勇者:27日目
「これ捌き切ればフルコース、これ捌き切ればフルコース…!」
「あっ、おい!ラッシュ、てめぇ正気に戻りやがれ!これラグさんとルーイの試練じゃねえぞ!!」
「ハッ!スマン、思わず…!」
はぁ、とため息1つ。まあ、だが分からないでも無い。確かにこの猛攻は昨日までの特訓とも見紛うような苛烈さだ。ただ全くの同レベルかと言うとそうではない。何せ、冗談を言う余裕がある。確かに乱れ飛ぶ岩やらマグマやらの多属性攻撃は厄介ではあるが、それなら全属性を扱うラグさんの『ティターニア・ゴーレム』のがよっぽど厄介だ。それに敵の数にしたって『分裂』と『結合』を繰り返すせいで個々の強さが変化する大群ではない。手数だって『サワノカミ』と『白兎の騎士』の二人分を合わせても、ルーイの半分の手数だろう。『焔九尾』の援護射撃があった所で、それなりに捌ける。防御面にしたって、最初こそ『スパイダーズ・テリトリー』の『陽炎』を剥がされ、蜘蛛糸でラッシュの風刃を操る変則攻撃の軌道が読まれるようになり、周りの兵隊イタチに防がれていたが、今は大分消耗してきているようで、徐々に『サワノカミ』や『白兎の騎士』も回避や防御に充てる時間が増えてきている。この調子で戦い続ければ兵隊イタチ達は一時撤退し、『サワノカミ』達を防戦一方に追い込める。が、それだけか…。攻めきれず、兵隊イタチ達はポーションなりなんなりで回復。そうなれば追い込まれるのはこっちだ。なら、ここいらで1つ反撃に出るか。
「おい、ラッシュ。」
「ああ、わかってるぜ、ソウ。『無相』!!」
もう長い付き合いだ。それだけでお互いの意図を汲む。目を閉じ、ラッシュが一気にマナをチャージし始める。勿論、大火力のスキルの準備以外何物でもないし、当然の如く白兎の騎士が阻止するために斬りかかってくる。まあさ、なんのための2人組だと思ってんだよ。
「お前らも学ばねぇな、、、『炎閃』!!」
炎が糸のように細く煌めき、おれ達を囲う紅蓮の球を作り出す。それは一気に拡散し不用意に近づいた白兎の騎士を巻き込んで拡がる。
「くっ、不覚ですっ…!!……。…む??」
「くっ!ふは!ふははははは!!」
思わず笑いが漏れてしまう。まあ白兎の騎士が戸惑うのも、まあ無理はない。何せ、あんな派手なスキルを喰らっておいてダメージがないんだからな!そんな高威力のスキルをポンポン出せるわけもないし、それに今回の目的は時間稼ぎだぜ?!それなら威力は要らない。ただ引き付けて、充分近くまで引き付けて目くらましでいいのだ。ただのブラフだよ!
「謀りましたね…!」
「いや、同然だろ?これは戦いなんだ。当然騙すし、それも戦略ってもんだろ?ま、悪いな。今ので、どうやら本命の準備が整ったようだぜ?覚g…」
「
おっと、しまった。綾か!くそ!作戦がバレてやがる。綾の一声で白兎の騎士もサワノカミも思い切りよく攻めて来やがる。あと少しで溜まるだろうってのに!ラッシュを庇いながらなんてそう長く持つもんでもねーぞ?!サワノカミの爪をイナしながらラッシュの様子を伺う。
「おい、ラッシュ!まだか?!まだ溜まんねぇのかよっ?!いい加減こっちも抑えk…」
「はい、ダウトっー!!撤退よ!魔法が溜まったわ!みんな逃げて!」
「っ…。おいソウ、お前流石に読まれ過ぎじゃねえか?ま、それで簡単に逃がしてやるかってのは別の話だけどな!」
…面目ねぇ。こうゆう時の心理戦や駆け引きで綾に勝てた試しがない。特にポケットサイズのボールに入ったモンスターで戦う系のアクション要素のないRPGのバトルとかをすると、手持ちから読まれ尽くして徹底的にメタを張られて完封されることもしばしばだ。と、まあそんなこと考えてる場合じゃねえか。頭を振って展開しているスキル『スパイダーズ・テリトリー』に意識を集中させる。これはラッシュとの連携が重要な技だ。ラッシュが高らかにスキル発動を宣言する。
「『八卦風刃』!!」
八卦、すなわち全方位へと風の刃を展開し放つラッシュ。それは先程の目くらまし『炎閃』のようで、だがしっかりとダメージがある。まあ、当たり前だ。これはラッシュが『エアリアルレイジ』を自分の周囲へと放てるようチューニングを施していった結果のスキル、その絶大な破壊力は変わっていない。その衝撃はおれの展開する『スパイダーズ・テリトリー』内全域に及び、サワノカミや白兎の騎士、兵隊イタチ達を逃がさず襲いかかる。
「うっ、やられたれす…!みんな、ここは一旦引いて回復をするれす…よ…、な、なんれすかこれっ!!?」
撤退をしようとして退路を確認したサワノカミが驚きの声を上げる。その視線の先、スパイダーズ・テリトリーの境界では八卦風刃が糸に絡め取られていたからだ。絡め取られていた風刃は、その勢いでその糸を振り払おうとするかのようにスパイダーズ・テリトリーの糸を外側に大きく押し広げていたが、その強靱な糸は逃しはしない。そして遂に勢いを失った風刃は反動で再び内部へ弾き出されるであろうことは一目でわかる。そしてその風刃達は突如として炎に包まれる。いや、炎を纏った。『灼熱の加護』。
「覚悟しろよてめら!既にここは竜の掌の上だ!!『炎龍の灼握』!!」
これはルーイに教えて貰ったスキルだ。周囲に展開したマナを、スキルを、全てを一息に『握り潰す』。無論ラッシュの風刃諸共だ。灼熱の加護を纏った八卦風刃は竜の爪となってサワノカミ達に再度襲いかかる。上級魔法クラスのスキルの連撃、あの威力の攻撃が行って戻ってくるなんて悪夢だろう。まあさ?行って戻ってくるのが人の常識なら、魔法の常識じゃ、集めて使うだろ?
「トドメだ。『竜の一撃』」
収縮したエネルギーを一気に『叡智の魔猫』に向けて叩き込む。真竜の純然たる『ブレス』にも似たその攻撃は凄まじい爆発を引き起こして、その余波だけでサワノカミ達を吹き飛ばし、ダンジョンの壁に叩きつけた。だが当の目的であった『叡智の魔猫』はルーンの防御を展開し、その殆どを防いでいた。まあルーン防御を使わせた上にそれを叩き割ったのだから良しとするか。と、それよりもだ!おれはすぐ、既にもう『燕尾の妖鳥』を迎撃に出ていたラッシュの援護へと意識を切り替える。
「オラオラオラァ!」
ラッシュはそう叫びながら、暴風の加護を纏うことで距離を詰めつつ、風の刃を次々と作り出し放っていく。なんとかラッシュの攻撃を躱す燕尾の妖鳥だが、勿論やられっぱなしではなく反撃のスキルを使用してくる。
「『不響和』!!」
そのスキルの放たれた後の場所では、調和を保てなくなったルーン文字が浮かび上がり暴走し、惨憺たる魔力の渦を作り出していた。その中ではラッシュの放った風刃もその形を保てず、寧ろその破壊の一助となってラッシュへと向かう。まあ敵の攻撃も巻き込んでしまう攻防兼ねた一手ってとこか?そんなことを思い浮かべながらおれを素早く魔力の糸を回り込ませて燕尾の妖鳥を密かに捕らえていた。
(『蜘蛛糸の誘引』)
グイッとその糸を引いて、燕尾の妖鳥を引きつける。燕尾の妖鳥が「しまった」と口にするがもう遅い。急に引き寄せられた燕尾の妖鳥は自らの作り出した魔法の渦に突っ込むことになる。その暴走が収まる頃合を見計らい、ラッシュがトドメに地上へと蹴り落とす。これで燕尾の妖鳥も戦闘不能だろう。地上に降り立った俺達はすぐに『焔九尾』に向き合う。
「おっ?なんだお前、魔力切れか?」
「う、うるさいでしゅわね!まだまだ戦えましゅわ!」
息があがり既に肩で息をしてるのに、焔九尾はグルルと喉を鳴らしながらこちらを睨む。さっきの3連撃、後半2つは炎系の攻撃なのに余り火傷系のダメージが敵の眷属達に入ってないなと思ったが、コイツが熱を操る能力でダメージを大幅に軽減してたのか。まあそれでここまで消耗してくれたのは、それはそれでラッキーかもしれない。何せこっちは『灼握』の時に予めスパイダーズ・テリトリーに配置して置いたポーションやエリクサーの回復アイテムを引き寄せることで攻撃と同時に回復も行っていた。つまり現在はほぼ万全の態勢というわけだ。このままここで『焔九尾』にトドメを刺して…
「あとは任せるにゃ、ルーシュ」
おれの思考は前方からゆっくりと確かな足取りで歩み寄ってくるそいつの言葉で遮られた。『叡智の魔猫』。この戦いまで姿も見せず、この戦いでも終始後方で結界を展開するだけだった眷属モンスターが遂に動き出しやがった。警戒をし、武器を構える俺たちを前にそいつはポツリとスキルの発動を宣言する。
「『魔王の滅握』…。」
「なっ…!」
そいつはこの部屋に入った時から展開していたその結果や加護を全て回収した。そして同時に味方のモンスター達をも魔力にして一所に集める。そのスキルの発動と共に部屋に残っていたモンスター達は全て光の粒となり消え失せ、その輝きは一点に集められオーラとなる。味方をも喰らい、魂を纏ったそいつは凄まじいプレッシャーを放ちながら佇む。
「ぼくの名はクロ。このダンジョンの最初にして最強の眷属にゃ。」
周囲から他の全てのモンスターが消え失せ包まれた静寂は正に最終決戦という重みを作り出し、肌がピリピリと痛かった。
「いくにゃ。『魔天:無窮』…。」
突如、地面が消えた。ただそう感じた。正確には重力が消え失せ、宙に放り投げられた感じだ。直後、腰、背中、頭と殴り付けられ、気付く。ただコケた。重力も地面も何もかも存在する。ただ感じとれなくなっただけなのだと。慌てて『スパイダーズ・テリトリー』を展開し、体勢を立て直そうとするが、それを待ってくれる程、敵は優しくなかった。
「『原初の一撃』にゃ。」
無限の闇に突如として星が生まれ瞬く。おれは回避をしようと地面を蹴るが、蹴れたのかどうかすら分からない。無論、蹴れていなかったのだろう。回避できずにその光をモロに浴び、吹き飛ばされる。多分、吹き飛ばされている。ただ脳を揺さぶれるような感覚と、次々と身体の至る所で走る痛みがそう思わせた。何も分からない恐怖と焦燥の中、なんとか自分の周囲にマナを展開すると、自分がうつ伏せに地面を這いつくばっていた事に気付く。マナを展開した範囲だけではあるが、視界が、地面が、重力があることに安堵し、ほんの僅かばかりの余裕が生まれる。再び放たれた敵のスキルを躱しきれずに吹き飛ばされるが、今度はすぐさま受け身をとり、瞬時に『スパイダーズ・テリトリー』を展開する。すると、おれと同じように周囲にマナを巡らせ、なんとか警戒だけでもと身構えるラッシュを捉える。おれは、ラッシュが展開するマナに自分のマナを同調させ、ラッシュと周囲の状況を共有する。ここにはおれとラッシュ以外に、他の敵全てを文字通り吸収して、魔王の如きオーラを放つ敵『クロ』がいるだけだ。そのマナはラグさんやルーイすら凌ぐ程だ。周囲の状況確認をし、落ち着きを取り戻したおれは呟く。
「…勝った。」
「な、何をそんなに余裕ぶっているですか!勝つのはこのぼくにゃっ!!『深淵の秘術』!!」
クロのスキル詠唱に併せ、この巨大な空間を埋め尽くすかのような光が発せられる。が、その光もおれ達には届かない。おれは黄金色に輝く魔石を取り出す。
「『ティターニアの護り』。無駄だ。この魔石を使用している間は、魔法による攻撃を無効化する。この護りを突破したければ…」
おれは手の上にもう1つの魔石を出現させる。こちらはどす黒い紫のオーラを放つ禍々しい魔石。
「『全てを喰らう者』。それがこの魔石に蓄えられたスキルの名だ。知ってるだろ?敵も味方も関係なく、周囲のマナを糧にして喰らい、そのマナで更に暴走し、全てを喰らい尽くすまで止まることのない防御不可の殲滅スキル。」
「う、嘘にゃ!」
そのスキルの名を聞いて焦ったようなクロが抗議の声を上げる。
「それじゃお前達も巻き込まれるにゃ!そんなことする筈がにゃいっ!」
だがおれは落ち着いて淡々と答える。
「あぁ、このスキルはおれ達をも巻き込む。だから逃げればいい。この『脱出煙玉』でダンジョン外に退避した後、お前が倒れ、敵がいなくなったダンジョンを踏破させて貰うよ。じゃあな、、、」
おれは魔石を空高く放り投げると『煙玉』を使用し辺りに全てを撹乱する煙幕が展開される。
「うにゃああああ!思い通りにはさせないにゃああああ!『無窮=辺獄』にゃああああ!!!」
ダンジョンを白い煙が包むこむ中、対象を空間事断絶させ、封じ込めるスキルをクロが叫ぶ。だがそれはダンジョン内に虚しく谺響するだけだ…。
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