勇者:19日目


「よぉ、ソウ!やっとこの時が来たぜぇ!お前は一度コテンパンにしてどっちが上か解らせてやりてぇと思ってたんだよォなぁ!!」


「おいおい、チンピラみたいなこと言ってんなよ、ラッシュ。それにコテンパンにされるのはお前だろ?」


おれは片手剣をクルクルと回し、明らかに小物臭プンプンのラッシュを軽くあしらって相対する。周囲からは熱気を孕んだ歓声が沸いて止まない。どうやらギャラリーの多くは旅仲間だったり因縁のある顔見知り通しでストーリー性があるような戦いがお好みのようだ。それに今日は『上級魔法を引っ提げてきた話題の新人冒険者コンビの直接対決』とか大々的に煽られていたっけか。どうやら派手な上級魔法や、何をしでかすか分からない新人の決闘はここでは結構人気なようだ。となればその両方を兼ね揃えたおれ達は注目の的となる。まあ悪い気もしない話だが。おれは「ふぅ…」と一つ息を吐き出し、ラッシュを見据え集中する。いよいよ決闘の火蓋が切って落とされようとしてコロシアムの熱気は一層熱さを増す。そう、ここは冒険者同士の決闘をエンターテインメントとするコロシアム。おれ達はコロシアムのある『荒くれ荒野』の『ならず者の街』へとやって来ていた。


遡ること数日前、綾のダンジョンで山賊うさぎとノーブルラビットを退けたおれ達だっがラッシュは山賊うさぎに『エアリアルレイジ』を使いMP切れ、そして2人ともノーブルラビットから手痛いダメージを負いポーションやエリクサーの回復アイテムを全て使い切ってしまっていた。そこでおれ達はこのままネームドモンスターとの戦闘は危険だと判断し撤退した。おれ達は『眷属モンスター』というのを侮っていたのだと思う。彼らはそこら辺の野良モンスターと違い知恵があった。山賊うさぎはダンジョンを崩壊させることと引き換えにおれ達を追い込み、ノーブルラビットは影からの一撃離脱を徹底し中々隙をみせなかった。実力で言えば野良のネームドモンスターのが強いだろうが、敵に回した時の厄介さは格段に綾の眷属のが上だろう。まあまとめてしまうとおれ達は"思考する相手"ってのとの戦闘経験が少なかったという結論に至った。そこで、思考する敵と言えばその最たるものは人間だろう。かと言って山賊やら野党退治ってのはハードルが高い。日々冒険者達を退けモンスターの住むフィールドで暮らす彼らは、RPGとかの雑魚キャラとかではなく、中々にアンタッチャブルな存在であった。他には騎士団とか戦う…ってのはハナから無しだ。法を犯す必要がある。そこで色々検討した結果、コロシアムというものを見つけた。戦いをエンターテインメントとし最低限の安全は保証される。更には活躍等によっては報酬まででるという願ったり叶ったりの条件だ。まあそれにコロシアムで目立ちたかったという願望も少なからずある。なんにしろ一度思い付いてしまえばこれ以外の答えが浮かばないってくらい魅力的だったのだ。


そうと決まれば次の日にはおれ達は『ならず者の街』についていた。当のコロシアムだが様々なカテゴリーの試合が連日のように開かれ気楽に参加も観戦もできるようだった。カテゴリーは大きく分けて4タイプ、モンスターと戦う討伐戦、一対一形式の個人戦、複数人同士が争うパーティ戦、大人数が入り乱れて戦うバトルロイヤル戦の4つだ。勿論変則的な形式もあったりするし、1人でパーティ戦に申し込むことも可能だ。そこで行われている試合を観戦しながら、隣に座ったおっさんから簡単な情報収集をする。それで勧められた通りおれ達はパーティ戦で参加してみることにした。参加者用ロビーにある案内用のコアで参加登録を済まし適当に他の参加者のデータを眺めていると、対戦申し込みが届く。パーティ戦なのに単騎で挑んでくるカモだ。おれ達は意気揚々とコロシアムに乗り込む。


「はっはっはー!!また馬鹿なカモがかかったぜぇー!!たった一人で申し込んできてラッキーとか思ったかぁ?!ラッキーなのはこの俺様、ビギナーキラーと名高いダゼム様だぜぇ!!世間知らずのおぼっちゃま達は泣いてお家に帰ってマンマのおっぱいでも吸わせてもらいなぁ!」


なんとも"情報通り"の奴がきたが想像以上にムカつく。コイツはパーティ戦に申し込んだ初心者達に1人で対戦を申し込み油断した所を毒ガス系のユニークスキルで一網打尽にして食い物にするという通称ビギナーキラーだ。まあおれ達に毒とか効かないけど。おれ達にはオータク大泥沼で獲得した各種状態異常耐性系のスキルがある。この情報をくれたおっさんも「アイツの毒は協力だがオータク大泥沼ほどの毒じゃねぇ。それ以外はただの雑魚さぁ!な、お前ら参加してアイツぶっ飛ばしてこいよ!おれお前らに持ち金全賭けするからよぉ!うっひょー、今日はご馳走がくえるぜ!」と大喜びしてた。あとは中々コイツがムカつくのはギャラリーも同じなのか、おれ達が全く毒ガスを寄せ付けないのを見ると押せ押せムードが凄い。ただ毒をほぼ無力化したとは言えコイツの毒はムカつく。そう言うなれば『アンチオロチ』の毒に近いのだ。


「テメーはな、ムカつくんだよぉ!『ムーンスラッシュ』!!」


「ぐっはあああ!…っ!おい、てめぇ、ま、まさかその続きはしねぇよな?そーゆーのは普通大型モンスターに決める技だぜ?!マジかよ!てめぇら世間知らずすぎんだろぉああああ!」


「『フォールブラスト』ぉぉお!!!」


「ぎぁやあああああ!!!」


快勝だった。KO勝ちで雑魚を一蹴し、弾みをつけたおれ達は次はビギナー向けバトルロイヤル戦へと申し込む。バトルロイヤル戦はチャンピオン意外にも撃墜王やMVP、魔術王、騎士王やら様々な特別報酬が貰える賞があった。おれ達はその賞のうち一つに狙いを定めて参加する。そう狙いは『撃墜王』…。


「『エアリアルレイジ』!!!」


「『ブラストノヴァ』!!」


「「「ぎやああああああ!!」」」


試合開始直後のステージが悲鳴が響き渡る。ステージ端に陣取ったおれ達は開幕上級魔法をぶち込んだのだ。それは開始5秒で出場者の7割を戦闘不能に追い込む地獄の兵器。だがその後はMPを殆ど使い切った状態で難を逃れた参加者達から集中狙いされあっさり脱落。しかしそこまで長く生き残れなかったものの既に7割以上は脱落しているのだ。たった一手で話題を掻っ攫っていったおれ達は撃墜王、MVP、魔術王のトリプル受賞を果たす。それからも状態異常耐性や一撃限りとは言え上級魔法持ちというのはかなりのアドバンテージであるらしく、ビギナー達の中でかなりの快進撃を続けた。それでその活躍を見込まれて、今日のおれとラッシュの一騎打ちの戦いをコロシアム側から持ちかけられたのだ。そんなもの乗るしかない。


そして漸く今その戦いの火蓋が切って落とされる。まず仕掛けたのはラッシュ。


「行くぜソウ!手加減はナシだ!!『ブラストショット』!!」


「はん、甘ぇよ!威力で″火″に勝てると思ってんのか?『炎の加護』!!」


おれは片手剣に炎を纏わせると乱風を纏った矢を斬って捨てる。そして剣をラッシュに向けて構え直すとそのまま一気に距離を詰める。


「おっと、させねぇぜ?距離を詰められちゃスナイパーとして終わりなんでな!『風走り』!」


んなこったろうと思ったよ…。流石に簡単に距離を詰めれる程のマヌケとは思っていない。ただ距離を詰めれない所か、ちょこまか動き回るラッシュに炎魔法は当たりそうな気配すらない。厄介なスキルだなと内心溜め息をつく。だがまあ丁度いい!新スキルのお披露目だ。『気配察知』の派生系、それは敵の気配から少し先の未来の行動まで読み取る…、『気配予知』!!


「そこだぁ!!『フレア』!!」


ラッシュが高速で移動する先を予測し、的確に捉える炎の魔弾。そう易々と回避できるものではない。


「…!不味いな、これは!仕方ねぇ!!『暴風の加護』!!」


「な…!!」


おれの放った魔弾はラッシュの作り出した暴風の壁に阻まれ霧散させられてしまう。ラッシュのヤローもやはり新スキルを獲得してやがったか。あれは『風の加護』を破壊力に寄せた派生系のスキルとかその辺りだろう。っ…!!くるか!『気配予知』でラッシュの動きを先読みする。強烈な攻撃も先読みできればいくらでも対処はできるというもの。先手さえとってしまえば怖くない。


「行くぜ、この加護は防御には勿論、攻撃力も兼ね揃えた万能スキルなんだよ!嵐を纏え!!『ストームショット』!!」


ラッシュが纏っていた風をそのまま引き連れるように矢が放たれる。『暴風の加護』を纏った矢は『ブラストショット』よりも上位のスキル『ストームショット』となって襲いくる。その矢はそのままおれを貫き、霧散させる。そう霧散。既にそこにおれの姿はなく、残るのはスキル『陽炎』で作り出された残像。


「隙ありだラッシュ。『フレイムスラスト』!!」


「くっ、嵐天よ翼となれ!!『龍走り』!!」


ゴウ…!


激しい風が巻き起こり、ラッシュは風を踏み台にでもするかのようにして空高く飛び上がり、おれの炎の魔剣での突きを躱す。そしてラッシュは空中で体勢を整え、地上へ向けて矢を引き絞る。


「はっ!ソウ、やるじゃえねか!!だが次は逃げ場なんてやらねぇぜ!これは荒れ狂う竜の怒りの如く!!『ストームレイン』!!」


幾多もの矢が放たれる。ラッシュは先程の『ストームショット』を地面に向け乱射したのだ。正に嵐の如き矢の雨は逃げ場を与えないようにフィールド全体に降り注ぐ。まあ逃げ場がないのなら逃げなければいいだけなのだが。ラッシュが攻撃するよりも前からそれを予知して溜めていた魔力を解き放つ。


「これは全てを焼き払う!灼熱の竜の吐息の如く…!『フレイムブレス』!!」


嵐の中を一筋の灼熱が駆ける。


「ちっ…!!」


嵐の矢を薙ぎ払った火柱だったが、ラッシュはそれを直前で風でグルりと身体を回転させて躱す。空中とはいえ『風の加護』で多少は回避が出来るのは厄介だ。今度は逃げ場も予知して叩き落としてやろうと追撃の火炎魔法を唱えようとするが、攻撃の直前で踏みとどまる。ラッシュの行動を先読みしたからだ。ラッシュが狙っている次こそ本当に逃げ場のない"それ"を、魔法を放った後の隙にカウンターで撃ち込まれればひとたまりもない。おれが対抗するにはやはり"あれ"しかない。つまりはこの決闘のクライマックス、上級魔法と上級魔法のぶつかり合いだ。


「こいよ、ラッシュゥウ!!」


「ああ、行くぜ、ソウォオ!!」


「万物万象灰燼と帰せ!『ブラストノヴァ』!!!」


「これは神々の怒りと知れ!!『エアリアルレイジ』」


「「はあああああああ!!!!」」


ズオオオオ…!!!


灼熱が辺りを照らし、大気がひび割れる。あ、これやばいやつだ。ちょっとでも押し負けたら即死する。こっわ、うん…、死ねぇええええ、ラッシュううう!!!


「「あああああ…!!」」


両者の拮抗した魔法はやがてそのエネルギーを押し留めきれなくなり、爆炎の嵐がコロシアム内を駆け巡る。無論襲いかかるのはおれとラッシュの2人だ。この規模の爆発に最早コロシアムのフィールドに逃げ場などない。


「ぐあああ!…はっ、はあはあ…!!」


爆風に吹き飛ばされたおれはすぐ受け身をとって荒い息を整える。幸いエネルギーの殆どは魔法の押し合いで失われたのだろう、ギリギリのところで堪えることができた。だがまだ終わりではない。おれが堪えたということはラッシュも堪えたということであろう。一瞬瞑目し神経を集中させ、目を見開く。そこへ、ラッシュが砂塵の中から姿を現す。


「トドメだソウォオオオオオ!!!!」


『潜伏』を発動させた上でスキル『風走り』を使い距離をつめ、最後の攻勢に出てきていたラッシュ。拳を振りかぶるラッシュの顔面におれの鉄拳がめり込んでいた。そんなことわかりきっている。スキル『気配予知』…!!


「おらああああああああぁぁぁ!!!!」


最後の力を振り絞った一撃は見事なクロスカウンターとなりラッシュを捉え吹き飛ばす。熱狂する歓声がどこか遠くにいくようだ。声を上げることも忘れたコロシアムが宙を舞うラッシュを見守る。


ドサァ…!


おれは荒い息でラッシュを睨みつける。だがラッシュが立ち上がることはない。息を呑むようだったコロシアムの静寂は徐々に最後の期待に変わっていく。おれはそれに応えるために、大きく息を吸い込むと空に向けて拳を突き出し咆哮する。


「おれのぉ、勝ちだああああ!!」

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