勇者:23日目


前から、ラッシュにはいくつかの疑問があった。戦闘スタイルや、行動原理、いくつかあったが、特に深入りすることなく放置してきてきた疑問。例えば、ラッシュには走りながら狙撃する癖がある。初めてあった時はそれで殺されかけもした。走りながらで狙いを定められる筈もない。だが、『弓の扱い』を取得してからは普通に命中するようになった。これもスキルの恩恵かと思ったが、そうではない。『弓の扱い』はあくまでも、標準レベルで弓を扱えるようにするスキルで、狙った所に矢を射ることが出来る・・・・・・・・・・・・・・・とか、そういう類のものだ。動く的に対してどこを狙って矢を射れば命中するか・・・・・・・・・・・・・・・・など、このスキルには関係のない話だ。無論、自らが動きながらなど以ての外だ。これは元々ラッシュが前世で体得していた技術なのだろう。だが何故そんな技術を持っている?それは、走りながらでも問題がない程、反動の少ない射撃武器を元々使っていたからだ。次に転生したてのラッシュの方針、生産職ロール。異世界の文明を売りつけようという魂胆だったのだが、魔法やスキルに溢れるこの世界では、元の世界のものの代用品なんて幾らでも溢れている。テレビなんて水晶で3Dで見えるし、車や電話だってテレポートやテレパシーがあればいらない。売るべきものが見当たらない・・・・・・・・・・・・・のだ。そんなことは3日もあれば気付く。だが何故かラッシュはそれを1ヶ月も続けた。答えは簡単だ。ラッシュのいた世界には売るべきものがあったのだ、未だこの世界にはない武器・・・・・・・・・・が。そしてそもそも血気盛んなラッシュが何故生産職ロールを選んだか。答えはラッシュが元の世界で戦いというものを知っていたから。いや、それどころかその当事者だった。だからもう戦いたくない。安全なのだとしても、無意識にそれを拒む。再び戦線、という程でもないが戦いの場に出るのに1ヶ月を要したということだ。それらを見たこともない武器を振り回し、ルーイと模擬戦をするラッシュを見て理解した。


昨日ルーイ達と軽く力試しをした後、ルーイは前の世界の武器を模して作ったという武器をラッシュに渡していた。昔ルーイが自分用に作ったというそれは、少し大きめの拳銃で、砲身がナイフに付け替えたような見た目だ。その刀身の峰の部分にはマナタイトが取り付けられている。前の世界では電磁砲を放ち、今は魔法を無反動で撃つための機構だ。ルーイの言葉を借りるなら、魔法をそこに『置く』感じなのだという。置かれた魔法が自発的に放たれるのなら、その反動は自身とは無関係だ。余計な一手間ではあるが、無反動での高出力射撃が行えるのなら充分なリターンとなる。実際にその武器を扱うラッシュは強かった。遠距離から弾幕を形成しつつ接近(無反動故に連射性能も高いのだ)、スムーズに剣戟へと移行、そしてその斬撃がそのまま強力な魔弾となる。似たような闘い方は、おれのような魔剣士でもできるが、普通は片手剣ともう片手には魔導書というようなスタイルなのに対して、ラッシュはこれらの役割を片手の剣だけで行う。それが双剣となれば手数は単純に2倍と言っても差し支えがないだろう。ただ真に恐るべきというのはそんな猛攻を木の枝1本で歯牙にもかけないルーイであろうか。ブレスや飛行といったチートスキルはもちろん、その他の魔法も1つを除いて・・・・・・使っているようには見えない。ラッシュの攻撃を捌きつつ、木の枝でポコポコとラッシュの頭を殴る度に、次から次へとネコミミやら角やらをラッシュの頭に生やしては消す魔法以外は。それにルーイは魔法だけじゃなくて、そもそも木の枝の縦振りしかしていないように見える。ブンブンと木の枝を無邪気に振って、ラッシュの攻撃を叩き落とし、隙あらば頭に面を入れるというだけ。ラッシュの攻撃を避けている気配すらない。全てその木の枝で受け止めているのだ。無論、その全ては速すぎて捉える事など出来ない。漫画かアニメのようにラッシュの攻撃や頭を木の枝で叩いているルーイの姿がパッ、パッ、と次々に現れているのだ。もしかしたらこれも魔法かもしれない。が、なんと無駄な魔法なことだろうか。


「も〜、ラッシュ!真剣に防御しないと!戦場なら何回死んでると思ってるのっ!」


「真剣っ!に!やって!これなんだよっ!」


ラッシュはそう言いながら、双銃刀(というらしい)を頭の上に交差させ、ルーイの攻撃を受けようとするが、すぐにタンタンと順に叩き落とされ、また頭に一撃を貰い、兎耳がツインテールへと早変わりする。ラッシュは「クッソ!!」と言って一歩飛び退ると、双銃刀に暴風の加護を纏わせる。


「くらえっ!!『ブラストハンマー』!!」


乱雑に空気を掻き乱す塊をラッシュはルーイに向けて叩き付ける。魔法は唸り声をあげて地面を抉るが、そこに既にルーイの姿はない。


「スキありーー!!」


いつの間にかラッシュの後ろに周りこんでいたルーイがラッシュの尻をパンパンパンと三連打し、ラッシュの尻に豚の尻尾、猫の尻尾、狐の尻尾が順にポンポンポンと生えては変わっていった。そしてラッシュがしまったと、慌てて振り向くと、その頬の位置あたりに構えられたルーイの木の枝がつき刺さる。


「勝負ありだね!」


悪戯が上手くいったとばかりにルーイがニコッと微笑むと、ラッシュのツインテールと尻尾がバーンと破裂した。風船が破裂した、そんなような印象だったが、ラッシュの身体は不自然に軽々と吹き飛ばされ、ピースサインでこちらにポーズを決めるルーイの後ろに落ちた。なんとも無慈悲だ。


「程々にしてやれよ、ルーイ…。まあいい。次はおれ達の番だ、ソウ君」


「ウッス!よろしくお願いします、ラグさん!!」


「むー!なんだか私とラグで扱いに差があるよー、ソウ君!!でもおーえんしてるからね!頑張って〜!」


因みにだがラッシュからの声援がないのは、今は棺桶に閉じ込められて「出せー!!」って足掻いているからである。無論ルーイの仕業だ。と、そんなコテンパンにされたラッシュからラグさんへと意識を切り替える。ラグさんは既に魔法を展開させ、ユニークモンスター『シルフィード・ゴーレム』を5体作り出していた。とラグさんが言っていた。シルフィード・ゴーレムは風、空気そのものなのだ。つまりはおれには目視することすらかなわない。因みにシルフィード・ゴーレム一体ですらおれとラッシュ2人がかりで勝てるかどうかだ。


「ソウ君にはコイツらを捉えて貰う訓練をしてもらおう。目標はゴーレムのコアの破壊。もし一体でもコアを破壊できたら、そうだな、夕飯はメルキッソの店でフルコースでもご馳走しよう!では頑張りたまえ!」


メルキッソでディナー?!!超有名店じゃねえかっ!!くぅーー!俄然やる気が出てきた!ラグさんはやる気にさせるのが上手いなー!!


「準備はいいか?ソウ君!ではスタートだ!」


「よっしゃー!いくぜー!!」


そう叫んでおれは意識をシルフィード・ゴーレムに向ける。いや見えないし、なんも感じられないけど。だから、昨日教えられた通りに…


(『マナ放出』!!)


こうして周囲に自分のマナ領域を展開して感知をするのだ。この領域では普段よりも『気配予知』が鋭くなる。そこへ襲ってくるシルフィード・ゴーレムの斬撃が感知に引っかかり、すぐに回避する。振り抜かれたその一刀は、まるで空間を裂くかのような一撃だ。いや、違う…?そうか、空間を裂いたんじゃない。おれの放出したマナ・・・・・・・・・を裂いたのだ。放出したマナの半分をごっそり持っていかれ、マナで感知できる領域が激減したのだ。そのせいで空間を裂くような錯覚に陥ったのか!ってことはマナは無駄に広げ過ぎると、どんどんマナを削られてしまうから、コントロールできてマナを一緒に回避出来るような範囲に…!くっ、これは、『風槍』…!!速い、避けきれないか…!


「ぐっ…!」


肩の辺りに風の塊がぶつかりバランスを崩される。ラグさんの手加減が無ければ今頃肩に穴があきかねなかった。咄嗟に再びマナを展開すると、まるでインファイトのように突撃してくる気配を感知する。強力な連撃はおれにマナを引っ込める余裕すら与えず、周囲のマナ領域をズタズタにしながら攻め立て、防戦一方になるおれのマナを削いでいく。それに焦ったおれの隙をついて回し蹴りのような一撃を叩き込まれ、吹き飛ばされる。これは不味い…!広範囲を感知しようとするとマナを奪われ、範囲を狭めれば攻撃に対して対処に使える時間が短くなってしまう…!マナを奪われるか、体力を奪われるか、どちらにしろこのままでは時間の問題だ。こんなの勝てる筈がない…!勝てない…。無茶だ…。……。いや、待て…?そうだ、勝てる筈もない…。当たり前だ。一対一でも勝てないシルフィード・ゴーレムを5体相手どるなんて不可能だ…。…、いや、不可能過ぎる…。違うな…。あぁ、そうか。勝たなくてもいい・・・・・・・・・のか。そも今回の目的は強くなること。マナの扱いに関して次のステージに進むこと。しかもラグさんの用意してくれたハードルだ。いつもの実戦じゃない。ただの無茶や嫌がらせでは無いはずだ。考えろ…、考えろ!現に今だって、考える時間をくれている・・・・・・・・・・・ではないか…!落ち着け…。状況を整理しろ…!まず何故5体もいるのか。簡単だ、敵の一体に集中し過ぎないようにするためだ。この状況、5体全てを捕捉するのは最低条件。いや、嘘だ!5体全てを捕捉しきらなくてもいい。全ての攻撃が躱せる程度に把握出来ればいい!最悪、攻撃の予兆でも感知出来れば十分だ。なら必要なマナは少なくていい!薄く、そして広くだ!!


「『マナ放出』!!」


左後方、攻撃の気配…!攻撃手段まで感知出来ないから、兎に角大きく回避するしかない。これじゃダメだ。これでは連続攻撃などに対処できない。もっと正確に捕えなければ…!もっとゴーレムに絞って、ピンポイントで!マナを全体に拡散させるのではなく、糸のように引き絞って…!来る…!左後方、薙ぎ払い…!風を纏わせた広範囲攻撃!


「『フレイムスラッシュ』!!」


辺り一面を薙ぐ風の刃に、炎の剣を振るい活路を開く。


「ほぅ…、そうきたか。糸のようなマナで対象を捕捉し、必要な感知を行うと。では、これならどうする、ソウ君!」


ラグさんがパチンと指を鳴らす。するとシルフィード・ゴーレムはその形態をポチウルフのように変化させる。先程までとは違い、明らかに敏捷性があがり、ゴーレムを捕捉していたマナの糸が振りほどかれる。くっ、、、なら、こうだ!


「『マナ放出』!!」


今度は先程の糸のようなマナを広範囲に展開する。イメージは、蜘蛛の巣!!さらに…!


「『灼炎の加護:陽炎ノ型』!!」


展開させたマナのネットワークを加護により揺らめかせて、敵から感知しにくい罠領域の完成だ。


「なるほどな。だがそれでは結局、振り出しではないのかな…?」


一体のポチウルフのフォルムのシルフィード・ゴーレムがその爪を振り上げ、魔力の風を纏わせる。そして巨大な爪のようになった風刃を振り下ろすと、大地は短冊状に裂かれ、マナのネットワークも細切れにされてしまう。が、それは些細な問題だ。効率的にマナを展開した今回は奪われるマナは少量だし、何より多少感知が途絶えた所で反撃する・・・・のにはなんら問題ない!灼炎の加護は防御のためだけじゃなく、攻めに転じるための最初の足掛かりだ。マナのネットワークと共に姿を揺らめかせたおれは、その爪を振り下ろし隙を晒したシルフィード・ゴーレムの眼前に姿を現す。これなら躱しようがないだろ…!


「『ブラストノヴァ』!!」


至近距離で放たれたそれは、基本的に受け流す事を最大の防御手段とするシルフィード・ゴーレムにその逃げ場すら与えない。ゴーレムのコアを問答無用の暴力で、おれと一緒に吹き飛ばす。ああ、勿論おれも一緒に。あの距離で巻き込まれない筈がない。2、3メートル程吹き飛ばされ、更に起き上がるよりも早くズシンと周囲の空気が重くなり、別のシルフィード・ゴーレムに捕縛されてしまう。これは、、、逃げられないな。


「まあ、70点と言った所かソウ君?残り4体残しての相打ちだから上出来とはいかないが、一応一体のコアは破壊出来たのだし、約束だ。メルキッソの店でディナーをご馳走しよう!」


ラグさんが総評を述べつつ、ポーションをふりかけてくれる。するとみるみるうちに身体の疲れとダメージが回復していくのがわかる。あ、これ絶対高いやつだ…



そして時間は流れ、夜



「こちら、メインディッシュのマグレ・ドゥ・カナールになります。」


うおおお!!なんだかよく分からないけど、肉!!ぱく。あっ、ふぅ…、ゃわらかぁぃ…。んぁ、口の中、天国…。


「どうかな?満足してくれたかな、ソウ君、ラッシュ君。」


「もう一生ついて行きます、ラグ師匠!」


「あっ、ズルい、ラグ!ラッシュが感謝するのはこの私だよ〜!」


「前世からマジ尊敬してる。さっすが、サー・ルー」


「イっ!!サー・ルーイよっ!もー!誰が猿よ、このバカっ!バカにした言い方はメッなんだからねっ!後でもも上げジャンプ連続5回、3セットの刑だよっ!」


頬を膨らませて子供っぽく怒るルーイの言葉にラッシュが小さく「ゲッ」と漏らす。まあ仕方ないだろう。なんせたった15回のジャンプなんかではない。立つことさせやっとなルーイの『竜圧』の中でのジャンプだ、楽な筈もない。因みに本気のルーイの『竜圧』はここらを徘徊する極悪モンスターですら圧死させられるらしい。怖っ。それよりもまあ、1つ気になったことがあった…


「なあ、ルーイ。″サー″ってことは前世はもしかして騎士号とか賜るような貴族だったのか…?」


おれが尋ねるとルーイは「ううん、」と首を振ってから、口に指を当てて少し考え込む。


「うーんとね、どう言えばいいのかな?正式なものじゃないんだけど、隊長?みたいな人に『サー』とか集落での重要なポジションの人に昔の貴族の称号を使ってたって言えばいいのかな?とりあえず本物の貴族じゃないよ〜」


「集落…?」


「ん?あっ!ソウくんに言ってなかったかな?私たちの世界はAIと戦争してたからね、街とか社会ってのはもう崩壊してて、生き残った人達は集落単位での暮らしが基本だったんだよ」


な…!AIと戦争!それに社会が崩壊した世界…、思わず言葉を失う。だがルーイはそんなに気にした素振りもなく笑う。


「そんな深刻なことじゃないよ〜。それに私達の世界はまだいい方だよー。核戦争が起きちゃったとことか、異星人に征服されちゃったとこと、あとはラグなんて…」


「ルーイ。」


何か言いかけたルーイをラグさんが静かに制止する。瞑目するラグさんにルーイが「ごめんね…」と言い添える。ラグさんもルーイに「気にするな」と返し、グラスの水を煽る。


「あんまり過去の世界の話はするものじゃないな…。なんせ、酷い世界程よく人が死ぬ・・・・・・・・・・・。だから転生者の数も自然と多くなる。故に多くの者は過去のことは語りたがらない。仕方がないことだ。それよりソウ君、私は君の世界にこそ興味があるよ。君らの世界は今のこの世界を捨てる・・・・・・・・・・程の価値があるということだろう?そして、その上で君は幼馴染と対峙をしようとしている。それで本当に構わないのかな?」


コトリと置かれたグラスの音が静かに響く。もちろん店の中にはそれなりに音が溢れている筈だが、全てが全て吸収され、喧騒が消えてしまったようだ。静かにこちらを見つめるラグさんのその視線に吸い込まれたように。威圧してるわけでもないのだが、その瞳が醸し出す真剣な空気に気圧され、ゴクリと生唾を飲む。



「例えどちらかが死ぬことになろうともね・・・・・・・・・・・・・・・・。」

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