勇者:22日目


随分と遠くまで来てしまったものだ。というよりここは世界の最果て、最初の街から最も遠く、そして過酷にして無慈悲な人を寄せ付けぬ渾沌の城『魔王城』…、があった場所。今はもう見る影もない。『旧魔王城跡地』。聞いた話によると、この世界が創られた時から魔王は既に亡く『旧魔王城』という名で、単純に凶悪なモンスター達の巣窟だったらしい。そのため、そこには人類の敵たる魔王もなく、ゲームの勇者のような世界を救う使命もなかった。なかったのだけれどもそのダンジョンを命懸けで攻略してやろうという物好き、というよりバトルジャンキーもいたのだ。というより割と多かったらしい。そうしていつしかダンジョンを踏破する者が現れ、住み着き、挙句の果てに『魔王』を名乗る者まで現れた。そして、その『魔王』を討ち取った者が『勇者』、あるいは次の『魔王』を名乗ることができる、そう言ったコロシアムとはまた違ったバトルジャンキーが集まる場所になったのだと言う。まあここまではOKだ。いや、あまりOKな気がしなくもないが良しという事にしておこう。問題はヒートアップしすぎたことだ。日に日に激しさを増していく勇者と魔王達の争いに城は悲鳴を上げ、そして『跡地』になってしまった。跡地…、ボールに弾き飛ばされた積み木の城のような惨状だ。ただ『城』が無くなった所で争いたいのがバトルジャンキーの性。自然とあちこちに彼らはそこらのモンスターを捕縛したり誘いこんだりし、自前のダンジョンを作成してしまった。互いに攻略しあっては最強の魔王を決める争いをしているのだという。そうして出来上がった集落、『旧魔王城跡地』。きっと『魔王』がいた時よりも過酷な世界になってしまった場所だ。まあ一応旧魔王城跡地は観光名所にもなっていて人気で、バトルエリアに踏み込まなければ平和なんだとか。兎に角、おれ達は次で最後になるであろう綾のダンジョンへの最終調整の土地としてここを選んだ。そして丸一日かけての移動を終え、今朝やっと着いたのだ。


おれとラッシュはとりあえず朝飯にありつくために飯屋を探す。どこかいいとこがないか、当てもなく通りをぶらぶらしながら店を探していると、一人の少女が元気良くおれ達の前を駆けていく。あ、こけた。


「大丈夫か?嬢ちゃん」


ラッシュが手を差し伸べると、少女は満面の笑みでその手をとる。


「うん、へーきだよ!ありがとう、ラッシュ!」


そう元気に応える少女の出で立ちは不思議なものだ。服装はまあ、いたって普通のファンタジーっぽい民族衣装のような格好。いやそれもあんまり普通じゃないか。と、それよりも、いやそれらが普通に見えてしまうような異常、羽と尻尾、そして角…、まるで竜人だ。その竜人?と思しき少女はラッシュの手をとり立ち上がると、目線の高さを合わしていたラッシュの顔をまじまじと眺めると、急にラッシュの頬を両手でペシペシと叩く。


「いやー!ラッシュは変わってないね!うんうん!にしてもやっぱり気付かないかー!この鈍感っ!」


「は…?」


ラッシュの知り合い…?というようにはラッシュの反応からは思えないが、コイツが忘れただけなのか?と思うがどうもそうでは無さそうだ。


「え?誰だ…?こんな翼とか角とか生えた女の子の知り合いなんておれいねーぞ??」


そんな困惑したラッシュに、少女は悪戯っぽく笑みを深める。


「んー?とりあえず、そこじゃないんだけどなー!普通さ、見ず知らずの少女がいきなり名前で呼んできたらおかしいって思わない?なんで名前知ってるの?ってさ!」


な…!そりゃそうだ、考えるべきだったのは、この子がラッシュの知り合いかどうかじゃなかった。わざわざコケたフリまでして接触してきたのだ。そんな奴は考える間でもなく知り合いじゃないに決まってる!考えるべきはなんでこの子がラッシュの名前をしっているのか、そして何故目の前でこけたフリまでして接触してきたのかだ…!


「むー!ほんと変わらず成長してないんだな!言った筈だぞ、「異常な中にあって、その異常とは異なる異常には気をつけろ」って!そんなんじゃ異常に慣れる前に死んじゃうぞって何回言ったら解るかなー!」


腰に手を当てそんなお説教を始める少女の言葉に、ラッシュは動揺する。


「は…?なんで、なんでその言葉を知ってんだよ…!誰だ!誰だ、お前は!」


「いや、だからさー…、とりあえず有り得そうな異常を排した上で、こんな悪戯を…、あ!ラグー、こっちこっち!」


困惑するおれ達をよそに、少女は通りの向こうにいた男に、屈託もなく手を振る。男はこちらに気が付くとすぐに駆け寄ってくる。少女とは違い角も翼もなく、頭にとんがり帽を被ったその出で立ちはどこからどう見てもウィザード、魔法使いと言った感じだ。おれ達の元へとやってきた男は「ふぅー」とため息を1つついて少女と向き合うと、少女のコメカミにそっと拳をあてる。


「ここにいたか、ルーイ!ったくどれだけ探したと思ってんだ!」


「ぎゃあああ!やめて!やめて、ラグーー!」


コメカミに当てられた拳をグリグリとされ、少女が可愛らしい悲鳴をあげる。完全に状況について行けなくなったおれ達に、ラグと呼ばれた男が気が付く。


「で?こっちの2人は?」


そう尋ねながら男は少女を解放してやる。少女は痛みでジンジンしているのであろうコメカミを擦りながら答える。


「えっとね、昔の知り合い。懐かしくってね、ついラグを放ったらかしちゃったの。ごめん、ラグ」


「おい、てめぇはいつから中身までガキになりやがったクソ野郎。ふざけんのはそのガワだけにしとけよ、ルーイ」


少女に対して男が青筋を浮かべ容赦なく叱責する。少女は少女で「ふーんだ、」とそっぽを向く。なんだ…?話が見えてこない、話が繋がらない?いや、ただ何か単純なことを見落としてるだけ??例えば…


「ガワ…、かわ?化けの皮??変化…、?」


なんとはなしに思い当たったそんなことをおれが呟いていると、ラッシュがハッとして声をあげる。


「あっ、あっ、あっ、ああああ!!まさか!ルークにぃ!!!ルークにぃなのか?!!」


「ん!やっとわかったね!ごめ〜と〜」


思わず叫んでしまっていたラッシュに、少女が間延びした声で正解だと告げる。まあおれには何が何だかまださっぱりわかんねーんだけど。


少し時間は流れ数十分後…、


あれからおれ達は近くのカフェに入り朝食をとっていた。竜人の少女ルーイの一押しの店で、たまごサンドが美味い。まあそれは置いておくとして、でだ。色々と話を整理しよう。まずこの2人はルーイとラグさん。おれとラッシュのようにこの世界に転生してきてすぐに出会った2人はとりあえずパーティ組んで今に至ると。そしてルーイとラッシュなのだが、この2人は前世での知り合い、家族のようなものだったらしい。そしてそんな家族にラッシュが何故気づかなかったかと言うと自称ルーイという少女に変化していたルークのせいだ。つまりは元々ルークという名前だったこの男は、こちらの世界で『変化』系統の魔法を弄り回し、ユニークスキルとして肉体改造を行っていった結果、見事竜人の少女へと転生を果たし、名前もルーイと改め、竜人少女ルーイの誕生だ。馬鹿かコイツは。そして姿形、喋り方まで変えてしまったルーイに、当然の如くラッシュは気付かなかった、たったそれだけのことだ。


「とりあえずここまではわかった。正直あんまりわかってねーけど、まあ変化系のユニークスキルで理想の姿になれたと…、」


食後のコーヒーを啜りながら、そう切り出す。これはどーしても確認しておかねばな。


「なんで、幼女なの?」


「ルークにぃはロリコンだぞ。」


「違 ぇ よ ?!あ、間違えた!違うよー!もぅ、ラッシュには後でメッなんだからねっ!」


「いや、ラッシュ君が正しいだろ。コイツはロリコンで変態だ。気がついたらいつの間にか、街で小さな女の子(本物)の友達作ってて、一緒に温泉行くー!とか抜かしたこともある。」


ん?待て…?


「そうか!変化系のスキルを使えば女湯に入れるのか!」


「食いつくのそこか…、君も中々だな…、」


おっといけない、紳士然としなければ。ラグさんにツッコミを入れられてしまった。


「まあいいさ。だが、それはオススメしないかな。大抵の場合は高位のスキル解除や、洞察スキルで看破されてお終いだ。ただルーイのスキルは、見た目を変化させてるんじゃなく、身体自体を作りかえてるんだよ。まあ簡単に言うと、普通のスキルがお化粧とかメイクみたいなのに対して、コイツのは整形するスキルなんだ。つまり今のコイツはデフォルトでこれ、一旦スキルを使えばスキルを解除されてもこの姿だ」


む?よく分からないが…

「つまり、そのスキルを使えるようになれば女湯に?」


「つまりやめておけと言ったのだ…。この『整形』スキル、『変化』系統に加えて『錬金術』系統に『ネクロマンス』系統やら、かなりの多岐に渡ったスキルの複合ユニークスキルだ。そこらを歩くエルフだとか、異世界に合わせた見た目の奴らだって、大抵は長持ちする『変質』スキルとかで、『整形』レベルのスキル使ってる奴なんて1パーセントもいないだろうな」


おっと女湯へのハードルは思ったよりも高そうだ。


「もー!待ってよ!私そんな、いかがわしい目的があったわけなんじゃないんだからね!この身体とっても強いんだから!ブレスとかも吐けるんだよ!」


ふーん、はいはい。、そうですか。それよりも温s……、は?ブレス…?え?待て待て待て、さすがに冗談だろ?


「まあ、普通に『整形』するだけならさっきのスキルだけでいいが、このバカ、竜人になるために、『竜化』に加え『炎魔法』、その上位スキルの『ブレス』スキルに『飛行魔法』や『マナ循環』スキルなんかをユニーク化させて、ほぼノーコストで行使できる身体にしてるんだよ」


え?この子そんなにチートスキル詰め込んだ化け物系おバカなの?因みに言うと『ブレス』スキルとは、おれの持つ『フレイムブレス』の上位互換、というよりも本来の重すぎる『ブレス』を、普通に扱えるようにした、のが『フレイムブレス』だ。上級魔法の『ブラストノヴァ』に指向性を持たせ、射程も長くなったスキルと言えばその恐ろしさが分かるだろうか。それをほぼノーコストで?それに『飛行』も『マナ循環』だって、それら1つ1つで充分なチートだ。それを幼女と仲良くなって女湯に行くためだけに?お巡りさんちょっとこっちに…、


「んん!?ちょっと待ってよーー!なんか凄い誤解をされてる気がするよー!!だってさ、そもそもだよー?好きな外見を選べる世界でなんで性別や年齢、人種とかそんなのに縛られなきゃいけないのー!私はじゆーなだけなのっ!それに可愛いは正義なんだからっ!」


ルーイ(ルーク)は変態という結論に収まりつつある流れに、ルーイが必死に机を叩いて抗議するが、まあ、ね…?ただ、ルーイの性癖云々は置いておくとして、ルーイが保有しているスキルがとんでもないものだらけだ。きっと、ラグも、というよりこの村に住み着いてる連中はそんなのばかりなのだろう。やはりコロシアムとはレベルが違う。おれはラッシュの方をチラリと見ると、目が合った。ま、そうだよな。そして、緩んでいた空気を払拭するようにラッシュが佇まいを正して切り出す。


「なぁ、ルークにぃ。おれ達に修行をしてくんねぇか?」


ラッシュの言葉に、一瞬だけルーイがキョトンとするが、すぐに雰囲気を変えた笑みを深めて応える。悪戯っぽい笑み…、にも見えなくもないが、放たれるプレッシャーがそんなものではない。これは小悪魔ではなく本物の悪魔の笑みなのではないかと錯覚するような、背筋が寒くなるような笑みだ…


「へー、あのラッシュがねぇ…。散々私の訓練を嫌がってたのにねー…。これは成長した弟の姿が見られるのかな?いいよ、やってあげよっか?ふふ。楽しみだねー…」

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