のようだ。


――――――――


神明流しんめいりゅう皇霊術こうれいじゅつ

 それは1200年もの長きに亘り、神月家に継承されてきた武術である。


『神明流皇霊術』は、門外不出の流派という訳ではないのだが、あまりにも過酷な修行故に、それに耐えられる者が『神月の血を引く者』以外になかったために、結果一子相伝の形で神月家に継承されてきた。

 そして『こうれいじゅつ』と言うと、必ずイタコと勘違いされるから―― という理由から神月家では『神明流』とだけ呼んでいる。


 神月彰人は幼き頃から当然のように神明流の厳しい修行を積んできている。正確には師匠である祖父『鉄也』によって、厳しい修行を積まされてきたのだ。


 それでは、彰人が行ってきた神明流の修行について説明しよう。


……


 神明流の修行には、いくつかの段階がある。


 まず最初は『初歩』―― これは正確にはまだ修業ではない。修行に至るまでの前段階である。初歩の稽古では【霊気れいき】を練るということだけを行うのだ。


『霊気』とは、拳法などでよく使われる『気』を研ぎ澄まし、一切の不純物を取り除いた最も高次元な『気』のことである。

 一般的には、普通の『気』を練るだけでも何十年という修行が必要と言われているのだが、神明流ではそれより遥かに難易度の高い『霊気』を練れないことには、スタートラインにすら立てないのだ。

 常人では『初歩』すらクリアできないことも珍しくないのだが、神月家の者は物心つく前から通常の『気』を自然に練ることができるようで、彰人も幼い頃から意識することなく気を練れていたのだ。

 それでも、練った気を研ぎ澄まし霊気に昇華させるのはそう簡単ではなく、彰人は初歩の稽古を3歳から始めたが、初歩を卒業できたのは6歳の時だった。


 彰人曰く


「この頃のじいちゃんはとっても優しかった。

 稽古というよりも、完全に遊び感覚で教わっていた」


……


 霊気を練ることができるようになると、ようやく神明流の『初級』の修行が始まる。初級の修行は、練った霊気を体内のチャクラに溜めることだ。


 霊気を練るには体力を消費する。


 戦いの最中に霊気を練っていたのでは、体力も落ちるし効率も悪い。そのため、普段から霊気を体内のチャクラに溜めておくことで、戦闘時には溜めた霊気を使い体力の消費を抑えるのだ。そして同時に、霊気を溜めるチャクラの容量を増やことも重要な修行の目的である。


『初級』の修行では、起きているときは勿論、寝ているときでも、とにかく24時間常に少しずつ霊気を溜め続けるのだ。少しでも霊気の練りが甘いと、チャクラに霊気を溜めることができないので、最初の内は常に集中しておく必要があった。

 霊気を溜めることが、呼吸するがごとく当たり前にできるようになると『初級卒業』である。彰人が初級を卒業できたのは9歳の時だった。


 彰人曰く


「この頃のじいちゃんは、まだ優しかった。

 上手く霊気を溜められない俺に、ニコニコしながらコツを教えてくれた」


……


 初級を卒業すると『中級』となり、いよいよ実戦に向けた修行が開始される。

 勿論それまでも一般的な武術の基本は教わるが、ここからは霊気を取り入れた武術の修行となる。


 霊気を纏う―― それが中級におけるキーワードだ。


 霊気を全身に纏う。身体の特定の箇所に纏う。霊気の配分を変えて全身に纏うなど、霊気を自在にコントロールすることが要求される。

 中級からは、『人が修羅になるための修行』と言ってよい過酷なものとなる。彰人が中級を卒業できたのは12歳の時だった。


 彰人曰く


「この頃のじいちゃんは『鬼』だった。

 霊気のコントロールに失敗すると、普通に大怪我。寧ろ、死んでもおかしくないような修行内容だった…… 当時のことは、二度と思い出したくない」


……


 中級を卒業すると最終段階『上級』となる。


 上級は、基本的には中級の延長線上の修行となる。基本は実戦形式の修行だが、新しい内容として『自分以外のモノに霊気を纏わせる』ということが加わるのだ。


 武器は勿論、その辺に落ちている石、植物、時には動物にも霊気を纏わせる。

 霊気を纏った武器は、とてつもない破壊力を生む。只の石が、霊気を纏わせれば音速で飛ぶ弾丸と化す。植物や動物を操り、一時的にそれらの能力を飛躍的に上げることもできるのだ。

 彰人は、霊気を駆使して師匠である鉄也と組手を行っているのだが、当然のように毎日凹られているのだ。


 彰人曰く


「今のじいちゃんは『狂人』だ。

 修行中、何度も死を覚悟した。正直未だに生きているのが奇跡だ……」


 そして、修行は現在進行形で続いているのだ。



   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 俺『神月彰人』は、昨日中学を卒業した。来月からは鬼追村を出て、都会の高校に通うことになっている。

 それで、じいちゃんは「最後の追い込みだ」とか言って、最近の修行は更に厳しさが増してきている。どうも、俺を本気で『殺す』つもりな気がしてならない……


 うんざりしながらも、俺は今朝もいつものように『早朝稽古』という名の『地獄のしごき』を受けるために、まだ薄暗い道場の中でじいちゃんを待っていた。


 ところが、いつも5時ちょうどに道場に現れるじいちゃんが、10分過ぎても姿を見せない。こんなことは、俺が修行を始めて以来初めての事でかなり戸惑ったが、仕方なくじいちゃんの部屋まで様子を見に行くことにした。


 じいちゃんの部屋は、もぬけの殻……


 しかし、俺は卓袱台ちゃぶだいの上に書置きが残されていることに気付いた。


『妻の元へ行く。

 しばらく帰らない。

 鉄也』


 それを読んだ俺は首を捻る。


 じいちゃんの『妻』って、俺にとっては『ばあちゃん』のことだよな。


 俺が不思議に思ったのにはわけがある。何故なら、俺は今まで一度もばあちゃんに会ったことがないのだ。だから俺は、ばあちゃんは故人だとばかり思っていた。


 もしかして、ばあちゃん―― 生きているのか?


 そして、俺の考えはある結論に至って青ざめる。


 ばあちゃんは生きているのに、二人は一緒に生活していない。

 ということは、普通に考えれば、二人は『離婚している』ということで間違いないだろう。それなのに、ばあちゃんのところへ行くということは―― それって『ストーカー』だろ!?


 じいちゃんに狙われたら、やばすぎる! ばあちゃんが危ない!


 会ったことはないが、俺はばあちゃんのことを心配して相当焦った。

 しかし、俺にはじいちゃんがどこへ行ったのかも分からないし、仮に分かっていても俺にはじいちゃんを止めることなど不可能だ……


 たぶん1分程あたふたしていただろうか?


 そのとき、俺は後ろに人がいる気配を感じて振り向いた。


 親父だ!


 親父は、じいちゃんが出て行った事情を知っている様子で、俺を落ち着かせるように話し始めた。


……


 俺は親父の話を黙って聞いた。


 じいちゃんの『修行しごき』は、昨日で終わっていたらしい。


『神明流の基本は全て教えた。

 これからは実践の中で己を鍛えよ!』


 それがじいちゃんからの伝言であり、俺はどうやら【神明流免許皆伝】ということになったようだ。

 でも、いきなり『免許皆伝』と言われても全然実感がわかない。できれば、じいちゃんから直接伝えてもらいたかった……


 とはいえ、嬉しくないはずはない!


 もう、じいちゃんの『地獄の修行』を受けなくて済むのだ!

 俺は免許皆伝よりもそのことが遥かに嬉しく、自然と笑みがこぼれるのだった。


 それから、ばあちゃんについても教えられた。


 ばあちゃんはやっぱり生きていて、じいちゃんとも離婚しておらず、今までもじいちゃんは、ばあちゃんのところへよく会いに行っているらしい。

 じいちゃんが事件を起こさずに済みそうで、俺はホッとしたのだが、モヤモヤした気持ちが消えなかった。


 ばあちゃんが、じいちゃんとしょっちゅう会っているのなら、俺とも会ってくれたっていいはずだろ? それなのに、何で一度も会ってくれないんだ?


 そんな俺の心中を察したのか、親父は少し考えた顔をしてから


「そうだな…… 彰人にも【神月の秘密】を話してもいい頃だな」


 その話は長くなるということで、親父の部屋に移動することにした。


……


 俺は親父の部屋で、1時間近い長話を聞かされたのだが、結局そのほとんどを聞き流した。


 親父が語った内容は主に2つ――『屋敷の蔵に祀られている【扉】のこと』と『神月家の先祖が、この鬼追村に住み着いた理由』についてだ。


 親父の話は、出だしからあまりにも突飛すぎた。


 蔵の中に、大事に祀られている『扉』があるのは、俺も知っている。

 屋敷の蔵の中には、幅2m×高さ3m程もある大きな扉がある。否、寧ろ蔵の中にはその扉しかない、と言っていいほどだ。


『扉』は木製の中央で開く二枚扉―― かなりの年代物であるが、黒い艶のあるその外観は美しさと荘厳さを兼ね備えており、どこか『神秘性』を感じさせるものだった。


 俺も、その扉が『何のために』作られて、屋敷の蔵に祀られているのか気になってはいたが、だからといって、親父の語った内容は到底信じられるものではなかった。


 親父は真面目な表情で真剣に話しているように見えたが、寧ろその真剣さが余計に俺には胡散臭く感じられた。


 俺は、親父の話を与太話―― それどころか、俺を騙すための『嘘』と判断し聞き流すことにしたのだ。


 長話が終わった後、訝しげな表情の俺に向かって親父が言った。


「それじゃあ、彰人。扉を見に行くか!」


……


 蔵の中に入るとすぐ、俺の目に『その光景』が飛び込んできた!


「光ってる!?」


 だだっ広い蔵の中―― その中央には、例の『扉』がその存在感を見せつけるように鎮座している。何度も目にしている光景のはずだが、今俺の目の前ある『扉』はいつもと違っていた。


『扉』から、薄らとした青白い光が放たれていた!


「彰人にも、扉が光ってるのが見えるのか! なるほどな…… じいさんが彰人の修行を終了したわけだ。扉に認められるだけの力をつけていたか」


 俺の呟きを聞いた親父は、一人でうれしそうにウンウンと頷いている。


「それにしても、このタイミングで扉が光るとはな…… 2年ぶりだぞ彰人! お前はついている! 否、ついてないのかもしれんな」


 俺は親父の『意味不明な発言』を無視し、とりあえず扉に近寄ってみた。


 すると扉の真ん中辺りに奇妙な模様が浮かび、その模様から青白い光が放たれているのが分かった。


 こんな模様―― 前に見たときはなかったはずだ。


「彰人。扉に触れてみな」


 戸惑っている俺に、親父が後ろから声を掛けた。

 親父に促され、俺は恐る恐る扉に手を伸ばした。


 そして、扉に触れたその瞬間!


 驚いた俺は扉から飛びのいた。振り向いたら親父がニヤニヤしている。


 やっぱり『いたずら』か……


 親父の様子を見て、俺は確信する。


 随分手の込んだ『いたずら』だな!


 どうやら親父は、さっきの与太話を信じ込ませるために、こんな仕掛けを用意していたようだ。扉に触れた瞬間、俺の頭の中に声が響いてきたのだ。


 この仕掛けは、あの【研究所】の手を借りて作ったに違いない。あそこの連中なら、頭に直接話しかける装置くらい、簡単に作ってしまうだろう。


――――――――


 鬼追村は『世間から隔絶された村』で、その存在を知る者はかなり限定されている。


 その理由は、鬼追村では『一般には知られてはいけない特殊な研究』が日夜行われているために、厳重に秘匿されているのだ。そしてその特殊な研究を行っているのが、彰人の言った『あの研究所』なのだ。


 そこで研究されているのは、主に【超能力】や【魔術】という【異能力】に関するものだった。

 またそれ以外にも、現代科学では解き明かされていない所謂【オーパーツ】なども研究されており、他にも1200年の歴史を持つ隠れ里『鬼追村』について調べることも重要な研究課題であった。


 研究所が鬼追村に建てられてから、まだ15年しか経っていないが、すでになかなかの成果を上げていた。実際に研究所から、幾人もの超能力者や魔術師が輩出されていることを、彰人もよく知っている。


 彰人は超能力も魔術も使えないが、研究所の科学者達は神明流の霊気にも興味を持っていた。霊気の成長過程を調べるには子供の方が都合が良い、という理由で彰人は何度か研究に協力してきたのだ。


 しかし、残念ながら霊気の解析は全く進んでいない。


 というのも、何故か分析のための機器を、ことごとく破壊してしまうのだ。

 霊気と分析機器との相性は最悪だったようだ。


 霊気の解析こそできていないが、彰人はそれ以外のことでもいろいろと研究所の手伝いをしており、その代わりに、彰人の家には研究所からの『謝礼の品』がいろいろあったりするので、ウイン―ウインの関係が築けているのだ。


――――――――


 俺はもう一度扉に手を触れた。


《力ある者よ―― どうか我が世界の危機をお救い願います》


 さっきと同じ声が、俺の頭の中に響いてきた。声の印象は20代前半の女性だ。


《お救いくださるなら、そのまま扉を通り、我が世界へお越しください》


 これは、念話テレパシーというやつだな。なかなか凝った仕掛けだ。


 今度は、そのまま扉を押し開けて進もうとしたら、親父が声を掛けてきた。


「彰人、ちょっと待った! 向こうに行く気なら、これを持って行け!」


 親父は振り返った俺に向かって、何か随分と長い棒を投げてきた。

 それを受け取った俺は、掴んだ棒を見て驚いた。


 他人から見れば、只の長い棒でしかないだろうが、それは神月家にとって【家宝】と呼べるものだ!


 その長さ220cmの木製の棒は、【神明流初代当主】が愛用したと伝承される【棍】であり、神月家の数多くのご先祖様が使用した【神明流最強の武器】の1つだ。


「じいさんからの卒業証書代わりだ。大事にしろよ!」


 親父はウインクしながら、サムズアップしている。


 まさか『家宝』まで持ち出してくるとは思ってもいなかったから、俺は一瞬さっき聞いた『親父の胡散臭い話』を信じそうになったが、すぐにこれも『いたずら』のためのネタ振りだと勘付いた。


 あぶないあぶない…… 引っかからんぞ!


 俺も親父に向かってサムズアップして、今度こそ扉を押し開き、そのまま進んだ。

 扉を越える瞬間、眩い光に包まれ、俺の視界は完全に塞がれた。


《契約……》


 何か頭の中に話し掛けられたような気がしたが、そのまま無視して進む。

 そして、時間にして1秒後―― 視界の戻った俺の眼前には、荒野が広がっていた。


 俺はニヤリと口の端を持ち上げる。


 予想通り!


 立体映像を使って【異世界】を演出することくらい、俺には初めから読めていた!


 後ろから人の気配は完全に消えているが、これも当然親父がタイミングよく気配を殺しただけだ。

 どこかで隠し撮りしていて、俺の『呆然としている様子』を見て、後で笑おうという魂胆であることくらい、とっくに見破ってるんだよ!


 俺は一瞬の間を置いた後、


「そんな子供だましに引っかかるかよ!」


 そう叫びながら、勢いよく振り向いた。



   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「彰人の奴、随分とあっさりと行ったなぁ……」


 寛紀は、今は光が消えて薄暗くなった蔵の中で呟いた。そして、自分が『初めて扉を通ったとき』のことを思い出して苦笑する。


 寛紀は初めて『扉の声』を聞いたとき、相当驚いたものだった。

 それなのに、彰人は少し驚いただけで、すぐに受け入れていた。

 それどころか、扉を通って『あっち』へ行くときも、彰人は全然余裕で一切躊躇していなかった。


 大した度胸だ。


 寛紀が初めて扉を通った時は、緊張で足が震え、何度も後ろを振り返ったのだった。

 寛紀は、彰人が扉を通り過ぎていくのを見送りながら、その堂々とした後ろ姿に感心していた。


「それにしても―― まるで彰人を待っていたみたいにタイミングが良すぎだな……」


 寛紀は2時間前に、鉄也が扉を通って行くのを見送っていた。


 その時は現れていなかった『文様』が、彰人に『扉のことを教えた』すぐ後に現れたのだ。

 まさに『運命』としか思えないタイミングだった。


 もう少し準備してやりたがったが…… まあ、その辺のことは向こうの【管理人】が何とかしてくれるだろう。


 寛紀は、あまりに急すぎて棍を渡すことしかできなかったことを後悔しかけたが、『彰人なら大丈夫だ』と思い直した。


 彰人の修行は鉄也が面倒見ていたため、寛紀は彰人の実力がどれほどのレベルなのかを詳しくは分かっていなかった。しかし、彰人の先程の様子から『心配することはないだろう』と判断したのだ。


 俺の初めてのときは、戻ってくるのに3か月近く掛かったが、さて―― 彰人はどれくらいで帰ってくるのか、ちょっと楽しみだ。


 そして、寛紀は蔵の入り口を閉めながら思い出した。


 あぁ、忘れていた! 彰人の高校…… 入学早々『休学届』を出しておかなくてはいけないな。

 理由は―― 交通事故とでもしておこうか。


 寛紀は、彰人が『寛紀の語った真実』を全く信用せずに、深く考えることもなく『扉の向こう』へ行ったことに気付いていなかった。

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