ダンジョンマスター:22日目


昼下がりの午後、ダンジョン内の開けた陽光の下で私はコアメニューを前にしてうんうんと唸っていた。難しい。いやぁ、これは難しい。これはどれを選んでも正解であり、どれをどれを選んでも不正解というわけだ。そう、それはクロの進化先。『ナイトパンサー』にするか『生死揺れし猫』にするか、それとも『キング・ザ・レオ』か『バステトの御使い』か、どれにするかを決めあぐねていた。


「にゃー、だから『ナイトパンサー』が1番だにゃ。強くてカッコイイのになんで嫌なのにゃ。それかレオ!『キング・ザ・レオ』がいいにゃ!このぼくにはキングがピッタリにゃ!」


私の肩に登って一緒にコアメニューを覗き込みながら、尻尾でペちペちと私の頬をはたいてくる。もー、だからそれはやめなさいったら!


「嫌よ、可愛くないじゃない!私はクロに強くて可愛くなって欲しいの!ほらっ、私としてはこの『バステトの御使い』とかふわっふわの毛並みに神々しさまであっていいじゃない!なんでクロは嫌なのよ?!」


私はコアメニューの中の、この世の尊いものを全て詰め込んだかのようの猫を指さしてクロに詰め寄る。だがクロはその素晴らしさを理解してくれず、グルルと喉を鳴らして難色を示す。もう、全くクロは。これじゃ仕方がないしクロと私は、側で寛いでいた『白兎の騎士』のブランに第三者の意見を求める。急にクロと私に睨まれるように意見を求められたブランは「しまった!」という顔をして目を泳がせる。全く何に悩む必要があると言うのか。『バステトの御使い』一択だろうに。私が非難の目を向けるとブランがさらに1歩たじろぐ。


「そ、そうですね…、や、やはり『バステトの御使い』がよろしいかと…、いえ『ナイトパンサー』もわ、悪くないのですが…、ええと、そ、それでは『生死揺れし猫』など如何、でしょうか…?」


なんてしどろもどろではっきりしない物言いだ、こんなブランは初めて見た。まあ兎に角ブランの案は『生死揺れし猫』ね。コアメニューを操作してイメージ画像を開く。が、あまりパッとしない。


「にゃー、ブチかにゃ…。僕はクロで、ブチじゃないにゃ」


「何よクロ。それならブチに名前変えて上げようか?それにレオだって黒くないじゃない。ま!でもパッとしないのは確かね…」


ということで、却下だ。ブランに次の案を促す。


「うっ…!ま、まだ私なのですか…?えぇと『生死揺れし猫』がお気に召されないのでしたら、ええと『叡智の魔猫』などは如何でしょうか…?」


「「叡智の魔猫…??」」


予想していなかったブランの提案と私とクロは目を見合わせる。『叡智の魔猫』、そんな名前はクロの進化先の候補を探した時には出ていなかった。なら、まだ未発見の派生先…??


「クロ…!またさっきのやるよ!」


「にゃぁぁ…、またかにゃ…?大分調べ尽くしたし、もう疲れたにゃ…」


な!疲れたって何よ?!クロはただマナを貰うってるだけで何もしてないくせに!…という文句は口には出さず、淡々とクロへの魔力供給を始める。でもクロの言うことも一理あるのも確かだ。もうあらかた調べた筈でどの属性の組み合わせがまだ未検証なのかは忘れてしまって、当てずっぽうに魔力を供給している。と、そこにブランがおずおずと進言をしてくる。


「もしかして、属性の組み合わせで解放なのではなく、保持スキルが関係していたりはしませんか?」


「はっ!確かに!そんな条件もありそうね!クロ!スキルは何取得してる?!」


私が尋ねるとクロはうーんと唸りながらスキルを列挙していく。そこに上がっていくスキルは昔に取得した『アイテム作成』以外全部攻撃系スキルしか取得しておらず、『叡智』とは程遠いスキル構成だ。名前をゴリラに変えてあげようかしら。と、まあそれはクロも嫌がりそうだし、クロには賢そうなスキルを片っ端から取得する作戦にでて貰う。なんとも頭の悪い作戦だ。とりあえず『錬金術』、『魔術書詠唱』、『魔術素材鑑定』『魔術作成』、『魔方陣』、『ルーン文字』…、とここまで取得した所でコアメニューの進化欄に


[魔女の黒猫→叡智の魔猫]


と新たな項目が出現する。その画像の中にはクロとさほど見た目の変わらない、それでいてそれ以上のオーラを放つ眷属モンスターの姿があった。それをスルりと肩に登ってきたクロが覗き込む。


「まあまあかにゃ!やっぱり『キング・ザ・レオ』が1番かにゃ!」


とそんなことを言うクロだったが満更でも無さそうな様子だ。ということで、はいっ、進化っと!チャララッ、チャッチャラ〜ン!おめでとう!クロは『叡智の魔猫』に進化した。進化したクロは、進化の影響かそれともまとめて取得したスキルのおかげか、魔法スキルが大幅なパワーアップを果たしていた。一通りのスキルを試し打ちし、そのパワーアップ具合にクロは更に気分を良くする。


「ふふん!やっぱり知識とは武器なんだにゃ!ご主人様ももっと勉強するといいにゃ!」


「ま!なんてこと言うのかしら!さっきまでおバカだったくせに、この一夜漬け!」


「にゃ!言ったにゃー!一夜漬けてもおバカ!」


「なにy…」


「どー!どー!どー!!!マスターもっ!クロどのもっ!下らない喧嘩をしてる場合ではないでしょうっ!!」


うっ、怒られてしまった。まあ確かにブランの言う通りだ。先日そーちゃん達を退けた…、というより逃げられてしまった。その時にもうクロ以外のこちらの手札は切ってしまったのだ。もちろん今あるマナやDPをつぎ込んで新たな眷属を召喚するというのも手ではあるが得策ではないだろう。ここは今いる眷属達を進化させ、レベルの底上げ。さらには眷属の子達のスキルのシナジーを確かめ、いわゆるコンボ攻撃でダンジョンの防御力を高めようというわけだ。まあそこで問題になってくるのが…


「わー、やめるれすーー!!ごめんれすー!でもわざとじゃないんれすよーー!」


「わざとじゃなくてもちゃんと謝るのでしゅわー!!」


「だから謝ってるじゃないれすかぁー!!」


これだ、これ。いつもの如く喧嘩を始める2匹の狐のような眷属モンスター達。クロより先に進化させ先に訓練に向かわせた、『サワノカミ』と『焔九尾』となったレースとルーシュ。じっとしていれば神々しささえ感じられるというのに、この始末だ。中身は何も変わっていない。ちょっとだけ期待をした私が馬鹿だった。私はクロとブランと一緒に、一足早く作戦会議を始めていた『頭領うさぎ』のハーゼと『燕尾の妖鳥』のディレトーレと合流する。


「どう…?って聞くまでもないか、あの二人…、またいつも通りよね」


そうこぼす私にディレトーレが恭しく腰を折って、椅子、の替わりの丸太を引いてくれる。


「ご機嫌よう、ミス・マドモワゼル。彼らはお察しの通りですよ」


「あら、ありがとうディレトーレ。でもミス・マドモワゼルはダサいわよ。」


「な、ダサ…!!」


ちょっとばかし直球過ぎたか、ディレトーレが撃沈する。最近気付いたのだが、ディレトーレは意外とセンスがズレていて、残念系貴族だ。と、こんな所で脱線している場合では無い。作戦だ、作戦。作戦会議をしなければ。と言っても、レースとルーシュの相性の悪さ、これをどうするかだ。


「レースとルーシュにどうにか足並みを揃えてって言っても水と火なのよねぇ…。相性最悪。」


「おぅ、ボス。そのことなんだがよぉ」


そう切り出したハーゼの声に、私は顔を上げる。


「あの2人の能力を『水』と『火』の魔法って決めつけちまってるのが、そもそも間違いだったんじゃねぇかって話をディレトーレの旦那としてたんだよ」


え…?

だって水と火、じゃないの…?

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