ダンジョンマスター:11日目


「いいよ、レース!やっちゃって」


「いくれすよ!『ウェーブフィールド』!!」


バッシャァァ!!


ダンジョンの小部屋全体がタライをひっくり返したようにびしょ濡れになる。飛び散る水飛沫の中、隅の方の壁がモゾモゾと微かに動く。


「にゃ!いたにゃ!あそこにゃ!騎士さんお願いにゃ!」


「承知致しました、クロどの!」


クロの声に素早くノーブルラビットが駆け出す。今日の目的は『シノビリス』のテイム。昨日召喚したシノビリスにはあっさり逃げられテイムは出来なかった。まあそれだけなら良かったのだが何せ、『潜伏』、『擬態』、『気配察知』などの索敵が有利になる沢山のスキルを保有するシノビリスだ、あの後テイムどころか見つけるのにも一苦労してしまった。ただ不幸中の幸いとでも言うべきなのか、このダンジョン何で長く暮らすモンスター、正確には私のマナを多く保有するモンスターはコアメニューのダンジョンマップからその位置を確認できる。勿論、召喚したてのモンスターなんて純度100%私のマナのモンスターだ。このおかげで潜伏してるシノビリスも完全に見失うには至らなかった。そこで昨日は眷属のみんなと作戦を練り、私がマップでだいたいの位置を補足、レースの水魔法で炙り出してノーブルラビットがテイム、クロは必要とあれば適宜援護という段取りを決めたのだ。

が、事はそう上手く運ばなかった。


ドロン…!!


これだ、これ。シノビリスのドロン…。スキル『煙幕』と『縮地』の合わせ技による戦闘離脱。ノーブルラビットが接近するよりも先にこれで逃げられてしまう。そもそもこの小部屋に追い込むことさえ、結構大変だったのに…。


「にゃー…、また挟み撃ちのために回り込んでくるにゃ…。1番近くのシノビリスは何処にいるかにゃ、ご主人?」


「もういいわ、クロ。こうなったら奥の手を使う」


こうなってしまっては仕方ない。他に手のうちようもないのだ。


「にゃ?奥のt…」


メキッ…!

ドロン!


「マスター…、せめて私にやる前に一言お声がけ下されば、まだテイムできたかもしれないものを…」


新たに召喚したシノビリスは私の顔面にカウンターの回し蹴りを入れると、何事もなかったかのように逃げる。ノーブルラビットが首を振ってため息をつく。ああ、もう心配すらされなくなっちゃったのね。ショック…。


「これだけ逃げ足が速いれすのに、不意打ちの召喚は無駄になるからやめるれすよ、旦那さん」


レースもこの塩対応だ、ちょっと悲しい…。まあ、私はすぐ気持ちを切り替える。それにレースの言うことももっともだ。


「それもそうね…」


私は砂を払いながら姿勢を正す。まあ急に召喚して対処しろって言っても無理な話か…。だから…。


「じゃあ、いくわよ?準備はいい?」


「やめるにゃ!」

「やめるれす!」

「やめてください!」


なによ、結局召喚させてくれないじゃない。私が不貞腐れていると、クロがヤレヤレとため息をつく。


「にゃー、ご主人はそんなに顔面蹴られたいのかにゃ?ならぼくが蹴ってあげるにゃ…」


な!クロったら私の眷属なのに、なんて事言いだすの!


「何よ、クロじゃあんなキック出来ないでしょ!あなたなんて私にモフられてお終いよ。外したら死ぬほどモフってあげるんだから!」


しかしクロはすました顔で挑発してくる。


「まあぼくはこれでも眷属のなかでは最強だにゃ!舐めないでほしいにゃ!」


誇らしげな様子がちょっと癪に障る。これはお仕置きのモフり地獄が必要ね!もう容赦しないんだから…


「あ!シノビリス!」


私が指を指す方向にみんなが一斉に振り向く。今だ!

ザッ!


「って、そんな手に引っかかるとおもったかにゃ!」


クロはそう叫ぶと身を翻し華麗な飛び蹴りを繰り出す。


スカッ!


クロの飛び蹴りは空を蹴る。驚くクロは飛び蹴りの勢いそのままに、フェイントの足音だけさせて、両手を広げ待ち構えていた私の胸に飛び込んでくる。残念だったな、クロ!なにが眷属最強だ!私はダンジョン最強のマスターなるぞ!貴様のことなど産まれた時から知っておるわっ!私はそこまで甘くないっ!


「にゃああああ!しまったにゃあ!!!」


私の罠にかかったクロの悲鳴がダンジョンに響き渡る。


ー今暫くクロの矯正をお楽しみくださいー


それから時間は流れ、ここはダンジョン内の大部屋。眷属が管理するエリアの中で一番の広さを誇る学校の体育館程度の大きさの部屋だ。勿論、壁から天井には青空ゴケやサニーモスがビッシリと生え、青空さながらの温室で快適な所だ。あれから再び小一時間程、シノビリスのテイムを試みた私達だったけれど、あえなく失敗に終わり今は気分転換のピクニックに来ていた。クロは私にモフり倒され防衛部屋で休むといい、代わりにいつもあんまり休ませてあげれていない防衛部屋トリオのノーブルラビット、山賊うさぎ、コンダクターバードを連れてきていた。勿論いつも戦ってくれている子分うさぎと兵隊イタチにとっても束の間の休息だ。今は私がコアショップから購入したボールを使ってレースとルーシュ、コンダクターバードと一緒に遊んでいる。それから働きマウスの子達が今お弁当とかを作ってくれているらしく、遅れて加わることになっている。たまの休日もいいものだ。

そして私はと言うと、ノーブルラビットを膝にのせてモフりながらみんながボールで遊ぶ様子を眺めていた。私の傍では山賊うさぎが切り株から作った丸い椅子に腰掛け寛いでいる。この椅子は彼のお気に入りらしく、防衛部屋からここまでわざわざ転がして運んでいた。山賊うさぎも割と可愛い所があるものだ。うちの子達は可愛い。断言できる。それはこのノーブルラビットだってそうだ。私がモフると抵抗はしないけれど、騎士として気恥しさもあるのか、照れてるとことかがすごく可愛い!モフられ慣れていないからこう私の膝の上でちょこんってなって!あと艶やかな毛並みが撫でててかなり気持ちがいい。ルーシュのようなふさっとしたボリュームはないけど、レースのような撫でるとサラッとしたような毛並みだ。でもレースは撫でると少しひんやりとマイナスイオンとでも言うべきようなものを感じるのに対して、ノーブルラビットは柔らかな温かさを感じる。ずっと抱きしめていたい感じだ。と、私がノーブルラビットの毛並みを堪能していると、ノーブルラビットの身体がクラりとする。


あれ…?これは…。


私はそっとノーブルラビットの背中側を支えてやりながら、身体を倒してやる。ノーブルラビットはゆっくり私の方へと身体を傾け、そのまま寄りかかってくる。しかし、そこまで来たところでノーブルラビットはガバッと飛び起きる。惜しいっ!


「はっ!すいません、マスター。ついうたた寝を!」


「ゆっくり寝てて良かったのに。そんなに気持ちよかった?」


私は優しくノーブルラビットの頭を撫でてやる。ノーブルラビットがこそばゆそうに頭を揺らす。まあ寝てしまうというのはリラックスしてる証拠だろう。あんまり労ってあげる機会もなかったし丁度いい。


「ええ、とてもリラックス出来ましたよ、マスター。それに貴方のマナは私達のエネルギー源のようなものですから、どうしてもこう気が緩んでしまうのなのですよね」


「そう、それは良かったわ。…。それよりさ、私がこうやって撫でてあげるともしかしてあなた達に私のマナを供給できてたりするの?」


さらりとノーブルラビットは言っていたけど、重要なことだ。確認しておかないと。


「そうですよ、マスター。ほら!クロ様なんてわかりやすいのではないでしょうか?クロ様も私や頭どの、ルーシュ様とレース様とほとんど同じタイミングで召喚されたのに一番強いのは、マスターから一番多くマナを供給されているからですよ。勿論『ネームド』ということもありますが、ネームドだからといって成長が早くなることはありませんから、本来ならルーシュ様やレース様と同じような強さになる筈ですよ」


へー、そうだったんだ…。クロって一番最初に召喚したから当たり前のように一番強い子って考えてたけど、よくよく考えてみればそうね。でも私がモフればモフるだけみんなが強くなるなら…!それっ!


「ま、マスターァ、お、おやめ下さいぃーー」


ノーブルラビットをめっちゃモフる。めっちゃモフって頬ずりまでしてやった。愛でて、強くなるなんてこんな一石二鳥なことはない。これが本気でモフらずにいられるものか。


「マスター、ちょ、ほんとにおやめ下さい。そ、そのマスターが強くなるとか打算無く可愛がってくださるから、私達は嬉しいのですよ!」


む、それもそうか。私はノーブルラビットをモフる手を止め、少し思考する。確かに打算でモフるのは良くないね。


「なら愛情だけでモフってあげるね!」


一瞬の停止を解除して再び同じようにモフる。だって強くなるなんてモフるための口実程度の意味しかないのだ。ならその口実がなくなったところでやることは変わらないだろう。私がノーブルラビットを思う存分モフっているとそこにいい香りが流れてきて、鼻孔をくすぐる。


「皆様~、お食事の準備が整いましたよ~!」


お弁当の準備を終えてきた働きマウスの声が響く。なんともいい匂いだ。私の好きなサンドイッチにクロやレースの好きな焼き魚、山賊うさぎは燻製にした野菜、ルーシュやノーブルラビットは胡桃や果物入りのパンなんかが好きだ、そんなみんなの好きなものがちゃんと入っている。働きマウスはよく気の利くメイドさん達だ。働きマウス達がシートを広げそれらを並べる様子を眺めていると自然とヨダレが垂れそうになってしまう。

美味しいご飯を楽しみにしていると、私の視界の端で何かが動いた気がした。気の所為かな…?私はそこに意識を向けてみるけど何もいない。まあ何もいないのなら仕方ない、私が料理に意識を戻そうとするとやっぱり何かがピクリと動いた気がする。何かいるのかな…?目を凝らしてみるが捉えることはできない。なんなんだろ…?何かをジッと見つめる私にノーブルラビットが気付く。


「どうかされましたか、マスター?」


私は無言で何かがいた辺りを指差すが、やはりそこには何もいない。ノーブルラビットも不思議そうな顔をするが、何か思い当たったようで働きマウスの方へ駆けていく。その様子を自然と目で追ってしまうと、また何かが動いた気がする。くそぅ!私をおちょくっているのかっ?!私はバッと振り向くがやはり何もいない。


「マスター、もう少しぼーっと遠くを見る感じで。何気なく景色を眺めているように。気配が察知されているのですよ」


私のとこに戻ってきたノーブルラビットがそう耳打ちをすると私の視線の先の辺りにワイルドベリーを2、3個置いて私の所へ戻ってくる。私はノーブルラビットに言われた通り、その様子を何気なく眺める。遊びから戻ってきたルーシュ達もそれに気付き、不思議そうに、だけど静かに見守る。少しの間静寂が流れるが、ふとワイルドベリーが僅かに動いたような気がする。違う、確かに動いた。今度ははっきりと。そしてすっと宙に浮かぶ、いや透明な何かがそれを持ち上げる。透明…、それもちょっと違う。風景に溶け込んだ、何か。スキル『擬態』の効果…。シノビリス!私は思い当たってハッとする。警戒をしているシノビリスはワイルドベリーを持ち、ちょちょと離れると、ワイルドベリーをぱくぱくっと食べる。そして次のワイルドベリーを取りに来る頃には少し擬態が解け始めていた。その様子をなんともなしに眺めているとノーブルラビットが脇でつつっと私の袖を引っ張る。


「これを…」


そう耳打ちしながらノーブルラビットが差し出したのは新たなワイルドベリーだった。私はそれを手のひらにのせるとシノビリスに「おいで」と呼びかける。それに気付いたシノビリスはまたパッと擬態を施し見えなくなってしまう。隣でノーブルラビットがまたこっそり「マスター、そのままで…、大きくゆっくりと瞬きをしてください」と耳打ちをする。私はノーブルラビットに言われた通り何度か瞬きしながら辛抱強く待つ。するとシノビリスは徐々に擬態を解きながら近づいてくる。私はシノビリスが充分近づいたところでワイルドベリーをそっと地面に置いてやる。シノビリスはまた少しだけ警戒しながらワイルドベリーを手に取ると、それを食べ始める。そしてすっかり食べ切ってしまうと、少しずつ私の傍へと寄ってきてくれる。そして遂に私の手の届く辺りまでやってきて、身体を撫でてさせてくれる。辺りにスっと張り詰めていた緊張と静寂が緩み、みんな安堵の息をつく。


『シノビリス』のテイム成功だ。

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