クロ:15日目



「ご主人…?そろそろだにゃ…」


「ううん、クロ…、もう少しだけ…、もう少し待って欲しいの。」


ご主人がぼくを撫でる手が、その声のように震えているのがわかる。もうすぐでお頭と騎士さんが倒されちゃってから1日が過ぎて再召喚できるというのに、ご主人は昨日からずっとこんなだ。ご飯だって中々食べようとしにゃかったし、夜も全然寝てにゃい。仕方がにゃいのかもしれにゃいけど、この人は少し抱え込み過ぎる。そんなことを考えているとぼくを撫でる手がいつの間にか止まっていた。そしてぽたぽたと背中が濡れる。


「ねぇ、クロ…、私…、どんな顔してあの子達に会えばいいかわかんないの…」


「少にゃくとも…」


ぼくはするりとご主人の手を抜けると膝の上に二本足で立って、ご主人の顔を覗き込むとその口角を無理矢理ぐいっと押し上げる。


「こういう顔のがいいにゃ!」


満面の笑みでご主人に笑いかけると、ご主人は零れ落ちる涙を拭ってぼくに頑張って作り笑いを返す。


「ふふ…、クロったら、もう…」


頭を撫でるご主人の手が少しくすぐったい。それからいつものように喉の辺りを撫でられてゴロゴロと喉を鳴らす。だけどご主人の手はどこか上の空で、まだ悩んでるみたいにゃ。


「クロ達はさ、戦って傷ついて…、嫌じゃないの…?」


ぼくはこっちを心配そうに見つめるご主人を見つめ返すと、ゆっくりと首を振る。


「戦うのは怖いし、傷つくのは嫌だにゃ。でも傷つく為に戦ってる訳じゃないにゃ、ぼくらが戦わずにご主人が傷つく方が嫌なだけにゃ」


「でも…!」


「でもじゃにゃいのにゃ」


反論しようとするご主人を手で静止する。


「ご主人がこの世界で生き抜くために戦う。それがぼくらだってだけだにゃ。それにぼくらはご主人を傷つけるために戦ってる訳じゃないのにゃ。だからごめんなさいじゃにゃくてありがとうって頭を撫でてあげればいいにゃ」


ぼくはそう言うとぴょんとご主人の足から飛び降りて、ご主人を促す。


「さ、そろそろ2人を起こしてあげるんだにゃ!」


ご主人は「うん」とゆっくり立ち上がりダンジョンコアを操る。じきにご主人の前の地面が輝いて2つの光が生まれる。やがて光が弱まりお頭と騎士さんのシルエットを形作っていく。そして目を覚ました2人にご主人が泣き腫らしてくしゃくしゃになった顔で、それでもぼくが言った通りに笑顔を作って笑いかける。


「2人ともありがと、今回はお疲れ様だったね…。ほんとに…、ありがと…。ありがとう…!!」


それでもやっぱりご主人の瞳からは涙が溢れてきてしまい、騎士さんが苦笑しながら頬をかく。


「ははは、これは頭どの。我々は随分とレディを泣かせてしまったようですね…」


「ふんっ、…、山賊ってのはそんなもんだろ。…まぁ、心配かけたな、ボス…」


あとは2人に任せて大丈夫そうだし、ぼくは席を外す。コアルームを出ていくぼくの背中でご主人が「心配をかけすぎよ…!」と言うのが聞こえた。


「さて、どうしたものかにゃ」


コアルームを出たぼくは大きな部屋に広がるお空の太陽のように輝く天井を眺める。ルーシュとレースの所はきっとまた何か面倒な喧嘩に巻き込まれるだろうし、音楽家さんのところかにゃ。防衛部屋が使えにゃくなっちゃったし、きっと野良モンスターの防衛に苦労してるだろうにゃ。


ぼくが仮防衛戦の様子を覗きにいくと中からは勇ましい掛け声が聞こえてくる。


「はああ!ふんっ!」

「せいっ!やー!!」

ザッ…、キンキン!ガッ!キイイン…!


これは地面を踏みしめ、そして金属が激しくぶつかりあう音。兵隊イタチや子分ねずみ達が戦う音だ。模擬戦なのだろうか、あちこちで戦い、中には鼻歌鳥に跨り空中で戦うペアもいた。ぼくは少し高いところに突き出た岩から皆の様子を眺めている音楽家さんを見つけ、その横にシュッと登っていく。


「おはよう音楽家さん、調子はどうかにゃ?」


「おお、これはクロどの、ご機嫌よう!皆昨日の戦いには悔いが残ったようで、ご覧の通りいつにも増して気合いのこもった訓練をしておりますよ、」


ぼくは奏者さんのその言葉で納得する。やっぱり皆少なからず悔しいのだ。それもお頭と騎士さんと一緒に戦っていた彼らなら尚更悔しいのだろう。


「そこで…、なのですが。クロどのに折り入ってご相談がある、どうか我々に魔法をご教示頂けませぬか?」


一瞬キョトンとしてしまうけど、ぼくで力になれるのなら嬉しい限りにゃ。それにこのダンジョンで一番の魔法使いはぼくだろうし、魔法の教えを乞うなら適役にゃ。ぼくは首を縦に振る。


「お安い御用にゃ。」


ぼくはぴょんと岩から飛び降りて部屋を見渡す。


「皆さん!手を止めてください!クロどのが魔法の手解きをしてくださることに相成りました!是非とも我らの糧としましょう。」


音楽家さんは流石よく通る声で皆の注目を集めると、静かにぼくの前に降りたってペコりと腰を折る。


「ではお手柔らかに。プロフェッサー、クロ。」


これはにゃんともいつもの皆の前だと言うのに緊張するにゃ。ぼくは落ち着くためにも一つコホンと咳払いをする。


「にゃー、まず魔法については皆も知ってる通り『スキル』のカテゴリの一つにゃ。そのうち特に『MP』や『マナ』を消費するものを『魔法』と呼ぶにゃ。ただ一括りに『スキル』といっても、同じスキルの中でも使い方で差が出てくるのも事実にゃ。そこからさらに個性を伸ばして行けば『ユニークスキル』あるいは『オリジナルスキル』と呼ばれるスキルに変化することもあるにゃ。だけどそんな所まではぼくも教えられないから、今日はまず基礎の部分からにゃ。」


そこでぼくは一息おくとマナを放出して魔法の球を作り出す。それぞれ火と水と風のマナでできている。ぼくの扱える3種のマナにゃ。


「魔法の出来を大きく左右するのは結局マナの量による部分が大きいにゃ。とりあえずこのマナを皆で分けあうにゃ。それと次に大事になってくるのは何にマナを割くかにゃ。これはマナの量とは違い一番個性が出るポイントにゃ。例えば…『風の加護』!!」


ぼくの詠唱にあわせて、魔法の風がぼくを包む。何者も寄せ付けない荒々しい風の護り。敵の攻撃から身を守る鎧で、攻撃に使えば全てを打ち砕く風の矛。


「これは攻撃や防御に特化させた暴風をイメージした加護にゃ。だけど…」


またぼくはそこで一度言葉を切ると、風の加護を落ち着かせる。荒々しい風から大地を駆け抜ける風のように。澄んだ風にのって一息に皆の間をスルりと駆け抜け背後に回る。


「疾やさを求めるにゃら、別のイメージのがいいにゃ!」


「「おぉ…」」

パチパチパチ…


自然と歓声と拍手が沸き起こり、ぼくはちょっとだけ得意ににゃる。と言ってももう教えれることは殆ど残ってなくてあとは実技訓練なんだけどにゃ。


「だいたいはこんな感じにゃ!とりあえずどんな魔法でも『加護』は基本の魔法でそれぞれの個性も出しやすいし、武器や味方にも付与できるからそこからやってみるといいにゃ!あとは練習あるのみだから、皆頑張るにゃ!」


「「は!ご指導ご鞭撻の程、感謝します!!」」


やっぱりこんな律儀な感謝をされては照れくさい。まあぼくが照れ隠しで毛繕いを始めても、皆はちゃんと自分達で魔法の練習を始める。部屋一杯に散らばって加護を纏ってみたり、魔法の球を撃ち出してみたり。そんな皆の合間を縫うようにをスルスルと歩いて、様子を眺める。やっぱり水や風の魔法は扱いやすいけど、しっかり使い方をイメージしないと器用貧乏になりがちで、火や土の魔法は扱いこそ難しいけどコントロールできればその威力は絶大といったところだろうかにゃ。

ぼくがそんなふうに皆の様子を眺めていると、ルーシュがひょっこり顔を覗かせて音楽家さんを呼び止める。


「奏者さま、奏者さま、主さまがお呼びですよ。それとクロさんにも「逃げたわねー」ってご立腹でしたよ」


「に、逃げたって人聞きが悪いにゃ…、席を外しただけにゃ」


まあ文句をルーシュに言ってもしょうがにゃい。ぼくは音楽家さんとご主人の元へと向かう。


「ご主人ー?今帰ったにゃ…」


何気なくコアルームのドアを開けぼくたちは中へ入っていく。しかしそこで待ち受けていたのは予想だにしにゃい光景だった。


「おぅ、遅かったな…!」


「にゃ…!お、お頭の毛並みが綺麗にゃ…!!にゃ、にゃ、にゃにがあったにゃーーー!」


「んほほw!こ、これはまたお上品なことで、おほwほwほwほw!!」


そこに佇むのは毛並み綺麗なお頭。ワイルドさなど欠片も消え失せて、その逞しいかった見た目はどちらかというと家で飼い慣らされ肥えたお上品なペットのそれであった。


「まあまあ、お二方そんなに頭どのを揶揄うものではないですよ。ねぇ、ハーゼどの?」


「にゃ…、ハーゼ…どの?にゃにゃにゃっ?!!もしかしてお頭、名前を貰ったのかにゃっ?!その影響でまさか清らかな見た目なのかにゃっ?!」


驚きの連続だ!お頭が綺麗ににゃって、名前を貰って…、あ、違うかにゃ?名前を貰うことで綺麗ににゃってかにゃ?それにネームド化には見た目も変える力があったのかにゃんて知らにゃかった。


「ふん、違ぇよこれは。全部ボスのせいだ。無理した罰として撫でられろって命令で仕方なく従えばこの有様だ。容赦なく撫で繰り回しやがって…」


「何よハーゼ、撫でられてる時はあんなに嬉しそうだったのに!貴方も見てたでしょ!ねぇ、ブラン?」


「え!?まさか騎士どの、貴方まで名前を…!うおおお!私一生の不覚…!!お二人に先を越されるとは…!レディ・アヤにはもっと特別コンサートで催し接待すべきでしたかっ!」


「おっと、考えが汚いぞ〜!それに今回ネームドになったのは2人だけじゃないよ?」


そう言ってご主人は音楽家さんに笑いかける。音楽家さんは困惑して「え?え?」と辺りをみる。そりゃそうだにゃ。わざわざご主人に呼ばれてやってきたんだから、にゃにもにゃい筈がにゃいだろう。本人は気付いてにゃいみたいだけど。


「貴方の名前はディレトーレよ、よろしくね?」


「お、おおお!!恐悦至極感謝致します、マドモワゼル!」


そう言って音楽家さん、じゃなくてディレトーレはご主人の手をとって、そっと甲に口付けをする。


「わっ、これは紳士っぽいね!でもまさか誰にでもしたりだとか、下心があってじゃないでしょうねー?ディレトーレ?」


「ま、まさか!そんな筈ありますまいよ、マドモワゼル。我が忠誠はいつも貴方のものです。」


「ふふ、ディレトーレどのの口から忠誠だなんて初めて聞きましたね…!」


「な、ブランどの?!マドモワゼルのために共に戦おうと誓いあったではないですか!」

「確かに誓いあいましたが、ほら!ハーゼどのもいましたし、忠誠をと言うものでもなかったのでは?」

「おぅ、うるせぇな。山賊だって誓う時はちゃんと忠誠を誓うぜ?なぁ、ボス。いつなんどきでもあんたの力になるぜ?」

「あ!そうだハーゼ、おやついる?好きでしょ?」

「王宮の愛玩動物扱いすんじゃねぇよっ?!」

「……?…!」…


それからどれだけワイワイと皆で冗談を言い合っただろうか、ぼくがふとご主人の方を見ると皆を見守るようにしてたご主人はいつの間にか眠ってしまっていた。きっととても疲れていたのだろう。皆ぼくの視線でご主人が眠ったことに気付き、静かに声のトーンを落とす。ぼくはご主人の膝の上に飛び乗るとご主人のほっぺを軽く叩く。


「ねぇご主人?こんなところで寝ると疲れがとれにゃいにゃ。さぁ、ベッドに行くにゃ。」


「うん…」


ご主人は眠気まなこを擦りながらマイルームのベッドへ歩いていく。布団の中に潜り込むと側で丸くなったぼくをゆっくりと撫でる。


「ありがとね、クロ…」


「どういたしてにゃ。それよりもゆっくり休むにゃ、ご主人…」


「うん…」

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