勇者:12日目


「おらァァァ!!」

「くらええええ!!」


シュシュッ!!

…。

いや…、ヘロヘロ、、、か。

全力投球で投げられた2つの球は弱々しく弧を描いて交差すると、おれとラッシュの頭の上に力なくバシャリと落ちる。臭く汚い猛毒の泥の球。それをおれたち2人は昨日から休みなくぶつけあっていた。何も仲間割れとかではない。状態異常対策のためだ。名目上は。目当ての状態異常耐性はスキルで獲得することもできるらしいのだが、相当ポイントを持っていく全状態異常無効スキルを獲得しなければ、他のスキルはピンポイントでしか役にたたなかったり、効果が薄かったりと汎用性のないスキルしかないらしいのだ。ぶっちゃけコスパが悪い。そこで対策の一つとして、とにかく状態異常を喰らいまくるというのがある。とにかく喰らい、その状態異常をマナごと吸収し、身体に免疫力をオリジナルスキルとして覚えさせるのだ。かなりの荒療治だが、マナによるレベルアップとポイント消費無しでのスキル獲得と見返りも大きなやり方だ。そこでおれ達は状態異常系の多いダンジョン『オータク大沼地』にきていた。多種の状態異常に対策をしなければならないこの一帯のダンジョン地域は、普通の人には近寄りがたいものなのだが、各種強力な状態異常があるというのは逆に魅力でもあり、それに一度魅せられると、この沼からはもう簡単に抜け出せなくなるのだという。なんとも業の深い沼だ。

おれ達がこの沼にやってきたのは昨日の午前。とにかくどんな様子なのか見るだけと足を踏み入れたものの、そこに立ち篭める空気だけでも様々な状態異常のマナで満ちていて、心身を蝕もうとしてくる。おれ達はそれに耐えながら数匹程モンスターを狩っていたら少しずつ慣れ始め、周囲に自生する植物などにも興味がわき始めてきた。そこでまずおれ達は『コーシ木』の実に手を出してみる。この木は沼中に生え、この木が作り出した毒を様々な植物やモンスターが濃縮することでこの沼の状態異常の多様性は出来上がっているらしい。それ故にこの沼地の根幹であり『コーシ木』に害することは禁忌、この沼地での"絶対の掟"とされている。そんな『コーシ木』だが毒性自体はかなり薄く、この沼地以外にも広く流通している。初心者にも優しく、入るならまずここからという訳だ。他には『ユルジクウ』や『ハーレ麦』といった毒性の弱いものからおれ達は適当に手を出し状態異常耐性をつけていく。だが雲行きが怪しくなってきたのはラッシュが『オニロリ』に手を出してからだろうか。それからは『ガール百合』、『トウラ薔薇』、『熱増カブ』、『円山花』とどんどん毒性の強いものを漁り始め、今やラッシュとこの沼地でもかなりの毒性を誇る『ゴチゥーサ大泥沼』のうち、『ココーチノ』と『リゼシャロゥ』と呼ばれるどちらの領域の毒のがいいかということで戦争をしていた。絶対に『ココーチノ』から『チマメタチ』にかかる辺りが最高なのだがラッシュは聞く耳を持たなかった。だから執る手段は一つ。


「おらぁ!喰らえ!!」


おれは右手に握った『ココーチノ』の猛毒をたっぷり含んだ泥を顔面にそのまま押し付け無理矢理ラッシュに飲ませる。


「ぶはっ!!なんだよ、全然だな!こっちのが上なんだよっ!!」


ラッシュは『シャロゥ』の毒を沢山吸った『チーヤ』を引っこ抜くと根元の泥ごとおれの口に突っ込む。


「ブチッ、…ゴクンッ!ふん、『チーヤ』はな!こっちのがいいんだよ!」


ラッシュに突っ込まれた『チーヤ』を噛み切ってそのまま飲み込むと『ホトココゥ』の辺りに生えている『チーヤ』を引っこ抜きラッシュの口にねじ込む。


「ブッ…、ンクッ!!ぶはっ!『ホトココゥ』推すなら、『モカネー』も一緒に推せや!!」


ラッシュは負けじと、辺りに実っていた『モカネー』の実を『ホトココゥ』の毒泥諸共、おれに飲ませてくる。


「グビッ!ああ?『モカネー』はどこの毒でも行けんだろ!」


おれはそう叫ぶと『リゼシャロゥ』の辺りの毒と共にラッシュに『モカネー』の実を投げつける。

それからも醜い争いを小一時間程続けたおれたちはいつしかオリジナルスキル『自然治癒:状態異常』を獲得していた。無論争ってる間には気づかなかったのだが途中から衰弱や麻痺、硬直のような行動制限系の状態異常が回復していたため、終盤かなりデッドヒートした雪合戦ならぬ泥合戦。つまりは泥試合になり、そのおかげで物理的ダメージが無視出来ないものになってしまっていた。


「おい、ラッシュそろそろ飯にしねぇか?」


「おぅ…!」


休憩がてらの飯。と言ってもここでのルールは自給自足、ここで採れるものしか食わないようにしている。つまり飯を食うだけでも状態異常を喰らうハメになる。ただ幸いなことに体力を回復したり腹を満たしたりなどのプラス効果の引き換えに状態異常を負わせるというものが多い。そのため自給自足でもそれなりに耐久できる。そして状態異常に浸かり切ったおれたちには最早癒し以外の何者でもなかった。疲れ果て大の字で寝そべっていた猛毒の泥だまりから立ち上がり、食糧となるものを探す。

おれはすぐに良いものを見つけた。


「お、ソウ!何食ってだお前?『イセカイモ』…、じゃないよな…?」


おれは「ほらよ」と応じながら食っていたイモの1つをラッシュに投げてよこす。


「『ブイアールエムエムイモ』だ。『イセカイモ』とは似てんだけど、細かなところで風味が全然違ってくんだよ」


「ふーん、ん!ぐっ…!」


ラッシュの身体がふらりとする。『エムエムイモ』独特の状態異常をくらったのだろう。


「ゴホッ…、確かにこれは違うな。なんて言うんだ…?」


「命には関わらない、か?『イセカイモ』はものによっては命をかけないといけないものもあるが、こっちは中々死にかけるってことはないからな。その代わり容赦なく重篤なダメージを与えてくるけど」


ラッシュは「む?確かにそうか…?」と残りのイモを全て口に放り込む。そして馬鹿なことを口走る。


「これは『イセカイモ』のがいいな!なんと言うか深みがないって言うかシリアスさに欠ける」


全く…、コイツは何も分かっていない。


「は?お前バカじゃねーの?それはお前がまだ軽いのしか食ってねーからだろ」


「軽いのって、ほとんど軽いのしかないだろ。ほとんど『イセカイモ』と同じような奴か遊びみたいなもんばっかだろ?」


「は?そんなこと言ったらそっちだって沢山人を殺して無双してりゃいいんだろ?みたいな雑な毒だったりでシリアスさ演出しようとしてるのが多いだろ」


「な!てめぇソウ、ふざけんなよ?そっちこそ、設定考えるの面倒くさかったらから『エムエムイモ』にしてみたけど、とりあえずシリアスさも欲しいから現実で死ぬぜみたいな雑な毒だってあんだろ」

「あ?…!!…?」「…!?」「!!」「…。」…


こうして思わず議論が白熱してしまったおれ達はここでの2つの″絶対の掟″のうち一つを忘れてしまっていた。まあこっちは絶対でもないのだが…。とりあえずここに入ったばかりに"『コーシ木』には手を出すな"と共に教えられる掟。ひっそりと表立たないこと…。目立ってはいけない。それは招かれざる客を招き、余計な諍いを産むからだ。


ズズウン…!!


おれたちの前に現れたのは巨大な蛇『アンチオロチ』。ドラム缶程もある胴を持つこの大蛇はこの沼一帯をナワバリとし、迷い込んだ獲物をその火炎のブレスで炎上させて仕留める厄介ものだ。『風豹』と並び多大な被害を出す、この沼地の双璧とでも言うべきボスモンスターだ。…。本当はこの沼地にも『アンチオロチ』のネームドモンスターがいたらしいのだが、沼地自警団に捕縛され、しかもリスポーン出来ないように無力化された状態で飼われているらしい。なんとも可哀想な話だ。まあところで、おれたちに襲いかかってきていたアンチオロチはおれ達の熱き戦いを遮るようにブレスを吐いてきやがった。

だが…


「「うるせぇっ!!」」


キンキンキンキンキンキンキンキン!

ドサッ。


「だからな、『ブイアールエムエムイモ』は…」

こんな奴に時間を割くのは勿体ない。さっさと一蹴するに限る。再びラッシュと議論を再開しようとしたおれだが、突然背後から聞こえた人の声に呼び止められ言葉を遮られる。


「お、おい!そこのあんた達…!あの『アンチオロチ』を歯牙にもかけねぇだなんて恐んろしく強ぇんだな!そこでお願ぇがあんだけどよぉ!」


おれたちが振り向くとそこには狩人風?とでも言うべき男が立っていた。ピーターパンのような緑の服に弓矢。モブキャラもいいとこだ。


「実はよぉ、おれぁ、妹とよくここさ遊びにきてんだが、最近『パーリーランド』から爪弾きさされた『パーリーチンパンジー』っちゅう輩がここさ荒らすよぅになっちまって、妹が怪我ささせられただ。おれぁ悔しくって悔しくって仕方なかっただが歯もたたねぇでよ…、うっうっ…」


男は唇を噛み締めてすすり泣く。つまり『パーリーチンパンジー』がここらを荒らすようになって討伐して欲しいと。自分達の領分を弁えぬ奴らには正義の鉄槌を下さなければな。


「いいぜ、おっさん。おれらが『パーリーチンパンジー』をt…」


「おい!聞いたか同士!我らの仲間が泣いている!それを見過ごすことが出来ようかぁっ!」


「「「うおおおお!!!」」」


どこからともなく響く雄叫びにおれらはビクリとする。これは『潜伏』…。こんなに隠れてたのか同士よ…。探せばいるもんだな…。とりあえず姿を見せて欲しいものだが、声が聞こえるだけだ。


「我らの土地はぁ!我らで守れぇ!」

「自由を守れ!権利を守れ!我らが『リバティ』のために!」

「海賊版を許すな!金を払え!経済をまわせ!」

「金がなくとも正規の方法で!」

「原作に親愛と敬意を!」

「我らの言葉は賛辞のみ!中傷などいらぬ!」

「即ふぁぼ、即リツイート!応援しています!を素直に!!」

「これしきの討伐、夏と冬の陣に比べれば温いはぁ!我らの死地は深淵の底にこそあれ!」

「者共!行くぞぉ!」

「「うおおお!」」

「メアリーちゃんのために!!」「セーニャママに栄光よあれ!」「アリスたんに勝利を捧げるぞぉ!」「メルリンこそ至高ぉ!!」「愛してるぞ、ミーミーぃ!!」「めぐにゃん好きだぁ!!!」「シャルちーが…」「しのたんにぃ…」…

…。


嵐のような怒号達は姿も見せずに遠ざかっていく。


古参すげぇ…。


「あっ、なんか解決しそうっすね。」


おれは狩人()にポツリとそう言い残すと遠くで聞こえる轟音を背に『オータク大沼地』を後にし、綾のダンジョンを攻略するために再び最初の街を目指す。

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